最愛の幼馴染へ 作:有馬かなを幸せにし隊
『男と男の約束』
「ったくいきなり倒れやがって……ほら水飲め水」
「……悪い」
休憩室までアクアを運んだ俺は、さっき辿り着いた……辿り着いてしまった答えを振り払う様に軽い調子で話していた。
こういう時適当に話せる相手がいるってのは多少でも気持ちを誤魔化せるから助かるってもんだ。
それが所謂『当の本人』なのはどうにも気に食わないが。
「謝られるより感謝された方がまだマシだアホ。んで、なんで倒れたか……って聞くのは野暮だな」
「少しなら」
「ん?」
「全部とは……言わない。だが、なんで倒れたのか。少しなら話せる」
元より本気で聞く気は無かった。
人には言いたくない事、聞かれたくない事の一つ二つは誰しもが持っているものだ。
ならばそこに踏み込むというのは、大きな責任を伴う。
迂闊に聞いて無責任に放り出すのはいくら好きでない人間相手でも人間としてデリカシーや常識が無さすぎる、ならば何も聞かない方が余程マシだ。
だが、コイツは『少しなら話す』と言ってきた。
その意味が、俺はイマイチ分からないでいた。
「まあ……どうしてもこの俺様に話したいってなら聞いてやらんでもないが? 俺様に話せるような軽い内容でも……」
「決して軽い内容という訳じゃない。だが、無道にだから話したいと思った」
「……俺にだから?」
――俺にだから話したい。
そう言われ、思わず怪訝な表情になる。
俺とアクアとは付き合い自体は長い、それこそ子役時代からずっと途切れてないのだから10数年の付き合いがある。
だが直接関わり合いが濃かったのはかなの方だし、俺との関係性は腐れ縁の様なものだ。
それに元より気に入らない相手という認識で接してきたのだから当たり前だ。
そんな相手が指定してきた、どんな意図があるかなんて読めやしないが……
「頼む」
「はぁ、分かった分かった。聞いてやるよ」
あまりにも真剣な目をされては、断れなかった。
「……俺は、感情というものの起伏が少ない。だから自分の中にある感情を自覚も出来ていないしコントロールも出来ちゃいない」
それは俺も分かっていた。
初めて会った時から大人びて、妙に全てに対して達観していて、諦観していて、そんな目を、演技をしていたから気に入らなかった。
ただ、そうして自虐されて返せる程今の俺に余裕は無く流されるがままに聞いていた。
「だから……有馬が死んだらって、想像したら。恥ずかしい話……吐き気が。それが全部って訳じゃないが」
「ちょ……お前マジ?」
だと言うのにこの男は……どうしてそこでそう、意外性出してくるかね。
ええ? 俺様と同じ理由? オイオイこの野郎は……
「……自分の中で有馬がここまで大きい存在になってるとは思わなかった。気軽に話せる仲だとは思ってたがな」
「え~、お前素直なとこあんじゃんかよ!! ったくよ〜、それって恋愛感情か? ん? ほれほれ言うてみ言うてみ」
だが、だとしたら俺様のこの気持ちは尚更除外すべきだろう。
必要なのは『かなの幸せ』だ、それが最優先されるなら『こんなノイズ必要無い』のだから。
「……分からない。アイドルとしては……一番好きだ、断言する。友人としても、多分一番好きだ。だけどそれ以上は分からない。……分かってはいけない」
「なーるほど……最後なんか言ったか?」
「なんでもない。あとだな……お前にだから、無道にだからこんな話をしたのであって、他人には……特に有馬本人には知られたくない。秘密にしといてくれ」
「ふーん……ま、最推しにゃカッコつけたいってやつだな、わーったよ。アクアにもそんな感情あったとはなあ。つーかお前、アイドル意外と好き?」
「嫌いでは無い」
「マジでか?」
「マジだ」
恋愛感情かは分からない、ねえ。
それを聞いて不満な気持ちと嬉しい気持ちが混在してしまう自分に呆れてしまう。
俺の気持ちは必要無いって言ってるだろうに。
しかし意外な面を見られたな、アクアがかなに対してそこまで大切な存在だと自覚したとは。
更にアイドルとしては推しとまで断言した。
あーあ、かなに言えば大喜びするだろうにこれが言えないとはねえ。
ま、男と男の約束を違える程俺様は腐っちゃいねえがな。
「……さてと、んじゃ俺は戻るわ。お前はゆっくり休んどけ」
「ああ。ありがとう……助かった」
相当心労にダメージが溜まっていたのか、俺様が部屋を後にしたと思った瞬間には既に寝息が聞こえていた。
……どんだけ辛い想いをしたら、あの一言で倒れられるんだ?
そうとは聞けなかった。
明らかに異常なのは分かっていた、たったアレだけで倒れるはずが無い、何かがおかしい事なんて話を聞けば一目瞭然だった。
「そんでも、聞いちゃいけない事だろうからな」
俺様も一服してから帰るかな。
自販機で適当にジュースを買って、ベンチで息を一つ吐いた。
「アイ……」
「――アイ」
黒川あかねは静かに、それでいて驚愕に目を見開きながらそう呟く。
無道和也が退室し数分、アクアの保護者代わりとしてきていた五反田と話していた彼女はアクアの元へと向かい、彼とすれ違い様に
『今アイツ寝てっから、ちょっくらあかねちゃんが傍にいてやってくれ』
と言われたのもあり魘されている彼の傍で手を握っていた。
だが、星野アクアは魘されている最中そう呟いた、『アイ』と呟いた。
それが何を意味しているか、プロファイリング、トレースを神憑りの領域で行える彼女が察するのに時間は掛からなかった。
「アクアくんが信仰する、元B小町エースアイドル」
「アイはアクアくんと同じ事務所で、同じくアイドル活動をしている妹さんはかなさんとMEMさんと共に『B小町』を復活させた」
「兄妹共々アイに強い執着」
「心的外傷」
「星野アクアが子どもの頃に患ったトラウマ」
「カウンセリング」
「アイの交通事故」
「――事故では無い可能性」
「兄妹が星野姓を使用する理由」
「同居している『苺プロ』の代表の名前は斉藤壱護」
「里親制度」
「実父」
「――アイの苗字は公表されてない」
――もしも、このプロファイリングが合っているのだとすれば。
あかねは、想いを巡らせる。
それはどんなに辛く、苦しい事だっただろうか……
「………………どういう、事だ?」
一服し終え、息をもう一度吐いて稽古場へ戻る途中興味本位でアクアとあかねちゃんがどうなってるか覗いてやろうというちょっとした野次馬根性が働いた。
あんまりそういう事をするのは宜しくないのは知っているが、この複雑な気持ちがどうにも落ち着かせてくれず思わず覗いてしまった。
――そして、そこで聞いてしまった。
「あかねちゃんの凄まじいプロファイリング・トレース能力は知ってる」
「だが、なんでだ……なんでアイとアクアを関連付けた……」
あかねちゃんが一人、寝ているアクアにとてつもない勢いでプロファイリングしている様子を。
『アイ』という単語を使っている様子を。
『兄妹が星野姓を使用する理由』
『実父』
『アイの苗字は公表されてない』
他の話も薄々は理解した。
しかしこの3つが意味する事の重要性に気付いた瞬間、『それがどう言う事なのかを本当の意味で強制的に理解させられた』。
まだバレて無いはずだとソッと外して良かったと動悸が止まらない身体を無理矢理動かし思い返す。
「……だって計算が合わないだろ」
誰もいない薄暗い廊下で呟く。
「そうなると……妊娠が16歳で……アクアが今高一で……アイが……じゃああの休止は体調不良じゃなくて……確かに全ての辻褄は合うが……だとしたら父親は……?」
本来なら『有り得ない』と一蹴すべき事だ。
それでも俺が一蹴出来なかったのはさっきアクアと話していたからだ。
『どれだけ辛い想いをしたら、あの一言で倒れられるんだ?』
この疑問との辻褄が、全て合ってしまう。
アイが母親だとするならば、その事故現場を見ていたとしたら、大切な人の死を大きく感じる出来事があったとするならば。
「だとしたら『かなを大切な人として見ているアクアなら倒れてもおかしくない』」
否定出来なかった。
そして俺は、もう一つの可能性を過ぎらせてしまった。
今の今まで忘れていたのに、このタイミングで思い出してしまった、あの言葉。
『ところで社長、恋愛と言えば社長が女好きな噂を良く聞いてるが……その辺正直なとこどうなんです?』
『……まあ、そうだねえ。若い頃は沢山やらかしたかなあ……勿論責任は取れるだけの事はしたけど大体の噂は本当かなぁ……はは』
ウチの社長、カミキさん。
あの人は若い頃女性関連でやらかしていたと聞いた。
いや、それだけなら思い出さなかったかも知れない。
しかしどうしても思い出さなければならない『噂』があった。
『――あの社長、10代中盤でどっかの女の子孕ませたって聞いてさ。どこの誰かは知らないけど教えてくれたんだよ、これトップシークレットだから誰にも言うなよ?』
もしもこれが本当だとすれば……
「アイが妊娠した時期と合致する……いや、いやいや……まさか……まさかそんなはずは……」
俺が稽古場に戻ったのは結局、ここからもう10数分後の事だった。
無道和也
複雑な想いが重なり合った上に事故であかねちゃんのプロファイリングを聞いて色々と察してしまい、更に自分しか知らない情報と組み合わせてしまい真実に辿り着いてしまった名探偵
なお言った場合ただの起爆スイッチになるもよう
黒川あかね
安心安定の名探偵あかねちゃん、この後アクアに子守唄を歌ってあげていたらしい、聖母かな?
星野アクア
ダメージ蓄積や昔馴染みとの会話で気が緩んでつい本音を喋ってしまった自爆戦犯
本来誰にも言わず気付きもしなかったはずのかなへの気持ちを恋愛面以外は明確に自覚するという快挙を達成、なお本題の恋愛面