「おかえりなさい」
「ただいま」
ドアを開くと、縦セーターを着た黒髪ロングの女がとある男を出迎えている。
「リオっ」
「んっ」
男は帰って来るや否や、眼前の美女を抱き寄せて唇を奪った。
彼女の名前は調月リオ。出迎えられた男は先生であり、つい最近からワンルームを借りて同棲をしている。
身長は先生より少し低い175cmで、豊満な胸と魅惑なヒップも相まって、街を歩くだけで周囲の人間を悩殺するような形貌である。
「今日も時間通りで良かったわ」
「リオに会いたくてね」
「ありがとう、私もあなたをずっと待ってたの」
再び顔を近づけると、一心不乱にお互いを求めあった。今日一日会えなかった分だけ、濃密に、ゆっくりと舌を絡ませている。
しかし、何分、何時間かの時が過ぎただろうか。
ふと、リオが目を開けると、先生の目尻から一筋の涙が流れているのを捉えた。
「んはぁ…先生、あなた」
「あ…ごめん、また」
キスを止めて顔を改めて見やると、先生には目力がなく、顔も多少むくんでいる印象を受ける。
そんな自身の哀れな状態がリオに伝わったのを恥ずかしんでか、力なく空笑いをした。
「今日は、何があったの」
「朝から書類、昼前に街で事件があって、それの対処」
「…」
「それで、お弁当食べれなくて」
「…」
「ごめん、本当にごめん、リオ」
「…いいのよ。その後は、どうだったの」
「いつの間にか夕方になってて、また、書類」
リオは先生を抱きしめ、静かに話に耳を傾けていた。
「生徒の面倒もいくつか見てたんだ」
「…そう」
「書類も結構溜まってて…。はは、セミナーの子にまた怒られちゃうな」
「いいのよ、先生。」
先生の頭に手をそっと置く。
「あなたはよく頑張ってるわ。私とは違う」
「…リオの方がスゴイよ」
「…私は、あなたがいないと、何もできない」
リオの抱きしめる腕に力が籠る。
「あなたがいないと、私、どうにかなっちゃいそう」
「リオ…」
「だから、今日も無事に帰ってきてくれてありがとう、先生」
二人は再度唇を重ね、しばらくの間その場を動かなかった。
「ごめんなさい」
「いや、こっちこそ感傷的になってごめん」
玄関での諸々の事情により、リオの作った料理は温かさを失っていた。
「今日はビーフシチューよ」
「おお、豪華だな」
「あなたのためよ」
すっかり冷え切っていたものの、コンロで温め直すと、二人は食卓に着いた。
「いただきます」
「ええ、どうぞ」
見るからに柔らかそうな牛肉を、スープと共に口へ運ぶ。
「…うまい」
昼から何も食べていなかった先生の口内は、牛肉の旨みとデミグラスソースの濃厚な味によって支配された。
味の喧嘩が起きておらず、むしろ素材とソースがお互いを支えあって調和している。
「料理の腕、また上がったんじゃない?」
「ふふっ、そうかもね。ありがとう」
リオはというと、自身も食事をしつつ、一口ずつ美味しそうに料理を食べる先生の姿を、なんとも愛おしそうに眺めていた。
「ところで、リオは今日は何をしていたんだ?」
「私?私は…そうね」
先生に見惚れていると、唐突に質問が飛んできた。
「朝、あなたを見送った後、あなたから貰った書類をまとめてたわ」
「ああ、全部やってくれてたよね。ありがとう」
「少しでもあなたに貢献したくてね。それで、その後はあなたからの返信を待っていたわ」
「…ごめん」
「あなたのせいじゃないでしょう」
おそらく、トークを送ったのは街でのいざこざに巻き込まれている最中であり、通知音にも気づかずに放置されているのであった。
先生も、リオとの時間を作れなかったことに対して罪悪感を覚えている。
「えっと、その後は何をしていたのでしょうか」
「その後は…ね」
「?」
「自分自身を慰めてたわ」
「…」
先生は言葉に詰まった。それは、唐突な告白に対する驚きと、リオに寂しい思いをさせていたことに対する心苦しさ。
「…ね、先生も、疲れているでしょう」
「ああ…」
「お風呂、いきましょう」
そして、うっすらと感じていた、これから起こるであろうことに対する期待感だ。
「ここは暖かい…」
「そうね…」
食事を済ますと、二人はそのまま風呂場へと直行した。
衣類を共に洗濯機に放り込み、お互いの体を洗うと、リオを背中から抱きしめるようにしてお風呂に浸かった。
一坪サイズのお風呂では、二人で入るには少々窮屈だった。だが、そもそも密着して入浴したい二人にとっては、何ら気に留めることではない。
柔らかくて、色白で、滑らかなリオの身体。
たくましくて、ごつごつしていて、頼りがいのある先生の身体。
お互いがお互いを隅々まで知覚したいためだ。
「ずっと、こうしていたいものだわ」
「…そうだな」
「…」
「…」
それは無理な願いだ、と二人は思う。先生はシャーレの顧問としての役目があるわけであり、自由な時間が皆無といっても過言ではない。
仮にそのような時間があったとしても、生徒が抱えるトラブルや、予想外の事件が発生した場合にはその対処に追われる。
むしろ今のようにリラックスできていることが奇跡であると言える。
「…そういえば、明日は休もうと思うんだ」
「…仕事が残っているはずでしょう」
「いや、流石に疲れてね。最近働きづめだったわけだし」
「…あなた、もしかして」
「リオ」
言葉を遮る。
仕事なんぞ知ったことか。目の前の彼女を、独り家で悲しませてどうするんだ、と心の中で叫んでいる。
「リオが欲しい」
「…!」
「今晩は、ずっと一緒にいたい」
「嬉しい」
先生の方へ振り返ったリオは、目には涙を溜め込んでいるように見えた。
「私も、あなたが欲しい」
そして、何とも形容しがたい、艶めかしい顔を浮かべていた。