短編1話完結。
座して深く頭を下げる。止まる空気を感じてから顔を上げた。竹中半兵衛の所作には、自然と知性が見出される。
肩ひじをつき、不遜な態度で半兵衛を見る斎藤義龍も、対面すると、手放すには惜しい家臣と思った。
「お目通りお許し、ありがとうございます」
稲葉山城天守閣。織田と決着が近付く斎藤の本陣に、半兵衛は会見を申し入れた。
「いまさら何用かと思ってな」
わずかに笑う。少しだけ見えた歯が、刃のように光った。
「やはりこの城は織田に渡したいか?」
「元より私は、稲葉山城を奪ったとは、思っておりません」
当時、義龍の軍師を務めていた半兵衛は、わずかな手勢で挙兵。稲葉山城を占拠した。謀反かと思いきや、半兵衛は義龍に城を明け渡し、返還する。自身は家臣の責として隠居した。
「霊石などという外法を用いずとも、戦はできるのです」
諫言だった。
義龍は武力を拡張するために霊石を集めた。家臣と民の命を糧に、妖怪が増える。美濃は衰退していた。
「外法、か」
そばに置かれた霊石を手に取る。
「生命の石で戦う俺と、生きた人間を戦わせるお前。どれほど違う?」
「さほどの違いは……ございません」
半兵衛の顔が曇る。
「戦争は殺し合いです。いかようにしても、多くの命が現世を去ります。ですが、いえ」
半兵衛の明晰をもってしても言葉に詰まる。兵法に正道を求めると、辿り着く葛藤。
「だからこそ、見失ってはならないものがあると、考えます」
「命は命。死は死であろうよ」
義龍は霊石を見た。石に映る顔と目が合う。虚ろな瞳が、不意に赤く光った。
奇妙な光景を見回す。
「また、この夢か」
霊石に触れていると、意識が途切れる瞬間がある。自身の瞳に吸い込まれる。日ごとに増えていた。曇り空の下で、覚えのない風景が切り貼られている。荒波と船。燃え上がる城門。ただずむ山林の峠。
現れる錫杖の男、果心居士。義龍はその名前すら知らないまま、たびたび対峙していた。
「お前も飽きないな」
刀を抜く。天守閣では着ていなかったはずの鎧にも、違和感はない。
果心居士は錫杖を太刀に見立て、薙ぎ払う。二度、三度。弾き払う義龍を、切り刻もうと振るわれる。
間合いを詰めて防いだ。振り切った胴が眼前に来る。根本深くまで刀を突き刺した。
「今日で終わりだ。俺は信長と戦うんだよ」
霊石の悪夢は、吹き飛ばして力にする。父親の斎藤道三からも殺して奪い取った。道三はなにを追い求めていたのか。その先に誰がいるのか。知りたかった。
蝮を喰らう龍になる。
家臣を失い牙が生まれた。民を苦しめて角ができた。国が荒れるたびに爪が鋭さを増す。狂気すら超えて、人は龍になろうとした。
果心居士の姿が消えた。かすれた荒魂が四散する。
刀を下ろそうとした義龍に、風より小さな音が聴こえた。空中。荒魂が集まり、再び果心居士が姿を現す。構え直し、見上げる瞬間、気付く。囲まれていた。
数えきれないほど分身した果心居士が、義龍に襲いかかる。上空から背を貫かれた。追って四方から、次から次へと、錫杖を突き刺してくる。
ひざをつく。際限なく続く痛みも、すぐに感じなくなった。
手から霊石がこぼれ落ちた。
「義龍、様?」
天守閣に戻る。稲葉山城に流れた時間は、わずか一瞬。立ち上がろうとした半兵衛。畳に落とした霊石。
義龍は笑った。
「俺を案じてどうする」
意識は明瞭だった。感覚も研ぎ澄まされている。今までにない力が、全身に満ちていた。
「話は聞いているぞ。織田に士官したそうだな」
「信長様ではなく、興味深いご縁ですが、間違いではございません。今は織田方におります」
「あの時とは違う。稲葉山城も、俺も」
義龍は織田信長との戦いを前にして、稲葉山城に大幅な改修を加えた。
地形にも手助けされた堅牢な城塞。より強固になって、織田軍を阻む。どこからか奇妙な技術も導入していた。いかなる侵入も許さない。
「もう、他の道はございませんか」
「たった今、なくなった」
真に離別する瞬間。半兵衛は義龍に言う。
「来る稲葉山城攻めには、私も参加します」
「同じ手が二度も通用するとは思わないことだ」
「同じではございません」
そこにいるのは、斎藤家の武将と、織田家の軍師。
「稲葉山城の天守閣まで、ある一人を差し向けます」
「一人、だと?」
義龍の顔がこわばる。
「適任者を選出して、仲間と計画を立てました。これ以上は申し上げられません」
沈黙が、すなわち話の終わり。
「最後に」
ともに最後となる会話。
「深芳野様については、その後ご存知でしょうか」
「知らんな」
一言に万感をこめる。
「俺に斬られたい奴がいるなら、ここまで連れて来い。来れるものならな」
感じられた。天守閣で戦う。同じ命を抱えて生まれ、血と名を分けた。道が重なる時が来た。
因果の邂逅は近い。