偽物にしかなれない私は   作:流水麺と豪州侍

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こちら流水麺、生存を報告申し上げます。
……帰り遅すぎて死ぬかと思った。帰ってから家事して終わりが平均12時半ってどゆこと……? あと普通に飯食ってる間に寝て、4時ぐらいに起きて慌てて残り食わなきゃいけんことあるし……。


第20話 逃げるは恥だが役に立つ。ただし二階堂有栖に気取られてはならない。

 

 退院した後は穏やかな日々が続いた。……いや、一度だけ二階堂に茨城に拉致られたけどそれはそれだ。

 ただ、由比ヶ浜結衣とのやり取りが胸のしこりとなって残っていた。

 その気はなかったが由比ヶ浜と中山が、正確には磯子の件が重なるのだ。互いに立場が異なる2人が変わらずつながりを保ち続けることなどない。そんな古典的なロミジュリは物語の中でしかありえないのだ。

 だから、俺は破綻すると分かっていた関係を未然に終わらせた。対人関係の損切りはぼっちにとっては必須スキル。今回の俺もそれを行使しただけに過ぎないのだから。

 ……それでも。

 泣きじゃくる由比ヶ浜の顔が「本当にそれでよかったのか」と俺を苛む。今更こぼれた水は盆に帰らないというのに。

 

「……考えても無駄だな。ちょうど昼頃だしサイゼでもいくか」

 

 今年のゴールデンウィークは怪我をしたというのに思ったよりも外出が多い。これは引きこもり谷くんの汚名返上か? 違うか。

 どうにも家に居ても落ち着かない。俺は逃げるように外に繰り出した。

 

 *

 

「げっ」

 

 最寄りのサイゼにたどり着いた俺は思わず足を止めていた。

 なぜならば、窓越しからテーブル席を独り占めして料理を広げる二階堂の姿が見えてしまっていたから。

 茨城に行った時の暴食ぶりもだいぶやばかったが、今回も中々だ。少なくとも2人前を優に超える量の皿が並んでいる。

 二階堂とは知り合いだが、この異様な光景の中で変に注目されたくないから渋々別のサイゼに行こうと踵を返そうとする。

 だが、俺は忘れていたのだ。

 こちらが深淵を覗き込んでいる時、深淵もまたこちらをじっと見ていることを。

 踵を返すその瞬間、視界の端で二階堂はニコリと笑って手招きをしてきやがる。

 どうやら来いとのことらしい。

 

「はぁ」

 

 ため息混じりに俺は店内に入る。

 すると、二階堂は料理を整理して俺のスペースを作ってくれた。

 

「結構、今年のゴールデンウィークは比企谷と出くわすよね」

 

「そうだな。いずれもお前に引き摺られてきたようなもんだが」

 

「もしかして、茨城旅行のこと引きずってる?」

 

「……少しな」

 

 二階堂に連れられた茨城旅行は楽しかった。美味いものは食えたし、面白いものも見れた。

 だが、やっぱり高校生の財布ではキツい。母親が諭吉を出してくれたとはいえ、何千円かは自腹を切ることにはなってしまったのだ。

 

「まあ、あれは半ばあたしが強引に連れてったもんだからね……。仕方ない、おわびにあたしが頼んだ料理をいくつか食べていいよ。比企谷ならそれでかなりお腹が膨れるでしょ?」

 

「いや、いい。自分で食うもんは自分で決めるわ」

 

 きっぱりと二階堂の申し出を断る。

 別に彼女を許していないわけではない。ただ、よくよくみると料理にちょこちょこ二階堂が手をつけた形跡があるのだ。つまるところ、俺が食べれば二階堂と間接キスをする羽目になる可能性が高い。メシ代が浮くのはありがたいが、さすがにそれはどうだろうかと俺の理性が押し留めた。

 男子に対してナチュラルに間接キスを勧めるのは、流石に年頃のJKとしてやばいんじゃないすかね、二階堂さん。

 

「まあその頼んだ分はあたしが出すとしてあとはどうする? まだ足りないよね」

 

「や、メシ代出してくれるならそれでいいや」

 

「えーでも後でなんかそれをダシにして強請られるのも嫌だし。……もしかして後で身体で返せとか言わない? エロ同人みたいにさ」

 

 そう言って自分の胸をかき抱く二階堂。でも正直そのポーズの方がパイオツを強調していてエロ同人ぼく見えるのは気のせいだろうか。

 

「言わねえよ、つーかどこからそんなネタ拾ってきたんだ……」

 

「んー、クラスの男子? まぁいいや、そんなことはさ。ちょうどいい機会だし、あたしが比企谷の悩みでも聞いてあげるよ。ガハマちゃんを突き放したことをどうせ悔やんでるんでしょ?」

 

 見透かしたような二階堂の台詞にメニューをめくる手が止まる。

 

「ガハマちゃんには言わないから、話してみそ?」

 

「お前には敵わねえな……」

 

 やはり自分勝手にやっているように見えて二階堂はちゃんと人のことを見ている。

 もしかしたらメシ代を出してくれるよりもそっちの方が今の俺にはありがたいのかもしれない。由比ヶ浜に対するしこりは退院してからずっと俺を苛んできたのだから。

 

 *

 

 ひとしきり由比ヶ浜とのやり取りについて二階堂に話した。

 病室での会話と俺側の動機を余すことなくだ。何やら気恥ずかしいものを感じたが、背に腹は代えられない。

 全てを聞き終えた後、二階堂は何かを噛み締めるように呟いた。

 

「比企谷らしいといえばらしいけど、それで分かるのはあたしや伽耶ちゃんとか誰かを失った経験がある一部の人だけだよ」

 

「……かもな」

 

「仕事とかならともかくさ、普通は最初から自分との関係の終わりを想定して話をする人なんていないよ」

 

 二階堂の言うように出会ってすぐの人間に向けるにはネガティブな感情だったのかもしれない。

 けれど、それでも思い出すのだ。中山を失った日を。本当を塗り潰して虚飾を選んだ日のことを。あの日の寂寥を忘れたことはない。

 あの空白を俺は恐れている。

 だから、不意にもたらされるぐらいなら自分で機会を調整したかったのだろう。

 

「それでもやっぱり自分勝手だよ。ただ比企谷が恐れただけ。ガハマちゃんも比企谷のいいところを盲信してたみたいだから自分勝手なのはお互い様だけど、行動に移したら言い訳はできないね」

 

 二階堂の舌鋒が鋭く臓腑を抉る。胸が痛むが、譲れない。後悔こそあれど確かにあれは俺が出した一つの答えではあったのた。

 

「だがなぁ、なんというか、わからなかったんだよな。由比ヶ浜がなんで俺に構ってくれるのか。……だから、俺は事故の申し訳なさからかと思った。なにせ由比ヶ浜が俺と関わり続ける意義を見出せなかったからな。まだ、悪意や義務感で接しているって考えた方がわかりやすかったんだ……」

 

「ひねくれてるね、比企谷は。まああたしが言えた義理じゃないんだけどさ」

 

「お前も大概だからな……。正直、めんどくさいもんお前」

 

「うう、比企谷が虐める……」

 

 よよよと泣き真似をする二階堂。実に嘘くさくてわかりやすい。

 これだ。こっちに配慮しているのかはわからないが、二階堂は比較的わざとらしいリアクションで主張を伝えてきてくれるのだ。対して由比ヶ浜は他人と合わせる悪癖が染み付いているのかその主張が薄い。俺が由比ヶ浜を図りかねた原因だった。

 

「でもさ、比企谷はそのめんどくさいあたしと5年間居れてる訳じゃん。なんで?」

 

「なんでと言われたらアレだ。時間をかけてお前が早々に離れるような人種じゃないとわかったからな。逆に今が初見なら絶対に関わりを持たないまである」

 

「そこだよ、比企谷。事故と病室で割と濃い時間を過ごしたとはいえ、ガハマちゃんとは一月しか付き合いがないんだよ? それで全てがわかるわけでもあるまいし。それにまだ学校で会ってないじゃん?」

 

 ねえ、比企谷。とテーブルを立って隣に回り込む二階堂。石鹸のようないい匂いと得体の知れない寒気が身体を撫ぜた。

 

「あたしに時間を与えて、ガハマちゃんに与えないというのは不公平なんじゃないのかな? 1ヶ月で分かった気になれるほど比企谷の欲しいものはちゃちなものなの? 結局のところ手を伸ばすのが怖くて逃げただけなんじゃない?」

 

 二階堂は糾弾する。

 お前は不誠実だと。

 お前のしたことはその場凌ぎの逃げの一手に過ぎないのだと。

 お前が忌み嫌った欺瞞の一つでしかないのだと。

 理屈で覆い隠していたものを、彼女は容赦なく白日の元に曝け出す。

 たまらず俺は二階堂から目を背けた。

 けれど、その行為こそがそれが欺瞞だったのだと何よりも強く肯定してしまったのだ。

 

 *

 

 5月6日。

 俺にとっては初の登校日。

 周りにとってはゴールデンウィーク明けの憂鬱な1日だろうか。……ああ、俺にとっても気が重くて憂鬱だ。

 由比ヶ浜が登校するよりも先に彼女の下駄箱の前に立つ。病室での話から彼女が遅刻ギリギリに登校してくることは知っていた。

 だから、由比ヶ浜に現場を見られることはないが彼女と同じクラスの女子の視線が突き刺さって痛い。

 だって仕方ないじゃないか。病室にいる間、俺は由比ヶ浜との連絡先の交換を固辞していたし、さすがに周りの目が辛いからと二階堂に代わってもらえないかと頼んだが「これは比企谷がけじめをつける案件だよ」とにべもなく断られた。

 だったら、最も古典的な手……下駄箱に手紙を仕込むという方法を取らざるを得ない。

 

(まあ、来てくれなくてもいいんだがな。それはそれで答えになる)

 

 間違ったなら、もう一度問い直せ。

 二階堂に俺はそうこっぴどく叱られた。その舌鋒で何度俺のメンタルはズタズタに切り裂かれたことか。

 ……ただ、見方を変えれば二階堂は優しい。

 なにせ誤った答えを、偽物を糺す機会をくれたのだから。

 





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