いい話みたいになってますが、全体的に胸糞な内容なので何でも許せる方のみどうぞ。
…………私はシュリア。
今でこそ落ちぶれているけれど、昔は大陸の大部分を手中に収めた大国の、女帝だった。だったと言うのは、既にその国は滅びているから。
かつて栄えていた国は何十もの小国に分裂して、今は見る影もないほどに衰退した。こうなったのも全部私の自業自得。私が愚かな野心のために多くの人々を巻き込んだ結果が今のこの国の姿。
国をこんな無惨な姿にした元凶である私は幼い頃からわがまま放題な人格で、
そして……体が弱かった父が病で逝去するのと同時期に、私は16歳という若さで
それからと言うもの、私の嗜虐趣味に拍車がかかり日が経つ毎に悪化していった。民が飢え苦しむ姿を、貧困者たちが病に倒れて死ぬ様を、罪人が泣き叫びながら心臓を貫かれる場面を、思い付く限りありとあらゆる死に姿を頭の中で想像するだけで恍惚とするようになり、ついには周辺の国々に次々と戦争を仕掛けて異国民を殺しまわるまでに悪化した。
私が退位するまでのこの戦争で、ちょうど2年で国土は三倍に、人口は十倍に増えて、その間に人口の三割が飢餓や病で死んだ。それでも私はその状況を意に介さず、むしろこの上ない悦楽と爽快感を感じ、更なる
こうしてヒトの命が
母の死によって、皇室に残る皇位後継権保有者が一人だけになった。その皇位継承権を持っているのはまだ幼い皇子、つまり私の弟ただ一人。賢くて聞き分けが良く両親や臣下から寵愛を受けていた弟に嫉妬していた私は、目付役の目を盗んでは無理やり連れ出して、奴隷や家畜にもしないような非道
腕に力いっぱい鞭を打って骨を折ったり、炙った針を指と爪の間にゆっくりと押し込んで叫び声をあげないよう耐えようとするのを嘲笑ったり、刃零れさせたナイフをわざと急所を外して何度も突き刺したり、椅子に縛り付けて眠気で目を閉じる度に氷水を浴びせて無理やり起こしたり、栄養不足で失神するようなことになっても食事を与えなかったり、私に話しかけてくる度に殴る蹴るの暴力を振るって追い払ったり……
本当に、いい歳なのに何て愚かなことで喜んでいたのか、今となっては不思議なくらいに荒れていた。
結局、母が亡くなって三ヶ月もしない内に、私は弟を追い出した。必要最低限の食べものも、着るものも、小銭さえも持たせず、裸同然のボロ雑巾のような格好で都から……この国から追放した。
……彼がとても辛そうな悲痛な
もちろん、その時は罪悪感どころか良心の呵責さえも感じなかった。
そして弟を国の外に放り出して半年、私が女帝に即位して三年目、戦争が長引くに連れて拮抗・膠着・停滞していった戦線は、一斉反抗によって遂に崩壊した。
思えば、あの時点で都から逃げ出してしまえばよかったのかも知れない。あるいは弟の追放、いや、虐待自体を思い止まっていたら、もう少しだけ寿命が延びたかも知れない。
戦線を突破した諸国の軍勢は壊滅状態の帝国軍で妨害できるはずもなく、
私の所業を余さず記録していた臣下や将帥たちは死刑を免れ、私は奴隷に身を落とされた。その時を節目に私の生活は残酷ながらも華やかで自由なものではなくなり、孤独で苦痛に満ちたものに変わった。誰の口からも似たような言葉を一言二言しかかけられず、私から声をかけても無視され、給餌の時間さえ一人でいることを強いられる。
あまりにも多くの“誰か”の、そしてこのあまりにも重く強い怨恨と憎悪をこの一身に背負っていることを、この状況になって初めて理解させられた。
私を
それでも元皇族という身分と私自身の整った
だけど日が
それからと言うもの、私は売られる先々で煙たがられ、半年の間に価値は下がり、奴隷となって一年が立つ今となっては子供の小遣いにも届かないほどに価値が下がってしまっている。
そして、利益を生まない無価値な奴隷の末路は決まっている。今私が閉じ込められている独房の目の前には、大量の樽が並んでいる。中身は全て糞尿……それも全て私自身の不浄。
これは、私を生かすために与えた餌が全て無駄になったことを暗示している。私はついに見捨てられたのだ。
今まで散々好き勝手してきたツケが回って帰って来ただけのことだ。今更後悔しても遅いと自分に言い聞かせても、涙が止まらなかった。
私の寿命は明日の日の入りまで、日が沈めば私は屠殺される。享楽のままに何百万人もの人間を殺してきた私に相応しい最後なのだろう。
そう思うと、余計に涙が止まらない。一晩中、声を出すこともできず、静かにすすり泣くことしかできなかった。
迎えた翌日、私の最期の出品日。今日中に誰かに買われなければ、私は今日、確実に殺される。殺されて死体に変わり果ててなお、奴隷の扱いは
…………今は考えないようにしなきゃ…………
それよりもこの
当然のことながら、私は最下層に位置する奴隷である上に異常な
そもそも…………昨日まで私を買ってくれそうな人間は一人として目にしていなかったから、今日の競売でも誰にも買われずに無視されて、一人
今となっては反抗心の
…………だからあの時が、あの瞬間が来るまでは、昨日は空に光が射し始める頃まで泣き続けていた私は、泣く気力さえも失くなっていたの。
なのに────────
「席番号37番のお客様、7フローリンで落札です」
それは競売が始まり、私が出品されて直ぐのこと。死への恐怖から体がガタガタと震えていたのに。心臓が今にも爆発しそうなほどの強さで、走りの一歩よりも早く拍動を繰り返していたのに。
「……………………え?」
司会役の男の口から放たれた思いがけない
私を買ったのは、一人の幼い男の子だった。
歳は多分11歳の後半くらいで、この場ではとても目立つ黒い髪と灰色の瞳。奴隷になってから日常のほとんどを檻や牢に中で過ごしていたから良くわからないけれど、多分どこにでもいそうな普通の、だけどかわいらしい男の子。
…………とは言ったものの、
でも、私はどうも男の子の
鼻は小さいけれど高く尖っていて、頬は少し桃色がかって柔らかそうで、唇は切り結んだような淡い薄紅色、灰色の無機質な瞳は傷みが目立つけれど癖のない黒髪にとても似合っていて、まさしく美少年と呼ばれるに
「…………購入手続きをお願いします」
そして、男の子の声を聞いた時、私は確信した。あの子は……彼は私が確かに2年前に追い出して消息不明になった、たった一人の弟だと。
だけど、そんなことはあり得ないとも思った。私自身が追放して、行方知れずになった以上一度も顔を合わせていないのは自然なこと。
それに、万一本当に弟だとしても、もう何もかもが遅すぎる。私が弟を追放した時、彼は9歳手前の年頃。仮に生きていたとしても、彼が私の声や顔を覚えているとはとても思えない。
……だけど、たとえ彼にどんな事情があったにせよ、こうして
(…………連れて行かれるのね)
気付いた時には、
こうして私は、かつて苛烈な虐待の末何も与えずに追い出した弟に、自業自得で身を滅ぼし何もかも奪われた奴隷として所有されることになった。
弟は私を買い取った後、定期市の屋台や出店で
曰く
弟の今の家に向かうその道中、私はずっと弟を見ていた。追放したあの日から、一度たりとも弟の行方を考えたことはない。
この三年間という決して長くない
でも…………
切り傷、刺し傷、鞭の跡に火傷に痣、殴られた跡と蹴られた跡、骨折で歪んだ肌と筋肉の隆起まで、無数の
全て私が彼に付けた一生消えない傷。
…………私の
(ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……)
弟にしていた仕打ちを思い出すと、今さらになって胸が痛む。私は、なんて酷い姉なんだろう……罪悪感で涙が
「どうしたの?」
と優しく声をかけられて、ゆっくりと弟に視線を戻す。彼は私を見て少し驚いた表情を浮かべていた。
これも無理もないこと。だって彼が最後に会った時の私は、蔑むような、侮辱するような、見下すような、あからさまな悪意に満ちた下衆な笑みを浮かべていたはずだから。
それなのに今は真逆の表情を、悲哀や恐怖の感情を顔や態度に出しているから、疑問を感じさせてしまうのは…………うん、神経を逆撫でしてしまうのは当然の事。
弟の目に映る今の私は、一体どういう風に見えているのだろう。やっぱり、まだ怨んでる?それとも、もしかしたら許してくれる?でもわからない。
もしも私が弟の立場だったのなら、私が弟にしたように弟が私を虐げて苦しめて……
かつて私が彼に……無辜の人々にも罪深い悪人にも等しく、
私は
だけど、それでも彼の姿を見た時から一度だけ、弟に謝らせて欲しいと願っていた。許してくれなくていい。ただ一言、ごめんなさいと言ってから死にたい。
それに…………少しだけ希望もある。皇族であった頃から、弟は誰に対しても心から優しかった。多くの人が気にせずに踏み潰す草にさえ、
だから、もしかしたら私の言い訳にも耳を傾けてくれるかもしれない。例え弁明が
その後も長い道を馬車に揺られていると、気づけば夕暮れになっていた。本当なら今頃、私は死んでいたのに。全身をバラバラに切り刻まれて、
「お姉ちゃん」
考え事に
……だめ、今は考えないようにしなくちゃ。昔弟に放った罵倒をまた思い出して、辛さで涙を流さないようにぐっと堪えて馬車を降りる。
降りた場所は静かな
ここで降りるまでの道沿いにあるのは、3マイルごとに一つ設置される基準塔と数える程度の家だけ。とても人が住んでいるとは思えなかったけれど、馭者がここで降ろしたということはこの子の家が近くにあるのだろうと思った。
「見えるかな?あそこの少し遠い所にあるのが
そう言って……指先に黒い焦げ痕が残る手で、弟が指し示す先に視線を向けると、小さな花を咲かせる
奥に見えるお屋敷にも
「きれい……」
思わず見とれてしまって、時間も目的も忘れてしまいそうだった。もしかしたら人生で一番感動した瞬間かも知れない。こんなに美しい景色があったなんて……
「お姉ちゃん、こっち」
弟に手を引かれ、案内された先。見かけは小さいけれど、誇らしげにそびえるお屋敷の玄関で待っていたのは一組のお年寄りだった。一人は灰色の髪を短く切り揃えて、柔らかな髭を生やすお爺さん。もう一人は
まるでお
「ダリク、その子がお前の新しい家族かい?」
お婆さんが放ったその優しい声色は私の心の内に響いて、渇きに飢えた心をゆっくりと湿らせてゆくかのような美しささえ感じるほどに心地良いものだった。ふと弟の方を見やれば隣にはおらず、すでにお婆さんに抱きついていた。
ずきん、と胸が痛む……恐怖が、絶望が、躊躇が、不安が、考えるのも嫌なこと全部が胸に集まって……すごく……怖い……
今すぐに逃げ出してしまいたい。
「うん。9歳年上のお姉ちゃんだよ」
当たり前だけど私の不安には気付いてくれず、弟は笑顔でお爺さんとお婆さんに答える。この人たちが今日から私のお養父さんで、お養母さんになるのだと理解するのにさほど時間はかからなかった。だけど……この人たちは、私のことはきっと知らない。
だってここは、もう私の国じゃない。
「……あの……」
そう思うと同時に、私は深く、それこそ腰と背中の骨が悲鳴をあげそうなほどに、深く大きく頭を下げた。まずは謝罪しなければと、自分の過ちを知って欲しくて。
何度罵倒されてもいい。今更許されるとは思えないけれど、それこそ降って湧いた千載一遇の、唯一無二の、最初で最後の機会なのだから。私は深々と頭を下げた頭を持ち上げて、自分の視線をお爺さんとお婆さんの視線に合わせる。
「お二人にお伝えしなければ……私が自分でお
そして、今までの自分の行いを、包み隠さず二人に話した。私が、かつて自分が治めていた帝国でどれほど非道な真似をしたことか。どれだけ多くの人間を殺してきたのか。
どれほど弟に……ダリクに酷いことをしていたのか。
そして、そんな私自身が何よりも大嫌いで、この世から消えてなくなってしまえば良いと思っていることも。
三人は、私の話を黙って聞いてくれていた。
罵ってくれても、殴ってくれても良い。この場で殺しても、またどこかへ売り飛ばしてくれても良い。
私を
ただ、知って欲しかっただけ。
私という人間がどうしようもなく
私がどれほど人の道を外れた悪人なのかを…………
「………………」
こんなの、分かりきってる。言い訳だって分かってる。苦しい気持ちから逃げたくて、自分を憎む気持ちを忘れたくて、記憶から目を背けて、自分自身を正当化したいだけだって、理解してる。
だからお願い。私を赦さないで……愛さないで。
「………………」
「今からでも償えることよ、悲観することはないわ。いい弟を持ったことを誇りに思いなさい。あなたは良いお姉さんだから、
この言葉を聞いた時、私は目頭が熱くなるのを感じた。
許されたことが嬉しくて。そして、こんな自分をまた姉として扱ってくれる人がいることに、心の底から感謝した。