水星軌道基地 ペビ・コロンボ23
「ぐす…」
幼い赤毛の少女、スレッタ・マーキュリーは、誰もいない倉庫の片隅で泣いていた。母と一緒に住んでいるこの水星という土地は、よそ者にとても冷たい土地だった。
直接的な嫌がらせや暴言なんて日常茶飯事。酷い時には、物を投げつけられる事さえある。幸い、直接的な暴力こそ振るわれていないが、それでも日々精神がすり減っていく。まだ子供である彼女には、辛く厳しい日々でしかない。
「ひぐ…おかあさん…」
そして今日もいつものように、水星の老人たちにイジワルをされた。本当なら母の胸の中で泣きたい彼女だが、それは母を心配させてしまうのでしない。何時もなら、家族であるエアリアルのコックピットで泣くのだが、生憎今日はそのエアリアルが整備中の為、入る事が出来ない。
なのでスレッタは、1人でペビ・コロンボ23の施設内を歩き、誰もいないであろうこの倉庫で両膝を抱えて泣いている。部屋で泣いていたら、絶対に水星の人たちから怒号が飛んでくるからだ。誰もいないここなら、多少は安心できる。
そんな時だった。
「誰?」
「っ!?」
泣いている自分に声がかけられたのは。
スレッタが恐る恐る顔を上げると、そこには自分と同じくらいの黒髪に青い瞳の男の子がいた。水星には自分と同じくらいの子供なんていない。住人の殆どは老人だからだ。初めて見る同じ年くらいの子供に、少し面食らうスレッタ。
「ご、ごめんなさいっ!!」
しかしこのままだと、また酷い事を言われるかもしれない。だってここは水星なのだ。よそ者は歓迎されない。なのでつい反射的に、スレッタは謝る。
「…?何で謝んの?」
「え…?」
しかし目の前の少年は、頭に疑問符を浮かべる。何時もなら、例え謝っても何かしらの暴言を吐かれるというのに、それがない。スレッタには、それが不思議だった。なので少年と同じように、頭に疑問符を浮かべる。
ぐぅ
すると倉庫内に、可愛らしい音が鳴る。それはスレッタの腹の音。思えば、今朝から何も食べていない。これではお腹が空くのなんて当たり前だ。
「いる?」
「え?」
すると、少年は羽織っているジャケットのポケットから、何かの木の実をスレッタに差し出す。本日3度目の驚きだ。これまでなら、例えお腹が空いていても、誰かに何かを差し出されるなんて無かった。何なら『そのまま飢えて死んでしまえ』と言われる。
だというのに、目の前にいる少年は、まるでそんな事知らないと言わんばかりに木の実のような物を差しだしてきた。
「え、えっと…」
こんな親切なんてされた事が無い。なのでスレッタは、どう反応すればいいか分からずに、そのまま固まってしまう。
「いらないの?」
「あ!えっと!いります!!」
少年にそう言われ、スレッタは木の実を受け取る。そしてそのまま口に入れた。
「美味しい…」
初めて食べるその味に、スレッタはつい口を開く。何時も食べている宇宙食のゼリーではない食べ物。一応水星にも、今食べたような木の実は売ってはいるが、スレッタが口にできる訳が無い。単純にとても高いからだ。
「そう。よかった。これ偶にハズレあるんだよね」
そう言うと、少年も木の実を口に入れる。すると顔をしかめた。どうやら彼の言うハズレだったようだ。
「あ、えっと…私、お金持ってません…」
ここでスレッタは我に返る。こんな風に優しくされるなんてありえない。今食べた木の実の代金を要求されるに決まってる。
しかし自分はお金なんて無い。このままではまた酷い事を言われるかもしれない。なので早いうちに謝っておかないといけない。
そう身構えていたのだが、
「は?何でお金?いらないけど?」
少年は何も要求してこなかった。
「え…じゃあ、何で食べ物を…?」
「お腹空いてそうだったから」
「それだけ?」
「それだけ」
もう何度目の驚きかわからない。水星で、こんな風に親切にされたのなんて初めだ。もしかすると、自分は今優しい夢を見ているのかもしれない。そう思える程に、今体験している事が非現実的すぎた。
「あの、ありがとう、ございます…」
「ん」
今まで親切にされた事が無かったので忘れてたが、こういう時はきちんとお礼を言わないといけない。それを思い出したスレッタは、直ぐにお礼を言う。
ガコンガコン
その時、ペビ・コロンボ23が大きく揺れる。
「今日も太陽風が激しいな…」
少年はそう呟きながら、また木の実を口に入れる。ペビ・コロンボ23は水星の衛星軌道上にあるのだが、ここは太陽風の影響をモロに受ける。
当然、それを直接受ければ人間は即死するし、施設の設備は機能を停止する。なので太陽風が出る時は、施設全体を特殊な防護壁で覆うのだ。酷い時は、2ヵ月以上も防護壁を閉じて、住民皆が閉じこもって過ごす日さえある。そして今日は、その太陽風が酷い日であった。
「……」
スレッタはその揺れに恐怖し、手を握りしめて再び両手で両膝を抱える。
「で、そんなとこで何してんの?」
一方少年は、そんな恐怖など無いかのようにスレッタに質問をする。
「えっと、さっきおじいさんに色々言われて…」
スレッタは子供ながらに掻い摘んで質問に答えた。こういった酷い環境であるが故、水星は厄介事を持ってきそうなよそ者に非常に厳しい。だからスレッタとその母親は、全くと言っていいほど歓迎されていない。施設を歩けば、小言を必ずと言っていいほど言われるくらいには。
「俺と一緒じゃん」
「え?」
そして話し終えたスレッタに、少年は一緒だと言い出す。
「俺も生まれはここじゃないからね。だからよそ者」
「そうなの?」
「うん。俺、火星生まれだから」
「火星…」
ここよりずっと遠い場所、火星。火星は、水星よりはずっと良い環境だとエアリアルで見たデータに書いてあった。僅かではあるが水があるし、荒野ばかりではあるが嵐は無い。
勿論、地球に比べればずっと酷い環境なのだろうが、ここよりはずっとマシ。なんせ太陽風に怯える必要が無い。
「どうして、ここに?」
スレッタはそこが気になった。こんな酷い環境の水星にくる人なんて、よっぽどの事情がある人だとエアリアルが言っていたからだ。本当にこういう事は聞かないのが暗黙のルールなのだが、幼いスレッタにはそれがわからない。なので子供特有の好奇心で聞いてしまった。
「父さんと母さんが、火星で何かやらかして逃げてきたんだって」
少年もそれに普通に答える。彼にとって、それは割とどうでもいい事だ。
「まぁ、その父さんと母さんはもう死んでるから、何があったなんて知らないんだけどね」
「え?」
なんせ彼の両親は、既に亡くなっているのだから。
「2年前の事故、あの場所に2人がいてさ。おかげで俺1人なんだ」
2年前、水星のとある資源採掘現場で、犠牲者が40名も出る突発的で大規模な事故があった。その犠牲者の中に、少年の両親もいたらしい。
「お父さんとお母さんがいなくて、寂しくないの?」
スレッタは母親がいないときは、寂しくて仕方が無い。なので何時も、エアリアルの中で泣いている。もしも少年のように母が突然いなくなったと思うと、泣きそうだ。
「別に。寂しいと感じた事はないかな?」
だが少年はそんな事ないらしい。その返答に、同じくらいの子だというのに、凄い子だとスレッタは思った。
「それに、バルバトスのおかげで採掘の仕事が出来てご飯食べられるし」
「え?」
少年の発言に、聞きなれない言葉があったのをスレッタは聴き逃さない。
「バルバトス?」
「うん。俺のモビルスーツ。両親がどっかで拾って動けるようにしたんだって。あいつで操縦習ったから、今モビルクラフトで採掘できてる」
「え、凄い…」
スレッタは未だにエアリアルを、シミュレーションでしか動かせていない。なのに少年は、既にモビルクラフトを動かして採掘までやっているという。とても自分では真似できない。
「えっと、バルバトスって、エアリアルみたいな感じ?」
「エアリアル?何それ?」
「お母さんのモビルスーツ。今日は整備中で動かせないけど、いつもは向こうの工場にあるんだよ」
「へー。どんなの?」
「えっとね、エアリアルはね…」
その後、スレッタは夢中で話した。何時も老人たちにイジワルされているので、こんな風に楽しく話すなんて母とエアリアル以外にした事が無い。おまけに少年は、モビルスーツを持っているという共通点もある。おかげで話が弾むのだ。
「あ、ごめん。俺そろそろ行くから。今日はモビルクラフトの整備しないといけないし」
「あ、うん…」
しかし、楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく。少年は仕事があるようで、そう言うと倉庫から歩きだしていく。
「……」
スレッタは、その背中を見つめていた。これで終わり。楽しかった時間は、もう終わり。このまま何もしなければ、もうこうやって話す事も無いかもしれない。そんなの、嫌だ。
(逃げたら1つ…進めば2つ…)
スレッタは、母がよく言っている言葉を思い出す。
「あ、あの!」
「ん?」
スレッタは立ち上がり、少年に話しかける。
「ま、また、お話してもいい!?」
そして勇気を出して、少年にそう言った。
「うん、いいよ」
するとあっけらかんに少年は答える。
「あ、ありがとう…!」
スレッタは笑顔でお礼を言う。母とエアリアル以外でできた、初めての話し相手。それができた事が嬉しくて堪らない。
と、ここでスレッタはある重大な事を思い出す。
「あ、そうだ!えっと、何て名前なの?」
それは名前。思えば、未だに少年の名前を聞いていない。これはいけない。母からも、相手の名前はしっかりと聞いておくものだと教わっている。
「俺の名前?」
「うん。私はね、スレッタ・マーキュリーって言うんだ」
先ずは自分の名前を言う。自己紹介はとても大事だからだ。エアリエルのデータにもそう書かれていた。そしてそれを聞いた少年は答えた。
「三日月・オーガス」
「えへへ…」
それから数時間後、エアリアルは整備を終えて、何時もの工場にいた。そのコックピットの中には笑顔のスレッタがいる。
「ん?どうしたのエアリアル?」
そんなスレッタに、エアリエルが話しかける。今まで母親がいないのに、こんな笑顔になるスレッタを見た事が無いからだ。気になるのも仕方が無い。
「え?うん。実はね、お話し相手が出来たんだ」
その答えに驚くエアリアル。水星の老人たちは、自分たちを厄介者扱いする。そんな人たちの中に、好き好んで話しかけてくる人がいるのかと。
「ううん。三日月も私とお母さんと一緒でよそ者なんだって」
スレッタの発言に、納得するエアリアル。確かによそ者同士なら話も合うだろう。だがそれはそれとして気になる。一体どういう人物なのか、エアリアルはスレッタに質問をする。
「えっと、三日月は男の子で、黒い髪に青い目で…」
男と聞いて、エアリアルは少し警戒する。もしや、この可愛い妹に何かしようとしている悪い虫ではないのだろうか。だとすれば大事だ。一刻も早くビットで排除しなければ。
「だ、ダメだよ!!三日月に何かするなんて!!あと悪い虫って何の事?」
その辺はお母さんに聞いて欲しいと、エアリアルはスレッタに言う。正直、自分もよくはわかってないし。
「そうだ!今度三日月にエアリアルを紹介してもいい?」
それは自分では決めきれないけど、あまりよくは無いだろうとエアリアルは思う。一応、エアリアルは機密扱いのモビルスーツだ。外に漏れたらダメな情報が沢山ある。おいそれと、他人に見せていいものではない。
「そっかー。残念。あ、でも、三日月もエアリアルみたいなモビルスーツを持ってるって言ってたよ?バルバトスって言うんだって!」
水星にきてから、エアリアルは自分と似ている何かがいるとずっと感じていた。恐らくそれは、その三日月という少年が持っているモビルスーツの事だろうとエアリアルは思う。それにしても、バルバトスとは物騒な名前だ。
「えへへ。私と三日月って、似た者同士だよね」
確かにそうかもしれない。よそ者で、モビルスーツを持っていて、子供。こんな似た者同士、滅多にいないだろう。
こうして、スレッタとエアリアルは会話をしていき、水星の夜は更けていく。
「あ、おはよう三日月!」
「おはよう」
あれからスレッタと三日月は、時間を見つけては最初に出会ったこの誰もいない倉庫で話すようになっていた。母は最近会社の仕事が忙しくて、あまり帰ってこれない。これまでなら、その間エアリアルと過ごしていたのだが、今は違う。
「今日はね、エアリアルと一緒にシミュレーションをしたんだ。この前より上手く動けるようになったよ!」
「凄いじゃん。俺は1日採掘してたけど、いつもより多く採れたよ」
「凄いな三日月は。私と同じ年なのに。私は早く採掘できるようになりたい」
「危ないからやめた方がいいよ。少しでもミスしたら死んじゃうし」
話す内容は、その日あった事。お互い、まるで業務連絡でもしているような感じだが、この娯楽に乏しい水星ではこれくらいしか無いのだから仕方が無い。
本当なら、エアリアルで見れるアニメや色んな映像とかを見れればいいのだけど、生憎母親から許可が出なかった。
「ねぇ三日月。地球って知ってる?」
「知ってる。聞いた事しかないけど」
「地球にはね、水星が丸ごと入るくらいの、大きな水たまりがあるんだって!」
「そんなに大きいの?凄いね」
「あとあと!色んな物が沢山売っているお店とか、勉強する学校とか、友達と遊べる楽しい場所があるんだって!」
「へー。ここに無いものばかりだね」
水星にあるものは、採掘基地と岩と太陽風だけ。そもそも太陽に近すぎるせいで、人が住める環境じゃない。故にそんな娯楽施設を作る余裕なんて、ある訳が無い。
「あ。もう時間だ。今日はこの後、エアリアルと一緒にお勉強なんだ」
「わかった。頑張ってね」
「うん!」
2人が会う時間は、何時もそんなに多くない。それぞれやる事があるからだ。ここ水星では、手の空いている者なんていない。余裕が無いからだ。なので2人が話す時間も、いつも少しだけ。
でもスレッタはそれで満足だった。これまで暗くて寂しいペビ・コロンボ23での日々が、少しだけ明るくて楽しい日々になったらだ。
勿論、大好きな母とエアリアルがいたので、これまでがずっと寂しかったという訳ではないが。それでも、三日月と話すようになってからは、より楽しい日々になった。
未だに老人たちからイジワルをされてはいるが、三日月と話すとその時の嫌な気持ちも癒える。まるで魔法みたいに。
(明日は何話そうかな?)
スレッタは無重力空間をスキップしながら、エアリアルのある格納庫まで行くのだった。
ある日の事。太陽風のせいで採掘も出来ず、母も仕事で水星を離れていた時、
「スレッタ、バルバトス見たい?」
「え?」
いつもの様に話していると、突然三日月がそんな事を言ってきた。
「今日さ、採掘も全く出来ないし、他にやる事がないから、暇つぶしにどうかなって」
「見たい見たい!凄く見たい!」
「じゃあ、あっちにあるから行こうか」
スレッタは興味津々だった。エアリアルのデータで、色んなモビルスーツは見た事はあるが、三日月のいうバルバトスはまだ見た事が無い。調べても出てこなかったし。
でも今日は、それが見れるというのだ。ワクワクが止まらない。そして2人は、ペビ・コロンボ23内にある、8番格納庫にやってきた。
「ここは俺の家みたいなものだから、俺が許可出さないと誰も入れないんだ」
どうやら三日月はここに住んでいるらしい。そしてポケットからカードキーを出して、格納庫入口に設置している端末にかざす。すると格納庫に入るドアが開き、その中に入ると、広い空間があった。
「あれだよ」
三日月が薄暗い格納庫の先を指さす。するとここには、
「うわぁ…」
1体の白いモビルスーツが鎮座していた。
「あれがバルバトス。俺の死んだ両親が残してくれた、唯一の財産」
これが話に聞いていたバルバトス。頭には黄色いV字のヘッドアンテナ。肩には赤と白のごつごつしたアーマー。指先はエアリアルと比べるとなんかトゲトゲしている。その両脇には、何やらゴツイ鉄の棒のようなものが置いてある。エアリアルと比べると、全体的に凶悪な感じがする機体だ。
「凄い。エアリアル以外で初めて見る本物のモビルスーツだ」
スレッタはバルバトスに近づく。エアリアルとどこか似ているけど、やはり違う。特に顔が違う。バルバトスの方が、怖い顔つきをしている。
「これ動くの?」
「一応。でもセーフモード以外で動かしたらダメなんだって」
「え?どうして?」
「何か、こいつに積んでいるリアクター?って言うのが動くと、ここの電気設備が全部壊れちゃうらしいよ」
三日月もその辺りの知識が浅いので詳しく言えないが、このバルバトスには特別な動力炉が積んであるらしい。そしてもしそれを出力を上げて動かすと、ペビ・コロンボ23は全ての電気設備を壊され、水星の地表にまっ逆さまに落ちていくとの事。
なので動かすときは、出力が低いセーフモードの時のみ。当然だが、宇宙空間に出て動かすなんて出来ない。
「へぇ~、エアリアルとは本当に違うんだ」
「そうなの?」
「うん。見た目は少しだけ似ているけど、他が全部違うよ」
「へぇ。見てみたいな」
「お母さんがいいよっていったら、三日月にも見せてあげるね」
薄暗い格納庫の中で会話をする2人。その光景は、さながら幼い姉弟が話しているようにも見える。その後、バルバトスに搭載されているシミュレーションをスレッタがやって、エアリアルのものとは難易度が段違いだったためにボコボコにされたりして、その日は終わった。
それからも2人は、度々会っては話をした。
「あ、三日月。ここ違うよ」
「え?そうなの?」
「ここはこっちの式を使わないとダメなんだ」
「面倒…」
ある日は、スレッタが三日月に勉強を教えた。
「ねぇ三日月。いつも食べてるその木の実って、結局なんなの?」
「月に1回くる補給船あるでしょ?そこで買ってる火星ヤシの実」
「他になにかないの?」
「ないね。ここにくるのって、大体が施設の補給品だし」
「そっかー…もしかしたら、色んなお野菜とか食べれたかもしれないって思ったのに」
ある日は、三日月が定期的に購入している木の実の話をした。
「もしもエアリアルとバルバトスが戦ったら、どっちが勝つかな?」
「わからないよそんなの。でも、俺は負けない」
「でもバルバトスって、連射できる射撃武器ないよね?」
「近づいて殴ればいいし」
「でもエアリアルにはビームライフルがあるよ?」
「避ける」
ある日は、自分たちのモビルスーツ談義をした。
(もしも弟がいたら、こんな感じなのかな?)
そんな日々が続いていく内、スレッタはそんな風に思った。三日月は、水星という過酷な環境で出会った同い年の男の子。本来ならお互い忙しいので、そう何度も顔を合わせる事なんて無かっただろう。
しかし、あの時声をかけたおかげで、今ではほぼ毎日会って話をしている。会話内容も様々。まるで自分とエアリアルみたいだ。
(こんな日が、毎日続いたら楽しいのにな…)
数年後 水星表面 チャオモンフ採掘基地
「くそ!ダメだ!あそこの坑道はもう無理だ!」
「おい!早くモビルクラフトを収容しろ!」
「怪我人はこっちだ!」
チャオモンフ採掘基地。そのハンガーで、老人たちが慌てていた。水星は、非常に危険な環境下で採掘作業をしている。なんせ、太陽からたったの5791万kmしか離れていないのだ。故に、突発的な太陽風による事故が後を絶たない。
そして今もこうして、とある坑道が太陽風により崩れ、作業員が1人取り残されてしまっている。出来れば救援に向かいたいが、モビルクラフトではどうあっても不可能だ。
「残っているのは、誰だ?」
「あいつだよ。火星からやってきた家族の子供」
「あのガキか…」
幼いながらも、しっかりと危険な採掘作業をしてきた三日月。そのおかげで水星の老人たちからも、少しは三日月に対する風当たりが弱くなっていた。その彼が、今も事故現場に残されている。
「無理だ。どうあっても助けられない…」
「だな…諦めよう…」
三日月がよそ者だという事を差し置いても、この状況で助けに行く事は不可能だ。
悪いとは思っている。老人たちだって、好きでよそ者を、ましてや子供を見捨てるなんて事はしたくない。できれば助けたい。
しかし助ける手段が無いこの状況では、もう見捨てるしかないのだ。
『軌道上にあるペビ・コロンボ23の5番ハンガーが開きます!!』
「はぁ!?誰が出ようとしてんだ!?」
だがそんな中、1人だけ彼を助けに行こうとする者がいた。
「今行くよ!三日月!!」
スレッタ・マーキュリーはそう言うと、エアリエルに乗って軌道上から水星の地表目掛けて出撃をする。
(これで、終わりか…)
瓦礫に埋もれたモビルクラフトのコックピットの中に、三日月・オーガスはいた。太陽風の影響で、モビルクラフトの計器は既に死んでいるし、アームもスラスターも全く動かない。モニターは奇跡的に生きているが、瓦礫に埋もれているので何も映らない。着ている作業用スーツだって、生命維持装置が壊れかけている。酸素残量も、もう殆どない。
自分はもう、あと数分で死ぬ。そんな状況。火星で何かをやらかして逃げてきた両親も、数年前にこうして死んだと聞いている。
だというのに、三日月は冷静だった。
思えば今まで、自分は空っぽだったと三日月は感じる。仕事をやっても満たされない。食事を食べても空腹しか満たされない。死んだ両親の話を聞いても、あまり興味がわかない。
水星の老人たちに、言われるがままに仕事をする毎日。そこに何の文句も無かった。何も感じなかったからだ。
もしかすると自分は、生まれた時から何かが壊れていたのかもしれない。
(ああ、でも…)
しかし、スレッタと話している時は楽しかった。自分以外の同い年の子供。そんな彼女と話している時だけは、心が満たされる気持ちだった。
(そういえば今日、作業終わったらスレッタとご飯食べる約束してたな…)
ご飯と言っても、データで見るディナーではなく、何時もの宇宙用ゼリーだ。それを、自分の格納庫で食べようと約束をしていた。でもこの状況では、その約束はもう叶えられそうにない。
(約束破った事、スレッタ怒るかな…)
出来れば約束を破った事を謝りたい。しかし通信機すら壊れているこの状況では、メッセージすら残せない。そこだけが、心残りだ。こうして三日月・オーガスは、ゆっくりと目を閉じて、最期の時を待つのだった。
『三日月っ!!』
「え?」
自分を呼ぶ声に反応し目を開けると、自分が乗っているモビルクラフトが揺れている。太陽風のせいじゃない。何かがモビルクラフトの近くで動いている。いや、瓦礫を破壊している。
「スレッタ?」
ここにいるはずの無い少女の名前を口にする。するとモニターに光が差す。そしてそれは、あっという間にモニターを照らしていった。
『いた!三日月!無事!?』
三日月の目に、見た事が無いモビルスーツが見える。所々バルバトスに似ているが、なんか違う。そんなモビルスーツ。
「もしかして、それがエアリアル?」
『そうだよ!私とエアリアルだよ!助けにきたんだ!』
どうやらあれがエアリアルらしい。そして、乗っているのはスレッタ。
『その状態のモビルクラフトは基地まで運べないから、直ぐにこっちに乗って!!』
「いいの?」
『いいの!!じゃないと三日月死んじゃうでしょ!?』
「わかった」
そう言うと三日月は、瓦礫が無くなった事により開くようになったモビルクラフトのハッチを開ける。
「こっちだよ三日月!」
同じようにエアリアルのコックピットハッチを開けたスレッタが、三日月に手を伸ばす。そして三日月は、モビルクラフトのコックピットから、勢い良くスレッタ目掛けて跳んだ。
「よし!捕まえた!!」
スレッタは、自分に飛び込んできた三日月を抱きしめて、エアリアルのコックピットハッチを閉める。
「エアリアル!直ぐに戻ろう!じゃないと皆死んじゃう!」
そう言うと、エアリアルは凄いスピードで山の影に沿って飛んでいく。目指すは、チャオモンフ採掘基地だ。
「ありがとう、スレッタ」
「どういたしまして!でもそういうのは全員助かってから!!」
こんな状況だが、三日月はスレッタにお礼を言う。しかしスレッタにはそれに答える余裕がない。今は一刻も早く基地に戻らなければ。
(やっぱスレッタといると、いいなぁ)
そして三日月は、とんでもないスピードで動いているエアリアルのコックピットの中でそんな事を思うのだった。
その後、チャオモンフ採掘基地にたどり着いた2人は、老人の1人から大目玉を食らうのだった。
ペビ・コロンボ23
「無許可だったんだ」
「急がないといけないって思ってて…」
水星軌道上にあるペビ・コロンボ23のバルバトスが置いてある格納庫。そこで2人は、約束通り夕食を共にしていた。三日月を助けたスレッタだったが、どうやら無許可で救助にいっていたらしい。その結果が、あの大目玉だ。
「スレッタ。もう1度言うけど、ありがとう」
「ううん。私も無我夢中だったし…でも、どういたしまして」
だがもうそんな事はどうでもいい。こうして無事に生きているのだから。
「でも本当によかった。三日月が無事で…」
つい泣きそうになるスレッタ。もし三日月があのまま死んでいたかと思うと、怖くて仕方ない。スレッタにとって、もう三日月は家族同然なのだ。そんな家族が死んでしまうのは、とても怖い。
(ああ、そっか…)
そして三日月は、スレッタを見て気が付いた。
(俺、スレッタの傍にいると、嬉しいんだ…)
スレッタと共にいると、空っぽな自分が満たされるという事に。この感情は、恋ではないだろう。どちらかというと、多分家族愛に近いかもしれない。
(決めた)
空っぽな自分を満たしてくれた存在。そんな彼女に報いたい。だから、三日月は決めた。
「スレッタ」
「何?」
「もう1度言うけど、今日はありがとう。おかげで俺、生きてる」
「そ、そこまで言われると、少し恥ずかしいかな…」
「だからさ、俺のこの救われた命、救ってくれたスレッタにあげるよ」
「……へ?」
三日月の突然の発言に、スレッタは面食らう。
「俺さ、昔から自分がよくわからなかったんだ。何してもよく感じないみたいな感じして。でもさ、スレッタといるとなんか満たされる気がする。これ、凄くいいなって思った。できればお礼がしたいんだけど、俺そういうのよくわからいないから、俺の命をあげるよ。他にあげれるの無いし」
「……えええぇぇぇぇ~~~~!?」
バルバトスが鎮座する格納庫に、スレッタの絶叫が響く。
この日、三日月はスレッタの物(自称)となった。
続くかどうかは、作者次第…
このネタももう古いよね。
でも本当に次回いつになるかわからないので、どうか気長にお待ちください。