アーチャーの特典を貰って

姿がイリヤ(プリヤ)で

中身がおじさんな

オリジナルウマ娘です。

名前はアーチャーです。

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砂塵の玉座、或いは見果てぬ理想の果てに

 ――それは、ひどく乾いた世界だった。

 

 東京レース場、ダート1600メートル。

 

 G1・フェブラリーステークス。

 

 冬の冷気と、熱狂という名の狂気が入り混じる巨大な坩堝。数万の観衆が発するどよめきは、地を這う重低音となってターフを震わせている。だが、先頭を駆ける『彼女』の耳には、そんな喧騒は一切届いていなかった。

 

 彼女の内に広がるのは、いつだって無数の剣が墓標のように突き刺さる、荒涼たる赤銅の荒野である。だからこそ、この泥と砂に塗れたダートの感触が、狂おしいほどに肌に馴染む。

 

 そのウマ娘の名は『アーチャー』。

 

 真紅の外套――聖骸布を思わせる異質な勝負服を翻し、彼女は先頭集団を牽引していた。ウマ娘という、常人を超越した脚力を持つ少女たち。その中でも、彼女の走りは決定的に異端であった。天性のバネでも、血の滲むような鍛錬の成果でもない。それは極めて魔術的であり、機械的な『機能』の極致。

 

(――『投影(トレース)』、開始(オン))

 

 網膜の裏で、冷徹な思考が起動する。対象は、己の肉体。骨格の構造、筋繊維の密度、血流の速度。そのすべてを瞬時に【解析】し、最適解となる【強化】を施す。

 

 本来、刃を錬成するための魔力回路は、いまや自身の脚部を名馬のそれへと疑似的に変質させるためのブースターとして機能していた。それが証拠に、魔術回路を起動させた彼女の脚が踏み込むたびに、莫大な魔力が爆ぜ、土塊が散弾のように後方へ弾け飛ぶ。

 

 迎えた最終コーナー。勝負の分水嶺。残る力配分など度外視した、全開の加速。

 

 ―――圧倒的だ。

 

 誰もが、真紅のウマ娘の勝利を確信した。栄光のG1制覇まで、あとわずか数百メートル。

 

 だが――、運命(システム)は、常に残酷な形で綻びを見せる。

 

「あっ――」

 

 アーチャーを猛追していたウマ娘――二番人気の少女の足が、極限の疲労により唐突に限界を迎えた。ダートの深い轍に蹄鉄を取られ、足首が異常な角度に曲がる。時速60キロに迫る極限状態での体勢崩壊。遠心力に引っ張られ、彼女の身体は致命的な角度で外側――すなわち、アーチャーの死角へと倒れ込んでいく。

 

 このままでは転倒する。しかもそれはただの転倒ではなく、後続の集団を巻き込んだ、大惨事(多重クラッシュ)になる。

 

 その瞬間、アーチャーの脳内で時間が泥のように遅延した。

 

 選択肢は二つ。

 

 一つ。このまま無視して駆け抜け、確実な勝利と栄光を手にする事。それはアスリートとして、ウマ娘として、何ら非難されるいわれのない正当な権利だ。

 

 二つ。自身のトップスピードを殺してでも、彼女の転倒を防ぐ事。それはすなわち、これまでの努力と、手の中にある勝利をドブに捨てる事を意味する。

 

 迷う余地などあるはずがなかった。なぜなら――彼女の根源に焼き付いた『正義の味方』というプログラムは、損得勘定を一切持たないのだから。

 

「――シッ!」

 

 呼気と共に、強化のベクトルを【推進】から【防御】へと強制置換する。ギチリ、と悲鳴を上げる筋肉と骨格。アーチャーは自らの減速を代償に、倒れかけてきた少女と自身の間に、紙一重の隙間をねじ込んだ。

 

「少し痛いぞ!」

 

 そして、絶妙な角度と力加減で、ドンッ!と自身の肩を相手の肩に激突させる。

 

「きゃあっ!?」

 

 弾き飛ばすのではない。倒れ込むベクトルを相殺し、強引に相手の重心を真っ直ぐに立て直すための、完璧な質量兵器としてのタックル。少女は体勢を立て直し、ハッとして再び前を向いた。事故は、避けられたのだ。

 

 しかし、この一連の動作によって、アーチャーの速度は完全に死んでいた。後続のウマ娘たちが、次々と真紅の外套を抜き去っていく。

 

 アーチャーの脚はもう、先頭に追いつくための魔力を残していなかった。

 

 それでも、彼女は止まらない。荒野の風を纏いながら、最後まで走り抜く。その背中は、勝利を逃した敗者のものではない。誰かのために己を犠牲にする事を当然と受け入れる、ひどく孤独で、気高い【英雄】の背中であった。

 

 スタンドは水を打ったように静まり返り、やがて、勝者へのそれとは違う、異様な熱を帯びた拍手が巻き起こる。見返りを求めぬその姿に、人々は幻視したのだ。

 

 ただひたすらに他者を救う、正義の味方の姿を。

 

 

 ――いやはや、どうしてこうなったのやら。

 

 東京レース場の地下通路を歩きながら、俺、中身は四十路手前のしがないおっちゃんであるウマ娘は、スポーツドリンクをごくごくと煽りながら盛大に溜め息をついた。

 

「いや、違うんよなぁ……」

 

 先ほどのレース。フェブラリーステークスだっけ?

 

 なんか俺が隣の子を助けたことで、実況の兄ちゃんが「なんという自己犠牲! 彼女はターフに舞い降りた正義の味方だぁーっ!」とか鼻息荒く絶叫していたらしい。ウマッターとやらでも『#アーチャー尊い』みたいなタグが爆伸びしていると、さっきトレーナーのやつがスマホを見せてきた。

 

 ぶっちゃけ、言わせてほしい。

 

 俺は別に、自己犠牲の精神に溢れた聖人君子なんかではない。ただの、元・安全管理者(現場監督)である。

 

 あそこの最終コーナー。あんな時速ウン十キロも出てる状態で、隣のウマ娘がバランスを崩して突っ込んできたのだ。

 

 あそこで俺が避けていたらどうなるか?

 

 シンプルだ。彼女は派手にスッ転び、後ろから来ていた十数人のウマ娘たちが避けきれずに次々と激突、いわゆる玉突き事故(多重クラッシュ)の完成である。まごうことなき労災だ。圧倒的労災。下手したら重傷者多数で、今期のレーススケジュールは崩壊、JRAだかURAの安全管理体制が国会で追及されかねない大惨事である。

 

「そんなモン、目の前で見過ごせるわけないやろ……。それにお前、報告書書くの俺じゃないにしろ、誰かがやるんやろ? 各所の聞き取りやら上からの圧力やらもーあれメンドクサイねん」

 

 俺の魂には、エミヤシロウという男の『正義の味方』プログラムが刻まれているらしい。だが、それはあくまで『人命救助』や『安全確保』という、現場監督の基本理念(ヒヤリハット撲滅)と奇跡的な親和性を発揮しているだけなのだ。

 

「あ、あのっ……アーチャーさん!」

 

 通路の先で、さっき俺が肩ドンして助けた二番人気のウマ娘が、ボロボロと涙を流しながら待ち構えていた。あー、はいはい。泣かない泣かない。

 

「本当に、ごめんなさい! 私のせいで、アーチャーさんのG1が……っ!」

「あー、ええんやて。そんなん気にしなや。レースなんざ、また来年走ればええだけの話やろ」

 

 俺はひらひらと手を振った。事実、命あっての物種である。勝負事なんてのは、体が無事ならいつでもリベンジできるのだ。それよりも重要なことがある。

 

「そんなことよりお嬢ちゃん、右足の靭帯、変な伸び方してへんか? さっき一瞬嫌な音してたやろ。ほれ、さっさと医務室行ってアイシングしてき。スポーツ選手は身体が資本やで。安全第一、ご安全に、な?」

「っ……! アーチャーさん……!! どこまでも見返りを求めないなんて……神様みたいな人……っ!!」

「いや神様て。大げさやな君」

 

 さらに号泣し始めた彼女の背中をポンポンと叩き、医務室の方へ押し出してやる。

 

 やれやれ。ウマ娘の世界の住人は、どうにもこうにも感情の振れ幅がデカくていかんなぁ。もっとこう、ドライに『危険予知行動(KYK)』の一環として処理してほしいもんである。

 

 それにしても、今日の夕飯は何だろうか。ダートを走ると無駄に腹が減る。

 

 寮に戻ったら、また『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)』で中華包丁でも投影して、夜食にチャーハンでも作るかな。あ、火力の調整ミスると寮長に怒られるから気をつけんと。

 

 俺は勝負服のポケットに手を突っ込みながら、鼻歌交じりに検量室へと向かうのだった。


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