男性アイドルユニット<ZINGS>の仁淀ユウヤは、アイドルとして人気上昇中に交通事故で亡くなり幽霊となった最上アサヒの幽霊に憑りつかれている。
楽に生きたい、アイドルをする気力に乏しい仁淀はアサヒに体を貸してレッスンを、ライブを代わりにやってもらったり振り回されたりの日々を送る。

ならば。
そんな仁淀にもう一人、アイドルが憑りつくこともあるだろう。
道半ばにして命を絶たれ、現世に未練を持つアイドルの魂を呼び寄せても不思議はない。

そのアイドルはきっと星のように輝く瞳を持ち、誰もが目を奪われる完璧で究極なアイドルに、違いない。

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星クズ☆アイドル

 アイドル。それは輝くもの。

 アイドル。それは魅了するもの。

 ステージの上で笑い、歌い、踊り、ファンに笑顔を届けるもの。

 

 その輝きを目にした者は至上の喜びに震え、アイドルもまたその喜びを受け止めて高みへ上る。

 「偶像」という言葉の意味そのままに、アイドルとはアイドル自身とファンが作り上げる救いの光そのものであれば。

 

 

「はぁ…………だっるぅ」

「にっ、仁淀くん! アイドルがそんな死んだ目しちゃいけません!」

 

 ここに、一人のアイドルがいる。

 名前は仁淀ユウヤ。二人組男性アイドルユニット<ZINGS>の一人。

 小規模なライブハウスでとはいえ定期的にライブを行う程度の人気と、絶世の顔の良さと致命的なやる気のなさを誇る。

 

 そう、「一人の」アイドルである。

 仁淀に話かける声の主は「一人」とは呼び難い。

 

 彼女の名前は最上アサヒ。胸元の大きなリボンのかわいらしさと、活発なパフォーマンスを想像させるノースリーブにミニスカート。アイドルでございと叫ぶような瞳の輝きは今、仁淀の体に降り積もった倦怠の埃を焼かんと燃え上がる。

 

 だが、浮いている。

 両の足が重力を無視して空中にあり、その声は仁淀以外の誰にも届かず、姿も見えず、仁淀の目からしても時折半透明に透けている。

 

 

 最上アサヒ。絶大な人気を誇ったアイドルにして、交通事故で命を失った悲劇の少女。

 命の限りにアイドルだった彼女は、しかし命が尽きてもアイドルだった。未練たらたらだった。

 幽霊として現世にとどまり、アイドルをやる気のなさにおいては他の追随を許さない仁淀に憑りつき、その体を借りてステージに上がるほどに。

 

「無理だよアサヒちゃん。この後さらにライブがあるなんて、俺には耐えられない……! 君だけでもステージに行くんだ……!」

「仁淀くん……っ! って、そんなことしても意味ないじゃないですか! 私には体ないんですよ!?」

「そこはほら、予習とかそんな感じで。割とマジで。……昨日、ライブの近さに体が疼いたアサヒちゃんに乗っ取られてやった自主練6時間がキツくて……」

「う゛っ……! そ、それはその、今日のライブのことを考えてたらつい力が入っちゃって、あはは……ちょ、ちょっと吉野くんの様子見てきますね!」

 

 この会話のありようこそ、二人の関係の縮図そのものだった。

 憑りついてでもアイドルをやりたい最上アサヒ。楽して稼ぎたい仁淀ユウヤ。

 世にも奇妙な利害の一致を見た両者は体の貸し借りを通してアイドル活動を続ける、二人で一人のアイドルだった。

 

 とはいえ仁淀にとってそれが楽で幸福なだけとは言い難い。

 アサヒにとって生きることとはアイドルをするということで、アイドルをするということは頂点を目指すということ。最底辺で生きていきたいスタイルの仁淀にとって時に引きずりまわされるようなその生活は、時に疲労と筋肉痛に苛まれる苦行となる。

 

 なので、仁淀は今日もアサヒを口八丁で丸め込む。

 ライブ直前、ユニットの相棒である吉野が準備をしている楽屋から離れ、自販機前に並ぶベンチに腰掛けため息をつく。

 

 一体、何がどうしてこうなったのか、と。

 

 

「お疲れみたいだね、お兄さん」

 

 そんなときだった。

 聞き覚えのない女の声が頭上から降ってきたのは。

 

 

「ふふっ」

 

 顔を上げれば、そこにはアイドルがいた。

 一目見て、そう思った。

 

 アサヒに憑りつかれ、日々アイドル衣装で過ごす彼女を見ている仁淀だ、見間違えるはずがない。

 きらびやかな色、動きやすそうなデザイン。ノースリーブと手袋とちりばめられたフリルとアクセサリー。日常に溶け込むことなど考えていないそのデザイン、アイドルのステージ衣装であることは仁淀の目から見ても明白だ。

 

 そして何より、その「目」。

 キラキラと輝く、などという常套句では足りない。瞳の奥に星を宿しているとしか思えない、深く眩い輝きが、確かにそこにあった。

 アサヒのそれに、とてもよく似ている。

 

 しかし、顔に見覚えはない。そもそも仁淀はアイドルに興味がないので。

 楽して生活する方法以外の全てに興味がないとも言うが。

 それでも人並み程度には存在する仁淀の中の審美眼は囁いた。

 「目の前にいる少女は、とんでもない美人である」と。囁いたとしても全く興味がわかないのが仁淀という男なのだが。

 

 

「アイドルかー。大変だよね。わかる、わかるよーその気持ち。ライブに収録にインタビューに撮影。売れる前は色々やらなきゃいけないし、売れたら今度は向こうから押し寄せてくるし、休むヒマもないよ」

 

 しかし、仁淀も無関心なら女も無関心だった。

 話しかけているというのに、仁淀の反応を全く気にしている風がない。

 壁に話しているのと変わらないような、独り言か愚痴の類にすら見える。

 

 なんかこいつめっちゃしゃべるな、と思う仁淀だが、声には出さない。

 最近自分の近くにいるのは大体こんなのばかりだな、と己の最近を振り返るばかりだ。

 アサヒがアイドル系の話題で熱が入った時はブレーキのかけようもないし、アサヒに憑りつかれてから出会った人たちもほぼほぼそんな感じだった。

 だから思ったのだ。

 また、その類の人だろうと。

 

 

 その推測は半分当たって、半分外れていた。

 

 

 確かにこの女は「その類」ではあり、しかし「人」ではなかった。

 

 

「お待たせしました仁淀くん! 吉野くんはもう準備で来てるので私、たち、も……。――え。アイ、ちゃん? B小町の……?」

「…………ん?」

 

 その時起きたことを、仁淀は自然と受け入れ数秒後、異常に気が付いた。

 

 アサヒが戻ってきた。それはいい。

 目の前の女の正体を知っていた。アイドルであるという自称が事実ならそうもなる。アサヒはアイドルにしてアイドルオタクだ。

 

 だが、「目の前の女が、アサヒの声に反応する」ということは。

 すなわち、幽霊であるアサヒの存在を認識できるということで。

 

 

「ええええええええええ!? アイちゃんがどうしてここに!? だって、だって……14年前に亡くなったはずなのに(・・・・・・・・・・・・・・・)……!」

 

 

 そういえば、と仁淀は思う。

 目の前のアイドル、アサヒに曰くアイという少女に対して感じた妙な既視感の正体。

 

 アサヒと出会ったときと、そっくりなのだ。

 

 

「へえ、二人とも私のことが見えるんだ? ……あはは。改めて、アイドルの、アイだよ。そして今は、たぶん幽霊。よろしくね、お兄さん」

 

 

◇◆◇

 

 

「14年前に20歳ってことは、生きてたら三十代だな」

「ぐふっ!? そ、そんなに……。私的には、気付いたらこのライブハウスにいたからそんなに時間経ってる気がしなかったんだけどなー」

 

 仁淀の容赦もデリカシーのない一言は、予想以上にアイの精神にダメージを与えたらしい。

 

「し、しっかりしてくださいアイちゃん!」

「ありがとね、アサヒちゃん、だっけ。それにしてもよく私のこと知ってたね?」

「そりゃあもちろん知ってますよ! アイちゃんは小さいころから憧れのアイドルでしたし!」

「小さいころから、かあ……」

 

 目の前に、アイドルの幽霊がいる。そんなトチ狂った状況に出くわしたというのに、当たり前のように双方自己紹介をして認識のすり合わせまでできたのはひとえに経験の賜物と言えるだろう。

 アサヒに憑りつかれ、ライブやレッスンを代わってもらい、四六時中一緒にいる仁淀にとって、別に今更驚くほどのことではなくなっていたのだ。

 

「そ、それよりアイちゃん、どうして今になって……? 私みたいに、アイドルに未練があったんですか?」

「どうかなー。未練があったのだとしても14年も経って初めて気付くっていうのもおかしな話だし」

「14年もって、一体何があったんだ……?」

「…………私もニュースくらいでしか知りませんけど、たしかドームライブの日にストーカーの人に襲われた、って」

「そうだよー。家にいるときにナイフでお腹をぐさっとね」

「ああ、それは怖いな。俺も部屋に帰り着いた瞬間に斬られかけたことがある」

「仁淀くんそんなことあったんですか!?」

「ペンライトで」

「ペンライトじゃ斬れないと思うなー」

 

 仁淀ユウヤ、やる気のなさが妙な包容力として機能することがある男である。

 

「ユウくん! そろそろライブはじまるよ!」

「ああ、もうそんな時間か……よし、頼んだぞアサヒちゃん!」

「ま、またですか!? まあいいですけど……」

「ライブ……?」

 

 そして、そんな仁淀とアサヒの関係はまさにアイドルとしてつながっている。

 ライブのたび、レッスンのたび、アサヒが仁淀に憑依して体を操り代理を務める。

 アイドルをやりたくない仁淀と、死してなおアイドルをやりたいアサヒの偶然の出会いによって生まれた関係だった。

 

「そうです! 私と仁淀くんと、そして吉野くんのライブ! ……よかったら、アイちゃんも見てくれませんか?」

 

 それが、最上アサヒの生き方だ。

 アイドルに憧れ、アイドルとして生き、死してなおアイドルたることをやめない少女。

 アイドルの魅せる輝きは、全ての人を救うと信じてやまないから。

 

「へえ。面白いアイドルだね、二人とも。せっかくだし、見せてもらおうかな」

 

 アイを誘って、ステージに上がる。

 

 

◇◆◇

 

 

 星野アイは、死後の今が、地獄に落ちた結果なのだと理解した。

 

 そうもなるだろう。

 アイドルになり、愛してると嘯いた。愛など少しも理解できていなかったのに。

 子を授かり、秘密裡に産み、公表しなかった。

 それをファンが知れば、殺してやろうと思っても不思議ではない。その報いが死であることは納得できる。

 その死の後にたどり着く場所が、地獄でなくてなんだろう。

 

「みんなー! 楽しんでますかーー!!」

 

――ウオオオオオオオオオ!!!!

 

 男性アイドルのライブという現場であり、ファンは女性がほとんど。だというのにどこか野太くすらある歓声が会場中にこだまする。

 アイは、いまや幽霊。空間にも重力にも捕らわれず、アサヒがそうするのに習って空中を漂いながらライブと観客の様子を見ている。

 

「吉野くーーーーーーん! かわいいーーーーーーー!!」

「仁淀くんっ!!! 今日は生きてるね!!!!」

 

 おそらく仁淀担のファンが叫ぶ言葉に、まるで普段は死んでいるかのような物言いだと首を傾げながらライブを見る。

 吉野と呼ばれている青年は爽やかでどこかかわいらしく、ファンからは弟のようにかわいがられている様子が窺える。

 対して仁淀は……と言っていいかは微妙なところだ。なにせ、実際に体を動かしているのはアサヒなのだから。

 アサヒが憑依し、歌もダンスも担っている。

 そのパフォーマンスは圧巻で、会場と一体になって楽しませる、楽しんでいるということが伝わってくる。

 

 その姿が、笑顔が、歌に込められた思いが。

 アイが長くはない人生全てを賭して追い求めた「愛」に溢れていることを見せつけられる。

 

「……アサヒちゃん、ずるいなあ」

 

 最期の瞬間、子供たちに愛していると伝えられた。その言葉は嘘ではなかったと信じられる。だがそれが、あまりにも回りくどいものだったとは思う。

 生まれながらにして、当たり前のように誰かを愛し、それを伝えられる人がいるのだと。それを目の当たりにして平静でいられるほど、アイの精神は成熟していなかった。

 

「っはーっ! 楽しかった! アイちゃん! どうでしたか、私の、私たちのライブ!」

「――うん、すごく良かったよ」

 

 ライブを終え、仁淀の体から離れて声をかけにきたアサヒは笑顔だった。

 ファンに向けていたのと同じ、掛け値なしの幸せそうな心からの笑顔。

 

 ただありのまま、嘘なくアイドルをしているのだと、愛しているのだと、思い知らされる。

 

「ほんとですか!? すっごく嬉しいです! ……そのぅ、あのですね? もしよかったら……本当に、もしもそんな気が少しでもしたら、でいいんですけど!」

 

 何か言いたそうなアサヒから目を背けるためにステージを見ると、仁淀が吉野とともにMCをしていた。

 アサヒが抜けたことで生来の光が宿らぬ目に戻り、やる気のかけらも感じられない生気の抜けた声と塩対応っぷりはアイやアサヒ以上に死人のようだ。

 

 なお、仁淀担のファンたちは神対応と塩対応の交互浴に晒され心臓発作を起こしたり整ったりしているらしく、そこかしこで悶え苦しんでいる。

 そんな予想外の現場を眺めながらも、アイは次に言われる言葉が半ば想像できていた。

 

「アイちゃんも、ステージに上がりませんか!?」

 

 そう来るだろうことは、アサヒの目を見れば明らかだから。

 アサヒにできるのなら、アイもまた仁淀に憑依して体を借りることができても不思議はない。そうなるとわかっていて、いざそうなってもはぐらかそうと思っていた。

 アサヒのライブをその目で見るまでは。

 

「――そうだね。せっかくだから、やってみようかな」

 

 人の体を借りる罪悪感も、そうしてライブを乗っ取ったも同然になることに対する申し訳なさも、アイにはない。

 嘘はアイ。アイドルとは愛と嘯きファンへと語るものだから。

 

 たとえ内心に渦巻く感情が八つ当たりだったとしても、アイドルを全うするなら許されるはずだ。

 

 

 このやり取りが、誰に知られることもない真相である。

 この夜行われたZINGSのライブ2曲目が伝説となる、その裏の。

 

 

◇◆◇

 

 

 歌声が響く。ライブハウスならば当然のことだ。

 ダンスとともに、ユニットの相方とともに。

 

 だがその時その瞬間、世界の中心は間違いなく仁淀ユウヤだった。

 

 やる気のない最初期からのスタイルではなく、ならば神対応を常とするモードかといえばそうでもない。

 本気で歌っていることは間違いない。仁淀の顔の良さにそれなり以上の歌と踊りが合わされば、それだけでファンは悶え狂うもの。

 

 なのに、今は、誰もが心を奪われている。

 オタクの本能でサイリウムを振りながら、しかし歓声を上げる余裕もなくステージを見上げる。

 

 完璧、だった。

 まるで引力のように、目が離せない。そのパフォーマンスをひとかけらも見逃したくないと心が叫ぶ。

 

 目が合ったファンは、幸か不幸か。

 そのことに気付いた仁淀が笑う。ウィンクをする。

 ただそれだけで、その魂に焼き付いてしまう。

 

 夜空のように深い目が。

 その奥底に輝く、星のような輝きが。

 

 

 

 

 (スタァ)は、夜のように暗く沈んだライブハウスの中を照らしつくす。

 

「すごい、アイちゃん。――でも、私もっ」

 

 そしてその輝きが、次の光を生みもする。

 

 

◇◆◇

 

 

「な、なんなんだ今日の仁淀くんは……!?」

「死仁淀とも、神仁淀とも違う……! あの瞳の輝き、星仁淀だ……!」

 

 星仁淀、という生まれたばかりのその言葉がさざ波のようにファンの中を駆け巡る。

 納得しかない。あの目を見れば、誰もが夜空に輝く一等星を思うだろう。

 

「元々の顔の良さに加えて神仁淀と星仁淀のパフォーマンス……! 完璧で究極のアイドル……ってコト!?」

 

 しかし、それは同時に。

 

「でも、ZINGSっぽくはなかったかも……」

 

 他に並び立つ者を許さないということをも意味していた。

 

 ZINGSは仁淀ユウヤと吉野カズキの二人組アイドル。

 気力が死んでいる仁淀を吉野が介護する健気な姿に、ZINGSファンは何度世界平和の可能性を見たことか。

 仕事で、人間関係で、日々辛いこともあってもZINGSのライブに来れば人は助け合えるのだと信じられる。それがZINGSファンなのだ。

 

 しかしその果てが、コレなのだろうか。

 確かに仁淀と吉野の二人はアイドルとして高めあってきた。成長してきた。

 その結果があのようになるというのは、と。

 ファンたちは、ファンなればこそそう不安を覚え。

 

「いや……見ろ、お前たち!」

「河川敷さん!」

 

 その不安を切り裂いて、サイリウムの光がステージを指す。

 

 限界仁淀オタ、河川敷。

 ZINGSを愛し、仁淀に狂うこの女は滂沱の涙を流しながらもステージから目を逸らさない。

 

 そこには、再び歌が始まったステージが。

 一目でわかる、2曲目とも違う再びの神仁淀が。

 

 観客を見て、歌を楽しみ、ダンスに喜び。

 

「――!」

「っ!」

 

「あっ、あれは……!」

「吉野くんへのアイコンタクト、だと……!?」

「見た!? それに応える吉野くんの嬉しそうな顔ッッッ!!!」

 

 吉野とともにステージを作る。その気概に溢れた、「ZINGSのライブ」がそこにはあった。

 

「仁淀くんの熱意が伝わってくる。まるで、1曲前の自分すらライバルと見なすかのようなあの姿……! 仁淀くんは、進化を止めていないんだッ!」

「完璧で究極なアイドルすら超えていく……! まさに最強で無敵のアイドル!!」

 

 そして勝手に盛り上がる。

 それがオタクの宿命で、盛り上がったのならば今日この場に参じることができなかったファンたちのために熱の入ったレポで布教する。そういう生態を背負っているのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「やるじゃないか仁淀! いよいよちゃんとアイドルやる覚悟を決めたのか!」

「はあ、まあ……」

「やっぱり気のせいかお前えええええええ!」

 

 ライブ後。

 楽屋を訪れたのは所属事務所である信濃芸能社長たる信濃ヒトミ。

 そんな社長からの称賛を、いつもの通りに聞き流した結果シームレスに叱責へと移行する仁淀がそこにいた。

 ネクタイをつかまれがっくんがっくんと首を揺らされるがままになっているのは、抗うことすら面倒だから。なんだかんだ既に長い付き合いのアサヒは理解して目を覆い、アイは目を丸くしている。

 アイの知るアイドルなら、こういう扱いはそうそうされない。なんだかんだと芸能界は奥が深い、と妙な感心をしていた。

 

 

「はぁ、はぁ……! それはさておき、お前たちに次の仕事だ! 合同ライブだぞ!」

「わあ。以前Cgrass(シグラス)さんたちと一緒にやったイケメン産直市みたいなイベントですか?」

「うげっ……」

 

 社長が現場を訪れたのは、何もヒマだったからでも仁淀にヤキを入れる為でもない。後者は目的の内でもあったのだが、本題はもちろん仕事の話だ。

 昨今活躍の場が増え、吉野が喜び仁淀が嫌がるZINGSの次なる目標となる、様々な事務所のアイドルが一堂に会するイベントだった。

 

 なお、仁淀は仕事のめんどくささ以上にイヤそうな顔をしている。

 吉野が口にしたCgrass、イケメン産直市といえば忘れられない思い出なのだ。

 主に、Cgrassのリーダー瀬戸内ヒカルに闇討ちされかけた件で。

 

「ああ、そうだ。しかも勢いのあるアイドルばかりが揃っている。そんなイベントにオファーが来た。内容次第ではさらに次にもつながるだろう。気合入れて行けよ! ……特に仁淀ォ! お前がな!」

 

 仁淀、既に心を閉ざして現実逃避の構えになっているが、それを無理矢理現実に引き戻すことができる社長だからこそZINGSは今日まで続くことができたと言える。

 

 だから、吉野にとっても慣れたもので。

 苦笑いを浮かべながら、どんなイベントでどんなアイドルが参加するのか気になって社長が持ってきた企画書をめくり。

 同じくアイドルと聞いては黙っていられないアサヒも吉野の後ろから覗き込み。

 せっかくだからとアイもまた首を突っ込んで。

 

 

「――B小町?」

「……あっ!」

 

 アイにとって、決して忘れられない名前を目にした。

 

「アサヒちゃん、知ってるの?」

「……はい。すみません、アイちゃんにいきなり伝えるとショックかと思ったので……」

 

 B小町。

 アイが生前所属していたアイドルユニット。

 死後も解散しなかったとしても不思議はないが、14年も続いているとは考え辛く、実際にメンバー3人の顔触れも全く異なっている。

 

 一人は、有馬かな。かつてわが子の一人とともに映画で共演した。

 もう一人は、MEMちょ。ガチで知らない。

 

 そして最後の一人。

 

「星野、ルビー……」

「は、はい。最近すごく人気です。――眼差しが、アイちゃんに似てるって」

 

 その顔を、見間違えるはずがない。

 14年分の成長を経ていてもはっきりとわかる。

 

 その目元、その笑顔。

 死の間際にも想っていた。

 

 誰より愛するアイの娘。

 

 星野ルビーがそこにいる。

 アイドルとなって。

 アイのグループの名を継いで。

 

 そして、このままいけば仁淀と、アイが体を借りることのできるアイドルと同じステージに、立つ。

 

 

 アサヒは、アイのことを心配した。

 自分が死んだあとのグループのことを知り、どう思うかと。

 だから言い出せず、こうして思いもよらず知ることになってしまって。

 

 だから、恐る恐る様子を窺うと。

 

「――へえ、そうきたか」

 

 アイは、笑っていた。

 ステージの上で魅せるものよりさらに、蠱惑的に。

 瞳の中で輝く星が、蕩けるように。

 

 夢と理想のその先が、今まさに手の中へ転がり込んできたとでも言わんばかりの幸福を抱きしめて。

 

 

「ねえ、仁淀くん。このお仕事、私にさせてくれないかな。いいでしょ? アサヒちゃんにも代わってもらってるみた……」

「いいぞ」

「即答!?」

 

 

 地獄だなんて、とんでもない。

 星野アイは、死後の今、天国に召されたのだと理解した。

 

 命を落とすその間際、アイは嘘ではない愛を手に入れた。

 その時、走馬灯のように思い描いた未来の姿。

 息子は、アクアは役者になるかもしれない。

 娘は、ルビーはアイドルになるかもしれない。

 そしていつか何かが上手く言ったら、親子共演なんてできたらきっと楽しいだろう。

 

 二人はどんな大人になるだろう。大人になったその姿を、幽霊としてでも見られるならば。

 

 そのステージに、共に立てるのならば。

 

 この魂、悪魔に売り渡しても構わない。燃え尽きたとしても悔いはない。

 嘘にまみれた生の果て、こんなにも幸せな終わりの先。

 

 アイの言葉は淡々と。しかし瞳は燦々と。

 

 仁淀とアサヒ、二人のアイドルとともに行くことを、強く強く決意した。

 

 

◇◆◇

 

 

「うーっ、イベントのライブって普段とはまた違った緊張があるねえ~」

「そうね。現場によって空気が違うわ」

 

 ライブは既に始まっている。

 複数のグループが目まぐるしく入れ替わるこのイベントにおいて、ステージの脇で複雑に残響する歌声と歓声を聞きながら自分たちの出番を待つ緊張感は、アイドルとして既に何度もステージに立っていても慣れないものだ。

 B小町のMEMちょは落ち着きなく手足を揺らし、有馬かなは豊富な経験の中にもなかった新種の現場に慣れようと呼吸を整えている。

 

「そうだねー。男性アイドルもいるごった煮イベントだから楽しみ!」

 

 そして。

 星野ルビーはきらめいている。

 アイドルをできる喜びに。願って願ってやまなかった道の上にある幸福に。

 未知へのワクワクと周囲の熱に浮かされて興味津々の様子でステージ裏の隅々にまで目を配り。

 

「次、ZINGSさん出ます! 通りまーす!」

 

 予定の上では自分たちの前にパフォーマンスを披露する男性アイドルユニットが来るとわかり、せっかくだから芸能人らしく軽く声をかける程度でも挨拶をしておこうかと目を向けて。

 

 柔らかな物腰でどこかかわいらしい男性と、背が高く少なくとも顔はいい二人組がステージに向かう様子に口を開き。

 

「――よく、見ててね。ルビー」

「……………………え?」

 

 ZINGSの片割れ、仁淀から先に声をかけられたこと。

 自分の名前を知っていたこと。

 その呼びかける言葉の響きの言いようのない懐かしさに、ルビーの心は捕われた。

 

 

 伝説のステージが、始まる。

 

 

◇◆◇

 

 

 その日、ネット上にSNSのまとめ記事が踊った。

 曰く「B小町の星野ルビー、男性アイドルにバブみを感じてオギャり散らかす」と。


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