どうか忘れないで欲しい。少年兵は光であり──   作:ダイス小説部部長

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戦闘、VS一夏

 直前の無線が関係したのか、一夏とセシリアの戦闘は意外にも鮮やかな一夏の勝利で終わった。最適化が行われていない間からセシリアの射撃ビットを撃墜し、最適化が終われば急加速して本体を横一線になぎ切る。それが決着だった。

 

「ノヴェちー見た!? 一夏くん、本当に勝っちゃったよ!」

 

 隣の理子が声を上げる。アリーナの観客席も同じだ。大きな歓声が波になって、ピットの壁越しにも伝わってくる。

 僕は喜べなかった。稼働時間も経験も豊富なセシリアの実力があっさり覆ったこと、それよりも、試合前の通信の意図がまだ飲み込めずにいた。

 

 一夏がカタパルトからピットへ戻ってくる。箒さんと理子が駆け寄る中、僕も歩を合わせた。一夏の顔には勝利の余韻がまだ残っていて、頬が緩んでいた。

 

「お疲れ様。ところで、試合直前のオープン無線は……」

 

「ああ、約束を取り付けてたんだよ。勝ったらノーヴェに謝れって」

 

 一夏は腕で汗を拭いながら、誇らしげに言った。内容はオープン回線だったから分かっていた。なので試合目的と関係ない事を始めた意図を問い詰めることにする。

 

「なんで、セシリアに謝らせようと?」

 

「だって、あいつ偉そうな事ばっか言ってる癖に仲良くなってただろ? あんな侮辱、有耶無耶にするのは許せなくてさ」

 

 僕は一夏の話を飲み込めなかった。仲良くすることと、侮辱という言葉が頭の中で繋がらなかったのだ。そして暫く考えても、それが結ばれる理屈が思いつかず、思考の隅に押し込めることにした。

 

「……そんなもののために、代表決定戦を使ったの?」

 

「そんなものって言うなよ」

 

 一夏の声が鋭くなる。

 

「友達をバカにされて怒らないやつはいねぇよ。当然だろ」

 

「それは、そうだけど」

 

 否定する気にはなれなかった。一夏の怒りの筋は通っている。ただ、それとこれとは別の話だ。

 

「代表決定戦は、クラスの代表を決めるための場所でしょ。それを私情の解決に使うのは、セシリア以上に筋が通らないと思う。憂さ晴らし合戦じゃないんだよ」

 

 一夏が口を開きかけて、止まった。何か言い返そうとしている顔だったが、言葉が出てこないようだった。暫くして、一夏は視線を逸らしながら短く言った。

 

「……そういう言い方されると、反論できねぇな」

 

 一夏は視線を逸らしたまま、短くそれだけ言った。

 

「第二試合、準備をしろ」

 

 千冬先生の声が飛んだ。一夏との会話はそこで打ち切りになった。

 

 僕はピットを出て、アリーナ反対側へ向かう。線対称に設置されたピットに入ったところで、端に座り込んでいる人影に気がついた。セシリアだった。試合を終えたばかりの彼女は、ISスーツを着たままだが目を伏せて、落ち込んでいる。足音が聞こえたのか顔を上げた彼女と目が合う。

 セシリアは一瞬、何か言おうとするように口を開きかけた。けれど言葉は出てこなかった。時間が押して、僕も何も言わなかった。お互いに足を止めないまま、横をすり抜ける。

 カタパルトの手前でISを展開しようとしたところで、後ろから小走りの足音が聞こえた。

 

「ノヴェちー!」

 

 振り返ると、理子が息を切らせて駆け寄ってくるところだった。

 

「頑張ってね。私、応援してるから」

 

 表情は真剣だった。試合前の掛け声にしては、少し真剣すぎるくらいだった。僕は一瞬だけ間を置いて、頷いた。

 

「うん。ありがとう」

 

 それだけ返して、華御を展開する。

 カタパルトの手前でISを展開する。待機状態の華御が起動シーケンスに入り、打鉄からアーマースカートを排し、肩部を装着型シールドに換装したシルエットが実態化する。

 カタパルトに足をのせ、すぐ後にカタパルトが射出された。視界の端が伸びていき、次の瞬間には空中だった。スラスターを点火して上昇する。アリーナの全景が視界に広がった。

 観客席の歓声が遠くに聞こえる。僕はそれを聞き流しながら高度を取り、対岸を確認した。一夏の白式が、アリーナの反対側で浮いている。

 僕から通信を入れた。

 

「一夏」

 

 少し間があった。

 

「……ノーヴェ」

 

 声のトーンが低い。さっきの会話を引きずっているのが分かった。

 

「話は後で聞くよ。まずは試合だ」

 

 また間があった。今度は少し長かった。

 

「……ああ」

 

 短い返事だったが、さっきより声に芯が戻っていた。それで十分だった。

 通信を切る。華御の武装ステータスを確認する。全装備、異常なし。

 アリーナ中にアナウンスが響いた。

 

『クラス代表決定戦、第二試合。ディチャン・ノーヴェ対織斑一夏。両者、位置についてください』

 

 白式がゆっくりとこちらに向き直る。僕も正面を向いた。

 カウントダウンが始まる。

 十秒前……五秒、三、二、一。

 

 カウントが零になった瞬間、僕は前へ出た。

 射撃という選択肢は、開始前に消えた。アリーナはそれなりに広いが閉じた空間である。逃げ場は上下もあるが、白式の初試合を見る限り有効じゃない。最適化が終わった瞬間の急加速、あれは量産機の水準を大きく上回っている。対して華御の機動性能は平均的な二世代機と大差ない。推力に大きな差がある以上、逃げながら撃つ戦術は早い段階で追いつかれるだろう。

 ならば最初から近接戦闘を仕掛けた方が理に適っている。華御が特化させているのは近接性能だ。相手の得意分野で戦う以上苦しい戦いとなるが、そこはもう自分の感性で補っていく他無い。

 二刀を展開しながら加速する。正面から一夏も前へ出てくるのが見えた。白式の瞳が光る。お互いの距離が、みるみる縮んでいく。

 

 接敵した瞬間、一夏の初撃は重かった。

 受け流した二刀越しに、衝撃が腕まで伝わってくる。基礎出力が違う。機動性能の違いがスラスター出力にも出ている。このまま鍔迫り合いを続けても押し負けるだろう。

 押し返すより捌く。僕は力を逃がしながら右へ滑り、間合いを作った。

 

「速いな」

 

 一夏が呟く。感心しているような、探っているような声だった。

 

「そっちの方が速い」

 

 事実だけ返す。白式の瞬発力は本物だ。あの踏み込みの初速なら、僕が先手を取っても追いつかれる。

 

 再び距離が詰まる。今度は僕から仕掛けた。二刀の片方を囮に流し、もう一方を脇腹へ横薙ぎ。一夏が咄嗟に雪片弐型で弾く。読まれた。けれど軌道を変えて切り上げへ、弾かれた刃をそのまま滑らせて肩口へ当てる。浅い。それでもシールドエネルギーが削れる感触があった。

 

 手数だ。一発の重さで競っても分が悪い。

 

「なんか……慣れてる戦い方だな」

 

 一夏の大上段は刀を交差させて受ける。鍔迫り合いの中で一夏が言った。責めているわけではなさそうだった。

 

「褒め言葉として受け取っておく」

 

「そのつもりで言った」

 

 お互いに押し合い距離が開く。一夏が左下段から大きく踏み込んでくる。雪片弐型が光を帯びた。

 零落白夜だ。

 僕は反射的に右へ跳んだ。刃が左腕の装甲を掠める。それだけでシールドエネルギーの残量表示が跳ね上がるように減った。

 

「っ……」

 

 声が漏れた。後方へ飛び、エネルギーパックを起動する。減った残量が戻っていく。掠っただけでも脅威と認めるに十分な火力だった。

 

「今のは避けたつもりか?」

 

 一夏の声に、初めて余裕が混じった。

 

「避けたよ。直撃じゃなかった」

 

「強がりに聞こえるぞ」

 

 余裕がないのは否定できない。まともに受けても零落白夜が近付くだけで痛手となる。雪片弐型が光るたびに間合いを外さなければならない。外し続けながら手数で削る。それだけで精一杯だった。

 僕は息を整えながら、一夏との距離を測った。シールドエネルギーの残量、相手の呼吸、踏み込みのタイミング。処理しなければならない情報が、じわじわと増えていく。

 このまま二刀だけでは限界が来る。僕はそう判断して、左腕の刀を収納した。代わりに展開されたのはクローだ。五指が鉤爪状に開いた機械腕、ワイヤーを内蔵した投射兵装。二刀とは毛色が違う。

 

「なんだそれ」

 

 一夏が目を細めた。

 投射する。クローが射出され、ワイヤーを伸ばしながら一夏へ向かう。狙いは機体本体ではなく、雪片弐型だ。

 一夏が咄嗟に躱す。読んでいた。ワイヤーを引く前に軌道を変え、クローの軌跡で一夏の左を塞ぐ。同時に右手の刀を正面から振り下ろす。一夏が弾く。その瞬間にワイヤーを巻き取り、クローを回収しながら左から薙ぐ。

 

「っ、手数が増えてる……!」

 

 弾かれなかった。クローの爪が白式の側面を引っかき、エネルギーが散る。畳み掛ける。右、左、クローを再び投射して動きを縛る。一夏は対応しているが、読み切れていない。三つの攻撃線を同時に捌くのは、経験が要る。

 

 隙が生まれた。

 右腕のパイルバンカーを展開する。外せば大きな隙を晒すが、当たれば、零落白夜に次ぐ一撃になる。

 踏み込む。一夏が零落白夜を光らせる。お互い同じタイミングで仕掛けた。

 僕は軸をずらした。刃が肩口を掠める。またエネルギーが削れ半分を切る、それでも止まらない。パイルバンカーの杭が、白式の胸部装甲へ向けて撃ち出された。

 

 轟音。

 

 白式が大きく後退する。直撃ではなかった。けれど、今度は一夏の声が漏れた。

 距離が開く。お互い、少し呼吸を整えるような間があった。

 

「……強いな、お前」

 

 一夏が言った。試合前の暗さが嘘のような、軽い声だ。

 

「一夏も。本当に初めて動かしたの?」

 

「なんか、馴染むんだ。次で決着つける」

 

 右に回りながら、牽制のクローを投射する。一夏は今度は躱さなかった。雪片弐型を横薙ぎに振り、ワイヤーごと叩き落とす。鉄くずになったクローが落下していく。

 読まれた。いや、慣れられた。試合が進むにつれて一夏の対応が研ぎ澄まされている。経験値の吸収が速い。このまま手数で押し切れるという算段が、静かに崩れていくのを感じた。

 僕はスモークグレネードを引き抜いて投げた。灰色の煙がアリーナに広がり、視界が塗り潰される。センサーへのジャミングも同時に起きているはずだ。

 

「っ、煙幕か……!」

 

 一夏の声が煙の向こうで聞こえた。位置は分かる。声で十分だ。

 二刀を再展開しながら急降下する。煙の中を真っ直ぐ落ちて、下から切り上げる。基本的に死角となる位置からの上昇斬りだ。当たれば大きい。

 狙いは声のした位置の前方、前進してくると踏んで交差させた刀を振り抜く。空振った、いない。灰色の煙の切れ目から、白が見えた。一夏は前進する予想に反して、後退していた。

 

「そこだ」

 

 声が耳元で聞こえた気がした。後隙が生まれた。僕の体勢が崩れている。立て直すより速く、雪片弐型が光った。体勢を戻して回避では間に合わない。二刀を交差させて防御に入る。

 轟音と同時に、両腕に衝撃が走った。刀が、一文字に両断された。断面が視界に映る。折れたのではなく、切られた。綺麗に、真っ直ぐに。

 衝撃が全身を貫いて、そのまま僕はアリーナの床に叩きつけられた。天井が見えた。

『シールドエネルギー残量ゼロ。第二試合、勝者、織斑一夏』

 アナウンスが響いた。

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