遅れてきた流水麺です。
八幡の誕生日に投稿しようと思っていたのですが、酔い潰れて乙るという醜態を晒してました。
本編の内容としてはこれからの数話が中学時代最後のエピソードになると思います。
8月はほとんど父さんと母さんの離婚調停で埋まった。
父さんは大河の撮影に穴を開けないように器用にちょくちょく千葉に帰って山のような書類を処理し、母さんは育児に追われながらも着々と準備を進めていた。
幸いなことにそこまで揉めることなく終わりそうだ。慰謝料はがっぽりもらったがアレックスさんは地味に資産を持っていたから、あまり手痛くないようでポンと出していた。
「こんな事態になった以上は流石の僕も千葉に住むよ。……まぁ大河が終わってからの話だけどな。カーラは大丈夫だ。アレックスならまだ信用できる」
父さんと肩を並べて千葉市街を歩く。
意外なことに父さんとアレックスさんの間に面識があったらしい。父さんがハリウッドで修行していた時に何度か一緒に仕事をしたのだとか。母さんもその時の仕事仲間の一人で酒に酔った勢いで身体を重ねたら私を身籠ったらしい。実に教科書通りのできちゃった婚だった。
「カーラは優秀だが、感情が昂りやすかった。……今回も人寂しさから偶然再会したアレックスを組み敷いたらしい。2回も繰り返すものじゃないぞまったく……」
昔を懐かしみながら、父さんは苦笑いを浮かべる。
父さんは笑ってるけど、地味に生々しくて困る。うそでしょ、私の時もそんな無茶苦茶やってたの……。
「前の家に帰りたいところだが、やっぱりあの家は二人で住むには広すぎる。それに僕も有名になってしまったからなぁ……。多少はセキュリティがちゃんとしてるところに住めと友達に言われてしまった」
「まあ、私もこれからは女優とか雑誌モデルとかの仕事は増やそうとしてたから、タイミングとしては悪くないんだよね」
まだ若いながらも大河ドラマを撮るような監督とその女優の娘。そして、母さんの不倫と離婚。
間違いなくフライデーあたりに虎視眈々と狙われているだろう。それこそ撮られたら連日連夜ワイドショーの主役にさせられるに違いない。
……今、騒ぎを起こされては敵わない。父さんの夢も私の自立も母さんたちの新しい暮らしも全部頓挫して、誰も幸せにならない。だから、とみにプライベートには気を遣わなくてはならない状況ではあった。
「じゃあ、父さん。あそこに住もうよ。幸いお金はあるんだし、あそこならセキュリティもしっかりしてそう」
そう言って私が指を指すのは臨海部に立つタワーマンション。
半ば冗談で言ったつもりなのだけれど。
「そうだな、あそこにしよう」
真顔で父さんは頷いたのだった。
*
そんな馬鹿みたいな理由で私の次の住処はタワーマンションに決まる。それもかなりの高層階。担当者になっていた有栖ちゃんの親戚の人に見せられた物件情報を覗いたら普通に億ションで引いた。
映画が当たったとはいえ、ノリで億ション買うのはうちのパパだいぶイカれてない? どうやら図らずも私自身もブルジョワになってしまったらしい。全然そんなガラじゃないけど。
「で、これを来年までは私1人で2人が住める状況に整えなきゃいけないわけだ。だる……」
目の前に広がるのは東京湾の夕景と……広すぎるリビング。他に8畳の部屋と2つの6畳の部屋。……結局、私たちには広すぎる気がする。
まずは家具から考えよう。
冷蔵庫と洗濯機はあまり大きな物は要らない。反面、父さんの仕事上でテレビと音響機器、書類棚とデスクは大きめ。ならソファーもうんと大きい物がいいか。前の家の家具はレンタルスペースに入ってる父さんのやつ以外は捨てた。……名残惜しい物もあるけれど、懐かしんだところであの場所に帰れるわけではないのだから。
電気屋さんと家具屋さんにそれぞれ注文して届けてもらって、私が配置の指示から支払いまで全てを受け持つ。
なんかもうあの人たちの会話は専門用語が多くてしんどかった。前世の時に一人暮らしとはいえ世帯主になってなかったら頭がパンクしてたに違いない。
「あー、疲れた」
だいたい2週間ぐらいで全てが終わって私は舶来のソファーに突っ伏した。モケットがふわふわしてて気持ちいい。暇だし、これから寝ようかな……。
そう思って、微睡んでいると不意にインターホンが鳴らされた。
オートロックの方ではないから、マンション内に住んでいる人だろうか?
「……もしかして、知らず知らずのうちにブルジョワのルールみたいなの破っちゃったりしてる? ちょっと自信ないなぁ……」
ご近所トラブルの予感に震えながら、私はドアスコープに目を通す。
そして、目を丸くした。
見間違えるわけもない。最後にその姿を見たのは前世の中だけれども。
濡羽色の長い黒髪に彫刻のように整った顔立ち。柳のような優美な腕と脚。
記憶の中と比べるとわずかに幼いけれど、雪ノ下雪乃が確かにいた。
(まさか、ここがゆきのんが住んでたタワマンだったなんて……。気づきもしなかった……!)
動揺しながらも俺は扉を開く。
すると雪ノ下雪乃は丁寧なお辞儀をしてきて告げる。
「明日、隣の4015室に入居する雪ノ下雪乃です。よろしくお願いします」
「わざわざご挨拶ありがとう、雪ノ下さん。私は中山伽耶。お隣さんになるのなら助け合って行きましょう」
予期せぬ形で原作のメインヒロインとファーストコンタクトしてしまった。動揺するが、そこは一端の女優。ブルジョワのお嬢様(私が考えられる限りの)の演技をして相対する。
(こんな綺麗な娘と八幡がくっついて、キスをして、エッチなことをするんだなぁ……。なんかフクザツな気分だ)
こうして本人を見るとその美貌が類稀なものであることだとわかる。私もだいぶ見た目の良さに自負はあるけど、雪ノ下相手に勝ち切れる自信はない。
「あの、中山さん。どうかしました?」
「いやあ、あんまりに美人で見惚れちゃいました。……それで、ご挨拶はお一人だけですか? 保護者の方は?」
保護者と聞いて、雪ノ下は僅かに身体を固まらせる。
雪ノ下雪乃の数少ない弱点なだけに効果はてきめんだ。
原作において彼女は依存してしまいがちなことを悩んでいた。思えば、高校生らしからぬ一人暮らしも家族と折り合いが悪いだけではなく、この欠点の克服も目的に含まれていたのだろうか。
「保護者は来ていません。入居するのは私一人なので」
「……そうなんですね、実は私も訳あって一人暮らしなんです。だから、雪ノ下さんが来てくれて嬉しいですよ。私と同じぐらいの年の女の子で仲間がいると分かればだいぶ心持ちが違いますから。またお会いしたらお話ししましょうね」
「ええ、さようなら。中山さん」
柔和な微笑みを作り、それとなく話題を切り上げて雪ノ下を帰す。これ以上話を広げても仕方がないだろう。
扉を閉めて、演技を解いてそのままもたれかかる。脱力感がすごい、まさかゆきのんに会うだけでこれだけ緊張するとは思わなかった。
「いよいよ、俺ガイルが始まるんだなぁ……」
俺ガイルの世界だから当然のことだけど、それでも転生してから15年は経っているから、今回の出会いにはなかなか感慨深いものがあった。
今は八幡の隣に有栖ちゃんがいて、近くに私がいる。
けれど、原作のまま進むならいつかその立場は雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣……奉仕部の2人に明け渡すことになるのだろう。
それで、彼は本物を手に入れることになるのだとしても、どこか一抹の寂しさがよぎった。
これから、私たちはどうなるのだろう。
有栖ちゃんに関してはあんまりわからない。なんとなく八幡のそばを離れなさそうだけど、隣にはいない。むしろ、他に面白い人を見つけてその人に絡みに行ってるのかも。いずれにせよ、有栖ちゃんは面白そうなものを逃がさない、そんな力を持っている。
……私はどうなのだろうか。
家族を壊し、取り繕うことばかりの偽物ははたして、彼の側にいるべきなのだろうか。