偽物にしかなれない私は   作:流水麺と豪州侍

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流水麺です。途中一万字にも及ぶ旅行編を挟んだせいか、20話を出したのが割と昔のように感じられます。
まだ2部の最序盤なんですよね、そういえば。

今回は八幡と由比ヶ浜視点でお送りします。


第21話 かくて由比ヶ浜結衣は結い直す。

 

 青空の下で微風が頬を撫ぜる。

 放課後、俺は屋上で由比ヶ浜を待っていた。

『放課後、屋上に来てくれ。もう一度話したいことがある』……なんて未練がましい男のような文章を書いたが、実のところどちらでもいい。

 由比ヶ浜結衣と比企谷八幡は住む世界が違う。本来なら日向と日陰でなんとか交わらないように過ごしていた関係性だろう。

 世の中には出会わない方が良かった関係というものがある。

 まあそう言うと犬猿の仲みたいな関係が想起されがちだが、ただ違うモノを同じところに混ぜるのもそうだ。例えば美味しいからといってバニラアイスをラーメンに突っ込んだりはしないように。同じ高校生だからって陽キャと陰キャを安易に混ぜてはいけないのだ。

 混ぜたら最後、大概は互いが台無しになったり、あるいは片方が大いに崩れたりする。共存することなどまずありえない。

 だから、俺が彼女を切り離したことはだいたいは間違ってはおらず、かつて彼女が俺を切り離したのが間違っていないことも今になってわかった。

 ただ、俺も彼女も間違えたのだ。

 互いに話し合った結果、別れることを決めたのならそれでいい。けれど、俺たちはいつか来る破局に怯えて逃げ出したのだ。

 だから、もう一度向き合うために俺はこの場に立っている。

 

「それにしても来ないな……」

 

 腕時計を見るとすでに15分ぐらい経っていた。

 おそらくはもう由比ヶ浜は来ないつもりだろう。

 だったらいい。それが答えだ。

 寄っかかっていた柵から尻を離し、出口に向かって歩き出す。

 無意な時間を過ごした。帰ったら積んでるゲームをしよう。

 他愛もないことを考えながらドアノブに手をかける。

 するとひねってもないのにひとりでに扉が開いた。そして、開いた扉板で強かに頭を打ちつけてしまう。

 

「痛え……」

 

 思わず呻いてしまう。

 痛みで明滅する視界が回復するのを待って、扉の向こうを見やる。

 

「……ヒッキー」

 

 すっかり見慣れた桃色がかった茶髪。

 待ち人が、由比ヶ浜結衣の姿がそこにはあった。

 その事実に何故か俺は胸を撫で下ろしている。

 

「まぁ、ここではなんだ。座って話そうぜ」

 

 おそらくは長い話にはなる。だから頭も使うし、喉も渇くだろう。

 俺はフタを開けていないマッ缶を由比ヶ浜に差し出した。

 

 **

 

 あたしが有栖ちゃんと手を組んで最初に勧められたことは病室のヒッキーと何度も会話を続けることだった。

 あの後、あたしが事故の時にヒッキーに対して感じたことを言うと有栖ちゃんはなんとも言えない苦笑いを浮かべて言った。

 

「うーん、比企谷ってそんな立派な人間じゃないんだけどなあ。助けてもらったからといって色眼鏡かかってない?」

 

「眼鏡? かけてないよ? 視力はいい方だし」

 

「そういうことじゃないけどね。まぁ、比企谷をよく見ることだよ。そうすれば、自分の気持ちも分かる」

 

 有栖ちゃんの話は言葉が難しくて、そして感覚的な話ばかりで中々その考えを読み解くのは難しい。

 でも、あたしはもっとヒッキーのことを知るべきだということは理解できたし、異論はなかった。だって好きな人のことはもっと知りたいから。

 だから、あたしは翌日からは可能な限りヒッキーの病室に通うようにした。

 はじめはヒッキーは居心地悪そうにしてたけど、次第に慣れてくれてほとんどあたしからだけど話をするようにもなる。ヒッキーは時折相槌を打ってくれて、それがどうしようなく捻くれてて馬鹿らしくて気が抜けてて、少しだけ心地よかった。

 

(ヒッキーって今まであたしが接してきた人とかなり違うんだよね)

 

 今まであたしの周りにいる人は場の空気を読むというか、クラスの中でパワーの強い人のご機嫌取りをしているような感じだった。だから、みんな本心ではないことを言ったり、周りの目を伺ったり好きなようにお喋りができるような感じじゃない。

 今のクラスも似たような感じで、女子は相模南……さがみんが中心のグループでまとまってるんだけど、さがみんは結構人のことを悪く言うから同じグループのあたしたちもまた本心は違うのにその人のことを悪く言わなきゃいけなかったりする。

 けれど、ヒッキーは違う。

 ヒッキーは良くも悪くも取り繕うようなことは言わない。考え方が捻くれていることも、あまり自分に自信を持ってなさそうなところも言葉や表情に出てきている。

 だから、ヒッキーの前ではあたしは自由になれる。言葉を選ばないで話すことができる。気取る必要なんてない、ヒッキーと2人きりの病室の空気があたしは大好きだった。それこそ、有栖ちゃんに勧められたからではなくて自分の意思でほぼ毎日足を運んでしまうぐらいには。

 

『お前が申し訳なさで来てるならお見舞いはもうやめろ。こうもお前を拘束していると俺が居た堪れなくなる。いいんだ、由比ヶ浜。お前はもう戻っていいんだ、自分の世界に』

 

 けれど、あたしが大好きでもヒッキーはそうじゃなかったのかもしれない。少なくとも、戸惑ってはいた。

 

『なんで、そんなこと言うの……っ。あたしはぜんぜんそんなつもりはないのに……』

 

 あたしはヒッキーの言う償いのために来ているわけじゃない。あたしはあたしでただ来たくて来ているだけなのに、それがヒッキーには伝わっていない。あたしにとって事故のことはもうただのきっかけでしかないのに。

 

『勘違いするな、俺はお前のために犬を助けたわけじゃない。見て見ぬふりをしたら俺が俺を赦せそうになかったからやっただけだ。だから、すでに謝罪を済ませた由比ヶ浜が気に病む必要はない』

 

『わからないよっ! なんでそんな考えになるのかわからないよ……ねえ、ヒッキー』

 

 口ではそう言うけど、実のところはうっすらと理由は分かっていた。

 ヒッキーは臆病だ。だって人の嫌なところをたくさん見て来たから。だから、あたしのことをそう簡単に受け入れてはくれなかったんだと思う。けれど、その受け入れてくれなかったという現実を信じたくなかっただけ。

 こうなってしまったら会話なんてできない。お互いに黙って見つめているだけ。そんな時間に耐えられなくてあたしは飛び出した。

 

『……バカ』

 

 最後についた悪態は誰に向けられたものなのか。

 分かってくれないヒッキーに向けたものか、それとも舞い上がっていたあたしに向けられたものなのか。

 わからない。

 けれど、階段を降り切ったあたしの目には涙が滲んでいた。

 あたしの存在でヒッキーの気を病ませるぐらいなら離れよう。あたしは静かにそう決めた。

 

 

 ……そんなことがあったから、もう一度会いたいってヒッキーから手紙で知らされた時は嬉しかった。けれど、足を運ぶのは気が重かった。

 だって一度はまちがえたから。もう一度まちがわないなんてどうして思えるのか。

 あたしは怖かった。

 もう一度まちがえて完全に台無しになってしまうことが。

 手紙を読んでからは授業もさがみんとの会話もあまり耳に入らなかった。

 ああ、けれど一つだけわかる。

 この機会を逃がしたらヒッキーとはもう二度と交わることはないのかもしれないと。多分、良くてもただの知人で終わると思う。

 

『人間ってのはな、何かを選ぶ時は何が良いのかじゃなくて何が嫌なのかで選ぶもんだ。なんだかんだ迷っても結局のところその焦点に収束する』

 

 いつぞやのヒッキーのひねくれた一言を思い出す。

 あたしの嫌なことは……。

 ああ、やっぱり。

 あたし、ヒッキーと会えなくなるのが嫌で。

 もう一度、あの優しい場所に帰りたいだけなんだ。

 ……ありがとう、ヒッキー。おかげで決めれた。

 だから、行くよ。

 

 **

 

 気づけば肌寒さを感じていた。日もだいぶ傾いている頃合いだ。

 俺はもう一度由比ヶ浜に話をした。事故のことや、病室で話をしてた時にどう思っていたかを。

 リピートラーニングみたいなものだろうか、感情にもあえて自分の口に出すことではっきりとその存在を定着させる作用があるらしい。

 知覚した以上、疑り深い俺にも否定はできない。由比ヶ浜結衣と過ごした一月はなかなかに楽しいものだったと。

 そして、なまじ楽しかったからこそ失われることを、俺の勘違いに過ぎなかった場合のパターンを恐れたわけだ。

 

「……ヒッキーって、不器用で臆病で最低だね」

 

 俺に内実を明かされた由比ヶ浜の反応と来たら、それは大層ひどいものだった。ほんと、そんな寂しげに笑わないで欲しい。下手に嘲笑されるよりも心にクルから。

 

「まぁ、それがヒッキーだから仕方ないね。あたしだったら恥ずかしくてそんなこと言えない。でも、言えるヒッキーだからこそあたしは1か月間一緒に居れたんだね」

 

 由比ヶ浜の笑みの質が変わる。

 寂しげなものから、呆れたものに、そして慈しむようなものに。

 その柔らかな笑みが彼女らしからぬ大人っぽさを帯びていて、思わず俺はたじろいでいた。

 

「ヒッキー、あたしもこの1か月間楽しかったよ。あの病室に行くことが大好きだった。だから、これからも続けていきたい。……そう願うのはまちがったことなのかな?」

 

 不安げに問いかける由比ヶ浜。

 しかし、幸いなことに俺はその問いの答えを持ち合わせていた。

 

「……まちがってないだろ、別に。互いが楽しいと思えるならそれでいいんじゃねえのか」

 

「……そだね」

 

 俺の言に由比ヶ浜は頷く。

 ……これで確認は取れた。

 俺はクラスのリア充たちとは違ってなんとなくで関係を作り、うやむやなまま関係を続けるなんてことはおそらくはできないのだろう。故に俺は欲したのだ。

 関係を続けるに足る役目だったり、関係を続けていい了承のようなちゃんとした理由を。その理由があって俺は初めてその関係性を信じられる。気持ちだけではまだ無理だ。

 いつかはもっと上手くやれるのかもしれないが今はまだあまり想像できない。だから今日はこれぐらいで許して欲しい。

 

「さて、と……」

 

 話が終わり、互いに示し合わせることなく、立ち上がる。

 この屋上にはもう用はない。もっと別に相応しい場所が他にあるからだ。

 

「ここじゃ寒いし腹減ったから、サイゼでも行こうぜ」

 

「うんっ!」

 

 2人連れたって屋上を後にする。

 そうだ、小町に『今日は晩飯要らない』って送っとかなきゃな。

 

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