偽物にしかなれない私は   作:流水麺と豪州侍

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いきなり評価3つもついて驚いた流水麺です。やはり潜在的な需要はあったのか……。やべえとんでもない鉱脈掘り当てちゃったぜ、とガクブルしてます。


第2話 どうにもこうにも人間というのは環境に規制されていくものである。特に男女差

 

 6年生になる。

 この頃になると流石に身体も女性のものになってきた。

 胸はもうブラジャーが必要なぐらいに膨らんできたし、陰毛も生えてきている。ネットで調べた限り、もうそろそろ生理が始まる気がする。

 この変化は、俺だけではなく周囲の女子も巻き込んで現在進行形で進んでいた。

 例えば有栖ちゃん(俺よりも小柄でパッチリとした目が特徴的な娘)は身長が140後半ぐらいで伸び悩んで、全体的に細いけど完全に体型が出来上がって生理が来ていた。一方でクラス委員長の岩間さんはようやく胸が膨らみ始めたくらいだ。

 この女子たちの身体的な変化は、男子との距離に決定的な影響を与えている。女子より遅いとはいえ小6なら男子も第二次性徴が始まってくる。すると、異性への興味を持ちだす。日々、身体つきが女性らしくなってくる同級生が目に見えるところにいるのだから、なおさらだ。

 だいたいの女子はそんな男子に嫌悪感を感じて距離を取り出した。一方、俺は心情的に男子のことがわかるので比較的距離を取らずにいる。

 その結果、今いる男子は結構俺の身体をじろじろ見てくるようになっていた。

 

(これは失策だったかなぁ……)

 

 今になって若干その選択を悔いている。

 グラビアアイドルまがいのことをやっていた母親の血が強いせいか、俺の発育はかなり良い部類に入る。それでいて顔も心底可愛いときた。つまり何が言いたいかと言うと、意図せずして俺は男子共の初恋ハンターと化していたらしい。

 

「伽耶ちゃん。僕と付き合ってくださいっ!」

 

「ごめん無理。興味ない」

 

 放課後の校門脇で俺は告白してきた山ノ根くんをバッサリと斬り捨てる。

 小6の5月ぐらいからか、今のように男子から何度か告白を受けるようになった。

 結局のところ、俺の性的志向はよくわからない。有栖ちゃんのような可愛い女の子もイケるし、テレビで見るイケメンアイドルにときめくこともある。ただ一つ言えるのは、他の女子に比べたら性欲は控えめというところか。

 

「……こういうところを目撃すると、そういえばお前は女だったなって思うな」

 

 さっきの告白を見ていたらしい八幡が物陰からすっと出てくる。気を遣って身を隠したんだろうけど、ちょっと変質者っぽくて絵面がエグい。

 

「言うようになったね、君も。最初の頃は俺を女の子だと意識して話しかけられる度に緊張してたくせに」

 

「バカ、あれはそもそも人見知りだからだ。お前に限った話じゃない」

 

「じゃあ、今は?」

 

 そう言って、俺は八幡との距離を詰める。ついでにちょっと伸ばした髪もしれっとかきあげてみよう。

 すると、八幡の顔がやや赤くなっていく。ふう、やっぱり八幡も男の子なんだね、順調に育っているようで何より。お兄さんは嬉しいよ。

 

「……お前、そんなことばっかりやって揶揄うからさっきみたいなことになるんだろ。もうちょい自分を大事にしろ」

 

「あー大丈夫。ここまで露骨にやるのは八幡しかいないから。……で、実際のところ可愛かった?」

 

「……そりゃあな。だが、小町には劣る」

 

 必死に視線を逸らしながら、恥ずかしいけど聞かれたことにはちゃんと答える。でも、それだけじゃ癪だからと小町ちゃんを引き合いに出す。

 なんともいじましい、実に揶揄う価値がある。……それになんだかんだで可愛いと思われてるのは嬉しい。

 

「ならばよし。……そうそう八幡、照れ隠しする時に小町ちゃんを引き合いに出すのはやめときな、もうバレてるから」

 

「はいはいあざとい可愛い。しっかし、お前も最近わからなくなってきたなぁ……」

 

 何気なく八幡が呟いた一言。

 それは、俺の心の柔らかいところに突き刺さる。

 実際問題、俺もまあ自分がわからないのだ。性的志向だけじゃない、ライフスタイルもあらゆることも。

 身体は日に日に女の身体になっていて、ファッションに関しては他の女の子と比べてボーイッシュにキメることがやや多いぐらいになった。対人関係もゆっくり男子の輪から女子の輪(というか有栖ちゃんとべったり)に近づいていっている。

 八幡とは親友だけど、そう無邪気に振る舞っても周りが許してくれるのはいつまでなのだろうか。

 

「まあいいや。一緒に帰ろうよ、八幡」

 

 そう言って八幡の手を引く。

 こんな気軽にこいつを連れ出せるのも、長くはない。

 ふと、寂しさが去来した。

 

 *

 

 八幡と別れて家に帰る。

 ただいま、と言っても帰ってくることはない。

 

「……ああ、帰ってきたの」

 

 それどころかジロリとした目つきで母さんに睨め付けられる。その眼は自分の娘を見る眼ではなく、闖入者を見るようなもので。

 俺は居た堪れなくなって母さんの視界から離れた。

 父さんは仕事でほぼほぼ家に居ないから、母さんがこの家を差配している。

 つまるところ、この家には愛が残っておらず、俺を歓迎するものは居ない。ただ、否定した者と否定された者が向かい合っているだけ。

 

「……だから、帰りたくないんだよなぁ……」

 

 家に帰るとまざまざと見せつけられる。

 俺が『俺』であろうとしたが為に、俺は母さんとその役割を否定した。その結果、母さんはもはや俺への興味を失った。生活のために必要なことは人道的な見地でやってくれているが、かつてのような愛(それにしてはすんごいがんじがらめにしてきたけど)はない。

 本当に『俺』は存在していいのか? さっさと降伏して明け渡せばいいのか? 

 問いかけても、答えはない。

 今世も前世もそこは同じだった。

 

 *

 

 楽しく遊んでいるうちに長かった小学校生活も終わりが近づいていく。

 6年の2学期は八幡と有栖ちゃんを振り回して、完全に私側に囲い込んだ。

 八幡は人見知りで有栖ちゃんは頭が高い性格が災いして友達を作りづらかったからやりやすかった。

 これは俺のこれからに備えた布石である。このトリオを完全に定着させることで、中学時代はこの三人でつるんでても外野からとやかく言われないようにしたつもりだ。

 

「ねぇ比企谷、さっきの国語の板書を見せてもらっていい? あたし寝ちゃっててさ……」

 

「またかよ、二階堂。わかったよ、ほれ」

 

 給食が終わって昼休み。俺と有栖ちゃんが八幡の机を囲む。

 俺だけならともかく、有栖ちゃんが来ると八幡は逃げ出すからいつしか昼休みになったら初手で二人がかりで囲い込むような形になっていた。

 

(こうして女子2人と八幡で机を囲んでいると、少し奉仕部みたいだよな……)

 

 八幡は言わずもがな、有栖ちゃんはあまり愛想がないからゆきのんポジかな。となると、俺がガハマさん役か? うーん、ちょっとしっくりこない。

 こっそり懸念していた八幡と有栖ちゃんの相性は悪くはなかった。有栖ちゃんは気位が高いくせに構ってちゃんなので、八幡にもぐいぐい来る。んで、八幡側は面倒くさそうにしながらも、邪険にはしない。むしろ、懐かれるのが嬉しいのか若干甘やかしている節があった。

 それを俺は柔らかな微笑みをもって眺める。

 家がただ帰ってきて寝るだけに過ぎない場所になってきてる今、俺の居場所はここにしかない。

 ずっとこのまま緩やかに。俺はひたすら祈っていた。

 

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