偽物にしかなれない私は   作:流水麺と豪州侍

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旅行記と青春ラブコメの両方をやろうとして溺死しかけている流水麺です。
旅行パートをちゃんと書きたくて宇都宮のロケハンとかやってたらえらく遅れてしまいました。

今回も八幡視点でお送りします。


第8話 2つ隣の県は、もはやちょっとした異世界である。

 

 佐野のサービスエリアからさらに北上していくと、山並みが車窓に映るようになってくる。

 左側に聳える日光連山は標高408mの愛宕山が県内最高峰である千葉県民には計り知れないほど高く険しく、右側に見える筑波山はまだ千葉県民にとっては馴染みがあるがここでは見慣れた二つに分かれた山頂を拝むこともできず、ただ側面を眺めるばかり。

 旅情が高まるといえば聞こえがいいが、正直、同じ関東とはいえちょっとした異界である。

 

「やばっ! 高っ! ウケる!」

 

 折本をはじめとするクラスの連中は騒ぐ一方で、俺は(帰してくれんかぁ、千葉に帰してくれんかぁ)とうめき続けていた。

 

「へぇ、あれが男体山か……。 標高2000Mオーバーなんて、あたしにはもう想像もつかないや」

 

 意外なことにこういった時に恬淡としていそうな二階堂もまた身を乗り出して窓から山々を見上げている。……ただ、二階堂さん? 間に俺がいることを忘れてません? すんごい石鹸のいい香りがするし、何より顔が近いですよ? 

 だが、それで注意するとめんどくさいのが二階堂クオリティ。機嫌を損ねられてしばらく丁寧に扱わなきゃいけなくなる。悪意がないのはわかっているから大人しくなるまで待つのが吉だ。

 

「あ、ごめんね比企谷。思いっきり寄りかかってた」

 

「別にいい。……それにお前が本質的に外に出るのが好きなのは知ってるしな」

 

「理解がある知人を持ってあたしは嬉しいよ、比企谷」

 

「へいへい」

 

 気だるげに返事をしておく。

 中山と3人でどっかにいく時は発案者の中山が気を配り、俺がめんどくせえと駄々をこねる。そして、二階堂というと不思議なことに1人で楽しみ方を見つけて1番しっかり旅を堪能してくるのだ。

 そういうしなやかなところは俺にも、中山にもないところだった。

 

 *

 

 日光に着いた俺たちを出迎えたのは肌寒さだった。

 思えば、日光は千葉よりも内陸にあり標高も高い。気温が低くて当然だった。

 ここからは、クラス単位の行動となる。

 写り方にすごく困る集合写真という苦難を終えると、それぞれ各自に日光東照宮の見学に移った。

 栃木を代表する寺社であり観光地の日光東照宮は見所がたくさんある。有名なのは『見ざる、聞かざる、言わざる』の三猿の彫刻だろうか。

 子供から悪い物を隠した方がいいという教訓が刻まれたこの彫刻が尊ばれるということは逆説的にこの世が見たくも、聞きたくも、言いたくもないような悪意に満ちていることの証左だと言えた。

 

(それにしても三猿だけじゃあないんだな)

 

 三猿の彫刻を眺めた後、彫刻が描かれている神厩舎の周りを1人で眺める。よくよく見ると、三猿だけではなく八面も猿の彫刻があった。

 観光客に案内しているガイドさんの話から盗み聞いた限りでは、有名な三猿は人の一生を描いた神厩舎の猿の彫刻の一場面でしかなく、そこだけが有名となって一人歩きしてしまったらしい。

 これを知った今では三猿の彫刻が子供たちへの教訓ではなく、都合が悪いことに対して見ようとも、聞こうとも、言おうともしない大人たちへの皮肉が込められているようにしか思えなくなってきたな……。

 満足した後、参拝ルートに戻るが俺のクラスの生徒はいない。おおかた三猿だけを見てそのまんま奥に行ったのだろう。そうなると、俺みたいに三猿の真実を知ることはなかった。

 俺が思うに旅というのは本来は1人で、そうでないのなら出来る限り人数を絞って行うべきものなのだ。

 ただ、周りに気を遣って流されてそこに在る物にしっかり目を向けられなければ、わざわざその地に来る意味などない気がする。

 とりあえず、クラスに戻ろうと奥に進んでいく。道中をちゃんと見れないのは惜しいが、俺がいない事がバレて騒がれるのは厄介だ。

 

「比企谷じゃないか。クラスの方はどうしたんだい?」

 

「置いてかれたよ。どうにも気づかれにくいようでな」

 

 その最中、陽明門の前で瀬谷と出くわした。

 よくよく奴の後ろを見てみると中山の姿も見える。

 中山と瀬谷がクラスが一緒でクラスの中でのカーストが近いことも考えれば、一緒に行動することは特段おかしいことでもない。瀬谷自身も悪くないやつだと過去のやり取りで身をもって知っていた。

 ただ、それでも心臓が早鐘を鳴らしている。

 俺はあいつが悪くないやつだと知っていると同時に瀬谷が中山を好いていることも知っていた。

 なにせ、磯子の騒動の後でも瀬谷は時折中山の姿を目で追っていたのだから。人間観察を特技とする俺がこれしきのことを見過ごすわけもない。

 

「君のクラスは本殿を越えて奥宮の方に向かったよ。走れば、間に合うんじゃないかな」

 

「すまねえ、瀬谷。恩に着る」

 

 瀬谷に礼を言って奥宮へ向かう。

 これ以上、この場にいたらなにか要らぬことを考えていたような気がしてならない。その意味でも礼を言いたかった。

 ……それにしても、がっつり石段だな。斜面も案外急でけっこう堪える……! 

 何かを振り切るように俺は走り、息を切らせて足裏に痛みを覚えながらも石段を坂を登った。

 そうしてようやっと登り切り、視界が開ける。

 

「あ、比企谷やっと来た! めっちゃ息を切らしててウケるっ!」

「本当、比企谷らしいよね……」

 

 何がツボったのかよくわからないが腹を抱えて笑う折本と、目を細めて呆れたように笑う二階堂。

 クラスの他のやつも班の他のやつも近くにはいない。2人だけが階段の近くで待っていた。

 

「いや、俺はウケねえよ……」

 

 正直なところ困惑が勝る。

 二階堂なら気まぐれでやりそうなものだが、折本は分からん。

 

「気づいたら比企谷いないから探しに行こうと思って、ほら一応あたしが班長じゃん? で行こうとしたら帰ってくるのは本当にウケるわ……!」

 

 そう言って折本はまた腹を抱えだす。なんだ、この生き物は。二階堂並みに訳が分からん。一応、責任感はあるみたいだが。

 

「あたしは止めたんだけどね。ちゃんと帰ってくるってさ」

 

 二階堂さんは二階堂さんで俺を飼い猫か何かと間違ってませんか? なんか謎の信頼を感じるのだが……。

 その後は奥宮を参拝し、走ってきた石段を歩いて下った。

 時折、今度こそは見失わないようにと折本と二階堂の視線がこちらに向けられる。それにほんのむず痒さを感じながら、俺たちは東照宮を後にするのだった。

 

 *

 

 日光で昼食を済ませたのち、再び俺たちはバスに乗り込む。

 ぐねぐねとしたいろは坂を越えると、突然視界が開けて青が目に飛び込んでくる。

 中禅寺湖。日光の奥座敷として有名なリゾート地。街道からは外れるが、イギリスやイタリアの外交官の別荘もあるようなちょっとハイソな地である。

 進行方向左手に中禅寺湖。右手には見上げなきゃならんが、男体山が聳え立つ。いよいよ本格的な高原の景色である。

 左の窓側に座らせた二階堂はかぶりつくように景色を眺めている。通路側に座らせてまた跨られる愚は侵さない。

 ただ、そうなってくると退屈なのは、通路側に座る俺だ。左側は二階堂が覆い被さって中禅寺湖が見えず、さりとて右側の景色を見ようにも視線の先の奴らにも気を遣わせてしまう。こんな風光明媚な場所に来て、下を向いて本を読むのも何か違う気がした。

 

「景色、綺麗だね、比企谷」

 

「お、おう……折本か」

 

 突如後ろから話しかけられて吃ってしまう。

 振り返ると折本が座席の横から頭を出して笑みを浮かべていた。

 

「ちょっと比企谷ビビりすぎ。後ろの席があたしなのはわかってたでしょ?」

 

「そりゃあな、だが話しかけられるとは思わなかった」

 

「え、なんで? 同じ班だし近いし、普通話すでしょ」

 

「まぁ、そうだがな……」

 

 ぐうの音も出ない。というか、俺はそもそも普通の関係性をあまり知らないような気がする。中山にしろ二階堂にしろ、あまりにあいつらは普通とはかけ離れていた。そういう意味では折本が一番普通の人間なのかもしれない。まあ俺に平然と話しかけるのは、かなり奇特な部類だとは思うが。

 

「周りが景色に圧倒されちゃって暇だし。よかったら付き合ってよ」

 

「いいが、俺から話せることは特にないぞ」

 

「別にいいよ、あたしが勝手に聞きたいことを聞くだけだし」

 

 それからは俺が折本に質問攻めを食らわされていた。

 好きな食べ物から休みの過ごし方、果ては二階堂との関係についてまで色々と。

 話していて感じたのは、折本は異様に距離を詰めるのがうまいのだ。ファーストコンタクトに躊躇いがないからそれこそ関係性が近くなるのも早い。

 それにフリーダムな振る舞いをしている割には周りもよく見ている。

 思えば、今話しかけてきたのも自分が暇だったのもあるだろうが、手持ち無沙汰にしていた俺を気遣ってのことだったのかもしれない。

 

(人気者にはそうなるだけの理由がある。折本の場合は見た目とその距離の近さか。なんというか、中山が間違わなかったらこうなっていたんだろうなと思う奴だな……)

 

 話している間にバスはさらに高度を上げていく。

 戦場ヶ原は知らぬ間に通り過ぎていた。折本とそれだけの時間を話に費やしていたことが分かって自分でも驚きを隠せない。

 登り勾配はややも落ち着いて、澄み切った湖面が間近に見える。

 どうやら、湯元温泉に着いたらしかった。

 

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