夏色花梨の入部のお話です。

(他作品同様に、原作名は「VOICEROID」ということにしてあります。このサイトではCevio勢もこれに分類されていると思われるので)

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月に手を伸ばす

 昔々、というほどでもない昔、10年は経ってないくらいの昔。生意気な少女がいました。

 この少女は、けっこうなお金持ちの家に生まれました。ほとんど一年中のお手伝いさんが、数人いるくらいのお金持ちです。それも一人っ子でしたから、親からはずいぶん大事に大事に育てられました。もちろん、お手伝いさんもたいへんよく面倒をみてくれていました。

 そのおかげでしょうか。この少女はそれなりによい知能を身に付けました。それから、行儀やマナーというのも、かなり厳しく躾られましたから、これも人並み以上にはよくできていました。

 

 少女は、幼稚園でも、小学校でも、もっぱら褒められて育ちました。家族やお手伝いさんもよく褒めていました。子供にとって、褒められるのは悪いことだ、なんて言いだす教育学者さんは、たぶん、いません。褒められるのは、ほとんどの場合よいことです。

 けれども、薬も過ぎれば毒となるように、あるいは、お水も飲み過ぎたら命にかかわるように、この少女にとっては悪い影響が出てしまったようでした。

 少女は、自信過剰でした。それも、事実、だいたいのことは本当に少女の思い通りになっていたのですから、なおさらたちが悪い。

 といっても、世界のすべてが思い通りになるとまでは思いません。両親と旅行に行くとき、あんなに晴れになるように願ったというのに、当日は大雨だったとか、そういう意味では、少女も期待を裏切られたことがありました。こういうことは、少女のとって珍しかったものですから、俄然記憶によく残りました。

 

 さて、これらに対して、なまじっかよく回る頭によって奇妙な切断と結合とが行われた結果、彼女は悟りました。いえ、悟ったと勘違いしました。

 思い通りになるもの、ならないもの。手の届くもの、届かないもの。

 思い通りにならないものをどうにかしようとする人は、おばかさんです。集まりのたびに、人に怒鳴ってばかりの赤岩のおじさまみたいに。

 手の届かないものを期待するのも、おばかさんです。毎年毎年、「またニシンが来るんだ」って言っている青木さんみたいに。

 反対に、思い通りになるものや、手の届くところにあるものに何もしない人も、おばかさんです。毎月毎月、痩せたいと言いながら、私に出したお菓子を一緒に食べ続けているお手伝いの高田さんみたいに。

 ……といった具合です。

 

 本人としては、いまだに思い出すたび顔から火が出そうになるのですが……いえ、今の私の話は置いておきましょう。

 ともかく、この少女は井の中でゲコゲコと威張り散らしていました。

 そうして、大海のお魚にもあれこれ文句をつけはじめます。

 たとえば、いつだか少女が札幌の方に来たとき、路上で演奏をしている人たちを見かけました。とても下手な演奏でした。それはもう、当時の少女にもはっきりとわかるほど。もちろん、彼女の耳がだいぶ肥えていたであろうことは差っ引いて考える必要がありますが。

 グミからわざわざオブラートを取って食べたがるくらいに幼いころでしたから、少女は隣にいた父親に「下手だね」なんて感想を告げました。

 父親は首を振って、

「頑張ってるんだよ、あの人たちも」

 と答えます。

「どうして?」彼女はさらに返しました。ちなみに、「どうして」は小学校に上がった頃から、だいたいこの頃くらいまでの彼女の口癖です。最初の方は、やや舌足らずに、「どちて」と聞こえたために、「どちて嬢様」なんて可愛らしくない呼び方もされていたとか。

 ともかく、いつものごとく答えにくい「どちて」を振られた父親は、ちょっと考え込んで、

「花梨は家庭科部の活動頑張ってる?」

「うん、もちろん」

「そういう学校の部活動とか、クラブとか、サークルとかでやってるから、じゃないかな」

 今思い返しても、あまり答えになっていないような気がします。そのときの私もそう思いました。

 家庭科部の活動を頑張るのは、美味しいお菓子とか、ご飯とかが作れるから。それに、将来お嫁さんになったときにも大切なことだから。ちゃんとした理由がありました。

 一方で、あの人たちの演奏は何も役に立たないじゃないか。あんなに下手だったら、テレビやラジオ、あるいはコンサートで演奏することはないだろうし。それをお仕事にできるわけじゃない。歌謡だったり、楽器にしてもピアノやバイオリンみたいなちゃんとしたものだったら、父様のいう「きょーよー」になるのかもしれないけれど、あれはそういうふうでもない。

 あの人たちは、なんであんな音楽をやっているんだろう。なんでそんなことを頑張るんだろう、わけがわからない。ひょっとして、たいした理由もなくて、ただおばかさんだからなんじゃないか。お月様に手を伸ばして必死にジャンプしたって、触れっこないのに。

 

 だいたいそんなようなことを思ったと記憶しています。けれどもうまく言葉にできなくて、結局父様にぶつけてみる機会は得られませんでした。

 しかし、にもかかわらず、いや、それだから、なのでしょうか。私の中のその思い──「部活動で音楽なんてやっている人たちは()()だ」という観念はくすぶり続けていました。

 

 小学校を卒業して、中学校も卒業して、さて高校に入ったとき。

 彼女の自信過剰はいまだに尾を引いていました。下手にそれを人前に出すことがなかったせいで、誰かに訂正してもらうこともなく、残っていたのです。さらには小樽で一番の進学校にも入学したものですから、なお増長していたようにも思います。

 そんな状態で、入学して最初だか、その次だかの日だかの、部活動の発表を見ることになりました。

 陸上部、サッカー部、テニス部。まぁ、運動は健康にも役立ちますし、集団行動や上下関係のためにも、悪くないことだと思います。

 英語部、美術部、合唱部。ひとつの教養としては、何もやらないよりはいいかもしれませんね。

 ()()()。けれどこれだけは、納得がいきません。なんとか心の内だけででもけなしてやろう。

 そんな考えから、ある種逆説的に、私は軽音部の発表を心待ちにしていました。

 

「次は軽音部です」

 と、よく通る放送部の声。

 壇上に上がったのは3人、女の人が1人に、男の人が2人。そしてドラムじゃない方の男の人は、不良みたいな白い髪の色をしていました。

 もうこの時点で、けなしてやろうという積極的な動機がなければ、ほとほと呆れて興味を失っていたに違いありません。

 

 ところが、3人の間の目配せからはじまったその演奏は、思っていたよりもかなり上手でした。そして上手だからこそ、足りていないものが手に取るようにわかりました。

 歌っている女の人は、演奏は上手いようですけれども、歌はそれほどでもない。そして、人を引き付けられるような華がない。

 男の人2人は、演奏も決して下手ではないのですけれど、どこか隠れてしまっている。地ならしばかりして、上物が何も載っていない、というような。

 全体を花にたとえれば、根と葉はあるのに、茎と花弁が欠けているという調子。

 たぶん、この人たちではどうしようもないことです。最初から、彼らの才能という、腕の長さが不十分だったのでしょう。それは彼らにとって「手の届く範囲」ではなかった。

 だのに、ここまで無駄な努力をつぎ込んでしまったと。

 ばかですね。大ばかもいいところ。そのつぎ込んだ労力や時間を、もっと生産的なことに使っていればよかったのに。

 あるいは、それを補える人を入れておけば。たぶん、歌を任せられる人がいれば、何とかならない、こともないんじゃないでしょうか。たとえば私が……

 

「ありがとうございました!」

 

 いや、いやいやいや。何を考えているんでしょう。まさか、私がそんな()()なことをするとでも。

 部活はお付き合いでひとつ入っておけば十分。もともと弓道部に行く予定なんですから、余計な労力を不確実な結果のために使うなんて、愚の骨頂。絶対にあり得ません。

 

 でも、ちょっとだけ、楽しそうだなんて思ってしまった。

 それは嘘偽りない本心だったのです。非常に不本意なことに。

 

 

 

 と、そんな夢を見たわけですが。

 この一回だけで、二度と見たくないランキング筆頭に躍り出ましたよ、自分の昔の夢なんて。

「何で思い出しちゃったのかなぁ」

 まぁ、理由はわかりきっているのだけれど。

 今日の夜には初ライブがある。初ライブで、初ギターで、初フロント。意味がわからない。

 これが新規結成とかならまだしも、なんで後から入った私がそんなことに……いや、思い出したくない。いきなり「2年後、いえ1年後の私は先輩たちの倍上手いと思います」とかほざいたことなんて。

 もう思い出しちゃったじゃん。ばか、私のばか! 今の私もあのときの私も大ばかもの!! 

 

 けれども、一応、楽しみに思っている部分もあるわけで。

 それがあのときも、この前も、たぶん今も、判断を誤らせている。仕方ない。一緒に、手を伸ばして跳ぶだけでも、楽しいと思ってしまうから。

 そして、もし、月に手が届いたなら、きっとそれまでのすべてが、かけがえのない記憶に変わるという確信があるのだもの。

 


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