偽物にしかなれない私は   作:流水麺と豪州侍

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第17話 偽物の笑顔と本物の笑顔

 

 受験は本当に私たちの明暗を分けた。

 1月末に学年末試験が終わった後は自由登校期間になるけど、過ごし方は天と地ほどの差があった。

 推薦ですでに決まっている人は最後の思い出づくりのために登校日以外は姿を見せず、受験が終わった人もこれに加わった。

 反対に一度目の受験に納得がいかなかった人はほぼ毎日学校に来て自習をしている。

 前者には有栖ちゃんがいて、後者には八幡や折本さん、瀬谷くんがいる。

 私は本質的には前者だけど仕事以外は家にいても家事ぐらいしかすることがないから、何気なしに学校に来ていた。

 

「お前な、オフの日ぐらい休んどけよ……。わざわざ学校に出て俺の勉強なんてみてる場合か?」

 

 私の目の前で八幡が目を腐らせながら問題を解いている。

 八幡は一度、総武の受験に落ちていた。聞いた限り数学と英語で足切りにあったらしい。

 ただ幸いなことに受験生全体の平均点が低かったために二次募集が行われ、八幡はこれを狙うことにしたようだ。

 他に瀬谷くんは僅かに点が足りずに総武に落ち、折本さんは記念受験レベルだったらしく海浜総合に志望校を変えた。

 

「私は正直、家にいてもって感じだからね。暇つぶしと思って割り切っといてよ」

 

「まぁ、お前がいると英語のリスニングがいくらでも出来るからな。そこは助かるが……」

 

「まぁ、大人しく勉強しておくことだね。私は横で適当に遊んどくから」

 

「何その嫌がらせ。地味にえぐいんだが」

 

 八幡の抗議を笑って流す。

 図書室の隅っこ。本棚の死角に隠れるようなところで私たちは椅子を並べている。他の生徒はいるけど、自分の受験に手一杯で私たちに絡む暇がある人はいない。だから、心配するようなこともなく気ままに目を腐らせながら静かに勉強する八幡を眺めることが出来ていた。

 ……こんな近くで八幡を見ていられるのはいつぶりだろう。

 周りを気にせずに二人で在れたのはいつぶりだろう。

 こんなにほっとしたのはいつぶりだろう。

 直近を思い返しても当てはまらない。それこそもうずっと遠く彼方、2年前ぐらいか。

 気づいたら、私と八幡は別の時の流れを歩き始めていて、そのあまりの違いに苦笑いをこぼしていた。

 

「……なに笑ってんだよ。悪かったな、数学が死ぬほど出来なくて」

 

 勘違いして拗ねる八幡に私は笑いかける。

 

「違うよ。懐かしいなって、そう思っただけ」

 

「……ああ、そうだな」

 

 果たして、その八幡の言葉に私は素直に笑えていたのだろうか。

 

 *

 

 やがて時は流れ、総武高校の二次募集の結果が出る。

 私は2人の努力の結果を見届けるために再び総武高校に足を運んだ。

 そして、ここでも明暗が分かれた。

 

「……受かるもんなんだな」

 

 半ば信じられず、呆然と立ち尽くす八幡と。

 

「……ッ!」

 

 彼らしくもなく、物陰で歯を食いしばって悔やむ瀬谷くん。

 本番は残酷だ。事前準備をするのは大前提。けれど、どうしても本番の空気感やその日の体調みたいな目に見えない物に左右されてしまう。

 期末試験の結果から考えると順当にやれば、瀬谷くんは合格圏内にはいたはずだ。けれど、2度とも阻まれた。

 その心中はいかばかりか私には推し量ることも難しい。

 

「瀬谷くん……?」

 

「……中山さん」

 

 私が見ていたことに気づいたのか、瀬谷くんは顔を上げて私の方を見やる。

 その僅かな所作の間に瀬谷くんの顔は変貌していた。

 敗北を悔やむ落伍者から、何かを決意した男の顔へと。

 私はもう何も言えなかった。

 

 *

 

 

 卒業式が終わり、クラスのみんなと話した後に私は一人で体育館裏に佇んでいた。

 待ち人がいる。

 特に約束をした訳ではないけれど、場所を教えなくてもきっと来る。そんな確信めいた予感があった。

 ざっざっざっと砂利を踏む音が聞こえる。

 私は足音の主の顔を見た。

 

「────やっぱり、来たね。待っていたよ、瀬谷くん」

 

「ああ、待たせたね中山さん」

 

 向かい合う。

 何かを覚悟した精悍な顔立ち。それは、二次募集の時に見た顔の焼き直しだった。

 1年生の頃はちょっとした可愛らしさがあったけれど、今は違う。どことなく渋みすら感じさせる男になっている。私が変わったと同様に瀬谷くんもまた3年間で変わっていたのだなと不意に気づかされた。

 

「中山伽耶さん。3年間ずっと好きでした。僕と付き合ってくれませんか?」

 

 瀬谷くんは私の前に一歩進み出て、頭を下げて右手を伸ばす。

 その動作に迷いはない。ただ、手はかすかに震えている。何かを繋ぎ止めようと必死に伸ばされた手。

 

「悪いけど、瀬谷くんとは付き合えないよ」

 

 その差し伸べられた手を私は握らない。

 顛末を理解した瀬谷くんは「知ってた」と苦笑いを浮かべた。

 

「もしかしたらとは思ってたけど、どうやら僕にとっては荷が重すぎたらしい。……やはり、彼じゃないとダメなのか」

 

「別に八幡だったら付き合ってた訳ではないけど」

 

「違うよ。僕は曲がりなりにも3年間ずっと貴女を見てきた。けど、磯子さんの件があってからたぶん中山さんは学校で一度たりとも本当に微笑んだことはない。違うだろうか?」

 

 思った以上に、瀬谷くんの目は正鵠を射抜いていた。

 確かに、磯子の件があってからの私はクラスでは終始演技をしていたように思う。あれからは八幡の前ですらも素直に笑えていたか自信がなかった。

 

「1年生の時、僕は君が比企谷くんに向けた無邪気な笑みを見て好きになったんだ。……ああ、こんな綺麗な笑い方をする女の子がいるなんてってね。けれど、磯子さんの件で僕がその笑顔を壊してしまった」

 

 胸の前で拳をぐっと握りしめる瀬谷くん。その罪悪感はいかばかりか類推はできる。彼もまた私と同様に自分のせいで大切なナニカを壊してしまった人間だった。

 

「だから、僕はなんとかして君の本当の笑顔を取り戻したかった訳だけども、ついに今の今まで何もできなかったわけだ。中山さん、こんな情け無い僕を笑って欲しい」

 

「笑えないよ。私には笑えない」

 

 痛いほど分かる。

 何かを壊してしまった罪悪感と本当に欲しいものを得られなかった渇き。

 だからこそ、私は笑えなかった。

 

「だったら、嘘でもいいから笑ってくれ。……そうしてくれないと、僕は終われない」

 

「もう、そういうのは目の前で言われたら何も意味はないんだよ? 瀬谷くんって思った以上に馬鹿だよね」

 

 乾いた笑い。

 けれどそれは驚くほどすっと出てきて、瀬谷くんは目を丸くする。

 

「まいったな……。まさか、最後の最後に叶うなんて、あがいてみるもんだね。……ありがとう、中山さん。これで僕に悔いはなくなった」

 

 満足気に笑って瀬谷くんは踵を返す。

 振り返ることもなく、堂々と。

 

 **

 

「で、いつから見ていたんだい比企谷くん?」

 

「いつからって今来たばかりなんだが?」

 

 瀬谷の質問に質問で返す。

 いや、実際は俺は嘘で返していた。

 二階堂と折本のじゃれ合いが終わり、中山を呼ぼうと体育館裏に出向いた時に、俺は目撃してしまったのだから。それも、かなり最初の方から。

 あまりの気まずさにその場を立ち去ることもできず、意図的に気配を消してやり過ごそうとした訳だがどうやら慣れないことはするもんじゃない。普段通りにしてた方がやり過ごせてたのかもな……。

 

「見てくれていた方が僕には都合が良かったんだが、まあいいさ。……比企谷、中山さんを託した」

 

「託すも何もお前のもんじゃねえだろ、あいつは」

 

「そうだね。ただ僕の叶わなかった願いを押し付けているだけだ」

 

 そう言って瀬谷は自嘲する。

 瀬谷の事情も、願いも俺は既に聞いている。けれど、なぜそれを俺に引き継がせようとしているのかがちっともわからなかった。

 

「お前で叶えられない願いなんて俺には身に余る。他を当たれよな……」

 

 実際問題、俺では瀬谷の願いを引き継ぐには荷が勝ちすぎる気がするのだ。

 3年間ずっと正面からあいつのことを想い続けた瀬谷と、あいつに向ける感情の整理を保留にし続けている俺ではあまりに差がありすぎる。

 

「いや、君じゃないと嫌だ。君なら叶えられても仕方がないなと思える。ずっと前に中山さんの本当の笑顔を引き出せていた君ならば、僕も諦めていいと思える。僕じゃ一時的に垣間見ることしか出来なかった。だが、それでは中山さんが救われない……!」

 

 熱弁されるも、俺にそんな大層なことをしていた自覚はなかったのだ。ただ、あの頃はしがらみが今より少なかっただけでしかない。

 ……だが、きっとこいつは俺以外に頼むことはしないのだろう。

 そうなると、あいつはずっと一人のままで空疎な笑みを浮かべ続けるのだろう。なにせ、誰も踏み込むこともしないのだから。

 俺みたいにぼっちでいても困らないなら、別にいい。

 けれど、あいつはどうしようもなく寂しがり屋なのだ。自分の用事がないというのに、わざわざ俺たちの前に姿を現すぐらいには。

 だから、やっぱり誰かがあいつのそばにいてやらなくてはならない。

 

「引き継いでやるが、あんま期待はすんなよ。借り物の願いほど、価値が分からんものはないからな。お前ほど真面目には出来ないかもしれない」

 

「それでも構わないさ。君がそう言ってくれるだけで僕は安心できる」

 

 瀬谷が破顔する。その表情は晴れやかで、何か憑き物が落ちたかのようだった。反対に俺の肩は心なしか重くなったように思う。

 それだけのしみったれた想いを瀬谷はあいつに抱いていたわけだ。

 配達不能のデッドレターで終わるはずだった願いはまだ潰えたわけではない。届かないのなら何枚だって書けばいい。ポストマンを何人使い倒したって構わない。例え何度届かなくとも、書く手は止めてはならない。

 そうしてしまえば、本当に終わってしまうのだから。

 




第一部、完ッ!
いやー、我ながら初っ端から飛ばしてるなと思いましたまる。
けれど、ここまでの膨大な情報を中途に入れて半端に終わらせたくはありませんでした。だから、そのまま原作から入らずにひたすら時系列順にやるというプレーをかましたわけです。
ひとまずはここまで読んで下さりありがとうございます。第二部もやるだけやるので応援して下さるとありがたいです。
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