夏に無性に食いたくなる流水麺です。
またしれっと日刊ランキングに載ってました。最初の頃より、より人を選ぶ作品になった今の状況で載るとは思わなくてすごく嬉しかったです。
皆様、ありがとうございます。
夏休みが終わってもなお、ジリジリとした暑さは引いてくれなかった。
そろそろ模試の結果が出る。受験というゴールはまだ遠いが、夏休みという勉強に多くのリソースを注ぎ込める期間は終わってしまった。
夏休みの成果がいかばかりのものか今回の模試で分かる。
(まあ、こんなもんだよね)
自分の模試の結果を見て安堵する。
総武高校には十分届くだろう。
前世知識で社会科と古文漢文に強く、英語は最早母国語だから苦にならない。元から私は理系に力を注げば事足りるから他人に比べるとだいぶ余裕があるのだ。
(八幡はどうだろう)
おそるおそる八幡の方を見やる。
すると八幡は肩を落として「やっぱ数学かー」とぼやいていた。
ちなみに有栖ちゃんは興味なさそうに模試の結果を見てた。……まぁ、有栖ちゃんはちゃんとやる気を出せば、あたしより点は取れるからあんまり心配することはないけれど。
八幡も有栖ちゃんも雪ノ下さんも図らずも総武高校を第一志望に入れていた。
私の場合は志望校には入ってるけど、第一かと言われると微妙だ。
なにせ私はまだ志望校を決めかねているからだ。
普通に考えれば、学力が足りてるなら県下有数の進学校である総武の方がいい。……けれど、私は同時に芸能人でもあるわけだ。活動を続けながら、学力を維持しないといけない。自分の頭の出来を考えると正直両立できるか怪しいのだ。
『伽耶が女優として本気で売れたいなら芸能科がある高校か、通信課程があるところがいいと思う。若手女優の勝負の時期はやっぱり10代の後半だからね』
夏休みに父さんに言われたことが引っかかる。
確かに売れることを考えたらそうした方がいいとは思う。……けれど、もしも売れなかった時、潰しが効かないのもそれはそれで怖いのだ。
だから決め切れないわけだけど、残念ながら時間はもう長くは残されてなかった。
*
中学最後の修学旅行が終われば、クラスは完全に受験モードに入っていた。志望校は完全に定まり、なんとか射程圏内に収めようと授業中の内職とかも行われるようになる。
そんな時期になっても、私はまだ惑っていた。
総武も志望校にはしてるから勉強はやめてないけど、なんというか捗っていない。
「場所を変えようかな……」
図書室から津田沼のワックに場所を変える。
すると、そこには有栖ちゃんがいた。一応受験勉強はしているみたいだけど、それ以上にポテナゲの大が2つ並んでいる様が目につく。
「あー伽耶ちゃんだ」
ナゲットを頬張りながら有栖ちゃんが手招きする。
私もまたビッグワックスペシャルをモバイルオーダーしてから席に座った。
「思えば、放課後に会うのは久しぶりだよね」
「そうだね。いつぶりだろう」
最後に一緒に過ごした放課後はもういつか思い出せない。
有栖ちゃんの言う通り、放課後を一緒に過ごすのは久しぶりだった。
最近の私は父さんの知名度が上がったからか、それに引き摺られてバラエティ番組やトーク番組にも出るようになった。ドラマの1話ごとのゲストとしてスポット的に出演することも増えている。
だから、必然早退も増えたし放課後はだいたい何某かの収録やレッスンが入ることが多くなった。
「それだけ忙しいんだったら、勉強も大変でしょ」
「別にどうってことないよ」
そう、何気なく返したつもりだった。
けれど、何かが漏れ伝わったのか有栖ちゃんの目の色が変わる。
ゆるゆるした雰囲気から一転して、深淵を覗いた時のようなドロリとした空気が漂い始めた。
「……いや、嘘だね。 やっぱり伽耶ちゃんは取り繕う悪癖を持つようになった」
見破られていた。
もう冬が近いというのに、じとりと背中に汗をかいた。
「伽耶ちゃんは、この三年ですごく変わったよね。すごい大人っぽく、綺麗になった。──けれど、それ以上に嘘が上手くなったね」
それは私自身とて自覚している。
『俺』と『私』の比率が変わって女の子らしくなった。でも、それは『俺』に『私』をコーティングすることだ。本当を隠すという意味では嘘と言って差し支えない。
「女優の演技力って凄いね。多分、今の伽耶ちゃんは知らない人から見れば、完璧に夢を目指して頑張る女の子に見えるよ。でもあたしは、あたしと比企谷の目だけは誤魔化せない。女優の仕事を増やして、静かにあたしたちとの関わりを減らして。……それであたしたちの前から去るつもりなんでしょ? それぐらいわかるよ」
そうだ、私は八幡と有栖ちゃんから離れるつもりでいる。原作の異分子として存在するリスクも理由にあるけれど、比企谷の邪魔にならないようにという気持ちも強い。
だから、総武の受験勉強にさしてやる気を感じられなかったのだ。
「まぁ本当に女優として大成するつもりなら、あたしは別にいいよ。応援するし。 ……でも、それで伽耶ちゃんは本当に満たされるの? ただ嘘で生きていける場所だからといって逃げてない? あたしから……いや、比企谷から」
臓腑を抉るような舌鋒に、私はたじろいだ。
仕方がないこととはいえ、有栖ちゃんに私の事情を話してしまったことが悔やまれる。
有栖ちゃんは遊びはするけど、手加減を知らない。
容赦なく私の罪と葛藤と迷いを白日の前に引き摺り出してくる。
「そうだね。私は逃げてる。八幡から。家族を壊すような碌でもない私なんか捨て置いて、有栖ちゃんたちと幸せになって欲しいと思ってる」
「そう? なら、あたしが比企谷をもらうよ?」
こともなげに有栖ちゃんは言う。が。それは私にとっては衝撃的に過ぎた。
なぜ? という気持ちが渦巻く。だって、有栖ちゃんは今までただの一度も比企谷をそういう目で見てきたことはないはずだから。
「言っとくけど、ハッタリではないよ。この気持ちが恋かはわからないけど、あたし比企谷を手放したくないもん。……もしかしたら、比企谷の側にいたら、あたしは本当の恋を理解できるかもしれない。そんな予感があるんだ」
何かを夢見るような少女の瞳、それは有栖ちゃんにはあまり似つかわしいものでもない。
家庭の事情で可愛さだけを求められた果てに歪んだ好意をぶつけられ、変質してしまった少女。
それがこの4年間で私が見聞きした二階堂有栖という少女だった。
そんな彼女でも、変わろうとしている。朧げながらも何かに手を伸ばそうとしている。
その有り様が私にはとても眩しく見えた。
彼女ならきっと八幡の隣にいたとしても何かをまちがえることはないのだろうか。
……ああ、でも。
それでも、私の隣にいて欲しい。なんて思わないでもない。
こんな願いを許された身ではないというのに。
だが、有栖ちゃんは韜晦も懺悔も許しはしない。ただ、ひたすらに畳みかけてくる。まるで、私の葛藤を手に取るかのように破竹の勢いで。
「ほら、やっぱり未練が残ってる。そりゃ割り切れる訳ないもんね、あれだけ一緒にいたなら」
今だって、こんな風に見透かした上でそんなことを言ってくるのだからもう始末に負えない。
「罪の意識なんて知らないよ、あたしには。ただみんなで一緒に居たいだけだから。それすら、願っちゃダメなの?」
「有栖ちゃんは良くても、私が耐えられない。耐えられないんだよ。どうしても、私なんかって心が軋むの……ッ」
「だったらなおさら、逃げちゃダメだよ。それだけ比企谷を大事に思えるなら、きっと逃げて手放したことをずっと悔やむに決まってるから」
……ああ、その言葉はあまりに力強くて私の心臓を掴んで離さない。
私はついに理由を奪われた。
比企谷八幡から逃げる理由を、罪の意識よりもずっと手酷い何か……執着のようなものに気付かされることによって。