一過性かと思ったら、また日刊ランキングに載せていただきました。 正直、このクソ重しみったれストーリーのどこが皆様の琴線に触れたのかがさっぱりわかりませんが、応援してくださりありがとうございます。
日差しがジリジリと暑くなってきた。
そろそろ日焼け止めとか塗らないといけない時期かな。私、白人側の血が濃いから日差しに当たってもあまり色が黒くなることはないけれど、反面かなりヒリヒリする性質だからさ。
そんなことを考えながら、学校からの帰り道を一人で歩く。最近はこれが多い。2年になって八幡と有栖ちゃんとは別のクラスになったこともあるだろうか。
あの騒動から半年が経って夏が来た。
八幡と有栖ちゃんの頑張り、あと瀬谷くんの協力で確かに私たちは平穏を再び掴み取った。けれど、もうそれ以前のような距離感には戻れない。
なぜなら、私は知ってしまったからだ。
学校というのはあまりに閉じた世界では大人にとっては小さく思えることで揺れ動く。その中でも色恋とそれに付随する事象は最大事であること。
そして、その中で『俺』を通して男子側に立つことはそれを誘発してしまうことを。
だから、もう八幡には必要以上に近づかない。あくまで友達の一人として扱うことにする。寂しいが、致し方のないことだった。
(私はすでに『俺』であろうとして、母さんを壊したんだ。……だから、もう同じ失敗はしない)
生暖かい風が吹いて、私の髪を揺らす。
この半年間、私は髪の毛を切らずに伸ばし続けて今では腰まで届くぐらいのロングヘアになっている。セミロングまでにしていた時よりも「女の子らしい」と言われることが大きくなった。母さんも心なしか最近の私を見て安心しているように思う。
それでいい。
だって私は女の子なんだから。
*
1学期末に私と熱い夏を過ごそうと告白してきた男子達をあらかた撃墜し、ようやく夏休みが始まる。
家で母さんと顔を会わせたくない私は、友達と遊ぶ時以外は日がな自転車や電車で千葉のあちらこちらを周っていた。あと、父さんのところに遊びに行ったりもする。
「遠かったのに、よく来たね。伽耶」
新幹線に乗って2時間ぐらい。仙台の駅で父さんは私を出迎えてくれた。
「お父さん、撮影の方はどう?」
「今のところは順調だよ。そっちは?」
「うーん、まぁ私はぼちぼちって言ったところかな……」
父さんは映画監督として日本ときどき海外を飛び回っている。賞も何個か取ってるみたいで、映画オタクの友達に聞けば名前が出てくるぐらいには有名らしい。だからか、かなり多忙で家には年間で1か月ぐらいしか帰ってこない。
「まあ、伽耶の個性は強すぎるからね。狭い学校の中じゃそりゃあ浮くさ。けれど、それで諦めちゃいけない。伽耶が個性を通し続ければ、いつか向こうから同じぐらいの個性で張り合えるぐらいの人が現れる。その人と友達になればいいのさ。……何度も言ってることだけれどね」
正直、父さんはだいぶ変わっている人だ。人当たりはいいんだけど、どこか超然としているところがある。
私が『俺』を通しても、母さんは壊れる一方で、父さんはさして変わらなかった。むしろ「僕の娘だ。奇妙奇天烈の方がらしいよ」と明け透けに笑ってしまえるほどだ。
「それで、八幡くんとはどうしてる? 久しぶりに聞きたいな」
「……ええ。 あんまり話したくないんだけど」
「おいおい、それこそ何かあったって言ってるようなものだよ。尚更気になるじゃないか。教えてくれよ」
やたらグイグイくる父さんに私は屈した。
牛タンとずんだ餅に笹かまぼこ。ついでに萩の月。
密かに楽しみにしていた仙台名物を「話さなければ食わさない」と言われてしまっては流石の私も降伏せざるを得ない。
ひとしきり八幡についてゲロった後、父さんは寂しげな笑みを浮かべた。
「そうか、八幡くんも違ったのかもしれないな」
「そんなんじゃないって八幡は。ただのどこかに埋もれてる男の子。目は腐ってるけど」
「世間一般的に言えばね。けれど、子供の頃の伽耶を救ってはいた」
父さんの言う通り、そこは否定できない。
八幡の前では私は『俺』でいられた。自分を偽らなくていいことが、『俺』がまだ生きていていいことを許してくれていた。また、同時に女としての『私』をも受け入れてくれた。なんというか本当に自分を見てもらえてた気がする。
『俺』も『私』も基本的にはどちらか片方しか人間は受容できない。その数少ない例外が父さんであり、八幡であった。
つまるところ、私は八幡を引っ張っているようでいて、実のところ甘えていたのだ。
今になって、そのことに気がついた。
「大人になっていくに連れて人との付き合い方は変わる。同じ人が相手でもだ。真心だけで友達ができるわけじゃあない。意識的か否か差はあるけど、僕たちは対面する誰かに役割を求めている。伽耶、君は今の八幡くんに何を求めているのかな?」
続けて出された父さんの問いに、私は答えられなかった。
多分、これが今後の私への宿題なのだろう。
あらかた話をした後、私と父さんは牛タンを食べに行った。
塩味と肉の旨みが効いてておいしい。千葉でもワオンモールとかのフードコートにあったりするけど、高いから学生じゃ手を出せないんだよね、あれ。
「さて、そろそろ僕も千葉に戻ろうかな。四十も越えたし、そろそろ撮影のために全国を飛び回る生活も疲れてきたんだ」
食後、父さんが煙草を喫いながら言う。確かに昔に比べると今の父さんはどこかくたびれているところがあった。
「それはそれで嬉しいけどさ。お父さん、東京だけで仕事ができる? 偉そうに仕事が選べるほど売れてないでしょ?」
「まぁね。けど、この次に撮る映画が当たれば、ワンチャンあると思ってる。大枚叩いて月9の女優さんを主演に引っ張ってきたんだ」
「へえ、それはすごい。じゃあ、頑張らなくちゃじゃん」
「ああ、頑張るよ。大人になる最後の何年かぐらいは伽耶の側にいてあげたいからね」
親バカ満載な発言をして父さんは笑う。
正直、家庭人としてはゴミクソだけど父さんがお父さんで良かった。まともな人間だったら、私の存在を肯定することはなかった気がしたから。
*
私が父さんのところから帰ってきたのは、お盆が終わったあたりのことだった。かれこれ3週間ぐらいは仙台にいたことになる。
その間に経費節約のために私が映画にエキストラとして出演するとかやってたからだいぶ濃い3週間だった。出演料として諭吉4枚くれたのも大きい。
臨時収入も来て、3週間も八幡や有栖ちゃんを放置しちゃったから埋め合わせで夏休み後半は思いっきり遊んだ。
例えば、東京の秋川にある某プール施設に3人で行ったり、江ノ島に行ったりした。
全部千葉県外で物理的に2人を振り回しちゃったけど、致し方ない。だって変に近くで遊んでまた噂が再燃されたら3人が困るし。有栖ちゃんはともかく、八幡は学年でも指折りの美少女2人の水着姿を拝めたのだから、そこはご了承いただきたい。
「それにしても、こんなに3人で豪快に遊んだのは久しぶりだよねー」
「そうだな」
江ノ島からの帰りの横須賀線で、私と八幡は車窓を眺めながら話していた。有栖ちゃんは疲れてたみたいで、北鎌倉の辺りですでに寝てしまっている。こんな具合に八幡と1対1で話すのはそれこそ半年ぶりぐらいだろうか。
「やっぱさ、八幡は気にしてるよね。私がこうやって距離を取り出したこと」
「まあな。だが、おかしいことではないんじゃないか? リア充でも付き合ってない奴同士がそこまで男女で一対一になることはない気がする」
「なら、間違ってることではないんだね。それがわかって安心したよ。……そうじゃないと意味がなかった」
秋川の時は散々八幡に水着を見せびらかしてからかって遊んでたけど、そんな昔のようなことはよほど環境を整えないとできない。小学校の時のようにクラスを越えて話しかけにいくことも、リスクを知ってしまった今の私ではもうできなかった。
だから、有栖ちゃんが変わらずに側にいてくれているとはいえ、八幡に寂しい思いをさせてしまっている。
「八幡。気づいているとは思うけど、私はもう八幡を傷つけたくない。八幡側が平気でも私がもう耐えられなくなってきてる。だから、もう前みたく気軽に男女の境界線を越えることはできない。そこはわかって」
「とうにわかってるよ、そんなことは。……だから、そんな泣きそうな顔をするな」
「悪いね。勝手に決めて、勝手に泣きそうになって。でも、それでも八幡とこうしてずっと話せる関係性でいたいからさ……」
言ってて、強い罪悪感を覚える。
だってこれは私から八幡への『安息地』としての役割の強制だ。原作で八幡がガハマさんやゆきのんに勝手に期待したように、私も八幡に勝手に期待して、それこそ依存した。
気づかずにやってるなら、まだ良かった。けれど、私は自覚してなお八幡にそれを、『偽物』を強いている。
「別に構わねえよ。どうやら俺は元来1人でいてもそれほど困らない性質みたいだからな。ただ、あるべきところに帰るだけだ」
弁解する私に対して八幡は何やら変な見栄を張る。や、その推測は別に間違ってないんだけどね。
我慢して、取り繕ってまで私はこの関係性を失いたくなかった。
だとしても、後ろめたさがついて回る。
本当なら前と同じように『俺』らしくずっと側につるんでいたかった。
けれど、そうしたら全てを失いそうで怖かった。
だから、私は逃げ出したのだ。『俺』からも『本物』からも。
今の私は何者か。
そう聞かれたら、おそらく私は敗北者としか答えられない。