偽物にしかなれない私は   作:流水麺と豪州侍

17 / 25
第16話 雪ノ下雪乃は見過ごせない。

 

 迷っている暇なんてなかった。

 年末年始、私は地獄を見ていた。

 大河関連のお仕事、私生活ではクソな父さんの付き添いとしてのテレビ局通いと、やる気のなさと忙しさでおざなりにして気づけば、総武高校の合格ラインペースを下回っていた受験勉強の追い込み。

 やばい、身体が2つあっても足りない。どうしよう。

 正月番組がひと段落した1月5日の夕方。

 ようやく仕事から解放された私は力無い足取りでマイバスで食材を調達する。食材といっても忙しいから冷食ばかりだけど。

 

「あら、中山さん」

 

「あ、雪ノ下さんか」

 

 マイバスの中で買い物カゴを持ったゆきのんと出くわす。

 髪型が普段のロングと違ってサイドポニーになってたから分からなかった。原作のお出かけ回の時のツインテールは幼さが強調されててアレはアレで良かったが、今日のサイドポニーはゆきのん当人がまだ中学生なこともあって年齢相応の可愛らしさを感じる。

 

(でも、カゴの中は全然可愛くねえ……)

 

 舶来の香辛料にズッキーニ系のオシャレ野菜。他にも諸々なんか恐ろしく意識高そうな食材が入れられている。

 これが、生まれながらのブルジョワと後天的に成り上がった真正庶民の差か……。

 

「お正月、大変だったでしょう。いくつかの番組で貴女の姿を見かけたわ」

 

「正確には修学旅行が終わったあたりかな。紅白とか生放送のやつもあるけど、だいたい一月ぐらい前に収録を終わらせちゃうの。だから、まるまる一か月ぐらいは大変だった……」

 

 考えてもどんよりする。

 放送時間がないが故に拘束時間が長い正月番組の収録。大河ドラマも最終局面だから、それに合わせて盛り上げようと関連の取材が私と父さんに入る。学校では期末試験があって、遅れていた総武の受験勉強もある。

 うん、よく私ぶっ倒れなかったな、これ。

 

「それにしても、雪ノ下さんって案外テレビ見てるんだね。なんかクラシックとか流して紅茶でも飲んでるかと思った」

 

「クラシックは聞くわよ。テレビは普段あまり見ないのだけれど、貴女が出ると知ればいくばくか興味も湧いてくるわ」

 

「確かに隣の人がテレビに出ると聞いたらやっぱり気になるよね」

 

 互いの近況を話しながら、買い物をして家に帰っていく。

 ゆきのんとは友達というかはご近所付き合いの延長のような感じがする。

 会えば会話はするし、買い物も一緒にする。

 けれど、互いに踏み込むことはなくて、一線が引かれている。

 多分、これは原作が始まっても変わらない気がした。

 

「じゃあ、お先に」

 

 部屋のドアを開けて家に帰る。が、その瞬間に「待ちなさい」と声をかけられた。

 途中で呼び止めるなんてゆきのんらしくない。

 

「どうしたの、雪ノ下さん」

 

「ええ、私もそのまま帰ろうとしたのだけれど、少し見過ごせなくて。……中山さん。貴女が忙しいのは知ってるけれど、ろくに家事は出来ているの?」

 

 ゆきのんに追求された私はぐうの音も出ない。

 だって知ってる。

 忙しい時に真っ先に崩れるのは私生活の質だから。前世の時も決算前だとかは帰ってきてもろくに家事なんてできていなかった。

 前世より不規則なリズムの芸能界で、さらに前世よりは確実に虚弱な女性の身体。そんなんで、到底まともに家事をするだけの余裕が残っているわけがない。

 

「……はあ、その様子では出来てないようね。仕方ない、入るわよ」

 

 ゆきのんの進撃を抑えられるわけもなく、部屋への侵入を許す。

 部屋の中の、リビングの辺りに差し掛かったところでゆきのんは顔を顰めた。

 ……乙女の名誉のために詳細は差し控える。

 あえていうなら、それこそ若い男性の一人暮らしのちょっと汚い方。

 床に物は置いてあるけど、当人が使うには困らない程度。ただちょっと掃除機をかけたりするのをサボっていて若干埃っぽいぐらい。

 汚部屋ではないけれど、これが女の子の部屋だと言われるとげんなりする感じのなんともいえないやつだ。

 無論、ゆきのん的には不合格である。

 

「ゴミ箱にはコンビニのお弁当や冷凍食品の袋ばかり。……水回りには以前洗った食器が有るけれど、拭き損ねたからか水垢になってるわね……」

 

「やめて、雪ノ下さん……。私のライフはもうゼロだよ……」

 

「ゼロなのは、貴女の生活力よ。仕事が忙しいとはいえ、ここまで放置して恥ずかしくないの?」

 

 ピシャリと斬り捨てるゆきのん、いや雪ノ下さん。

 ……これが原作で八幡を切り裂いた舌鋒のナイフか。くぅ、鋭い。

 

「見てしまった以上は仕方ないわね……。中山さん、明日は仕事があるのかしら?」

 

「ないけど……」

 

「なら、明日は掃除の日にしましょうか。今日のところは私が夕食を作るわ」

 

 こめかみを抑えながら雪ノ下さんはキッチンの整理に入る。

 あまりにその動作が流れるようにスムーズだったからか、私は止めることができなかった。

 こうなった雪ノ下さんは止まらない。仕方ないので、私はリビングの整理をしながら待つことにした。

 それにしても、ゆきのんの制服エプロンてすごい堂に入ってるよね。まだ中学生なのに若女将の風格が漂ってる。正直、メイド服や裸エプロンのようなあからさまなやつよりこっちの方がちょっとエッチな気がする。本人に言ったら頭をしばかれそうだから黙ってるけど。

 かれこれ20分ぐらいした辺りから、キッチンから香ばしそうな匂いが漂ってくる。

 

「出来たわよ」

 

 お盆の上にはご飯と野菜炒めと豚の生姜焼きと味噌汁。

 私の家の食材の在庫上、選択肢は必然的に男飯に限られる。私が作ったとしても同じような献立になるけど、雪ノ下さんが作ると少しだけ格が上がった気がする。

 けれど、舐めるなよゆきのん……。こちとら前世では大学生の頃から足掛け8年間、野郎の一人暮らしをやってきたんだぜ? 茶色い男飯で早々に遅れをとってやるわけにはいかねえんだ……! 

 妙な対抗心を燃やしながら、まずは野菜炒めを口にする。

 軽快な食感に、素材の味を殺さず活かす繊細な味付け。焼きタレぶっかけを常套手段にしていた俺では到底不可能な味付けだ。ちくしょう、味付けは薄めなのに満足感が勝る。くっ、次は生姜焼きだ。あっ肉柔けえ、下味もすんごいしっかりついてる。これも味付け澱みねえな……! 

 主菜副菜が美味いと、お米は際限なく進む。つーか肉体年齢が15歳じゃなければ、ビールが欲しい。うう、悔しい強すぎる。……というか8年一人暮らししてたと言っても半ば自堕落な生活だったから技術的な蓄積が年数に見合ってないよ、そういえば。

 

「ごちそうさまでした……」

 

 最後に味噌汁を完飲して、私は雪ノ下雪乃に敗北した。

 

 *

 

 翌日はゆきのんと部屋を掃除し、勉強を見てもらった。

 理系科目は正直なところ自力でやるとドツボに嵌りそうだから誰かに見てもらえるのはありがたい。

 ついでにゆきのんと勉強会をする日は必然的にゆきのんが食事を作り、食事後は私の家の無駄に豪華な機材を使って音楽を流したり映画を見たりして時間を過ごすようになった。

 

 

 そうして、迎えた試験当日。

 受けた感じ、手応えはだいぶ良かった。まあ、スパルタゆきのんに朝から夕飯までしごかれたから、これぐらいにはなってもらわないと困るけど。

 面接は反則気味だけど、女優モードになれば問題はないはずだ。

 つまるところ筆記試験が難関だったわけで、そこをなんとかしてくれたゆきのんへの感謝は尽きない。

 結果として私とゆきのん、八幡と有栖ちゃんが総武高校に合格した。

 ……いよいよ、始まるのだ。

 比企谷八幡と雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣。そして、中山伽耶らが織りなす間違った青春群像劇。私がいる以上、原作通りには進まない気がする。けど、もう逃げも後戻りも出来はしない。

 もはや、私の青春ラブコメははじまっている。

 





なお、後1話原作前にある模様。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。