家入さんと仲良しな補助監督と夏油の火葬をするはなし。

葬儀屋さんと納棺師さんは厳密には違いますが大目に見てもらえると嬉しいです。

※ぼかしてはいますが火葬シーンがあります。苦手な方はご注意ください。
pixivにも投稿してます

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荼毘に伏せ

家入硝子は鼻の奥にこびりついた死臭を塗りつぶすように煙を強めに吸い込んだ。

デスクの灰皿に灰を落としつつワークチェアにもたれる。

自分の口から吐き出された紫煙が空中に溶けて消えていくのをぼんやり眺める。

煙草は良い。嫌な臭いも、重苦しい思考も、煙と一緒に吐き出させてくれる。

健康に悪いと歌姫にたしなめられ、以前よりは本数を減らしたがそれでも無性に吸いたくなる時はある。

惨い死体を見た日はなおさら。

高専では人を治すことより死体を解剖することの方が多い。

呪術師、補助監督、被呪者、呪詛師。生前の立場に違いこそあれど、ここに来る頃にはみな物言わぬ骸だ。

高専で解剖が行われる理由は死因を明らかにするためだ。呪殺被害者の遺体は一般的な司法解剖では死因を特定できない。だからこそ呪いと医学の両方に精通する家入のもとに多くの死体が回ってくる。

呪いによる死を扱ううえで、遺体はとても貴重な情報源だ。遺体すら跡形も残らないことも多々ある呪いとの戦いにおいて、遺体に残留した形跡は敵を知るための重要な手掛かりになる。死んだ者が命を懸けて残してくれた遺品だ。

呪いによって死んだのか。それとも悪意を持った第三者によって被害者にされてしまったのか。手口は、残穢は、相手の強さは。情報を一つ一つ紐解いて、明確なものにする。これから先、少しでも死人が減るように。

そんな尽力も効果はたかが知れているけれど、無いよりはずっといい。

短くなった一本目を灰皿に押し付け、二本目を咥えたときドアがノックされた。

口元で煙草を揺らしながらどうぞ、と答える。

入ってきたのは黒いスーツの男。七三に撫でつけられた黒髪に、死人のような白い肌が浮いて見える。

グラスチェーンのついた眼鏡の奥にある目が三日月の形に細められた。

小脇に書類を抱えて、男は当然のような顔で対面の椅子に腰かける。

「こんにちは、家入さん。ずいぶんとお疲れのようですね」

「まあ、今日は件数が多かったんで。追加ですか」

「いえ、そろそろ葬儀社が回収にいらっしゃる時間なので、引き渡し前の確認と家入さんのお顔を見ておこうと思いまして」

「私はついでですか」

「おや、ご不満ですか?もちろん家入さんの顔色が悪くなっていないかの方が重要ですとも」

そういうことじゃないと返事の代わりに舌打ちを返しても男は笑顔を崩さない。

男は名を眞島という。元は高専に出入りする術師だったらしいが、現在は補助監督として東京校に所属している。

眞島の立ち位置は特殊だ。補助監督とは名ばかりで、実際は術師とほぼ関わることなく現場の遺体回収・管理と葬儀の斡旋を主な仕事としている。

ここに運ばれてくる遺体は状態がひどいものが多く、解剖と同じく一般の業者には任せることができない。実家が葬儀屋ということもあり、そういった後処理はほとんどこの男が請け負っている。

そして、身寄りのない遺体の()()()()()でもある。

火をつけず咥えたままだった煙草がするりと長い指に奪われた。白い手袋を着けたまま眞島は煙草を器用に指先で弄ぶ。

「吸いすぎはお体に障りますよ。ただでさえひどいクマを作っていらっしゃるのに」

「ちょっとでもストレスを軽くしとかないとやってられないんですよ。私は眞島さんほど太い神経してないんで」

「心外ですねぇ。私ほど気遣いができて繊細な人間はそういませんよ」

「繊細はダウトでしょ」

煙草の代わりに差し出された缶を受け取る。コーヒーではなくコーンスープを選んでくるあたりがこの男らしい。

眞島との接点ができたのは正式に高専で働きはじめたときからだ。

最初に会った時はなんとまあ胡散臭い男だと思ったが、仕事に関しては真摯であり、死を扱うセンシティブな役職ゆえに他者の感情の動きに敏感で、気を使うことに慣れている。

それでも馴染みの相手に対しての慇懃無礼な口調と態度で好感度はプラマイゼロなのだが。

「今回はご遺族のもとに帰れる方が多くてなによりです。お顔が無事ならご遺族の心も少しですが安らぐでしょう。引き取り先がない術師の方はいつも通り私の方で引き取らせていただいてよろしいですか?」

「……前から思ってたんですけど無縁仏を引き取って個人的に弔うってよっぽど物好きですよね。何のためにやってるんですか?慈善事業なんて訳じゃないでしょうに」

「生前の行いに貴賤はあれど、(すべから)く命ですから。彼岸への旅立ちのときくらい人らしくあってほしいという私の我が儘ですよ」

「相変わらず大仰な……。しかも答えになってないですよ。もしかしてあれですか、趣味ですか」

「……家入さんは私を死体愛好家(ネクロフィリア)か何かと思ってらっしゃるんでしょうか。きちんと仕事の範疇としてやっておりますよ。ただ資金に関してはほぼ私のポケットマネーです。まったく高専のお偉方様たちはもっと亡くなられた方に敬意を払っていただきたいものですね。お陰さまでもやしばかりの生活で……」

よよよ、と泣いたフリをしながら胸ポケットから取り出した白いハンカチでわざとらしく目尻を拭う姿にまた舌打ちをした。

この態度はまともに答える気が無いときのものだ。

のらりくらりと躱し煙に巻くのが眞島なりの処世術なのは知っている。もう癖のようなものなのだろう。

分かってはいるが、やられると普通にムカつく。

「まあどーでもいいですけど、こっちを巻き込まないでくださいね。上に目を付けられるのは勘弁なんで」

「心配して下さってるんですか?いやはや珍しい。お顔を見に来て正解でした」

「うざー」

軽口をたたいていると突然扉がノックなしに開く。

目に包帯を巻いた異様な出で立ちの男が不機嫌そうに入ってきた。

家入は少しだけ眉間にしわを深くする。

この男にデリカシーを求めるのが間違いであることは学生時代から知っているので、特に何も言わないが態度で抗議くらいはしたい。

「硝子……、誰アンタ」

「はじめまして、五条特級術師。補助監督をやっております眞島と申します」

「眞島?『火葬屋』の眞島?」

「……五条家のご当主さまに知っていただけているのは光栄ですね」

「意外と有名人なんですか、眞島さん」

「古い術師家系の人間なら割と知ってるんじゃない?術師の死を嗅ぎ付けてどこからともなく現れる葬儀屋。百何年か前に賀茂家と揉めて呪術界から実質的に追放されたって聞いたけどよく高専に所属できたね」

「……まあ。時の流れは残酷であり、人の記憶というものもまた儚いものですから」

眞島は明後日の方向を見ながら返す。

要は揉め事のほとぼりが冷めたからこっそり出戻りしたということなんだろう。

この男がここまで露骨に嫌そうにしているのは中々珍しい。

賀茂家との揉め事については触れてほしくないようだ。いいネタを知った。今度つついてやろう。

「硝子が歌姫以外と仲良くしてるなんて知らなかった」

「うるさい、仲良くない」

「そんな!私はこんなにも家入さんのことを慕っていますのに」

「あーもー口を挟まないでください、ややこしくなる。で、あんたはなんで来たの。五条」

問いかけに口を開きかけるが眞島に視線を移してなにも言わずに閉じる。

てっきり全力でこっちをからかいに来るかと思っていたが当てが外れた。

いつものちゃらんぽらんな態度は鳴りを潜め、むっすりと黙り込んでいるのは学生時代を彷彿とさせる。

その微妙な表情を見てすぐに夏油(あのバカ)に関係することだと察しがついた。

眞島に視線を向けると、何も言わずともいつも通りの胡散臭い笑顔を浮かべてすぐに椅子から腰を上げた。

「おや、お邪魔になってしまいますね。家入さん、こちらの確認書類にサインを。あとは私の方で片付けておきますので」

「どーも」

書類の端にのたくる雑なサインを確認してから眞島は五条に一礼する。

「では、私はこれで。家入さん、あまりご無理をなさらないよう」

眞島の指先にあった煙草にひとりでに火が灯る。オレンジ色に燃えるそれを灰皿に残して、さっさと部屋を出ていった。

扉の向こうに消えた背中につい眉間にしわを寄せた。

「一本ムダにしていきやがった」

 

何本目になるか分からない煙草を雑に押し付けて潰す。

いくつも吸い殻が積み重なったシルバーの器から灰がこぼれた。最初はフィルターにこびりついていたリップは本数に比例してだんだん色が薄くなり今は何もついてない。

夏油傑が率いる一派による宣戦布告。

相手が寄せ集めの呪詛師だったとしても、筆頭はあの夏油。

日本中の呪術師をかき集めたところで、手数の多さで引けを取らないのが呪霊操術の真価だ。

同じ特級である五条が現場に出るといっても、五条は一人しかいない。受け持ちの生徒がいる以上、五条は東京から離れないだろう。

必然的に京都は『五条以外』で守らなければならなくなる。手薄だ文句を言うのは無茶だと家入自身分かっている。それでも戦力面の不安が大きい。

クリスマスに二大都市で行われる『百鬼夜行』は確実に今までとは比にならない死者を出す。

「……馬鹿野郎」

絞り出すような声がこぼれた。

大馬鹿野郎。それがやりたかったことかよ。教祖とかガラじゃないだろ。

とめどなく心の底からあふれ出してくる在り来たりな罵倒は言葉にならず、行き場をなくす。

火だけつけて吸わずにいた煙草の先端の灰が自重で折れた。音もなく差し出された新しい灰皿にポトリと落ちる。

「火傷されますよ」

「……来てたんですか」

「勝手にお邪魔して申し訳ございません。いくらノックしてもお返事がなかったものですから」

横に立つ眞島は普段の薄笑いではなくどこか強ばった表情だ。

『百鬼夜行』の通達はすでにすべての関係者に行き渡っている。人手不足から後方の人間も前線の避難誘導や連絡係に駆り出されるだろう。

そこには眞島の同僚も当然含まれる。

戦場で命をかけるのは術師だけじゃない。

眞島は無言で山になった吸い殻をゴミ袋にまとめ、換気のために窓を開けた。

閉めきった室内に滞留して絡まっていた煙がほどけるように外へ流れていく。

天へ上っていく煙を見送る横顔を見ていると自然に言葉が出てきた。

「眞島さん」

「はい」

「もし、夏油が死んだら、眞島さんが弔ってくれませんか」

かすかに息を呑む気配がした。

前に酒の席でバカな同期ふたりの話をそれとなくしたのを覚えていたのだろう。律儀な男だ。

落ちた沈黙は数秒にも数分にも感じられた。

そっと、いつもとは違う穏やかな声色が聞こえる。

「よろしいのですか」

「……私、気をつかわれるのが嫌いなんです。とくに慣れてない五条とか絶対変な方向に考えるのがオチなんで。そんな風に気をつかわれるくらいなら無いほうがマシ」

一度、深く煙を吸い込み、長く時間をかけて吐き出す。

眞島は何も言わない。じっと次の言葉を待っている。

「それに、眞島さんの仕事に関しては信頼してます」

「光栄です」

「受けてくれますか」

「……それが家入さんのお望みであれば」

踵を揃え、恭しく頭を下げる。

この人はきっと今までの遺族にもこうしてきたんだろうなとぼんやり思った。

 

12月24日。呪術高専東京校における乙骨憂太と夏油傑の激闘は乙骨の勝利で幕を閉じた。

 

「この度はご愁傷様でございます」

男の声が夏油の死に顔を眺めていた五条を現実に引き戻す。

大きめの荷物を提げた眞島がいつの間にか横に立っていた。

「なんでここにいんの」

「偶然です。まさか高専内で戦闘が始まるとは思いませんで。一応これでも元術師ですから、非戦闘員の方が巻き込まれていないか様子を見に来ました」

その言葉がどこまで真実なのか五条には分からない。相変わらず男は胡散臭い雰囲気だが、どこか優しい表情をしている。

「その方が夏油さまですね。家入さんのところまで運ぶのをお手伝いしましょうか?」

「いや、硝子のとこには連れて行かない」

「なぜ?」

「……ただでさえ怪我人も死人も多いんだ。アイツの仕事を増やしたくない」

「ではどうするのです?」

「どこか適当な斎場で焼く」

苦し紛れに絞り出した言葉に眞島は眉根を寄せる。

「いけません」

「あ?」

「夏油さまのご遺体を外に持ち出すのは現場を任される身として許可できません」

「アンタの許可なんて要らないでしょ。とにかく解剖は」

「夏油さまのご遺体にどれほどの価値があるか分からない貴方ではないでしょう」

その言葉に五条は閉口する。

眞島が何を言いたいのかは五条が一番分かっている。

かつて自分と並び特級と位置付けられた『呪霊操術』。たとえ死体だとしても、その強力な術式は身体に刻まれている。

「悪意の多い業界でございます。信用できるルートがあったとしても、どこから情報が漏れるか分かりません。最悪、夏油さまの生前すべてを踏みにじるような辱しめを受ける可能性も」

「あーもーうるせえな。なんも知らないやつが口出さないでくれる?」

「なにも知らなくても、です。東京も京都もひどい有り様だと聞き及んでおります。この混乱に乗じて何が入り込むか分かりません」

五条の威圧的な言葉に対して眞島は一切怯まない。だだ、斜陽を反射する蒼い目をじっと見つめ返している。

眞島の目には同情や憐憫はない。

「故人様をお守りするためです。どうか」

五条に深々と頭を下げる。

懇願にも聞こえるそれは眞島の確固たる意思を感じるものだった。いったい何がこの男をここまで駆り立てるのか。

これではこっちが駄々を捏ねているみたいだ。

ガリガリ頭を掻いて五条は嘆息する。

「悪いけど、どうしても解剖には回したくない。アンタ、持ち出すなって言うけど、ならどうすりゃいいわけ?」

「簡単です。ここで送ってさしあげましょう」

「は?」

つい気の抜けた声が出た。何をいってるんだこの男は。

「五条さま。私の術式は火を操ったりできません。火力はおろか燃やす範囲も選べない。ただ着火するだけ。ライターと良い勝負です」

でもね、と男は目元を和らげる。気味が悪いのに、異様に慈愛に満ちた目だ。

「その代わり着火した対象が燃え尽きるまで絶対に消えないんです」

男はしゃがみ込んで、親友の遺体に手を合わせる。流れるような慣れた動作。しかし、蔑ろにしてないと一目で分かる丁寧なもの。

「夏油さまをきちんと灰にして、お見送りしてさしあげましょう」

 

眞島が広げた耐火シートの上に仰向けに寝転がされた夏油を見下ろす。

片腕が欠損しているせいで両手を組むことはできないため、左手だけが腹の上にのっている。

「本当はきちんと湯灌して、棺や他諸々のお品もご用意してさしあげたいんですがね」

「いや、これでいい」

術師に悔いのない死などない。どれだけ実力があったとしても、唐突に、理不尽に、死はふりかかってくる。

まともな葬式なんてあげられる奴の方が稀だろう。だから、こうして看取る人間がいれば十分だと五条は思うのだ。

「では、始めます」

ゆるりと撫でるように、慈悲すら感じる手つきで散らばっている夏油の黒髪を整える。

血と土埃で汚れた顔を拭うと穏やかに眠る夏油の顔が見えた。

そういえば、こいつはこんな優しい顔ができる奴だったなと、遠い学生時代の記憶が浮かんでは消える。

破れて血まみれになった袈裟をできる限り元に戻し、上から紫の布で覆う。

「ずいぶん準備が良いんだね」

「現場には簡易道具一式を持っていくようにしているんです。回収すらままならないご遺体もございますから」

眞島は自身の腕に白装束の袖を通す。

紫の布の下でするすると手を動かし、夏油に白い装束をまとわせていく。

着替えさせ終わり、紙に印刷された六文銭を遺体の傍らに置いた。

確認するように眞島が五条を見上げる。五条は何も言わず、目を閉じた。

眞島がそっと夏油の手を握る。

五条の目蓋越しにオレンジ色の光が弾け、パチパチと音が聞こえてくる。

遺体は見ない。すっと顔を上げて目を開くと、火花のような光を瞬かせながら日が沈んでいく。

空に帰る煙に、五条は静かに手を合わせた。

 

灰と骨になった夏油を見ながらぽつりと問いかける。

「一つ聞きたいんだけど」

「はい。私にお答えできることなら」

「なんで身寄りのない死体を引き取ってんの」

「……ご存知でしたか」

「硝子から聞いたんだよ」

身寄りのない呪術師や戻る場所がない非術師の遺体を個人的に火葬するのはまだ理解できる。だが、眞島が引き取る中には呪詛師も含まれていると家入に聞いた。

それこそ人らしい葬儀などおこがましいレベルの救いようのなかった人間の死体もある。

なぜ、私財を投じてまで葬送を行うのか理解できなかった。

「五条さまはなぜ日本で火葬文化が一般的かご存知ですか?」

「いや」

「一番の理由としては伝染病を防ぐためです。昔は安価だった土葬の方が一般的だったんですが、衛生面と土地不足の問題で現在ではほぼすべてが火葬となっています」

骨を一片たりともこぼさないよう、丁寧に耐火シートを畳んでいく。

「私が遺体を引き取っているのも病を予防するため、確実に火葬するためなんです。そして、いつか病の元を絶つためでもある」

眞島は笑顔を崩さない。しかし、隠しきれない憤りが口許を歪めている。

「いるんですよ。亡骸に憑りついて病を広げる害虫が」

声色には憤怒の感情がにじみ出ている。

「眞島家は百余年前にある方のご遺体を亡失したことがありました。それが(くだん)の加茂家とのもめ事の発端だったのですが、問題はそこではなかったんです」

その目の奥に憎悪の炎がちらつく。

「亡失したはずのご遺体はなぜか生き返って寺を開いていたのですよ」

「……死者の『憑依』や『模倣』でもなくマジで生き返らせたってこと?」

「ええ。貴方も『加茂家の汚点』には聞き覚えがあるでしょう」

「もしかして加茂憲倫のこと言ってんの?」

「……憲倫さまの死を知っていたのは加茂家のごく一部と葬送を任された当時の眞島当主のみだったそうです。しかし、成人男性、しかも加茂家当主の遺体を抱えてうろつくなんて人目に付きすぎる。ではどうやってご遺体は持ち去られたのか。『自分の足で見つからないように歩いて出て行った』と考えるのが一番自然なんです」

「生き返ったって、それこそありえないでしょ」

「はい、死者がひとりでに()()()()()()()()あり得ない。遺体は何者かに持ち去られた、とどれだけ加茂家に訴えても聞き入れてもらえなかったそうです。我が一族は『御三家の汚点を匿った上に世に放った元凶』の濡れ衣を着せられ、加茂家の受けるはずだった非難へのスケープゴートとして百年以上にわたり憂き目にあってきました」

訥々と語る眞島の言葉はあまりに荒唐無稽に思えた。しかし、その目に宿る厭悪と憤怒が偽物には到底見えない。

「どうしても納得がいかなかった私は秘密裏にあらゆる記録を遡り、情報を集め、甦った賀茂憲倫の動向を探りました。そして、とある奇妙な事実に行き着きました」

畳み終わったシートを抱え、立ち上がる。

もう日は暮れている。それなのに眞島の双眸だけが爛々と燃えているようだった。

「生前の憲倫さまのお側には額に傷のある人間がおり、黄泉から帰った賀茂憲倫の額にも同じ傷があった、と。偶然にしてはできすぎています」

「術師のマーキングか」

「もしくは、その傷から何者かが入り込んだか、ですね」

どちらにしろ、と眞島は這うような低い声で吐き捨てる。

「我ら眞島の仇敵であり、生者でも死者でもない、許しがたい害虫ですよ」

 

翌日、家入よりも早く五条が医務室の椅子を陣取っていた。珍しく包帯は巻かずにサングラスをかけている。

なんでいるんだコイツ、とツッコむのも面倒で何も言わずにいるとノックの音が響いた。

「良かった、お揃いですね」

眞島が白い包みを抱えて入ってきた。それが何なのかすぐに分かった。

白地に金の刺繍。骨袋だ。

その中に収まっているのが誰かなんて聞くまでもない。

無言だった五条が立ち上がり物言わぬ包みを見下ろす。

「ちっちゃくなったな、傑」

ぽつりと小さな声が落ちた。

無骨な白い指がそっと刺繡をなぞる。

骨袋を撫でる五条の表情は笑っているようにも、泣いているようにも見えた。

家入も自分が今どんな顔をしているのか分からない。

ただ、涙は出なかった。

「ホント、静かすぎて調子狂うわ」

懐から出した煙草をくわえてライターで火をつける。

口から吐き出した煙を小さくなった同期に吹きかけてやる。

線香は無いからこれで勘弁してほしい。というかあれだけ好き勝手やったんだし煙をやるだけありがたく思え、と心のなかだけで夏油に説教を垂れる。

流れた煙を吸った眞島がわずかにむせた。

「では、後のことは五条さまにお任せいたします」

さすがに墓石の手配まではできませんから、と(うやうや)しく五条に包みを差し出す。五条は数秒手を空にさ迷わせてからそれを受け取った。

ぎこちない表情で眞島に礼を言い、家入を振り返る。何を言わんとしているかなんとなく察して家入は先に口を開く。

「飲みに行くなら今夜だな。焼き鳥が美味いところがいい」

「……りょーかい」

精進落としというわけではないけれど、久しぶりに同期だけで飲むのも悪くないだろう。

今日は下戸のコイツも飲むかもしれない。

いつもの調子に戻ってひらひら手を振る五条の背中を見送ってから眞島に視線を移した。

「ところで、なんで百鬼夜行騒ぎのあとに引き渡しした遺体の記録を勝手に書き換えたんですか」

「いやーなんのことやら」

()()が夏油なら、移送の記録簿に名前が上がるはずがないですよね?でも遺体の数は変わってなかった。一体どこから拾ってきたんです」

「おや鋭い。もちろん別のご遺体を身代わりになんてことはしていませんよ。出所は秘密ですが、とてもよくできた模造品を代わりに出しておきました」

積年の恨みつらみがあるもので、と胡散臭い笑顔のままのたまう。

誰への恨みですか、と出かけた言葉を引っ込める。

聞いたところでどうせこの男はまともに答えるつもりはないのだろう。

今回のことがバレたら免職どころじゃ済まないだろうに。

「まあ、そう簡単に釣り針に引っかかってくれるとも思えないので様子見といったところですかね」

「……何でもいいですけど」

次はないですよ、と家入はため息と一緒に煙を吐き出した。

眞島は上機嫌に笑いながら答える。

「ええ、ありませんよ。もうね」

 

部屋をあとにした眞島は遺体の搬送ルートと担当者の名前に目を滑らせる。

気長な戦いなのは最初からだ。だが、いつかたどり着いて汚名をそそぐまでこの焔は消えない。

灰にするまで。塵に帰すまで。

「他人の体を好き勝手にするなんて、神様にも許されてないんですから」

煌々と燃える炎を瞳に映しながら、男はひとり歩いていく。


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