偽物にしかなれない私は   作:流水麺と豪州侍

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4話にしてバーに色が付き、しかも赤とかいう異常事態に震えてます。
みなさま、本当にありがとうございます。
……まぁ、この後に劇薬を投下するんですけども。


第3話 やはりバルカンと色恋は人類屈指の火薬庫である。

 

「うわー、これから3年間ずっとこれを着るのか……」

 

 3学期も終わりに差し掛かった頃。俺は近所のイオンで採寸が終わった学生服を着せられていた。

 鏡を見て、俺は思わず辟易する。

 原作で比企谷小町が着ていた緑と白のセーラー服。あれ、小町ちゃんがスカートを折り込んで着ているだけかと思ったけど、素の丈自体がかなり短いんだね。俺の脚の長さだとどんなに長く着ても膝上10センチまできちゃうや。

 流石に観念して見た目は女の子として振る舞うようにはなってきたが、そこまで短いスカートをを履く勇気はなかったから、かなり抵抗がある。

 

(仕方ないとはいえ制服のスカートがしっくり来ないな……。どうしても太腿の隙間風が気になってしまう)

 

 一緒に来た有栖ちゃんは無邪気に「可愛いーッ!」って言ってはしゃいでいるけど、俺はそんな気にはなれなかった。

 

 それから数週間。

 中学校の入学式が訪れる。

 

「距離近いから、あんまり新生活って感じがしないね」

 

「まぁな」

 

 新しく下ろした学ランを着た八幡と並んで歩く。

 猫背特有の背中のラインが学ランによって矯正されてちゃんと背筋が立っているように見えた。

 

(八幡の欠点が補正されて、なんかちょっとかっこよくみえる……)

 

 そもそも八幡は顔自体はだいぶいい。けれども腐った目と姿勢の悪さがそれを台無しにしていた。

 あー、正直八幡のこと男としては見れてなかったけど、この成長曲線で育つならナシ寄りのアリだよなー。

 ふと、そんなことを思う。いや、やっぱナイわ。八幡は親友でいてくれる方がしっくりくる。

 奴の腐った目を見れば、この惑いも消え失せるだろう。そう思って、八幡の顔を覗き込んでみる。……腹立たしいことに6年生の間に八幡に身長をかなり追い越されたから上目遣いになってしまうが。

 

「どうした? 急に近くによって来るなよ。びっくりしちゃうだろうが」

 

 ぶつくさ文句を言う八幡。存外整った顔が間近に迫ってくる。……が、その眼はドロリと腐っていた。

 ……ああ、安心した、いつもの八幡だ。少しでも瞳がかがやいていたらちょっとまちがいが起きていたけどせーふせーふ。

 

「いや、さすがに制服を着たら八幡の男振りも上がるなーって思ってさ。やっぱ制服って人をかっこよく見せる効果あるよね」

 

「素でそんなこと言うなよ、タラシかお前は」

 

「八幡にしか……言ってるわけじゃないけど、最近は相手を選んでるから大丈夫だと思う」

 

「女子ってその辺りめんどくさそうだから気をつけろよ」

 

 八幡に忠告されてしまう。無論、俺だってそのことは心得ていた。

 いよいよ周りも男女で付き合い出すのもちょろちょろ現れてきている。小6後半の時点で女子の関係性にも恋愛におけるナワバリ争いが起こり始めていた。

 恋バナとは言うけれど、あれは女子にとって楽しいことばかりではない。俺のような男子に近い女子にとっては地雷原の中をダウジングしながら歩くようなもので、色恋に現を抜かしている女子にとっては国境線を確定しているようなものだ。

 誤って地雷を踏み抜くか、国境侵犯してしまった場合には容赦なく非難の戦闘機が飛んでくる。

 女子らしい女子は常に自分がどれくらい男から好かれてるか、はたまた相対する女がどの男が好きなのかが気になって仕方ない。常に隠し事だらけ、取り繕ってツギハギだらけの冷戦が繰り広げられていた。

 うーん、なんかこの状況どっかで……。

 あ、これス○イファミリーやんけ。

 

 *

 

 その事件が起きたのは、1年生の11月くらい。

 それもクリスマスの足音が着実に聞こえ始めていた頃だった。

 登校してクラスに入る。するといきなり「おい」と胸ぐらを掴まれていた。

 

「何すんのさ、磯子」

 

 俺は胸ぐらを掴んできた女子を睨み返す。

 セミロングの黒髪にウェーブをかけて、耳にはこっそりピアスまで。顔自体はやや良いぐらいだけど、化粧を無駄に塗ってるせいで威圧感が勝つ。

 こいつ……磯子は端的に言ってしまえば、クラスを仕切ってるお局みたいな奴だ。原作で言う三浦優美子みたいなもんである。

 ただ、こいつは三浦と違ってひたすらに自分に自信がなく、押し出しの強さと小細工の巧さで成り上がったような女だった。

 

「この写真、どういうこと?」

 

 ぐっとスマホを突き出して磯子は告げる。

 そこには、彼女の思い人である瀬谷くんと俺の姿。構図は座ってた俺たちの背中側から撮られたもので互いにの左手と右手が近づき、肝心の拳の部分は瀬谷くんのリュックの裏に隠れて見えない。

 ああ、これ寄り道しようと思って帰りに一人でバス待ちしてた時に瀬谷くんが足元に落としたスマホを拾ってあげた時のやつか。

 

「アタシ、瀬谷くんのこと狙ってるって言ったよね! なのにアンタは……」

 

「そうは言われても、私はシロだよ? バス待ちの時にスマホを拾ってあげただけだもん」

 

「じゃあ、この瀬谷くんの緩んだ顔は赤みの差した顔はなんなのよ……! いちゃついた手をしやがってからに……」

 

 歯軋りしながら磯子は、写真の瀬谷くんの顔を指差す。

 あー、確かに緩んだというか間の抜けた顔してるなー。顔は赤いけど、これ夕日が入ってるから原因は多分それだ。

 はぁ……。

 磯子を刺激しないよう静かにため息をつく。

 多分、理屈が通る相手なら逐一釈明すれば誤解だとわかる。けど、今回は条件が悪すぎた。

 なにせ写真の構図が悪い。

 肝心の拳の部分がリュックに隠れてしまってる以上、この時点で真実がどうであれ妄想の余地が生まれてくる。まして、自分に自信がない磯子が悪い想像を始めたならもう手に負えない。あらゆる要素を自分に悪いように捉えて、怒りばかり増幅させる。

 そして、正気に戻ることはしばらくない。

 

(まずったなぁ、これは俺のミスだ)

 

 やっぱ俺は『俺』であることはやめられない。当社比2割ぐらいに抑えてはいたが、なおも足りなかったらしい。

 相手は磯子。一番相手にするのがめんどくさい奴。……これは、長期戦になるかなぁ……。

 

 *

 

 磯子のその後の行動は手早かった。

 取り巻きの女子を集めて逐一俺に非難を繰り返すようになる。

 正直、それは俺が我慢するだけだからいい。

 しかし、俺は思った以上に男子に好かれていたようで、男子が勝手に擁護派をまとめて反論を始める。

 そうなったら、クラスはめちゃくちゃ。そして悪いことに女子側の反撃で『俺が八幡の事を好き』という噂が流れ始める。これは効いた。なにせ俺は八幡のことを明らかに特別扱いしていたからだ。わざわざ有栖ちゃんとトリオを組んでまで、囲おうとしていたから変に弁明できない。

 しかし、変に八幡のことを悪し様に言うのも躊躇われた。それで、八幡の心に傷をつけるのも忍びない。

 だから、俺は手を打てなかった。

 かくして事態は悪くなっていく。俺のガチ恋勢に八幡は迫害されて、俺は女子のグループから省かれている。一番とばっちりを受けたのは有栖ちゃんだろうか、しきりに俺と八幡の悪口ばかり聞かされて辟易していた。

 いつもの3人の集まりも教室の隅から、ファミレスに。ファミレスからカラオケへと人目を忍ぶようなところに移っていく。

 

(全ては俺のせいだな。これは……)

 

 結局のところ、今回の一件は俺が起こした様なものだ。さっさと『俺』でいることを諦めて女の子になりきり、女子のグループに入り込めば男子がここまで活発化することはなかった。

 俺は、いや私はあまりに彼らを勘違いさせ過ぎたのだ。自分が女子であること。それもとびきりの美少女であることの重みを本当の意味では理解していなかった。

 ……痛いなぁ。胸が痛い。私の不始末でこんなことになるなんて、八幡と有栖ちゃんに申し訳ない。

 こんなことになっても、八幡と有栖ちゃんはまだ私と付き合ってくれている。有栖ちゃんに至ってはさっさと尻尾切りをした方が効率がいいのに。

 ……このままじゃ、みんなが壊れてしまう。有栖ちゃんは本格的に攻撃の対象にされかねないし、八幡に至っては私と距離を置かないと迫害が終わらない。

 ……もう、やめにしよう。

 それが、みんなのためだ。

 

「ごめん、八幡。私のためにこうも傷ついて。有栖ちゃんは巻き込んじゃってごめん。私は誓ってシロだけど、この事態は収拾できないや……」

 

「巻き込まれたわけじゃない。だってハナから磯子たちは伽耶ちゃんを陥れようとしてた! 思えば磯子があんな隠し撮りなんて器用なことを出来るわけがない! だから、そいつがいる限りはいつだって変わらないんだよ……」

 

 有栖ちゃんが可愛い顔に憎悪を激らせながら言う。理屈は間違ってない気はする。けれども、私にはもう誰かと争う気力は残っていなかった。

 

「……八幡が、一番辛かったか。直接殴られたりもしたようだし」

 

「なんてことねえよ。二階堂が言うように首謀者は多分いるんだろうが。もうこの諍いは磯子やお前の域を超えて男女の争いにまでなってる。もう俺たちがどうしようが、止まらねえんだ。学年が変わるまで、クラス替えがあるまで大人しくするしかねえ」

 

 対して八幡はより一層眼を腐らせながら事態を分析していた。実際に採るなら八幡の言うように大人しくしているのもいいかもしれない。

 

「2人の言うことはわかるよ。でもこれ以上さ、私のせいで2人に苦労や我慢を強いるのは心苦しい。……だからさ、もう終わりにしようよ」

 

 しかし、私はすでに決断していた。

 この空間でまだ深く息が吸えるうちに、思い出が綺麗なままでいられるうちに、この場所を閉じようと決めた。

 たとえ彼らがそれを望んでいなかったのだとしても、悪意と苦しみにこの場所が歪められてしまうぐらいなら、それがいいと思った。

 

「今までありがとう。さようなら」

 

 カラオケ代をすっと机において、私は部屋を出て扉を閉める。

 

「伽耶ちゃん……! あたしたちをあんまりみくびらないでよ! あたしたちはそこまで弱くない! だから、置いていかないでよ……!」

 

 慟哭する有栖ちゃんの声が聞こえるが、足は止めない。

 いつか、私が正しかったのだと。そうわかる日が来る。

 たとえ、唯一の居場所を失おうとも。それらが在ったという事実だけで救われる日が来ると信じて。

 ……ああ、でも。辛いものは辛いなぁ……。

 一筋、はらりと涙が落ちる。それが嫌にしょっぱかった。

 

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