偽物にしかなれない私は   作:流水麺と豪州侍

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5話にして日刊ランキングに載せていただきました。
嬉しいっちゃ嬉しいんですが、震えが止まらんのはどうしてか。みなさま、ありがとうございます。
ちなみに、今回は初の八幡視点でお送りします。


第4話 多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない。

 

 中山が一人去った後、残されたのは二階堂と俺だけだった。

 二階堂は拳を握りしめて今も扉の向こうを睨みつけている。可愛い顔をしてこいつは気性が荒く、そしてプライドが高い。だから、中山に全て背負わせてしまった自分に腹を立てていた。

 空気が重い。俺とて二階堂とは知らない仲ではないが、こうも険悪なムードで二人きりになることはなかった。

 

「……比企谷はさ、悔しくないの? あいつらの思い通りにいってさ。あたしは悔しいよ」

 

「悔しいって言えば、悔しいがな……。お前ら以外に友達がいない俺に何が出来るってんだ」

 

「けれど、何かをしないと伽耶ちゃんが帰ってくることはきっとない。あたしはやられたままでは絶対に済まさない。必ず磯子にやり返してやるから」

 

 そう言う二階堂の目は濁りに濁っていた。それに二階堂の気性の荒さを鑑みるにあまり穏便に終わる気が欠片もしない。

 

「なら少しは考えようぜ。中山は俺たちが傷つくのが嫌だから離れた。なら、少しでもこっちに被害の少ない方で戦う他ないだろ」

 

「……一緒にやってくれるんだ?」

 

「お前だけだと危なっかしいからな。2人でやった方がまだ合理的だ」

 

 本当なら、止めるべきだったんだろう。中山ならこんな二階堂の姿なんて見たくなかったはずだろうから。だが、さりとて気性が高ぶっている二階堂を止めるのは難しい。なら、俺に残された選択肢は二階堂の手綱を取って制御することだけ。

 ……それにしても、この中身は闘牛、ガワはポメラニアンな二階堂を御することなど、果たして本当に出来るだろうか。考えるだけで頭が痛くなってきた……。

 

 *

 

 ドリンクバーで飲み物を調達して部屋に戻る。人目を避けるためにわざわざ四街道のカラオケに来てるから多分顔を知ってる相手と出くわすことはないだろう。

 ガムシロを大量に入れたコーヒーをストローで飲み干す。これから今回の騒動について振り返るが、かなり頭を使う。糖分を摂取しておこう。

 

「相変わらず比企谷ってコーヒーにドバドバミルクとか入れるよね……。美味しい? というかコーヒー選ぶ意味ある? それ」

 

「俺だって本当はマッ缶がいいんだよ。だが、ここ持ち込みができねえじゃねえか」

 

「ああ、なるほど。……あんなの好んで飲むのは、子供とアンタだけだよ」

 

 白けた目で俺を見ながら、二階堂はトマトジュースを啜る。カラオケに来て初手にトマトジュースを飲むのも大概だと思うが、黙っておいた。

 互いに対面に座り、これまでの経緯を確認する。

 まず、発端は女子同士の人の狙ってる男を獲ってはいけないという暗黙の了解を中山が破ったことにされたところから始まる。

 中山を嵌めた真犯人がいると二階堂は推察していたが、これを探すのは極めて難しい。発端がもう2週間ぐらい前のことで、その時バス停の周りにいた生徒をあたろうにももう記憶が風化してるし、何より絞り込む当てがない。

 したがってこれはボツだ。

 となると、今のところ活発に動いている磯子を封じ込める必要があった。

 

「なぁ二階堂。なんとか磯子と瀬谷を2人きりにできないか?」

 

「その2人を集めて比企谷はどうしたいのさ」

 

「磯子に告白させて、その色恋を終わらせるんだよ。今回の件は要するに嫉妬だろ。だが、半端に手が届くと思ってるからその余地があるんだ。振られて叶わないとわからせるか、もしくは成就するか。どちらにせよ今の状況から進めないと話にならない」

 

「なら、終業式の日には勝手にそうなっていると思うよ。女子の噂では磯子が瀬谷くんに告るつもりだって」

 

 興味なさそうに二階堂はトマトジュースをさらに啜る。……それにしても肺活量えぐいな。一回で250ミリリットルぐらい飲んでないか? 

 

「だったら、話が早い。磯子は放っておいて瀬谷に当たればいい。……が、俺は瀬谷と話したことがないんだよなぁ……」

 

 瀬谷誠也。

 俺たちのクラスの男子側のカーストリーダー。性格は真面目で面倒見が良い。モテるが、その手の話は苦手なようで瀬谷から誰かが好きだという話を聞いたことはない。

 

「心配はいらないんじゃない? よっぽど忙しくなければ取り合ってくれるよ。いざという時はヘタレだけど」

 

「お前はいちいち瀬谷を詰らなきゃ気が済まんのか……。あいつだって頑張ってただろうに」

 

「けれど、初動で止められなかった。違う?」

 

 剃刀のような切れ味の舌鋒。向けられた相手でない俺でもぞわりと肝が冷える。

 

「あたしは、許してないよ。良い人であることは分かるけど、でもやっぱ不甲斐ないもん」

 

 ……まあ、隔意がある二階堂すら認めざるを得ないほど、瀬谷が良いやつであるのは確かだ。話をするだけなら、付き合ってくれるだろう。

 それに、こいつの挙動に関して一つ気になることがあるのだ。そこを確かめておきたい。

 

 *

 

 裏門の脇で待っていると件の人物は二階堂に伴われてやってきた。

 

「さて、瀬谷くん。こんなところまで呼び出して悪かったわね」

 

「いや、僕はかまわないよ。君たちには負い目があるからね」

 

 そう言って瀬谷は目を伏せる。

 騒動の最初の頃は瀬谷も鎮圧に回っていた。だが、磯子の過熱ぶりがその上をいき「あの女にたらし込まれたアンタが言っても説得力がない」と切り捨てられていた。

 思えば、この時からだろうか。騒動の主題が真偽を問うものから、中山の排斥に変わったのは。それは同時に安易に手がつけられなくなった瞬間であった。

 まあ、負い目を感じているならやりやすくていい。俺は頭の中で予め用意した台詞を読み上げる。

 

「じゃあ、単刀直入に言う。中山のこと、諦めてくれないか?」

 

「……わかっていたのか。誰にも言ったことはないのに……」

 

「少し考えればな。騒動の経過を冷静に観察すれば推察はできる。なにせ、中山を擁護する男子のグループを作ったのはお前だろ」

 

 よくよく考えたら、一部の男子の勢力がクラスで一番勢力の強い磯子の勢力と張り合えるのはなかなかパワーバランスがおかしい。ありえるとしたら、男子側の高位カーストが軒並み中山に味方した場合。だが、それもさすがに中山の独力ではあり得ないことで確実に手を加えた者がいる。

 それほどの影響力がある人物となると、候補は必然限られていた。

 

「そうだ。僕が言っても聞き入れてくれなかったから、やむを得なかったんだ」

 

「だがな、瀬谷。お前のやり方じゃもうどうにもならんぞ。現に一部の男子が言うこと聞かなくて俺に当たりはじめてるじゃねーか。もう、この騒動はまともじゃない。それを口実に気に食わない奴を叩く道具になってしまってる」

 

「確かにな……。けど、どうしたらいい? 何か手があるのか?」

 

 瀬谷も瀬谷でかなり迷って今の事態にたどり着いたはずだ。だが、収まる目処は立たなくて悩んでいた。正味、藁にも縋りたい心境だろう。

 

「ある。が、お前の心次第だ」

 

 だから、俺は盛大につけ込むことにした。

 

「聞こう。正直、僕の恋心よりクラスの騒動の収拾を優先したい。これ以上、不毛な争いを繰り広げるのは望むところではないからね」

 

 真摯な目で瀬谷は答える。かくして密約は成立した。

 

 *

 

 結局のところ、磯子が起こした騒動は終業式の日に磯子が瀬谷に告白し、あえなく振られてその恋に決着をつけさせることでケリがつく。

 俺はその決着の場に瀬谷を引き摺り出したに過ぎない。

 中山擁護の構えを取っていた瀬谷では磯子の呼び出しに応じることはなかっただろう。だから、俺はあの時に瀬谷に中山擁護の男子グループを解体するように頼んだ。かくして、無事に磯子は告白ができて、振られたというわけだ。

 見事に瀬谷に振られた磯子は、争う気力を失い大人しくなった。戦いが終われば、中山を過剰に敵視する理由もなくなるしな。

 不謹慎にも二階堂はしょんぼりする磯子を見て「結局のところ、女子の汚いところを見ると男子は引くんだよ。伽耶ちゃんを蹴落とそうと思った時点で負けだね」と死体蹴りを食らわせていた。磯子もそうだが二階堂も十分怖いわ、戸締まりすとこ。

 

「すまなかったね。……俺は中山のことが好きだったけど、もう告白できる機会を失った。君たちにも悪いことをした……」

 

 件の告白もとい公開処刑の後、瀬谷は律儀に俺たちに頭を下げに来た。

 

「ひどい目にあってるが、冷静に考えてみれば瀬谷は何も悪いことはしていない。謝る必要なんかないぞ」

 

 思えば、こいつも今回の被害者なのだろう。好きな人と出会して喜んでいたら、その場面を中山を恨む奴の謀略に使われて好きな人を貶められただけなのだから。

 

「もう遅いかもだけど、君に当たってる連中を抑えるのに協力するよ。磯子さんが落ち着いた今なら俺でも男子達を抑えられるだろうから」

 

「それは助かる。是非ともお願いしていいか?」

 

「任せてくれ。もう僕は間違えたりはしない」

 

 そう言って瀬谷は去っていく。それを見送った後安堵して俺は長く息をついた。

 これで、騒動は終わる。平穏が帰ってくる。

 中山もまた帰ってきてくれるだろう。

 そうすれば、また3人で……。

 

 *

 

 磯子の沈黙や瀬谷の援護を得た結果、年が明ける頃には俺が迫害されることはなくなった。

 ……けれども、中山は帰ってこない。

 女子である二階堂と中山が一緒に行動することはままあるし、3人で遊んだりもする。

 けれど、俺と中山が2人で行動することは減った。たまに2人で話すことはあっても、前のように肩が触れ合うような距離まで近づくことはない。

 どこか境界線を引かれているような、そんな錯覚を覚える。

 あの日からずっと彼女の一人称は『私』のままだった。

 

(実のところ、小学校の終わりぐらいから覚悟をしていた。中山が俺の横から離れていくことを。何が理由になるかは分かってなかった。けれども、ずっと一緒にいられるわけではないと予感していた)

 

 本当は俺は目を逸らしていた。

 ただ、無邪気に信じたかったのだ。

 磯子が引き起こした騒動が収まれば、中山は帰って来てくれると。

 だが、本質が分かれば筋違いな期待だとすぐにわかる。

 俺たちを隔てたのは磯子の嫉妬ではない。あれは氷山の一角に過ぎず、本当の原因は男子と女子を取り巻く環境とその境界線なのだと。

そして、俺は中山ならその境界線を飛び越えてくれると勝手に期待していた。

 けれど、それは俺が勝手に押し付けたものだ。

 ……本当の中山は俺が傷ついてしまうぐらいなら、その翼を畳める優しい女の子だったのだから。

 


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