産まれてから10年が経った。
俺ももう小学5年生になるが、依然として俺は男であろうと生きていた。
たとえば、スカートを履くのを嫌がり頑なにズボンを履こうとするとか。女の子に混じって遊ぶよりかは、男の子に混じってがっつり外遊びをするとか公然と女の子らしくあることに抵抗していた。
「伽耶、女の子らしくしなさいっていつになったら分かるの? 今日もまた切り傷なんか作って……!」
「私の人生なんだから、私の好き勝手にやっていいでしょ? お母さんに迷惑をかけてる訳ではあるまいに……」
「減らず口を……!」
金切り声をあげて叱る母さんを尻目に俺は自分で傷の消毒をする。
今世における母さんはかなり型にはめようとしてくるタイプだった。つまり、すでに前世という型を持っている俺とはすこぶる相性が悪いということだ。
例えば、母さんが一つ何かしつけをしようとする。ただし、俺は前世があるからすでにマナーができており、それを通そうとする。男女の違いがあるとはいえどちらも現代日本である以上、そこまで生活様式に違いはない。一般常識をそのまま持ってきても使えた。だから、周りの人は何も言わない。……けれど、母さんから見れば頑なに自分を拒まれたように見えてしまう。そして、それが続けば自分が育てたという意識を持ちにくい。年をとればとるほど、母さんとの仲は加速度的に悪くなっていった。
「もういい、私は部屋に戻るね」
「待ちなさい! お話はまだ終わってないわよ!」
母さんの制止を振り切り、俺は無理やり自室に逃げ込む。
前世の男趣味と今世の女の子らしい可愛い物が入り乱れた部屋。まさしく、俺の内面を体現していた。
姿見の前で着替えをする。朝に無理やり着せられたスカートを脱ぎ捨て、キュロットに変えた。
アメリカ人の母さん譲りの肩にかかる程度の薄紅色の髪に青い瞳。
顔立ちに至っては可愛くかつ綺麗系で、日本と欧米系の利点すらも併せ持つ反則的な整い方をしている。
(見た目は本当に可愛いんだよな、俺……)
本当は分かってる。俺が悪いのだ。
実際のところ、スカートを履くことも女の子の中に混じって大人しくするのはまぁ嫌だが、出来ないわけでもない。多少は苦労するだろうが普通に女の子として生きていけるとは思う。
ただ、そのまま言われるがままに女の子になってしまったら、かつて生きた『俺』はどうなるのか、俺が『俺』を殺してしまったのなら、転生してきた意味がないのではないか。
確かに前世の『俺』は女の子として生きるには目障りだ。だが、打ち捨ててしまうにはあまりにも淋しい。
この葛藤は俺に常に内在するものだ。
10年間、女の子として生きてきてなお、俺はいまだ女に成りきれていない。
*
母さんがやかましい家と違って学校はパラダイスだった。
勉強って言ったって中学受験するわけでもないから前世の知識の流用で足りるし、運動も男子の中に紛れてサッカーやらできるぐらいだから女子の中では確実に頭ひとつ抜けている。
「なあ、八幡。今日も帰ったらサッカーしようぜ」
「お、おう。いいけど……。だが、俺でいいのか? お前以外に友達なんていないからパスとPKぐらいしかできないぞ?」
「別にいいよそれだけでも。八幡は周りをよく見てるからそのあたりは手強いんだよね、いい練習になるんだ」
俺が帰りの会で話しかけたのは、言わずと知れた『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』の主人公・比企谷八幡。
今世における友達と言えば、彼になる。
前世で俺ガイルは読んでいた。八幡はその中でもとりわけ好きなキャラと言っていい。だからこの世界に来れてよかったとは思う。
けれど、何故に俺を女にしてしまったのか。ただでさえ人見知りする八幡だぞ? 女子となると向こうが尚更困る。実際、仲良くなるのにかなり苦労して一緒に遊ぶようになったのも、一年ぐらい経ってからだった。
最初は打算とファン根性丸出しで彼に近づいたが、普通に俺と八幡は相性が良かった。互いに良くも悪くも子供らしくなくて付き合いやすいのだ。
「それにしても、お前はやたらと俺とつるんでくるよな。他の友達は放っておいていいのかよ……」
「君がいいんだから、仕方ないね」
そんな八幡の欠点はやや卑屈なところだろうか。八幡には八幡なりの良さがあるのに、そう構えてしまっては彼の良さが皆に分からずぼっち街道まっしぐらである。
だから、俺はかなりの確率で八幡を半ば強引に遊びに連れて行く。
そんな卑屈なんて、蹴っ飛ばしてしまえと。他ならぬ俺が良いと言ってるんだから、それでいいじゃん。とわからせるために。
*
あのババア、やりやがった……!
朝起きて自室の洋服ダンスを見た俺は愕然としていた。
なぜならば、ズボン類がなくなってスカートしかなかったのだから。
怒り狂って母さんに問い詰めたら「中学生になったら制服がスカートなんだから耐えられるようになりなさい」と言われた。
1ヶ月はレンタルスペースに預けたままにしておくらしい。おのれ。
「いや、丈が短いなぁ……」
俺が何気なしに手に取ったスカートは結構短い。ロングスカートといえるようなものは一つとしてなく、一番長い丈でも膝が隠れる程度でしかない。
俺、学校では完全にボーイッシュ系キャラで売ってるんだけど、これ履いたらイメージ変わりすぎて違和感凄いよな……。
自分自身の見てくれは悪くないのは分かってる。だが、こんなスカートが似合うようなガラではない。
……ああ、やだ。絶対クラスの奴らに馬鹿にされるじゃん。
嫌々学校に行き、クラスに入る。
すると、やはり奇異の目線が俺に突き刺さる。
そりゃあそうだ。万年トップスはTシャツとタンクトップ。ボトムスは短パンとジーパンで押し通すような女が、急に甘めのワンピースで登校してきたらそりゃあ誰だってびっくりする。
その視線と、スカートの中で滞留する空気で身体中がそわそわして仕方がない。
「おう……おはよう」
挨拶してきた八幡だって微妙そうな顔をしていた。
なんというか、どう扱っていいか分からない感じだ。
「……おかしいよな、俺がこんな格好をするなんてよ。仕方ないだろ、母さんに強制されてるんだから」
八幡に気味悪がられたくなかった。他の誰かならまぁいいとして、八幡だけには。だから、俺は悪態をつく。
しかし、あいつは事もあろうに。
「……まあ、似合ってるんじゃないの?」
そんな言葉、逆に言って欲しくはなかった。気味悪がられるよりはずっとマシだけど照れ隠しながらに言った八幡の褒め言葉に、思わず俺の心の臓が跳ねてしまった。
(なんだよ、これじゃ俺が女の子みたいじゃないか)
いや、実際のところみたいじゃなくて、俺は女の子そのものなのだが。
けれど、現金な物で俺はその後の一か月間、スカートの嫌悪感が緩和されて無事にスカートを履き通すことができた。
レンタルスペースからズボン類が戻ってきた日、俺は意気揚々とそれを履いて学校に行ったが、安堵する俺とは異なり八幡はちょっと残念そうな目を向けてきやがった。
……なんだよ、お前も可愛い俺の方が良かったのかよ。なら、言ってくれれば、少しは頑張るからさ。そんな残念そうにするなって。
その後も、週に2回ぐらいはスカートを履いて学校に通うようになった。