IS学園において留年を回避する方法を100字以内で書きなさい。 作:その愛に解なし
IS学園では自販機がその辺に転がっている。
だから何だ、と思われるかもしれないが、私にとっては新鮮なことなのだ。何せ私の出身中学はその辺の田舎の公立。校舎内に自販機なんてものはなかった。ついでに購買もなかった。
学校内で買い物。
いかにも"高校生"って感じだ。
私は非日常イベントの連続でうっかり忘れかけているが、もう高校生なのだ。
「うぇへへ……」
うっかり気持ちの悪い笑みが溢れる。小説やらドラマやらなんやらで阿呆みたいに浴びた"高校生"。青春の象徴と言っても過言ではないだろう。実際になってみると全くキラキラしたりしてない気もするが、とにかく今の私は花も恥じらう高校生なのだ。
「ほ、放課後……自販機で……飲み物を……購入……!」
ガコーン。
500mlのシンプルな緑茶をゲット。
「へ、うぇへへへ……」
「なにしてるのー?」
「ひゃぁああああああああああっ!!」
すぽーん。
人生初の校内での飲み物購入に夢中になっていた私は、背後から近付いてくる生徒に気付かなかった!(cv.山口勝平)
驚いて振り返った拍子に緑茶がすっぽ抜ける。空中に放り出された緑茶はその重心と初速に従って、くるっと回転した。
「いてっ」
すっぽ抜けた緑茶は目の前の生徒の頭上にピンポイント墜落。
緑茶のダイレクトアタックを受けた生徒は、緩慢な動きで頭を押さえた。
「あっ! ごっ、ごめんなさい! ア、ァアア、あのぅ……」
私は反射的に謝罪の言葉を吐きながら、目の前の生徒の姿をよく見た。
ピンクがかった茶色の髪。肩口まで伸びた髪が左右で小さく跳ねるツインテールにまとめられていた。涙ぐむその顔はのほほーんとした印象を受ける。
そして何より特徴的なのは、ダブダブの制服。袖が余りに余りまくって二次元でしかお目にかかれないような萌え袖を形成している。リボンの色から私と同じ1年生だということだけはわかった。
IS学園は制服の改造がアリだった、ということを私は思い出していた。
「えーっと……」
どうしよう。
急に声をかけられ驚いて、いきなりペットボトルをヒットさせてしまった。向こうからすれば不意打ちもいいところだろう。
頭を押さえるダブダブ制服の生徒と、固まっている私。ふたりぼっちの自販機前。
「(な、なにか……何かしなければ……この状況を打破する"何か"を……)」
私は目の前の頭を押さえた生徒を見て、何を考えたのか咄嗟に自販機にお金を投入していた。
「しっ、心理テストしませんか!?」
心理テストしませんか!?
何を言っているんだ私は。
「(心理テストしませんか!?!!?)」
言ってから気付く。やけに大きな声が出ていたみたいで、目の前ののほほーんとした生徒も驚いていた。私も驚いている。
言った本人が意味不明なのだから言われた方も意味不明だろう。
「えーっと、この中で好きな飲み物って……」
「う~ん、これかなぁ」
指された抹茶ラテのボタンを私は超速で押した。
ガコン!
出てきた抹茶ラテを私はのほほーんとした生徒の前にずいっと差し出した。
「……?」
「え、え? えーっと……あ、あげます!!」
「これは好きだけど、今はそんなに飲みたい気分じゃないかなぁ」
「あ、ぁー……」
有り余った袖が小さく左右に揺れる。差し出した抹茶ラテは私の手の中で居場所を失っていた。居場所を失った抹茶ラテを持ち続けているのにどことなく居心地の悪さを感じた。
そして私は、そのままキャップを捻って抹茶ラテを飲んだ。
「お~」
何が「お~」なのかわからなかった。いや、そもそも私は一体何をしているんだ?
一旦冷静になろう。
私は抹茶ラテを半分ほど一気飲みし、そのまま状況を観察した。
廊下に転がるペットボトル。
私の方を見ていつの間にかニコニコしているのほほーんとした生徒。
誰もいない廊下。
抹茶ラテをいきなり飲み始める
どうしてこんな変な状況が生まれたんだ、と思い返すも100%私が悪い気がしてきた。というか
とりあえずこの状況を何とか打破しなくては。私がそう思った束の間、のほほーんとした生徒が口を開いた。
「みーたんは面白いね~」
「……ん?」
それはもしかして私に言っているのだろうか。
「『穂波みなみ』だから『みーたん』なんだよ~」
「は、はぁ……?」
「わたしはね~、『
「はぁ」
いや、「なんだよねぇ」と言われても。
私の困惑を他所にのほほーんとした生徒……ノホトケさん(?)は続けた。
「みーたんは抹茶ラテ好き?」
「いやぁ、まぁ、普通ぐらいじゃないですかね」
「じゃあ、わたしが飲まなかったからみーたんが飲んじゃったんだー」
……まぁ、そういうことになるのか?
私が謎に混乱して抹茶ラテを突然購入。この生徒に差し出すも、拒否される。そして私がなぜか抹茶ラテを一気飲み。
確かに目の前のこの生徒が飲まなかったから私が抹茶ラテを飲んだということになっている。なっている?
「じゃあ、ばいばい~」
「えっ」
思考をバッサリ断ち切られる。何か言う暇もなく、やにわにノホトケさんは制服の袖を振って曲がり角の方へと歩いていった。
一体、何だったのだろうか。いや、それは私のことだろ。思い返せば独り言をブツブツ言いながら自販機に向かう不審者に、あの娘は話しかけられただけなのだ。それなのに頭にお茶はぶつけられるわ、目の前で抹茶ラテを一気飲みされるわで気が気でなかっただろう。こんな不審者と同じ空間にいて良いのか、と。こんな状況を脱出できたのならこちらとしても喜ばしい限りだ。うん。
「……あれ」
地面に未だに力なく転がるペットボトルを拾おうとしゃがんだ。その際に、視界の上から影が被さった。わたしはやたらとのほほんとした気配に顔を上げた。
「あとね、好きな飲み物はもうちょっと自然な形で聞くと良いと思うよ~?」
「……おっしゃる通りです」
「うーん、どうにも間に合いそうにないわね」
鷹月さんはアリーナでひたすら回避練習をする織斑一夏を見てそう呟いた。
本人に直談判をして晴れて織斑一夏のバックアップを務めることになった我らが鷹月さんだったが、結局オルコットさんに勝てそうな"一手"を思い付かずにいた。
幸いにも織斑先生の慈悲によってオルコットさんとの模擬戦までの間、織斑一夏には訓練機である打鉄が2機与えられている。
今はとりあえず vs オルコットさんの対策として初心者の織斑一夏にISの操作に慣れてもらう段階。ずっと織斑一夏にくっついている篠ノ之箒さんがちょうど手が空いていたので織斑一夏と2人で延々と組手をさせている。
「回避率は良い感じですけど、攻撃と組み合わせると途端にミスが増えますね」
岸原さんはノートPCでデータを取りながら言った。
「シングルタスク……」
ぼそり、と私は思わず呟いた。
そう、織斑一夏。圧倒的なシングルタスク人間だったのだ。
まず現状として鷹月さんはオルコットさんに勝てる作戦を思い付いていない。
そしてオルコットさんの機体が恐らく射撃系の武器がメインだろうという"山勘"で織斑一夏には射撃回避の練習をさせている。
やり方は簡単。アリーナに据え置きの訓練用の固定砲台ともう1機の打鉄を纏った篠ノ之さんが銃を撃ちまくって、それをひたすら回避するだけ。
初めの内は織斑一夏の初心者とは思えない回避に沸き立った。が、そこから問題が発生。
「銃なんて撃ったことないしな……」
「織斑くん、IS側のエイムアシスト使ってもダメ?」
「あぁ。何というか撃つ瞬間に勝手に身体を動かされるのが気持ち悪くて……」
織斑一夏は射撃ができなかった。ISにはどうやら
射撃は封印。
さらに、
「ぐわぁー!」
「お、織斑くーん!?」
射撃が無理なら近接。ということで篠ノ之さんと近接ブレードでベシベシと組手をさせたのだが。
「大丈夫、織斑くん?」
「あ、ありがとう。えーっと……朝竹さん?」
「夜竹だよっ」
なんと、篠ノ之さんが強すぎたのだ。
小学生の頃に幼馴染だった二人は、かつては同じ剣道場に通っていたとのこと。中学に上がる前にIS関係での色々があり離れ離れになったそうな。しかし、織斑一夏の方は中学で帰宅部、そして篠ノ之さんの方はそのまま剣道を続けていた。しかも中学生の頃に全国大会で優勝もしているほどの腕前。
「しばらく見ぬ内にとんだ腑抜けになったものだな、一夏」
「お、鬼だ! 俺、中学の頃は何も部活もやってなかったし……」
「そうだよ篠ノ之さん! ちょっとぐらい手加減しても……」
ベシーン!
篠ノ之さんがアリーナの床をブレードで叩いた。織斑一夏が震えあがる。
「ええい! 大体お前は昔から……」
篠ノ之さんは当然織斑一夏も中学で剣道を続けて、自分と肩を並べる程の腕前になっていたとばかり思っていたようで。そのギャップにやられたのかスパルタ説教モードに入ってしまう始末。
夜竹さんは競技場の外だというのに篠ノ之さんにビビっていた。
「ひ、ひぇぇ。篠ノ之さんって怖いんだね。何だか織斑先生みたいだよ」
当然の帰結として織斑一夏がすぐにやる気を失ってしまい、練習どころではなくなってしまった。
「近接練習もダメ、と」
ひとまずは回避しながら敵との距離を詰める練習をすることに落ち着いた。しかし、そこでも問題が発生。それが今起きている"織斑一夏・シングルタスク問題"だった。
回避だけしている時はとんでもないパフォーマンスを見せていた織斑一夏だったが、そこに"距離を詰めて攻撃"という別種のタスクが追加されると一気に全部できなくなってしまうのだった。
篠ノ之さんは「昔から一夏は本番に強いが、逆に言えば本番以外は弱い」と言っていた。
「さて、どうやって回避と接近を両立させれば……」
額に手を当てて悩む鷹月さん。練習の様子をカメラで撮影していた夜竹さんは映像を確認しながら言った。
「あー、なるほどぉ」
「夜竹さん、原因がわかったの?」
「『ひゅんっ、たたっ! ひゅんっ、たっ!』だったのが、『ひゅんっ、しゃっ、たたっ! しゅしゅん!』になっちゃってるんだ!」
「…………さて、どうやって回避と接近を────」
鷹月さんは諦めた。夜竹さんは"擬音派"だった。ちなみに夜竹さんの先程の発言に織斑一夏や篠ノ之さんは「そうなんだよ!」と言わんばかりに頷いている。二人も擬音派か。
はじっこでぼけーっとそんな皆を眺めている私の元に鷹月さんがやって来た。
「正直、こうも言語化のタイプが違うと悩ましいわね、穂波さん」
「はぁ、そうですね」
ちなみに私も擬音派である。
しゅっ!
一旦休憩。
織斑一夏が篠ノ之さんに引きずられてどこかへ消えていったのを見送って、鷹月さんと岸原さんが色々と話している。
だが、私達の頭の上には「どうしたもんかなぁ」と”停滞"の2文字が浮かんでいた。なんかもう無理じゃね?のあのテンションだ。
そういえば、と岸原さんが切り出した。
「夜竹さん、先程の撮影した映像見ましたけど凄いですね! ちゃんとバッチシ映っていて凄かったです!」
「そう? えへへ」
「確かに凄かったわね。カメラ慣れてるの?」
「うん!」
そういえば夜竹さんは新聞部だったというのを、初日に聞いた気がする。思い出した。確か写真撮影担当だったとか。
「ねぇー! あなた達~!」
その時だった。アリーナの入り口から大きな呼びかける声が聞こえて来た。
出入り口の方を見ると胸元に黄色いリボンを着けた見知らぬ生徒が一人。大きな声でこちらに呼びかけていた。リボンの色が違うので上級生だというのだけわかった。
黄色って3年生だったっけ……?
「2年生の先輩ですよね。私達に何か用ですか?」
2年生だった。
鷹月さんが入口まで歩いて行く。私達3人もふらふらと立ち上がってその後ろをついていった。
「私、2年新聞部の
新聞部。単語が発された瞬間、夜竹さんの肩が震えた。
さささーっ、と目に見えてわかりやすく夜竹さんが私の後ろに隠れた。
そして黛先輩の銀縁眼鏡の視線が、これまたわかりやすく私の方にスライドした。
狙いは夜竹さんか。
「どうぞ」
「ぇ"っ!?」
私はためらうことなく夜竹さんを差し出した。
「……まぁ、そっちの子がお察しの通り私の目的はその"夜竹さゆか"さん」
「う”ぇっ!? なんでっ!?」
びくっと身体を震えさせる夜竹さんを尻目に、鷹月さんが一歩前に出た。
「先輩、通りがかったってのも嘘ですよね。そもそもアリーナの外から私達の会話内容なんて聞こえないはずですから」
「えぇ、そうね。会話が聞こえたっていうのは嘘よ」
「なぜ嘘を?」
「まぁ、ポーズって大事じゃない? それに1年のこの時期からアリーナを借りているような"有望株"と接触するからには、ちょっとは"やりあう建前"が欲しいでしょう?」
「へぇ、そういうのが
「ま、あんまりスタンダードではないんだけどね」
鷹月さんと黛先輩が軽い挨拶(笑)を交わした。
そういうのやめてもらってもいいですか?
私が怖いので。
「まぁ、単刀直入にいうと夜竹さんを新聞部にスカウトしに来たの。流石にまだどこの部活にも属してないわよね」
「いや……それは……」
夜竹さんはおろおろしながら再度私の背後に隠れようとした。私はもう一回夜竹さんを黛先輩の方に突き出した。
夜竹さんは私の後ろを諦めて岸原さんの後ろに向かった。
「夜竹さん、新聞部に入るの嫌なんですか?」
「う、うん。実は中学時代に深い事情があってね……」
「……だ、そうです先輩」
しかし、黛先輩は銀縁の眼鏡を更に光らせた。
「勿論、それ込みの誘いよ! 3年前、突如現れ数々の写真コンテストで賞を取り、僅か3か月で消えた天才"夜竹さゆか"を逃すなんて、ありえない選択なのだから!」
「う”ぃっ!」
夜竹さん、どうやら凄い人だったらしい。私は写真の分野は全くの無知だが、黛先輩のテンションを見る感じ、かなり凄いことなのだろう。本人を見ていると全くそんな気配はないが……まぁ、IS学園に合格している人だ。私みたいな例外以外は、全員色々な分野のスペシャリストなのは当然か。
鷹月さんが"消えた"という言葉に反応した。
「"消えた"というのは?」
「いやぁ、そのぉ……」
「盗撮がバレたのよ」
「う”ぇ"っ!」
「と、盗撮……」
「わ、悪い盗撮じゃないよっ。あれは良い盗撮だったから……! あれで悪事を……!」
良い盗撮ってなんやねん。いやしかし、まさか夜竹さんに前科があるとは。流石はIS学園、色々な分野のスペシャリストがいるようだ。
岸原さんは無言で背後の夜竹さんを黛先輩の方に突き出した。
「黛先輩、夜竹さんを新聞部に
「えっ!? 差し出す!?」
「リターン……といっては何ですけど、何かアドバイスをくれませんか? 夜竹さんは
「あげる!?」
いつの間にか夜竹さんの扱いが雑になっている鷹月さん。黛先輩は顎を手に乗せた。
ぐるりとアリーナの中を見回し、最後に岸原さんが脇に抱えているノートPCの方を見た。
「今の生徒会長の名前って言える?」
「え? えーっと……ほ、穂波さん! 覚えていますか!?」
「えっ?」
岸原さんからパスが飛んで来た。私は首を横に振った。見れば夜竹さんも首を横に振っている。
鷹月さんがたまらず挙手。
「
「正解~。じゃあ、会計は?」
「……会計、」
流石は鷹月さん。しっかりと生徒会長の名前を憶えていたようだ。しかし、流石に会計の名前までは把握できていないらしい。
「ね、あなたなら知っているでしょ?」
え?
「え、私……ですか?」
「ええ。知っているでしょ、会計の名字」
え、いや知らんが。
そもそも生徒会長の名前すら把握してないのに会計の名字なんて……
「……名字?」
なぜか私の方を見ている黛先輩の銀縁眼鏡の奥の瞳を見つめ返す。
私が知っている
あ、もしかしてそういうこと?
私が気付いたことに気付いたのか、黛先輩は軽く笑った。
「打鉄の改造程度なら行けるはずよ」
「!」
どうやら黛先輩、私の様子を見て"欲しているもの"を全て見抜いているようだ。もしくは"知っていた"か。まぁ、多分後者だろう。
私の
とりあえずお礼を言っておこう。
「あ、黛先輩、ありがとうございます」
「じゃ、夜竹さんはもらっていくね」
「う"えっ!? いやまだ私は……」
ガシっと腕を組まれて引き摺られていく夜竹さんを私達3人は見送った。
「夜竹さん、あなたのことは忘れません」
「夜竹さん、良い人でした……」
「夜竹さん、頑張ってね……」
夜竹さんを見送ったあと、私は学生証を取り出し"名簿"を開いた。
「一応調べとくか」
果たして目当ての名前はちゃんとあった。生徒会会計、
「まじかぁ……」
「? 穂波さん、何か言いました?」
「あ、いや独り言です」
さて、ヒントも貰ったことだし、1年生でISの改造ができるスーパールーキー……もとい、布仏 本音さんを探しに行きますか。
「ところで夜竹さんの言っていた"良い盗撮"って何なのでしょう……」
「さぁ?」
岸原さんの呟きに答える声はもうなかった。
迷子になったらそこを動くな、という言葉がある。
これは迷子になりやすい人というのは、得てして動き過ぎる傾向があるからである。無理に移動しなくて良いのに「真っ直ぐ行くだけだから迷ったら引き返せば良いか」とか言って戻れなくなって、さらに余計な移動を重ねてしまうのだ。
つまり何が言いたいかというと、
「……うん、どこだここ」
私は迷子だった。
「とりあえず学生証に学園のマップが入っているはずだから……」
私はハイテク学生証に感謝しながら学生証を起動。マップを見るもそもそも今いる場所がどこかわからない。ハイテク学生証に位置情報機能はないのが悔やまれる。
どうしてこうなった。
私はただ
先程、私達は2年生の新聞部の
アリーナに来る前に自販機で布仏さんとファーストコンタクトを果たしていた私は、すぐにピンと来た。そして鷹月さんや岸原さんに「織斑くんは任せます。私は布仏さんを探しに」とカッコつけて飛び出し……見事に迷子というわけだ。
方向音痴は自覚しているので迷子には慣れている。が、デカすぎるIS学園にも非はあると思う。デカすぎんだろ……(画像略)
とりあえず1階に降りて壁沿いに進んでアリーナとかグラウンドとかを目指すか。
学生証を片手に歩き出した矢先、曲がり角から人影が。
まずい、避けられない!
「うべっ」
「きゃっ」
べったーん!
ものの見事に正面衝突。尻餅をついた私は「あててて……」と言いながらぶつかってしまった人を確認した。
流れるような金髪の縦ロールに日本人では見ることのない美しい碧眼。
「大丈夫ですの?」
織斑一夏の対戦相手、セシリア・オルコットその人であった。
お互い不注意だったとはいえ、私は学生証を片手にいわゆる"歩きスマホ"状態。もし「どちらに責任があるか?」と聞けば10人中11人が「穂波みなみが悪い!」と言うだろう。1人は私である。
本来ならオルコットさんに爆速で平謝りをしないといけないところだが、開口一番オルコットさんが心配の言葉をかけてきたことで先手を取られた形となった。私はワンテンポ遅れて平謝りに移行した。
「あ、えーと、ご、ごめんなさい……! あ、あの本当にすみません。怪我とかは……」
「ありませんわ」
「いや、あの、いや本当に申し訳なく、その……」
「そんなに謝らなくてもよろしくってよ」
「あ、あざす」
なんと心の広い!
思わず「あざす」とか出てしまったがオルコットさんは気にした様子はなかった。とりあえず怪我とかはなさそうなので安心した。こんなことでうっかり骨折でもさせていたら国際問題だ。
私は胸に手を当てて息を吐いた。
「貴女、同じクラスですわよね」
「え、あ、はい」
「確か前も迷子になっていた……」
「あ、はい」
認知されていた。
まさかのまさかだ。
というか私が迷子であることをなぜ……?
「なんで『迷子であることを……?』という顔をしていますわね」
「あ、はい」
「そんなの学生証の地図を凝視しながら歩いているんだから猿でもわかりますわ」
「あ、さいですか」
普通に私が100悪いのが貫通していた。それで1㎜も怒る素振りのないオルコットさん、もしやかなりの聖人では……?(2回目)
と、ここで私は思った。こんなに優しいオルコットさんがなぜ"織斑一夏を挑発して決闘にまで至ったのだろうか"と。
国際問題を回避したと思って気が抜けていた私の口は、考える間もなく開いていた。
「なんで織斑一夏を挑発したんですか?」
「……は?」
あ!
あ、あ!
や……やっべ~~~~!!!
慌てて口を手で抑えるも時すでに遅し。私の脳内のクソみたいな思考は言葉となって確かに目の前のオルコットさんに届いていた。
ずい、とオルコットさんが一歩私に近寄る。
ひ、ひえぇ!
「……き、」
「あ、あわわわわわわ……いやあのマジで今のはそういうアレじゃなくて本当に────」
「緊張しておりましたの……」
「そういう意図はなくてガチで本当にいやごめんな────」
……え?
い、今なんて……
「単身、祖国からこの日本に来て……ちょっと不安だったんですわ……」
オルコットさんはそう呟くと、廊下の壁にもたれかかった。
私は完全に混乱していた。どうすれば良いかわからず、おろおろと伸ばした右手が宙をかいていた。
「貴女には聞かれていましたわよね、クラス代表決めの後にわたくしが弱音を吐いていたこと……あまり隠し立てする必要もないですわ」
なにそれ。
ど、どういうこと……?
よ、弱音……って本当にどういうことだ!?
勿論、そんなシーンは私の記憶にない。オルコットさんのイメージはすんごいエリート以外にない。忘れているだけでそんな場面に出くわしたことがあるのか? いやでもオルコットさんと私なんて話すのも二回目ぐらいで……。
私は必死に記憶を辿った。今日を除けば私とオルコットさんが話したのは一度きりだ。確かその時も私が迷子になっていて、オルコットさんに部屋までの道を教えてもらって……あ。
角を曲がって真っ先に目に入ったのは金色。
壁に背を付け俯く金髪縦ロールはどう見間違えようか、イギリスからの留学生、セシリア・オルコットだった。
彼女なら道を知っているに違いない。
私は恐る恐る話しかけた。
「あ、あのー……」
ビクッと肩を震わせてセシリア・オルコットはこちらを向いた。やたらと鬼気迫る表情だった。私はビビって一歩後ずさってしまう。え、こわ。
この時か! この時もオルコットさんは私が迷子にでもならないと辿り着かないような人目のないところに一人でいた。その時に多分、弱音とやらを吐いていたのだろう。
弱音?
私はここでもう一度、オルコットさんの今までのイメージに似つかわしくない"弱音"というのに引っかかりを覚えた。
「こんなこと、貴女に言ってもどうしようもないですわよね。忘れてください」
「えっと……その、わかる気がしますよ。その気持ち」
よく知らない世界にたった一人、いきなり放り込まれる気持ちというのはオルコットさん程ではないにしても私もちょっとはわかるかもしれない。
私もその辺の中学からいきなり東京で全寮制の生活だ。レベルは違えど、状況は少しは重なっている。
「私はオルコットさんみたいに国の代表とかそんなんじゃないですし、そんな大それた役割なんて背負ったことはないですけど……それでも運動会のリレーの時とかむっちゃ緊張しましたし……」
「運動会のリレー……?」
「え、いやあのぅ、あるんですよ! ジャパンの義務教育には運動会っていう学校全体で走ったり綱引きしたりする行事が……」
「いや運動会は知っていますわ」
「あ、すんません……」
「貴女ってわたくしのことなんだと思っていますの? 宇宙人?」
距離的には宇宙ぐらいの距離はあるかもしれない。
「凄いエリートの方……です」
「まぁ、そうなりますわね。わたくしは凄いエリートですわ」
オルコットさんは続ける。
「でも凄いエリートだとしても当たり前に緊張したり、口を滑らせたり、失敗したりするんですの……先程の貴女みたいに。だから……だからというのは変かもしれませんけど、そんなにガチガチにならなくてもよろしくってよ」
「あ……はい」
「そのいちいち『あ』っていうのやめれます? 食堂で他の方と喋っていた時はそこまでオドオドしていなかったでしょう?」
え、マジで認知されてるんですか?
食堂の姿も?
ちょっと待って怖くなってきたんだけど。あといちいち『あ』って出てしまうのは本当に小市民染みた私の性分で、どうしようもなく……!
「ストーカーとかではありませんわよ? 今日貴女方の後ろの席で食べていただけですわ」
「そうですか……」
「……言いたいことがあるなら別に言ってもらっても大丈夫ですわよ」
「いやもしかしたら何かやらかして認知されてるとかだったら本当に終わってたと思って今マジで安堵していますはい」
「急に早口になりますわね……」
呆れるオルコットさんの隣の壁に私も寄り掛かってみた。特に反応はない。隣に行ってもセーフだったようだ。同じポーズをすると、何だか仲良くなった感じがする。
「緊張って言ってましたけど、じゃあクラス決めの時の織斑くんへの挑発とかは"素"じゃないってことですか?」
「ぶっちゃけるとそうですわね」
ぶっちゃけたなー。
「やはり第一印象は大事ですわ。キャラがあった方が良いかと思って……」
ぶっちゃけたなー!
「時に、男性について貴女はどう思われますか?」
「え、男性? いや別に……性別でどうこうみたいのはないですけど」
「わたくしは、男性が嫌いですわ」
現在、世界には若干だが女尊男卑の空気感がある。女性にしか扱えないISの台頭で前々からいた"そういう主義者"が水を得た魚のように膨れ上がっているのだ。勿論、私のいた中学みたいな田舎の庶民のところでは全くそういう人はまだ少数派だが、お偉いさんの世界では女尊を掲げる人が多くなっているという話も聞いたりする。
オルコットさんも女尊男卑の方なのだろうか。
「男性は弱いですわ。いつも下手に出て、こびへつらって、自分自身で何かを成そうという気概を感じない者ばかり……だから、嫌いですわ」
「それってオルコットさんが出会ってきた人がたまたまそういう人達だったってだけで、その……」
「勿論、頭ではわかっていますわ。そもそも今の女尊男卑なんてISが出て以降の新しい思想で、それに当てられた己を持たない凡愚ばかりではないことは。でも、頭でわかっていても幼い頃から刷り込まれた価値観はどうやったって無視できないんですの。わたくしは常に強くあらねばなりません」
ずき、ずき、ずき……オルコットさんの言葉を聞いていたら突然、私を鈍い頭痛が襲った。脳味噌がかき回されるような感覚。この気持ち悪い感覚には覚えがある。
そうだ。"くーちゃんさん"によって脳内にダイレクトに情報をインストールさせられた時だ。
「……っ!」
私はぐっと頭に意識を集中させた。オルコットさんの専用機、ブルー・ティアーズのデータのさらに向こう。そこに搭乗者であるセシリア・オルコットのデータもあった。
これは見て良いやつなのかとかそういうのを逡巡する間もなく、情報がグイグイとなだれ込んで来た。セシリア・オルコットのそのバックボーンが。
名門貴族のご令嬢。婿入りのオルコットさんの父親は、婿という立場に遠慮しているのか常に卑屈で、半面母親はバリバリやり手の経営者。
しかし、列車の事故により両親は亡くなってしまう。両親の遺産を守るため、オルコットさんは国の代表候補生になった。
母親のように強い女性として。
オルコット家の人間として恥じないように。
「…………」
どこから仕入れて来たのか。頭にインストールされた情報から、オルコットさんのプライバシーを覗き見して、全てに納得がいった。
オルコットさんは普通の人間なんだ。
そりゃ、その辺の人……それこそ私みたいな平凡野郎と比べたら頭脳も精神力もケタ外れの凄いエリートだ。でも、凄いエリートだからって、努力や研鑽で疲れないわけじゃないし、大勢の前だと緊張するし、ひとりぼっちだと不安になるのだ。
「オルコットさん」
「なんですの?」
「『大変だなー』って時に、オルコットさんみたいな立場の人は『疲れたなー』って簡単に言えないとは思うんですけど……」
「……急にどうしましたの?」
"くーちゃんさん"から流し込まれたデータは、あくまでデータでしかなく情報でしかない。だからオルコットさんの境遇とかを知っても、本来なら「ふーん」というぐらいの感想しか私は抱かないはずだった。
でも私はオルコットさんともう二回も会話をしている。迷子だった私に親切に部屋までの道を教えてくれたし、オルコットさんは私がオルコットさんの独り言を聞いたと勘違いして本心を打ち明けてくれている。
たった二回だけど、それでも私はもうオルコットさんの境遇だとか、気持ちだとか、今喋ってくれている言葉だとかを"単なるデータ"と思うことはもうできなかった。
「それでも、私ならそういうずっと肩肘張ってるような生活しんどくて絶対にできないと思うし、オルコットさんもずっと頑張ってる状態じゃなくても良いんじゃないかなって……」
「ですがわたくしは証明しなければなりません」
「証明?」
「次の模擬戦で万が一にでもわたくしが負けて、クラス代表の座を得ることができなかったら……」
私はすぐにピンと来た。クラス代表になったら、次に行われるクラス代表同士の対抗戦・クラスマッチに出場することになる。そしてクラスマッチは外からの客も呼ぶ行事。
そこで"IS素人の男"に代表の座を譲るというのは、オルコットさんにとっては絶対にダメな未来なのだ。それはオルコットさんの憧れた"強い女性"の姿じゃないから。
あぁ、だからなのか。
「だからオルコットさんはあんな挑発をしたんですか?」
「はい?」
「ああやって大げさに皆の前で宣言したんですよね。『セシリア・オルコット』を。そうすればもう引き返せない。最後までオルコットさんは頑張らないといけなくなるから」
「それは……」
私にはわかる。怖い時とか、ちょっと踏ん切りが付かない時とか、ついつい動きがオーバーになってしまうのだ。会話に加わる時、声量が思ったより大きくなってしまうあれと根本は一緒だ。それこそ急に心理テストの誘いの言葉を叫んだり、急に抹茶ラテを一気飲みするみたいに。
「……貴女にはもう全部見えていますのね」
「いや全部は……」
「えぇ、そうですわ。でもそこまでわかっているなら、理解できるでしょう? わたくしはもう止まれないレールの…………
オルコットさんは廊下の壁から背中を離した。
私に背を向けて一歩進んだ。
「そろそろ行きますわね。いきなり話してしまって申し訳ありませんでしたわ」
「あ、こちらこそ……あの、急になんか語っちゃって……」
「そういえばお互い、同じクラスだというのに自己紹介がまだでしたわね」
オルコットさんは金色の髪を手でかきあげて、勢いよく流した。
「わたくしはセシリア・オルコット! イギリスの代表候補生にして、1年生最高のエリートですわ!」
「穂波みなみ……です」
「穂波さん、覚えましたわ」
「あっ、あざす」
「では、御機嫌よう」
「えっ、あっ……ごっき、ようです……」
オルコットさんはそう言うと、私が来た道の方に歩いて去っていった。思わず振り返る。
ピンと伸びた背筋、歩き方ひとつ取っても隙のない姿勢、煌めくような美しい金髪。
ただの後ろ姿まで完璧だった。
でもなぜだろうか。
「オルコットさん……」
その後ろ姿は、なぜだか凄く小さく見えた。
……あ、
「あ」
そういえば私は今、布仏さんを探している最中で、そして現在進行形で"迷子"なのであった。
「道教えてもらうの忘れた……」
私はまだ床に転がっていた学生証を拾い上げて、再び学生証の画面の地図を睨みながら一歩踏み出した。
とりあえず、1階を目指すことにして。