偽物にしかなれない私は   作:流水麺と豪州侍

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……待たせたなッ! 流水麺様のお通りでいっ!
(意訳:2部のプロットめっちゃ苦戦して遅くなりました。すいません)

後半はガハマさん視点だよっ!


第二部
第18話 かくして由比ヶ浜結衣の戦いが始まる。


 

 月日が巡り桜が咲く。

 一月にも満たないモラトリアムは終わって、また新しく区切られた時が始まる。

 朝早く起きて姿見の前に立った。

 幼い頃は薄紅色だった髪は今や紅葉のように赤く染まり、長さも肩口から腰まで伸び、平らだった胸も膨らんでネグリジェの胸元をこれみよがしに押し上げる。肢体もしなやかに伸び、女性らしい丸みを帯びていた。

 否応なしに理解させられる。もう今の私にはあの頃の男勝りな女の子の面影はないのだと。

 

「改めて見ると、本当に俺は女の子になったわけだ。特にこれを見るとそう思う」

 

 ひとりごちて鏡の端に映る総武高校の制服に目をやる。

 かつて雪ノ下雪乃や由比ヶ浜結衣が着ていたソレを今度は自分が着るわけだ。

 正直、気が進まない。中学の制服を初めて着た時もそうだったが、セーラー服やブラウスとスカートのツーピースの制服はとことんまで着た人間の性を規定し提示する。この人間は総武高校に通う女子である、と過剰なまでに明確なラベリングを施すのだ。……例え中身に『俺』という異物が混入されていたのだとしても。

 それを自覚しているから少しばかりの嫌悪感があった。

 だが、こうも女らしくなってしまった身体だから何を着たところで自分が女だとすぐにわかる。幸い、諦めることも中学の3年間で慣らされてきた。

 それに約束の時間まであまり余裕がない。早く着替えてしまおう。

 しばし衣擦れの音があたりに響き、そして私は再び姿見の前に立つ。

 脚が長いからかスカートがかなり膝上にくる。そして、胸の強調がなかなかエグい。確実にこれは男子からよくない視線を向けられてしまうだろう。

 

(なかなかどうして似合うな。これは俺でも認めざるをえない)

 

 減らず口を叩く一方で、喜んでしまう『私』がいる。『俺』は制服が嫌いでも『私』はそこまで制服が嫌いではない。可愛い自分を拒絶するほど、『私』は自分の容姿を嫌ってはいない。ただ、母さんのことを思い出してたまになんとも言えない気持ちになるだけだ。

 

「さて、ゆきのんとこに行くかね……」

 

 部屋を出てゆきのんの部屋に向かう。

 本来なら私に早く起きて制服に着替える理由はない。が、ゆきのんにはある。なにせ新入生総代だ。だから、新入生の誰よりも早く学校に行って打ち合わせをする必要がある。そんな彼女に付き合う以上は、私もまた時間を合わせなくてはならなかった。

 

「おはよう、雪ノ下さん」

 

「ええ、おはよう。中山さん」

 

 ゆきのんはすでに身支度を済ませていて紅茶を淹れていた。

 前世から見慣れた制服の姿。彼女の制服姿を見て、私は原作がスタートしたことを意識する。

 

「お父さんはまだ来ないみたいだから、ちょっと待ってようか」

 

 そして、原作が始まるということは八幡が轢かれることをも意味する。原作通りなら八幡はゆきのんの送迎のリムジンにガハマさんの犬……サブレを庇って轢かれる。

 原作のことを思えばこの事故から3人の数奇な縁が始まるわけだが、知人が轢かれることを分かっていながら見過ごすのは夢見が悪いので手を加えることにした。

 リムジンではなく、私の父さんの車で学校まで向かう。父さんには運転気をつけろよと申しつけているから大丈夫だとは思う。

 原作とは違う流れだけどすでに私と有栖ちゃんがいるし、『本物』なら過程が違ってもなんとかなるっしょ! 

 

 *

 

 結果として、父さんの車は何一つ事故をすることなく学校にたどり着いた。

 ゆきのんは打ち合わせに入って、暇な私はクラス分けの紙を先に見させてもらう。

 海老名姫菜、川崎沙希、相模南と見知った名前がちらほら。彼女達とはクラスが違う。ゆきのんは国際教養科だから一緒になることはない。ガハマさんもクラスが違った。有栖ちゃんも八幡もクラスが違う……というかあの2人またクラス一緒じゃん、なんかずるい。

 はてさて、なら私は誰とクラスが一緒なのか。気になって調べてみたら引っかかる名前があった。

 葉山隼人。

 どうやら私はあの完璧で究極のリア充とひとまず1年を送らなくてはならないらしい。他の原作キャラはいなかった。

 ゆきのんを密かに応援しているうちに入学式が終わり、新入生向けの行事も終わる。映画研究会とか案外劇中で語られている以外にも部活が色々あったのには驚かされた。

 初めてのホームルームも終わると、私は仕事という体で懇親会と化していたクラスから抜け出した。

 今日1日、八幡や有栖ちゃんに会っていない。けど、あの2人はホームルームが終わったらそそくさと帰る人種なのはわかりきっている。だから、帰られる前に2人、特に八幡に制服を見せびらかそうと思っていた。

 幸い八幡のF組はまだ終わっておらず、出待ちをする。

 すぐにホームルームが終わってちらほらと生徒たちは帰りだした。だが、おかしい。……八幡がいない。

 

「伽耶ちゃん。待ってても比企谷は来ないよ。先生から聞いたけど、今日そもそも来てないんだって。なんでも、事故に巻き込まれたとか」

 

「……嘘」

 

 有栖ちゃんから伝えられた情報に私は絶句した。

 私はやれることはやったつもりだ。それにあの事故はあの3人の縁を作るためのイベントみたいなものであるからゆきのんを外せば、起こり得ないものだと思っていた。

 ……けれど、事故は実際に起きている。

 それは、逆説的に原作とはいえど絶対の物ではないという証左とも言えた。まあ今は考察はいいや。

 一刻も早く、八幡に会いたい。

 私は有栖ちゃんに情報を吐かせて病院に向かって走り出した。

 

 **

 

 鈍い衝撃音が辺りに響く。

 けたたましいブレーキ音を響かせて停まった車*1

 その横からたどたどしいながらも、あたしの方に向かってくるサブレ。

 けれど、あたしはそれには目を止めなかった。

 血塗れのアスファルトと、道路の向こうで脚を抱えてうずくまって歯を食いしばる彼。

 あたしのせいで、このひどい状況は生まれてる。

 はしゃぐサブレを抑えきれなくて、車道に飛び出たサブレを彼は庇ってくれた。

 どうして? 

 疑問が湧いてくる。

 どうして、この人はこんな目に遭ってまでサブレを助けようと思ったのだろう。

 ……いや、疑問に思ってる暇はない。動かなきゃ! 

 

「……あの、大丈夫ですか?」

 

「……この状況で大丈夫な訳ないだろっ……! 警察と救急車を呼んでくれ……!」

 

「あわわわ、すいません。すぐに掛けますっ!」

 

 ちょっとしたら警察と救急車が来て、事故の処理が始まった。

 そうしてあたしが慌てて対応しているうちに、彼は……比企谷八幡くんは病院に運ばれていた。

 だから結局、聞けないでいる。

 なんで、サブレを助けてくれたのかを。

 だって怖かったはずだ。走ってる車の前に飛び出すなんて。怖いから普通の人なら同じ光景を見ても助けてはくれない。……でも、あの人は違った。

 思っててもやらないことって人間にはあると思う。けれど、彼は迷わずに実行した。こんなことになるってことも多分分かってたと思う。

 

(かっこいいなぁ……)

 

 見た目じゃなくて、なんというかその在り方がかっこいいと思える。

 今までイケてる男子を見ても、こうまで気になることはなかった。

 彼……比企谷八幡くんだけだ。

 あたしが、こんなに心を動かされたのは彼しかいない。

 

「会って謝ろう。それで理由を聞くんだ。それで……」

 

 不謹慎だけど、彼と会うことに心が弾むあたしがいる。

 これが、恋なのかもしれないなぁとキャラじゃないけどしみじみとするあたしだった。

 

 *

 

 入学式が終わったあたしは彼と会うべく、搬送された病院に向かった。

 看護師さんに病室の近くまで案内してもらって、あたしは立ち止まった。

 耳を澄ますと壁の向こうから話し声が聞こえる。

 彼らしき男の子の声と、女の子の声。

 そりゃあそうだ。彼にも友人だっているはずだし。事故にあったと知れば心配してお見舞いにも行く。

 おかしいことではないのに、胸が痛くなる。

 

「まぁ、良かったよ。八幡が生きててくれて。さすがに数少ない幼馴染までは失いたくはないからさ」

 

 とても優しい声。彼女が彼と親密なのがよく分かる。……もしかしたら、彼と彼女は恋人同士なのかもしれない。

 足がすくむ。病室の扉に手をかけたまま動けない。

 けれど、会わなきゃ。会って謝らなきゃ。

 義務感と恐怖が混じったチグハグな心が邪魔して、身体が言うことを聞かない。

 そんな時だった。

 

「比企谷、入るねー」

 

 あたしより背が低い女の子が、すっと割り込んできて豪快に扉を開ける。そうして、あたしの目に飛び込んできたのは、

 

「おお、二階堂と……誰だ?」

 

「ああ、有栖ちゃん来たんだね」

 

 目を腐らせてベッドに寝ている彼ともう一人。

 夕焼けを閉じ込めたような赤く長い髪にお人形さんのように整った顔立ち。スタイルもすんごいよくて、同性のあたしでも見惚れてしまうような綺麗な女の子がそこにいた。

 って、事故の後に話しかけたのに覚えられてないのあたしッ!? 

 

 *

 

 しどろもどろになりながらも、彼……比企谷八幡くんとの話が終わって病室に出る。

 誰かから責められることはなく、許してもらえた。

 けれど、あたしの胸は苦しい。

 

(比企谷くん……呼びにくいからヒッキーの周りにはあんなに可愛い子ばかりいる)

 

 伽耶ちゃんと有栖ちゃん。

 2人ともとても可愛くて美人で、ヒッキーのことを大事に思ってる。彼女たちとヒッキーが作る輪の中は暖かくて、でも外側は寒くて。それなりに長い時間いたけど、あたしは愛想笑いしか出来なかった。

 

「あれ、由比ヶ浜さん。まだいたの?」

 

 一足早く病室を出たのだろう、有栖ちゃんがあたしのもとにとてとてと駆け寄ってくる。

 やっぱり、有栖ちゃんも可愛い。

 顔が綺麗なのもそうなんだけど、肩口まで伸びた黒髪が有栖ちゃんが動くたびにサラサラと揺れて、それがまた有栖ちゃんの可愛らしさが際立っている。

 ……覚えてもくれなかった地味なあたしとは大違いだ。

 

「ちょっとね。でも、大丈夫。すぐ帰るから」

 

「別に帰らなくてもいいんだけどなあ……。あたしとしては由比ヶ浜さんに話があったから正直、ちょうどいいんだよね」

 

「あたしに、話?」

 

 あたしが疑問を浮かべると、有栖ちゃんはうなづく。

 そして、艶っぽく笑った。

 

「だって、由比ヶ浜さん。比企谷のこと好きでしょ」

 

 心臓が止まりそうになる。どうして、あたし自身だって自覚したばかりの想いをどうして彼女が分かるのか。

 

「目線や僅かな口元の動きである程度は分かる。伽耶ちゃんと比企谷のことをしきりに気にしてたし、ドアの前で貼り付いてたからもう確定だよね」

 

 息が詰まる。だって、有栖ちゃんがわざわざ話に来るってそういうことだ。また、いつものようにあたしは好きになった人を誰かに譲らなくちゃならないんだろう。中学生の時もそうだった。あたしが少しいいなって思った人はあたしの友達も好きで、友達と仲悪くなりたくないからいつだってあたしから身を引くの。

 ああ、なんてひどい話なんだろう。初めてあたしが好きになれた人でさえ、こんなことになるなんて。神様もいじわるだ。

 けれど、今回ばかりは嫌だ。諦めきれない。

 知らないうちにあたしは有栖ちゃんを睨んでいた。

 

「ひどいなぁ、少しからかっただけなのに。そんな怖い顔をしないでよ。……でも、本気なんだね」

 

 困ったように笑う有栖ちゃん。けれど、その笑みは次第に楽しげなものになっていて。

 

「うーん、サブプランと見れば悪くないかな。あの2人だけじゃ心許ないし……。うん、決めた」

 

 小声でぶつぶつと言って正確には聞こえない。ただ、何かを決めたのはわかる。有栖ちゃんは滑るようにあたしの耳元に近づいてきて、ボソッと囁いた。

 

「じゃあさ、あたしがその恋路を手伝ってあげるよ」

 

 信じられなかった。だって、有栖ちゃんは伽耶ちゃんの友達で会ったばかりのあたしなんて今ここで話をしたぐらいだというのに。

 

「その代わり、由比ヶ浜さんはあたしに恋を教えてよ。それが交換条件ね」

 

 悪魔のように、こちらを試すかのように有栖ちゃんが笑う。

 底知れない、怖い。でもきっと、あたしだけじゃヒッキーには近づけない。見てももらえないだろうから。

 だから、あたしは──。

 

「お願い、有栖ちゃん」

 

 勇気を出してうなずいていた。

 

 *

 

 初めての土曜日。

 あたしは美容室にいた。

 

「このままのあたしじゃ、ダメだよね」

 

 呟きながら自分の髪をいじる。

 今まで手入れをサボってないからサラサラしてるけど、どうしても野暮ったく見える黒髪。正直、愛着もあるけれどもう迷っている余裕はなかった。

 だって、あたしは知らされてしまったのだから。

 すでにあたしの恋には強大なライバルがいる。彼女がヒッキーをどう想ってるかは知らない。でも、あたしの何歩も先にいて、ヒッキーもどこか気を許していた。

 今から追いつくにはあたしがすごく変わるしかない。それも、あたしを見るしかないほど可愛く魅力的に。

 

「すみません。髪をピンクっぽい感じに染めたいんですけど……」

 

 あの赤に負けないほどの色を手に入れて、ヒッキーを振り向かせて見せる。

 その上でありがとうだけじゃなく、好きですと伝えるんだ。

 だから、そのためにも負けられない。今度こそ、誰かに席を譲りたくないんだ。

 

*1
黒い○リウ○

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