偽物にしかなれない私は   作:流水麺と豪州侍

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カピカピになってた流水麺です。
もう一方の作品がある程度キリがいいとこまでいったのでこっちも再開させます。長らく、お待たせ致しました。


第22話 こうして彼と彼女は境を決める。

 

 気づけば目で追ってしまう存在がいる。

 長く赤い髪に、白く透き通る肌。極めて整った顔立ちは周囲の人の目を否応なしに集めてしまう独裁性があった。

 

「やっぱ、隼人くんもかやちん気になるカンジ? まぁ容姿がダンチで違うからわかるべー」

 

 俺が中山さんを見ていたことに気づいたのか隣の席の森戸がからかってくるが、俺は適当な笑みを浮かべて言った。

 

「そうだね。ほら、やっぱり俺も男だからさ。綺麗な子には目がいくさ」

 

 中山さん……中山伽耶は類い稀な容姿を持っている。それこそ俺が今まで見てきた誰にも引けを取らないほど、まさか雪ノ下姉妹や彼女とためを張るほどの美少女ともう一度に出会すとは思わなかった。

 ……だから、俺がつい中山さんを目で追ってしまっても「美人だから仕方ない」と言い訳できる。

 

「やっぱ隼人くんもかやちん推しか〜、こりゃ大敵出現や……。 夏の恋愛戦線、これは必見ですねえ!」

 

 やたら大仰に解説者ヅラする森戸を雑に捨てて、俺は部活の準備に入る。

 7月になり、最初の期末テストも超えた今。クラスは高校最初の夏休みに向けて浮き足だっていた。甘い一夏の恋に焦がれて気になる相手に鞘当てが繰り広げられるばかり。

 

(俺も、中山さんもここ数週間は苦労するだろうなぁ……)

 

 厄介な未来が見えてきて、憂鬱になる。

 俺が欲しいのは、ぬるま湯のような日常であって燃えるような恋ではないのだから。それに今更それを求められても俺には応えることはできないのだろう。

 あの日、あの時、彼女を前にして。俺は煮えたぎった己の感情に冷や水をぶっかけた。

 それ以来、俺の心が熱を持つことはない。

 

 

 **

 

 終業式の放課後。

 私はとある男子生徒に呼び出されていた。

 相手は同じクラスの吉井くん。葉山くんと同じサッカー部員でクラスの中のカーストも高い。まあまあイケメンで女子の人気もそこそこ。けれどまぁ葉山くんと比べると二枚は役者が落ちる。

 実のところ、彼の用件は分かっている。告白だろう。

 なにせクラスメイトとして過ごしている間、彼は私に対して時折熱を帯びた視線を向けてきていたから。ついにこの時が来たかとさえ思っていた。

 

「呼び出してごめん、中山さん」

 

「別にいいよ。気にしてないし」

 

「そうか……」

 

 吉井くんは息を呑む。それと同時に空気が低く、張り詰めたものになるのを感じた。

 ずっと悩んでた。あるいは機を伺っていたのだろう。

 彼は軽率な男ではない、むしろ腰が重くて不器用な部類に入る。そして、何よりも臆病だった。

 1学期の間は曲がりなりにもトップカーストとしてつるむ間柄だったからよく知っている。ただそばにいるだけなら何もせずとも良かった。けれど、彼は今その安寧を自ら投げ捨てる択を取ったらしい。その勇気はすごく価値があるものだとは思う。

 

「なぁ、中山さん。俺と付き合ってくれないか? まだ早いのかもしれないのはわかってる。……けれども、時をかけている間に誰かに取られたくない」

 

 だからこそ、心が痛かった。

 だってそんな彼の全てを擲つ勇気に対していつも通りに申し訳なさそうな表情を作って、返事をすることしかできないのだから。

 

「ごめんね、私は特に誰かと付き合うつもりはないんだ」

 

「だよな、悪い。……そんな気はしてた。けどなぁ、それでも怖かったんだ、俺は。すまない中山さん、要らない手間をかけさせた」

 

 涙を拭って吉井くんは歩き出す。

 これで関係の精算はできたのだろうか。

 今まで何人も振って来たけれど、いつだって後味が悪いのはその相手と長く時間を過ごした場合だった。

 彼らはちゃんと私を知ろうとして近づいてくる。けれどそんな彼らに対して私は『俺』を出すことはせずにあくまで『私』として応ずる。ほんとうは『俺』を出せたらいいのだけれど、それで幻滅されたくはないしきっと彼らが求める『私』とは外れている。

 つまるところ私は彼らの誠意に偽りで返してるわけだ。この不等式な関係性が後ろめたくてやるせなくなる。

 

(帰ったら八幡に絡みに行こうと思ったけど、そんな気分じゃなくなったなぁ)

 

 近くにあった椅子に腰掛けて気持ちを落ち着かせようと務める。けどまぁなんというか今日はそんな上手いこといかない日みたいで。

 閉めていた扉がまた開いた。

 そこから姿を見せたのはまたも見知った顔。

 心が細波を立てる。何故にこんなところに彼がいるのか。そして何故に今この時に話しかけてくるのか。

 明敏な彼のことだ。この場で何が行われていたのか、察することができないはずもない。実に、らしくなかった。

 

「奇遇だね、中山さん」

 

「なんで君がいるのかなぁ、葉山くん」

 

 葉山隼人。

 クラスの中の最上位カースト。

 成績は学年3位以内を常にキープし、サッカー部では一年生でありながら次期大エースとして嘱望され、その上で人当たりも良い。なによりイケメンである。

 でも、私はそんな彼にある種の近寄りがたさを感じていた。

 理由は彼もまた演技者だから。

 クラスでの彼は皆が求める『牽引者・葉山隼人』を見事に演じている。ただ舞台の上で立つのではなく、己が生活を整然と演出しているのだ。それは緻密な計算と管理が必要で、僅かな綻びにさえ気をつけなくてはならない。それを一日の大部分維持させる。

 こう考えてみれば途方もない労力なのが分かる。だから私は出来る限り彼の演技を邪魔しないように当たり障りのない関係で接していた。

 そんな気遣いをしてあげていたのに、なぜか彼はこの期に及んで私に接触をしてきた。正直なところその意味は計りかねる。

 私は苛立ちを押し込めて、笑顔で彼に応対した。

 

 **

 

 中山さんにあの吉井が告白する。

 その情報を掴んだ時、俺は吉井の後をつけて近くに潜んでいた。

 こんな行動は『葉山隼人』らしくはないのかもしれない。けど、吉井が振られるのは火を見るよりは明らかだった。

 なにせ彼女はクラスの誰に対しても心を開いていないのだから。

 僕は吉井を止めたが、いささかそう断言するにあたっての論拠が弱かった。

 止められなかった以上は彼のアフターフォローに回る。それが俺のプランだ。だから、告白は最後まで見届けた。

 

(それにしても、彼はよく決断したと思う。俺には『葉山隼人』にはああするだけの勇気はない。あの時、俺に彼のような勇気があったのなら、何かが違ったのだろうか)

 

 無駄だとわかっていながら、たらればを考えてしまう。

 まぁ俺と比べれば彼は十二分に立派だ。彼は彼なりに戦って、そして敗れたのだ。その背中に勝負に介在しない俺がかける言葉などない。

 むしろ、彼女の方が気にかかる。何やら彼女は疲弊しているようで。そして、その疲労は俺にも心当たりがあるものだった。

 

(……ああ、だからか。俺が彼女を目で追うようになっていたのは)

 

 すとんと腑に落ちる。

 俺は彼女に下心を持っていたわけではない。だが、彼女の振る舞いに俺は一種の近しさを見出していたのだ。

 誰かのために望まれた振る舞いをして、なおかつ自分の懐には踏み込ませない。それはまさしくクラスでの俺の立ち回りそのものだ。だが、それは自分を削り取るような行為でしかなく消耗が著しいこともまた身をもって知っている。

 きっと俺は見ていられなかったのだ。だから、らしくもなく彼女に口を出していたのだろう。

 

「無理に演技しなくていい。中山さん。吉井を振るのが辛かったら顔を歪ませていいし、俺と話すのが億劫だったらもっと嫌そうにしていいんだ。君はいつも笑顔を作る。心が痛んだ時ほどより穏やかな笑みを作っている。それでは君は学校で心が安らぐことは多分ないのだろう」

 

 俺が言うと中山さんは驚いたように目を見開いたのち、口の端を釣り上げた。その姿にはどこか陽乃さんが重なってしまう。

 

「……へぇ、私に演技をするなっていうんだ、葉山くんは。あくまで女優に対してその物言いは強気に出たね」

 

「演技に対してダメ出しをしているように聞こえたなら謝る。けれど、君はそれで自分を傷つけているような気がするんだ」

 

「なるほど、よく見てる。さすがは同類だね。けれどやめる気はないし、それに葉山くんには言われたくないよ」

 

 明確な敵意を向けられて、思わず俺はたじろいでしまう。蒼天の瞳が俺を制止させ、余計な言葉を紡がせない。

 失策だった。彼女は半端な覚悟と優しさで向き合うべき相手ではなかったのだ。

 

「君がそう振る舞うように、私にも演じると決めた理由がある。教えてあげるつもりなんてさらさらないし、それに踏み込むなんて私達らしくない。違う?」

 

 念押しするように中山さんは俺の瞳を覗き込んでくる。

 夕焼けを溶かしたような赤い髪がさらりと揺れて、女の子特有のいい香りが鼻腔をくすぐる。

 それはともすれば、誘惑のようで。でも、違う。これは強要であり、警告だ。……ああ、こんなところまで陽乃さんに似てくれなくてもいいのに。

 

「わかった。ごめん、踏み込みすぎたね。2学期からは上手くやるよ」

 

 そう言って僕は彼女から離れた。

『葉山隼人』は彼女の近くにいるべきではない。彼女の隣に必要なのは剥き出しの『誰か』であり、それは『葉山隼人』とは両立することはない。

 願わくばその『誰か』が現れてくれることを、俺は祈らずにはいられなかった。

 

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