不法投棄少女は愛されたい 作:夢川支流
廃棄少女と宿無し男
器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑す、これを付喪神と号すと云へり。
――付喪神絵巻より。
付喪神、あるいは九十九神。
器物は百年を経ると霊魂を宿し化ける。その迷信から、かつて人々は立春前に古道具を路地に捨てていた。すると、捨てられた器物たちは怒り狂って妖怪となったそうな。
だが、こんな話は何の関係もない。
そんな由緒ある高尚な伝承が絡む余地は微塵もないのだ。
だって。
これは、ただのゴミの物語なのだから。
◆◆◆
ざあざあと降りしきる雨の中、考える。
濡れて異臭を放つ
時間だけはあったから。時間だけしかなかったから。
どうして私は捨てられたのだろうか。
決まっている。要らなくなったからだ。
要らないのなら、なぜ産み出したのだろうか。
分からない。どれだけ考えても分からない。
そもそも私は、どうすれば良かったのだろうか。どう在れば捨てられなかったのだろうか。
分からない。それが分かるのなら、こんな所に私は居ない。
「今日はね、ゆうちゃんの好きなカレーよ」
「やった! ママ大好き!」
土手沿いを歩く母子の声が聞こえる。
買い物袋にはたくさんの食材。一緒の傘の下、2人は幸せそうに笑っていて。
――あぁ、憎い。
羨ましくて、恨めしい。どす黒い感情がとめどなく溢れ出るのが分かる。
いっそ粉々に壊してしまいたい。この錆びたハサミはどうだろう。割れたガラス片の方が良いだろうか。
これで突き刺せば壊れるのかな。全部全部、壊れるのかな。
――?
変な感触がする。
見れば、足を蟲が這いずっている。黒い5cmくらいの蟲。
種類はなんというのだろう。名前はあるのだろうか。……別に何でもいいや。
ねぇ、もしかして。貴方は私を必要としてくれるのかな。
それなら、お食べ。お腹いっぱい食べなよ。
食べ物としてでも良い。巣にしてくれたって良いし、卵を産み付ける苗床としてでも構わない。
私を必要としてくれるのなら、なんだって良いよ。
だから、私を――
「……はは、そっか」
貴方も私は要らないのね。ばいばい、蟲さん。
何を期待していたのだろう。こんな私を必要してくれる存在なんて居るわけがないのに。
「……冷たい」
母子の姿は既になく。今頃は家で夕食の準備をしているのかもしれない。
「……うぉ!? なんだぁ!?」
暖かな家で美味しい香りに包まれてさ。
この臭くて冷たい場所とは、何もかもが違うんだろうな。
「ゴミ山の中に襤褸切れの少女が独り……どう見ても事件だよな。どうすりゃ良いんだ」
……何だろう。
男が一人、ウロウロしながらブツブツ呟いている。
「警察に連絡? でも俺、携帯持ってねぇじゃん。近くの公衆電話だと……」
髭は伸び放題で、年は全く分からない。
声は若々しいものの、身に着けている物全てが年季を感じさせる。服も帽子も靴も使い古されてボロボロで、あちこちに修繕した跡があった。
指している傘も酷い有様。先っちょの部分は無くなっているし、布の部分だって継ぎ接ぎ。骨も幾つか折れている。
「警察呼ばれたくないとか親に知られたくないとか、そういうのもあるか? まずは事情を聞くべきか? ……いやでも、どう聞けば良いんだ? なんかこう…事件を思い出させるようなのは駄目だろうし……そもそもホームレスが少女に声掛けとか色々まずい……てか、この状況って俺が犯人に見られるのでは……?」
止まらない独り言を、けれど、うるさいとも思わない。
もう全てがどうでも良い。全部全部、どうでも良い。
「いやいやいや。そうじゃねぇ。そうじゃねぇよな。ここで見て見ぬふりは人間として駄目だろ。――えぇい、ままよ!」
この男もどうせ、私を必要としてくれる訳がないのだし。
変な希望を抱いちゃ駄目。余計に辛くなるだけだから――え?
「お嬢さん、大丈夫かい? そんな所にいたら風邪を引いちまうよ」
そうして、男は。
自分が濡れるのも構わずに、持っていたボロボロの傘を差し出した。
◇◇◇
その少女は実に奇妙な容姿をしていた。
年は10代半ばくらいだろうか? 薄汚れていて肌の色やらは分からなかったが、瞳は黒の中に金を閉じ込めたような不思議な色合いをしている。カラーコンタクトでも入れているのかもしれない。
髪も同様に汚れているが、色くらいは分かる。緑色の髪に、所々で紫やら青やらが混じった長髪。流石に地毛ではないと思うが、随分と長らく手入れされていないようにボサボサだ。
やはり奇妙だ。染めていても手入れはしない……そんなことがあるだろうか?
服は茶色一色の皮きれ。襤褸という言葉も贅沢な程に薄くて穴だらけ。ここまで酷い格好をしている奴は、俺の周りのホームレスにも居ない。
これ程までに不審過ぎると、かえって疑う気も起きなくなるのは何故なのだろうか。
「…その、帰る場所とか…そういう何か、そういうの、あるか?」
俺は少女の上に傘を差し出しつつ、紡ぐ言葉を努めて慎重に選んでいった。
こんな所に少女が独り。具体的な内容こそ分からないが、彼女が何らかの事件に巻き込まれた可能性は高い。
彼女が年若く可愛らしい容姿である事も踏まえれば、吐き気を催す醜悪で邪悪な犯罪が脳裏にちらつく。仮にその推察が正解であれば、深い心の傷となっているのは想像に難くない。
どう見ても保護者と暮らしているはずの年齢だし、虐待やら何やらから逃げて家出をした可能性も考えられる。
なんにせよ、俺は彼女を襲った何らかの悲劇をなるべく想起させないように、と。そう意識して言葉を選ぼうとした。
あとで向き合わなければならないにせよ、今じゃなくていい。人には逃げる時も蹲る時も必要だ。こんな状態で辛い現実に向き合う必要は無い。そう思ったから。
「こう…寝る場所、というか。雨をしのげる場所っていうかさ…?」
ただ、残念な事に。
意識し過ぎて余計に不自然になっていくのが自分でも分かった。
それで焦って、ますます変になって、更に焦って。そういう嫌な渦の中、ちっぽけな自分が為す術も無く流されていく光景を幻視する。
本当に、自分という人間は駄目だ。まぁ、そんなことはホームレスやってる時点で明白なのだけれども。
「……帰る場所なんて、ない。私、捨てられたから」
自己嫌悪に陥っていると、少女がゆっくり途切れ途切れに話し始めた。
良かった。いや、彼女の返答の内容を考えると何も良くないけれど、少なくとも声は聞こえてはいたらしいし、会話も繋がった。そこだけは良かった。
「捨てられた…あー誰…いや違う。えっと、帰りたいとか思うかい?」
誰に、と聞こうとして寸前で思いとどまる。そんなの直結で辛い記憶を思い出させてしまうじゃないか。
とはいえ。言い直した問いかけが正しいのか否かは甚だ疑問だった。明らかに間違えていたようにも思う。けど、これが俺の精一杯だったのだ。
「帰りたく、ない。また捨てられる。私は役立たずで、いらないから」
……これは相当に深刻そうだ。彼女の出で立ちを見る限り、穏便な話で済むわけがないのは分かっていたけれど、それでも。
この時点で、俺の中から警察への通報という選択肢が消えた。
警察に通報して、保護されて、それで? 彼女を捨てた者の元へ帰すというのか。ここまで一人の少女を追い込んだ存在の元へ。流石に冗談が過ぎる。
通報するにしても、もっと後にすべき。ともかく、今の少女には落ち着く時間が必要だ。
「まぁ、そのだな。俺の家…とは口が裂けても言えないけど……ともかく、一応は雨風くらい凌げる場所がある。そこで雨が止むまで休まないか?」
そこまで言ってハタと気付く。
これはヤバイ。何がヤバいって普通に事案だ。得体の知れない宿無し男が少女を自宅(もどき)に連れ込む。一発逮捕ですね。ありがとうございました。
しかも、性犯罪にあった疑惑のある少女にコレって、流石にデリカシーも良識も無さ過ぎだろ。不味い不味い不味すぎる。
「違くて! 今のは断じて変な意味じゃなくて! えーと!」
ああもう滅茶苦茶だ。どうすりゃいいんだ。
……あ。俺が一緒に居なければ良いだけでは? そうだよ。俺がここで寝て、少女が俺の家(笑)で休めばいい。完璧なトレードだ。これなら何も問題はない…はず。
「つまりは寝床を交換しようって話でさ! 君が俺の家で寝て、俺は此処で寝るという提案であって!」
「……ねぇ」
「あ、はい! なんでしょう! 通報だけは勘弁してください!」
「……貴方は。
む?
何だろう、何かが変だ。何か致命的に嫌な感じがする。
「私、
瞬間。俺は悩まずに即答していた。
考えるより先に口が動いていく。
「今のお前は必要じゃない。これっぽっちも」
「…っ。…………やっぱり」
「……いいか、俺みたいな宿無しに必要なのは日々の糧。要するに金だ」
それは多分、俺の理性の足掻きだった。良心の奮起であった。
捨てられて誰かに必要とされたがっている可愛らしい少女に、「なんでもするから」などと懇願されて。それで俺の中の男の欲が……邪悪で薄汚い欲望が首をもたげたのを感じ取ってしまったから。
「金を稼いでくれる奴なら超必要だ。だが、今のお前はどうだ?」
「今の、私……?」
「こんな所で雨にずぶ濡れ。屋根のある場所へ行って雨宿りしようともしていない」
例え彼女が真にそういう意味で言っていたのだとしても。それでも、それだけは駄目だ。
確かに、時には逃げることも必要だ。俺なんて逃げてばかりの人生を歩んできた。
でも、その逃げ方だけは認めない。その先きっと、永遠に戻れなくなってしまうから。
社会の底辺に居る俺が誰かに出来る事があるとすれば、まだ引き返せる者をこっちに来るなと押し返す事くらいのはずだ。
「このままなら直ぐに風邪をひく。風邪を引けば働けないし、看病も必要だから荷物になるだけだ。必要になんかならない」
だから俺は今、彼女を全力で否定しよう。
きっと今の彼女は冷静な判断が出来ていない。色々な事があって、全てを諦めてしまっている。
自分に価値なんて無いと思い込んでしまっているから、自分を簡単に捨てようと出来てしまう。
「もし必要とされたいのなら、まずは屋根のある場所でしっかり休め。それで落ち着いてから色々と考え直せ」
「……つまり、私が稼げば、私を必要としてくれる?」
「……あれ? そ、そうなる、のかな?」
発言を振り返る。……うん。その読解、何も間違ってないな。
おかしいな。そんな事を伝えたかったんじゃないのだけれど。そのはずなんだけど。
でも、ここで否定しちゃうと話が更に拗れそう。どうしよう。
「じゃあ稼ぐ。どうしたら稼げる?」
「……ぇ?」
やっぱり。何か変な方向に進んでるぞ。
……そもそも、金の稼ぎ方に精通していればホームレスなんてやっていないわけですし。完全に門外漢で恐縮なんて次元ではない。その分野は素人なのですが。
俺が教えられるのはアルミ缶集めくらいだけど、あれで結構な重労働だ。年端も行かない少女にやらせるのは色々とマズイ。
「稼ぐ…稼ぐ、稼ぐ?」
困った何も思い浮かばない。答えを返さない俺に少女も不安そうな顔をしている。万事休す。本当に困った。
「……ん?」
ふと、少女の横にパソコンが捨てられているのが見えた。壊れてしまって処分が面倒だからと不法投棄された物だろう。
その瞬間。何故か唐突に、数日前のホームレス仲間との会話が脳裏によぎった。元はエンジニアだったという“シュウさん”が状態の良いパソコンを拾って修理したという話。売れば中々な値段になるかもと言っていたのを思い出す。
「……んん?」
次いで、少女の足元に捨てられた何かの雑誌が目に留まる。
表紙には『知らないなんて遅れてる! 人気急上昇! 新星VtuberTOP10』なる一文が見えた。
後になって振り返れば、この時の俺は確実にどうかしていた。イレギュラーな事態を前にして、自分で考える以上にテンパっていたのかもしれない。
パソコン、雑誌、少女。その3つの点が俺の頭の中で結ばれてしまった。もう、これしか答えがないと謎の確信があった。
「……なぁ、誰かに必要とされたいんだよな?」
コクリと頷く少女。
「色んな人から求められたい。そういうことか?」
コクリと頷き2回目。
それを見届けた俺は、ついに言ってしまった。
これから始まる物語、その始まりの一言を。
「お前さん、配信者やって見たら良いのでは?」
「はい、しん、しゃ……?」