それと前回のアンケートのご協力、ありがとうございます。割と接戦していてびっくりしました。
「ふははは!見ろヤマジン!やはりわが友が勝利したぞ!!」
「はいはい、それはわかったから、少しは落ち着いて寮長」
グラスレー寮の生徒が使っていたモニター室を乗っ取ったイオクは、親友である三日月が所属している地球寮が勝利した事を心底喜んでいた。
最初こそ地球寮はとても不利な上、グラスレー寮が卑劣な作戦を取っていたせいで、地球寮は常に劣勢に立たされていたが、三日月はそれを覆したのだ。
何故突然三日月のバルバトスがあのような動きが出来たかわからないが、それでも勝ちは勝ち。これで地球寮は、誰にも邪魔される事無く会社を設立できるだろう。
「そうだな。折角勝利したのだから、祝勝会を開くべきかもしれん。早速どこかでパーティ会場を予約しなくては」
そしてイオクは、地球寮が勝利した事をしっかり祝おうと考える。あれだけ大変な決闘だったのだ。勝利の美酒を味わう事くらいはしても、罰は当たらないだろう。自分のポケットマネーであれば、学園外にあるレストランを数時間貸切る事くらいはできる。そこで三日月達の勝利をしっかり祝ってこそ、この決闘はちゃんと終了するだろう。
「いやちょっと待って。それはダメだって寮長」
だが、それをヤマジンが止める。
「これ以上、地球寮と密接な関係を持っているってうちの寮生にバレたら大変な事になるでしょ。ただでさえこの前の決闘の時に色々やらかしたんだから。これ以上変に騒ぎの元を作ると寮内が分裂しちゃうって」
「む、確かにそれは困るな」
以前イオクが三日月と決闘した時、イオクはかなり強引にアリアンロッド寮の生徒の意見を自分寄りに纏めた。結果、一部の寮生がイオクに反感を買ってしまったのだ。
一応、決闘後にイオクは寮生全員にしっかり謝罪をしたので、アリアンロッド寮はまだ何とかまとまってはいる。
だが未だに、アリアンロッド寮にはアーシアンに良い感情を向けていない生徒も少なくない。
そんな生徒がいるのに、寮長である自分が地球寮に肩入れしていると知られてしまえば、その生徒達から反感を買う事は必須。
そもそもイオクがアーシアン嫌いだったのに、今では手の平を返したような事をしている。これがバレただけで、大変なのだ。
なので公に、イオクが地球寮を祝う事などあってはいけない。そんな事をすれば、今度こそアリアンロッド寮内が分裂しかねないから。
「では、匿名で我が社が販売している冷凍食品を地球寮にひっそり送っておこう。それならば問題あるまい」
「まぁそれなら」
結果イオクは、ひっそりと地球寮に勝利の祝いの品々を送る事にした。これならば、アリアンロッド寮の生徒にバレて大変な事になる事も無いし、地球寮の事もしっかり祝う事が出来る。
「ん?」
そう思ったイオクは、直ぐに本社に電話をしようとしたが、そこである異変に気が付く。突然、モニターが騒がしくなったのだ。何事かと思ったイオクが再びモニターを見てみると、
「は?」
そこには、顔中血まみれの三日月が映っていた。
「何だ、これは…」
テントで端末を使って決闘を見ていたグエルは、三日月の様子を見て絶句。
「一体何が…!?」
レギンレイズプロトから降りたヴィダールも、突然の出来事に驚愕。
「これは、どういう事だ…?」
敗北したシャディクも、何が何だかわからない様子。
「まさか、ガンダムの呪い?いえ、あれはガンダムフレームだからそんな訳…」
学園外で決闘を見ていたベルメリアは、三日月の状態を見て考察をする。
「……」
同じように学園外で決闘を見てたサリウスは、無言でただその様子を見ていた。
「やはり、こうなるか」
そしてデリングは、誰にも聞こえない声で呟く。
「三日月!返事をして三日月!!」
エアリアルから降りて、バルバトスに登ったスレッタは、直ぐに外部端末を操作して、三日月をコックピットから出す。そして何度も涙声で三日月に声をかけているのだが、三日月は目を瞑ったまま全く反応しない。ピクリとも動かず、まるで死んでしまっているように見える。
尚この時、決闘委員会は全ての映像の配信を止めている。流石にこんな流血沙汰な試合を、これ以上グループの内外に見せる訳にはいかないと判断したからだ。
そしてスレッタは、最悪の結末を考えて血の気が引き、直ぐに三日月の胸や手首を触ってみた。
(心臓は動いている。脈も弱いけどしっかりある。でも、体が冷たい…!血を流し過ぎてるせいだ…!)
水星で1番のレスキューパイロットだったスレッタは、要救助者の今の状態の確認も可能だ。
そういう訓練を受けたからである。おかげで三日月がまだ生きている事はわかったが、これはかなり危ない。
人間は、体の3分の1の血液を失うと死亡するのだ。
そして現在三日月は、顔中から血を流している。流石にこれで体中の血液の3分の1を失ったとは考えられないが、かなりの血液を失っている事に違いは無い。一刻も早く、適切な治療が必要だ。
『スレッタ聞こえる!?』
「ミオリネさん!?」
その時、スレッタにミオリネから通信が入る。
『今フロント管理社に連絡入れた!直ぐにそっちにプロの救護班がつくわ!あんたはそのまま三日月に声をかけつづけて!私達もすぐそっちに行くから!!』
「わ、わかりました!!」
どうやらミオリネは、学園にいるプロの救護班に連絡を入れてくれたらしい。これなら遅くても、3分程でここまで来るだろう。ならばその間自分は、ミオリネに言われた通り三日月に声をかけ続けよう。
(え?また通信?)
再び三日月に声をかけようとした時、スレッタにまた通信が入る。
「もしもし!?」
『スレッタ、私よ』
「お母さん!?」
通信の相手は、何とプロスペラだった。そしてプロスペラは、直ぐにスレッタにある事を言う。
『よく聞いてスレッタ。三日月くんの意識が戻るまで、背中の阿頼耶識システムは絶対に外さないで』
「え?な、なんで?」
それは、三日月の背中にある阿頼耶識システムをバルバトスから外すなという命令だった。今の三日月は、一刻も早くバルバトスのコックピットから出して、病院に行かせるべきだというのに、まさかの命令。流石のスレッタも、そのプロスペラの言葉に首を傾げる。
『もし三日月くんの意識が無い時に阿頼耶識システムを無理矢理外すと、どんな事が起きるかわからないの。最悪、三日月くんの脳に取り返しのつかない障害が残るかもしれないわ』
「っ!?」
だがプロスペラの説明を聞いて、直ぐに青ざめる。
阿頼耶識システムは、脊髄に注入したナノマシンを通して人間とモビルスーツを繋ぎ、パイロットの脳でモビルスーツの情報を直接処理するシステム。もしもこれをパイロットの意識が無い状態で無理やり外すと、本当に何が起こるかわからない。
例えるなら、大量の情報処理をしている最中のスパコンの電源ケーブルを、無理矢理引っこ抜くようなものだろう。そんな事をしてしまえば、データが吹きとんでしまうだろうし、最悪スパコンが壊れてしまうかもしれない。
そしてこの阿頼耶識システムの場合、吹き飛ぶのは三日月の脳の何かだ。そんな事、あってはならない。
『兎に角絶対に、三日月くんの意識が戻るまでは外したらだめ。フロント管理社の救護班のスタッフにもそう言っておいて』
プロスペラは、念入りにスレッタにそう伝える。そしてその声は、どこか焦っているように聞こえた。恐らくプロスペラも、今回の事態は想定外だったのだろう。だからこうして、三日月の安全を最優先にした事をスレッタに言っているのかもしれない。大好きな母親にそう言われ、何より三日月がどうなるかわからないと知ったスレッタは、今の三日月から阿頼耶識システムは外さないようにする。
しかし、スレッタにはひとつ懸念点があった。
「でも、いいの?このままじゃ阿頼耶識の事が…」
それは、阿頼耶識システムの事だ。このままフロント管理社の救護班がここに来てしまえば、三日月の背中の阿頼耶識システムの事がバレてしまう。
なんせ無理矢理背中のケーブルを外してはダメだと説明しないといけないのだ。そんな事を救護班に言えば、間違いなく怪しまれる。
阿頼耶識システムは、シン・セーでもトップシークレットの情報。もしこの事がバレてしまえば、どれだけ会社にダメージが入るかわからない。そもそも殆ど人体改造手術である。こんな事が世間に知られてしまえば、シン・セーは終わってしまうかもしれないのだ。
『この際、バレてもいいわ。責任は私が取るから。それより今は、三日月くんの方が大事だもの』
「わ、わかった!」
だがプロスペラ、最悪バレても良いと言い出す。今はそれより、三日月の身の安全が優先だと。それを聞いたスレッタ、少しだけほっとして、また三日月に声をかけようとする。
その時だ。
「ん…」
「三日月!!」
今まで意識を失っていた三日月が、意識を取り戻したのは。
「あれ、スレッタ?何でここに?」
「大丈夫!?体、痛い所とかない!?」
「え?んー……特にないかな」
スレッタは直ぐに三日月に体の異常が無いかを聞く。三日月はどこも痛くないと言うが、これは逆に危ないかもしれない。
人は明らかに異常な状態なのに痛みを感じないのが、1番危険なのだ。これは直ぐに検査をしなければならないとスレッタは考え、救護班が来る前に三日月の背中の阿頼耶識システムを外す。
(えっと確か、外す為のコードは…)
スレッタはバルバトスのコックピット内にある端末を操作し、三日月の背中から阿頼耶識システムを外す。
すると三日月のパイロットスーツに繋がっていたケーブルが外れる。これで三日月は、自由に動けるだろう。後は、フロント管理社の救護班の到着を待つだけだ。
「あれ?」
「どうかしたの?」
しかし自由になった途端、三日月に異変が起こる。
「何か、右腕の感覚が無い」
「………え?」
それを聞いたスレッタは、眼の前が真っ暗になるような感覚に陥るのだった。
地球寮 モビルスーツハンガー
「改めて見ると、見事に2機共ボロボロだな」
アリヤの目の前には、2機のモビルスーツがある。昨日の決闘で勝利を収めた、エアリアルとバルバトスだ。
しかしその姿は、とても痛々しい。両機ともボロボロで、最早スクラップ同然のような状態だ。昨日の決闘が、どれだけ激しかったかよくわかる。
因みに直ぐ隣のハンガーには、昭弘のグレイズとチュチュのデミトレーナー改もある。こっちもエアリアルとバルバトスに負けず劣らずボロボロだ。
「明日、シン・セーの人が2機共回収に来るって連絡があったよ。この期に、2機共全面改修するってさ」
「まぁ、これなら元の形に修理じゃなくて改修の方がいいわな」
マルタンの話を聞いたオジェロが呟く。ここまで壊れていたら、もう修理するより新しいモビルスーツを用意した方が良い気もするが、エアリアルとバルバトスは特別なモビルスーツ。そう簡単に、同じようなモビルスーツを用意できない。
なので全面改修なのだ。次にエアリアルとバルバトスを見る時は、2機共新しい姿になっているだろう。
「なぁ、三日月は大丈夫なのか?」
ヌーノがマルタンに尋ねる。昨日の決闘終了後、三日月は学園外の病院に緊急搬送された。顔中から血を垂れ流し、おまけに1度は完全に意識を失ったのだ。あんなの、どう考えても普通じゃない。なので三日月は現在、学園より設備の整った病院にいる。
「さっきミオリネさんから連絡があったけど、体もしっかり動くし、本人の意識もはっきりしているみたいだから大丈夫だと思うよ」
「とりあえずは一安心って事か」
マルタン曰く、今の三日月は一応大丈夫な状態らしい。受け答えはしっかりできるし、本人もケロっとしている。どうやら、三日月が死亡するという最悪の事態は避けられようだ。もしかすると、明日には普通に学園に戻ってきているかもしれない。
「こいつは、一体何なんだ?」
そんな話をしていると、昭弘がバルバトスを見ながら口を開く。
「あ?何がだよ昭弘」
「このバルバトスだ。こいつは、何なんだ?」
「何って、伝説とか言われているガンダムフレームって奴だろ?」
「そうじゃなくて、乗っている三日月が何であんな事になったのかって事だ」
「あー…それは…」
昭弘の疑問に、チュチュは答えられない。だってあんなの、普通じゃない。例えばコックピットを直接攻撃されたから血を流したとかならわかるが、今日の決闘ではそんな事は1度も無かった。
そもそもアスティカシア学園での決闘では、コックピットへの直接攻撃は禁止されている。だとすれば、三日月があんな風になったのは、このバルバトスそのものに何か原因があるのではと思うのは当たり前だろう。
「それにだ。最後の方、バルバトスは動きが明らかに変わっていた。あんな動き見た事無い。一体何があったんだあれ?」
「確かにな…言われてみれば、マジでなんだこいつ?」
チュチュも、他の地球寮の生徒もバルバトスを見る。今までは300年前に作られたバカみたいに強いモビルスーツという印象だったが、今は違う。デタラメな動きをし、乗っていたパイロットを血まみれにするモビルスーツ。これではガンダムフレームでは無く、GUND-ARMだ。そう思うようになったせいで、地球寮の全員がバルバトスを少し怖がるようになってしまっていた。
「ケーブル…」
「え?」
「コックピットにあったケーブル。もしかすると、あれが原因だったりしないか?」
そんな時、ティルが口を開く。バルバトスのコックピット内にあるケーブルに、何かあるのではと。
三日月はあのケーブルを、パイロットの情報収集用だと言っていた。バルバトスを動かした時の自分の動きを、パイロットスーツを通してバルバトスに送り、後でバルバトスから情報を抜き出すというもの。
しかし、よくよく考えたらおかしい話である。
だってそんな機能、普通は付けないからだ。
パイロットの動きを記録するなら、コックピット内のそういった計器を取り付けるだけでいい。態々、特注のパイロットスーツを使ってまでやる理由は無い。
それに仮にそうだとしても、あのケーブルは不自然だ。そもそも、モビルスーツとパイロットを直接繋ぐなんて発想が変である。パイロットの動きのデータが欲しければ、後で着ていたパイロットスーツを脱げばいい。その方が、態々バルバトスから情報を抜き出すなんて手間もかからないし。
「言われてみれば、怪しいなあのケーブル」
「でもよぉ、アレがどうやったら三日月があんな風になるんって言うんだ?」
「んな事知らねーって。機体のデータが逆流したとかじゃないのか?」
「そんな事あるのか?だってアレ、三日月と直接繋がっている訳じゃなくて、三日月が着ているパイロットスーツと繋がっているんだろ?何がどうあったら三日月が目と耳と鼻から血を流すんだよ」
確かに怪しいが、だとしてもどうして三日月があんなふうになるかなんてわからない。この場の誰もが、阿頼耶識システムの事を知らないからだ。だが1度出た疑問は、どんどん積み重なっていく。
「いっそ今から調べるか?」
このままではラチが開かない。ならばもう、バルバトスを徹底的に調べるべきだろう。
「だ、ダメだって昭弘!勝手にそんな事して、シン・セーから契約違反とか言われたらどうするの!?」
それに待ったをかけるのがマルタン。もし勝手な事をして、シン・セーから多額の違約金を払わさられる事になったら大変だ。少なくとも、地球寮では払いきれないだろう。
「けどよマルタン。お前もこいつが何か気になるだろ?」
「それは、そうだけど…でもやっぱりダメだって!!」
しかしチュチュの言う通り、バルバトスが気になるもの事実。かと言って勝手に調べて良い訳が無い。なので断固として、マルタンはバルバトスを調べるのを拒否する。
「まぁまぁ、落ち着きましょ皆さん。ここは一旦、社長が戻って来るまで保留にしませんか?」
そこにリリッケも待ったをかけた。そもそも株式会社ガンダムの社長はミオリネだ。そしてそのミオリネは現在、スレッタと共に三日月の付きそいに行っている。
確かに社長不在の中、勝手にバルバトスを調べるのはいただけない。それに、バルバトスは三日月の所有物。既に地球寮の仲間として認められているとはいえ、三日月の大切なモビルスーツを勝手に調べて良い訳無い。いくら仲間とはいえ、線引きは必要である。
「ま、それもそっか」
「とりあえずリリッケの言う通り、ミオリネ達が帰って来るまでほっとくか」
「だな。許可無く勝手に調べるなんて、1番やっちゃいけない事だろうし」
オジェロ、ヌーノ、アリヤはリリッケの意見に賛成する。
「……仕方ねぇか」
「気になるけどね」
「ははは…」
昭弘とティルも一応は納得。マルタンは大事にならなくてよかったと思いながら、乾いた笑いをする。
「あれ?そういや、ニカ姉はどこ行ったんだ?」
そしてチュチュは、何故かずっと姿が見えないニカを探す。一緒に寮まで帰った筈なのに、一体どこに行ったと言うのだろうか。
アスティカシア学園の隅にある校舎。倉庫や資料室くらいしか無く、普段は殆ど人が寄り付かない場所。そこにある女子トイレの一室。そこにニカはいた。
「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
1人でずっと、泣きながら謝罪をして。ニカは昨日の決闘の後から、ずっと自分を責めていた。そもそも、シャディク達があんな作戦を取ったのは、自分がバルバトスの情報をシャディクに渡したせいだ。あの情報があったからこそ、シャディクは対バルバトス用の作戦を考えて実行。その結果、バルバトスはボロボロになってしまっている。
それだけじゃない。パイロットの三日月は顔中から血を流し、一時意識不明になり、今は病院で精密検査の最中だ。
自分が渡したデータのせいで、こんなことになってしまった。
その事実に、ニカはとてつもない罪悪感を覚えているのだ。叶うのであれば、過去の自分を殴ってやりたい。そしてあの情報を、シャディクに渡すのを阻止したい。
しかし、時間を巻き戻すなんて出来ない。過去を変えるなんて、神様でも無いと出来ないのだ。
だからニカは、自分のした事をしっかりと受け入れるしかない。例えそれが、どれだけ辛い事だとしても。
「ごめんなさい…ごめんなさい…!ごめんなさい…!!」
ニカはただ、ひたすらに謝る。今更遅いとわかっていても、謝り続ける。こうでもしないと、罪悪感で押しつぶされそうだから。
フロント73区 ムラサメ病院
「他に異常は見られないわね」
ベネリットグループが所有する、どこか不穏な名前の病院。そこの一室に、プロスペラと三日月はいた。
今の三日月は患者衣を着ており、つい先程までプロスペラによる精密検査を受けていた。その結果、三日月の体は一部を除いて異常は無いと診断されたのだ。
「三日月くん、腕はどう?」
「動くよ。ただ感覚が無いってだけ」
そしてその一部というのは、右腕である。
決闘後直ぐ、三日月は自分の右腕の感覚が無い事がわかった。自分で触っても、誰かに触られても、まるで何も感じない。腕そのものは動くのに、感覚が無い。まるで腕があるのに無いみたいな妙な感触。それをスレッタ経由で聞いたプロスペラは、直ぐに三日月をこの病室へ送り検査をした。頭のてっぺんからつま先まで、三日月の体を1日かけて文字通り調べつくす。当然、プロスペラ1人だけではとても無理なので、プロスペラの息がかかった医者と共にだ。
更にここはプロスペラが個人で買い取った病室である為、プロスペラの許可が無いと他の誰かが入って来る事は無い。これで三日月の秘密も守れるというもの。
検査の結果、腕以外には右目の視力がほんの少しだけ落ちている事がわかったのだが、これくらいなら誤差の範囲らしい。特に眼鏡もコンタクトも必要無いとの事。
「三日月、体は大丈夫?」
「大丈夫。ただ、腕の感触が無いってだけだし。目も特に問題ないよ」
「そう。本当によかった…」
「全く、心配させんじゃないわよ…」
「なんかごめん」
プロスペラの許可を得て病室にいるスレッタとミオリネが、ほっと胸を撫で下ろす。
昨日の決闘後、スレッタとミオリネは三日月に付き添った。学校でただ待つなんて、2人共出来なかったのである。三日月が検査している時も、2人はずっとその様子を見ていた。
更に昨夜、三日月が就寝する際も、2人は同じ部屋で就寝している。流石に同じベッドでは寝ていないが、それだけ三日月が心配だったのだ。尤もスレッタは、三日月が心配であまり寝れていないが。
「お母さん。三日月の腕、何とかならないの?」
検査結果を聞いたスレッタが、プロスペラに聞く。現在三日月の腕は、触覚が無い。
腕はあるのに、無いような感覚。三日月は別に困っていないようだが、これは色々と弊害がある。
なんせ触覚が無いのだ。仮に右腕に何か鋭利な物が刺さった時や、とても熱いお湯が掛かった時、三日月はそれに気が付く事が出来ないだろう。それではいずれ、取り返しのつかない大怪我をしてしまうかもしれない。
なので出来れば、三日月の腕を治して欲しいと願うスレッタ。母親であるプロスペラはとても優秀な人だし、もしかしたらできるかもと思い、こうして聞いてみたのだ。
「ごめんなさいスレッタ。私でも、三日月くんの腕を完全に治す事は出来ないわ。もっと医療が発展しない限り、これはずっと治らない」
「そう、なんだ…」
しかし、流石にプロスペラでもこれは治せないらしい。それどころか、ずっとこのままの状態との事。その答えを聞いて、スレッタは落ち込む。
「教えてください。どうして三日月がこうなったのか」
落ち込んでいるスレッタに変わり、今度はミオリネがプロスペラに質問をする。
「私は株式会社ガンダムの社長です。そして三日月は、私の会社の社員。ならば、私にも知る権利がある筈です」
ミオリネはやや圧を出しながら、プロスペラに詰め寄る。彼女にとって、三日月は大事な社員だ。父親であるデリングは、使えないと判断すれば直ぐにその会社を切り捨てる非情な部分があるが、ミオリネは違う。
例え三日月の腕に障害が残ったとしても、三日月を切り捨てるつもりは無い。だからこそ、聞くのだ。一体三日月の体に、何が起こったのかを。
「……いいわ。でもこれは、うちの企業秘密に関する話。だから誰かに勝手に話す事はダメよ?」
そんなミオリネの問いに、プロスペラは答える事にした。こんな事になってしまった以上、あの事についてとぼける事は出来ないし、何より今のミオリネは、どうあっても問いただしてくるだろう。ならば、こっちから全てを話すべきだ。
「株式会社ガンダムの社員である地球寮の生徒には話します。いいですよね?」
「まぁ、仕方ないわね。でもそれ以外はダメよ?」
「わかりました。社員には緘口令を敷く事を約束します」
「わかったわ。なら書類を用意するから少しだけ待ってて」
そしてミオリネといくつかのやり取りをし、その事をしっかりと書面に記す。これは言わば、企業同士のやり取り。ならば、口約束だけで済ます訳にはいかない。こういう事は、しっかりと正式な書類で契約をして話すべきなのだ。
「はい、確かに」
「それじゃ聞かせてください。三日月の体の事を」
「少し長い話になるから、そこに座って。スレッタも」
「わかりました」
「う、うん」
正式に書類に記入をしたミオリネは、プロスペラから話を聞く為に病室内にある椅子に座る。
そしてプロスペラから、信じがたい話を聞くのであった。
「阿頼耶識、システム…」
「ええ。それが三日月くんの背中にした、300年前に開発され、私が復活させた手術の事よ」
プロスペラから聞いた話は、想像を絶した。途中ミオリネは血の気が引いて、吐き気を覚えたくらいだ。
だってこんなの、人体改造手術である。人とモビルスーツを直接繋ぎ、モビルスーツをまるで自分の体のように扱う。それだけ聞くと凄い技術だが、そのためにはパイロットの体に特殊な機器を埋め込まないといけない上に、何より三日月の体にナノマシンを注入しないといけない。GUNDと似て非なる技術。それが、阿頼耶識システムなのだ。
「そしてまだ仮説でしかないけど、三日月くんがこうなったのは、昨日の決闘でバルバトスと深く繋がりすぎたせいだと思うの」
「繋がりすぎた?どういう事?」
プロスペラの発言に、三日月は首を傾げる。
「今考えられる可能性は2つ。1つは単純に、阿頼耶識システムのせいで脳の一部に障害が残っている可能性」
なんせかけていたリミッターを解除したのだ。その結果、三日月の脳には大量の情報が流れ込んできている。その時の脳への負荷は、相当なものであっただろう。でなければ三日月は、決闘中に顔中から血を流していない。
そしてそのおかげで三日月は決闘に勝利する事が出来たが、脳への負荷が無かった事になる訳では無い。今の三日月の状態が、良い証拠だ。
「もう1つは、三日月くんの脳が阿頼耶識システムのせいで勘違いを起こしている可能性」
そして2つ目の可能性は、脳の勘違いだ。
「阿頼耶識システムのおかげで三日月くんは、バルバトスを訓練をしたベテランパイロット並みに扱えるわ」
当然それだけでなく、三日月自身もしっかり訓練をしたおかげでもあるが、そこは今回の件に関係ないので割愛する。
「でも三日月くん。貴方昨日、バルバトスが右腕を切り落とされた状態でリミッターを解除したでしょ?その結果、阿頼耶識システムがより深く三日月くんと繋がってしまい、三日月くんの脳がバルバトスを三日月くんの体だと誤認したんじゃないかしら」
「誤認?」
「ええ、つまり今三日月くんの脳は『バルバトスが自分の体である』と思い込んでいる状態かもしれないの」
「へー。そうなんだ」
要は、三日月の脳機能がバグっている状態だというのが、プロスペラの2つ目の仮説だ。昨日の決闘で、バルバトスは右腕を切り落とされている。そこに脳が『右腕を切り落とされてた』と誤認。
その結果三日月の脳は、今も右腕を切り落とされていると誤認したままになっており、現在の三日月は右腕の機能の一部を失ってしまっているというものである。
「じゃあさ、バルバトスを修理して、また繋がればその時は腕が治るの?」
「さぁ?こればかりは、実際にやらないとわからないわ」
治るかもしれないし、治らないかもしれない。これはきちんと実験をしないと、何も言えない。
「でもよかったわね三日月くん。最悪の事態だけは避けれたみたいで。多分だけど、バルバトスの出力が決闘仕様だったのが幸いしたんでしょう」
「あー。まぁ」
プロスペラが考えた最悪の事態は、リミッターを解除した結果、三日月が廃人のようになる事だ。話せず、体を動かせず、ただ生きているだけの状態。仮にバルバトスが実戦出力でリミッターを解除していれば、より多くの情報が三日月の脳に流れ込む為、本当にそうなっていたかもしれない。
もしそんな事になってしまえば、スレッタがとても悲しむ。そうならなくて、何よりだ。
しかし、そんな事関係ないと思っている子がこの場にはいる。
「貴方は、あんたは!三日月にそんな事をしたって言うの!?」
株式会社ガンダムの社長、ミオリネだ。たった今2人の話を聞いたミオリネは、大声でブチ切れている。
「ふっざけんじゃないわよ!そんな人体改造手術を何年も前にしただなんて!あんた頭おかしいんじゃ無いの!?」
ミオリネは椅子から立ち上がり、プロスペラを怒鳴りつける。
先程のプロスペラと三日月は、まるで普通の問診でもしているかのような会話をしていた。だが傍から見れば、異常な会話でしかない。
なんせ三日月は、右腕の触覚を失っているのだ。これが決闘で大怪我をしたのならば、まだ納得できる。ミオリネだって、ここまで怒鳴る事は無いだろう。
しかし、三日月は違う。彼がこんな風になったのは、背中に施した阿頼耶識システムという300年前の技術のせいだ。そんな手術をして、無理をした結果、三日月は右腕に障害が残ってしまっている。
そもそもそんな技術、聞いた事も無い。ならばノウハウだって、ある筈が無い。だというのにプロスペラはその手術を三日月の体に施している。こんなの、人体実験にしか聞こえない。ミオリネは何よりそこが許せない。
今ミオリネは、プロスペラが言葉巧みに三日月を言いくるめ、そして三日月を使って古代の技術の復元実験をしたようにしか見えていないのだ。こんな事、絶対に許せない。
「まだ小さかった三日月を言いくるめて、あんたそれでも大人!?大人だったら、ちゃんと子供を守るようにしろっての!!」
「それは違うよ」
だがそんな激高しているミオリネに、三日月は言い返す。
「これは、俺が自分でやった事だ。確かに提案したのはプロスペラだけど、最後にやるって決めたのは俺だよ。こうすれば、スレッタを守れるって思ったからね」
別に三日月は、プロスペラを庇っている訳ではない。ただ本当に、これは自分で決めた事であり、他人に言いくるめられて決めた事でないという事実を口にしているだけ。他の誰でも無い。自分が決めた事なんだと。
「でもそのせいで、あんたは右腕に障害が残ったのよ!?それでいいの!?」
しかし、それでミオリネが納得する訳無い。いくら自分で決めたからと言っても、そのせいでこんな風になってしまったらダメだ。
そもそも、モビルスーツのリミッターを解除したら、パイロットに障害が残るなんていうのがおかしい。いくら強くなるとはいえ、こんなのあまりに代償が見合っていない。こんな事になった事を、三日月だって後悔している筈だ。
「別にいいよ」
だが三日月は、全く後悔などしていなかった。
「あの時は、ああしないと勝てなかったからね」
三日月の言う通り、昨日のグラスレーとの決闘は、本当に常に劣勢だった。あとほんの少し何かが違っていれば、負けていたのは地球寮の方であり、シャディクに攻撃されていたのはスレッタだっただろう。そうならないようにするには、ああする以外に方法なんて無かった。
「もしもまた同じ様な状況になったら、俺はすると思うよ。それが、スレッタを守れるなら」
更に三日月は続ける。今後も、同じような事をすると。
「スレッタを守れるなら、俺は何度でも同じ事をするよ。だって俺の命は、スレッタの為に使わないといけないんだから」
「っ…」
そしてその言葉を聞いたミオリネは、つい後ずさる。今の三日月から、狂気を感じたからだ。信仰とまでは行かないが、三日月のスレッタに対するこれは異常に思える。
彼なら本当に、スレッタの為なら何でもするだろうと直感で理解出来てしまう。例えそれが、誰かの命を奪う事になったとしても。
「違う!!」
けれどそれは、スレッタ本人は望んでいない事だった。
「違うよ三日月…それは違うよ…」
震えた声を出しながら、スレッタは椅子から立ち上がる。その目には、涙が浮かんでいた。
「三日月のその気持ちは、嬉しいよ?誰かに大切に思われるって、凄く嬉しいし。でも、そのせいで三日月が犠牲になるのは間違ってるよ…」
スレッタは泣きながら三日月に話す。確かに三日月が、自分の為に動いてくれたのは嬉しい。けれどそれで、三日月が傷つくのは許容できない。そんなの、嬉しいなんて思えない。
「私、嫌だよ…三日月の体がボロボロになっていくなんて…そんなの、絶対に嫌だ…」
「……」
三日月は何も言わない。いや、何も言えない。スレッタを守る為にやった事ではあったが、そのせいでスレッタが泣いている。こんなの三日月は、望んでいない。
「私、強くなるから。三日月がそんな事しなくてすむくらい、ずっと強くなるから。だからお願い。お願いだから、もうこんな真似しないで…私、三日月が傷つくの嫌だから…」
スレッタは三日月に頭を下げ、泣きながら懇願する。それを見ていた三日月は、申し訳なさそうな顔をする。
「三日月。あんた、前にグエルと決闘する前に私に言った事覚えてる?」
そんな時、ミオリネが口を開く。以前三日月は、ミオリネが審問会の後にグエルとの決闘をする前にミオリネに『スレッタを泣かせたら許さない』と言っていた。当然、三日月もその事は覚えている。
「あんた、私にああ言っている癖に、自分がスレッタ泣かせてるじゃない。わかってる?」
「……」
何も言い返せない三日月。なんせ自分でああ言ったのに、その実スレッタを泣かせたのは自分。これでミオリネに何か言えるほど、三日月は考え無しでは無い。
「あんたが常に、スレッタの為に動いているのは理解できた。でもそのせいで、スレッタを泣かせるのは大間違いよ」
「でも、あの時は」
「確かにあの時は、あれ以外に方法は無かったかもしんない。けれど、あんなやり方は間違っている。何も知らなかったならまだしも、知っていた上で自分の命を粗末に扱う真似、私は許さない。そもそも、自分の命を大事に出来ない奴が、他人を大事に出来る訳ないでしょ」
三日月が言い訳をするも、ミオリネは諭すように叱る。だってこのままでは、三日月はいずれ本当にスレッタの為に命を投げ出しかねない。
そうなる前に、三日月をしっかり叱る。三日月の雇用主として、スレッタの花嫁として、何より友達として、三日月を叱る。命を粗末に扱うなんて、ミオリネは絶対に許さない。
「約束しなさい三日月。今後スレッタの為とは言え、自分の命を粗末に扱う真似をしないって。無茶をやるなら、ほどほどにしなさい」
「お願い三日月。今ここで約束して」
ミオリネに続き、スレッタも三日月にお願いする。スレッタも、三日月のこれをこのままにしておけないと思っているからだ。勿論、三日月が自分を大切に思ってくれているのはわかる。
けれどやはり、三日月には自分の為では無く、三日月自身の人生をしっかり歩んで欲しい。何時までも自分の為と言って、こんな無茶をして欲しくない。
「……わかった」
「よろしい」
「約束だよ、三日月」
「うん」
そして三日月は約束をする。今後は、命を粗末にしないようにすると。
「ふふ、仲が良くて何よりね」
その様子を、プロスペラは笑顔で見ていた。正直に言うと、三日月を学園に送るのは少し不安だった。三日月の行動理念は、基本スレッタである。何をするにも、スレッタが関係している。そんなスレッタ以上に色々と未熟な彼を、学園に送って大丈夫かという不安があったのだ。
しかし、今のやり取りを見れば送って正解だったと言えるだろう。なんせスレッタでは無く、ミオリネの言う事を聞いている。更に地球寮の生徒とも、一緒に筋トレをしたり、食事をしたり、勉強をしたりとしているとスレッタから聞いた。
これは凄い事だ。もし三日月をずっと自分の所に置いていれば、こんな風に成長させる事は出来なかっただろう。スレッタも学園生活を楽しんでいるし、本当に送ってよかったとプロスペラは思う。
「それと」
そう思っているプロスペラに、ミオリネは話しかける。
「今後は、バルバトスのリミッターが解除されないよう、もっと厳重にシステムをロックしてください」
内容は、バルバトスについて。もしプロスペラが、もっと強固にリミッター解除のシステムをロックしていれば、三日月が右腕に障害を負う事も無かった筈。だからバルバトスの改修をしたプロスペラにそう進言する。
「ええ、勿論よ。私だって、三日月くんに酷い目にあって欲しくないしね」
「……お願いします」
阿頼耶識システムの手術を施し、リミッターの事を三日月に言っておいてどの口で言うのかと思うミオリネ。
やっぱり、プロスペラの事はあまり信用できない。今後もスレッタの母親とはいえ、少し警戒しておこうとミオリネは決める。
(にしても変ね。バルバトスのリミッターは、簡単に解除できないようにしていた筈なんだけど…)
そしてプロスペラには、とある疑問が残っていた。バルバトスのリミッターは、かなり厳重にロックをかけている。万が一にも地球寮の生徒や、三日月が勝手に解除しないようにだ。なのに今回、バルバトスはリミッターを解除している。
(1度、念入りに調べなおした方がいいかもしれないわねこれ…)
どうせエアリアルと一緒に全面改修するのだ。ならばこの機会に、もう1度バルバトスを調べなおした方がいいかもしれない。こうしてプロスペラは、バルバトスを調べなおす事にしたのだった。
という訳で、三日月は代償を払いましたが、軽くですませました。
理由は、
・阿頼耶識システムが鉄血原作の粗悪品じゃなくて、プロスペラが監修をした正規品に近いものだった。
・決闘だったので、バルバトスの機体出力が抑えられていた。
・そもそもここで右腕と右目が鉄血1期最後みたいになると、今後の学校生活に支障でそうだったので。
という感じです。
その他、矛盾点や変なところがあれば言って下さい。修正します。
あと多分、これが今年最後の投稿と思います。皆さん良いお年を。