僕の嫌いな一番星 作:アクア幸せになれbot
なんだか、遅い?
ドームライブ当日の朝。出発に向けて支度をしていると突然インターホンが鳴った。
すぐに出ようと思ったけど、タイミング悪く私はルビーの手伝いをしていてどうにも手を離せる状態じゃなく、隣のアクアも着替えをしようとしている最中だった。
全く忙しいのに、こんな朝から一体誰が来たのか。そんな風に心の中で悪態をついて、来客が誰なのか考えた。心当たりのある人物は二人しかいない。
「ああ、もしかして社長たちかな」
このマンションのことを知っているのは子供たちを除けば社長とミヤコさんと、そして昨日やって来た弟しかいない。その弟は今隣の部屋にいるし、唯一例外があるとするなら郵便や宅配便だけど、何か荷物を頼んだ訳でもないのでこれも違う。自然とその答えに行き着いた私は思わず言葉を漏らしていた。
いくら私たちのことを知っていて、味方してくれている社長たちでも待たせてしまうのは流石に気が引けた。なので、申し訳なく思いながらも昨日と同じように弟にお願いすることにした。
二つ返事で行ってくれて、そのことを嬉しく思って、気付けば既に数分が経っている。
やっぱり、遅い。
昨日社長を出迎えてくれた時はこんなに時間はかかっていなかった。仮に業者の類だとしてもすぐに私を呼ぶ筈。
何かのトラブル?お隣さんからのクレーム?子供の騒音……ではないだろうから、昨日の社長の馬鹿騒ぎのせい?
いろんな事が頭に浮かんでは消えていって、そうしているうちに私はいつの間にか手を止めてしまっていた。
「ままあ……?」
私に呼びかける声に思わずハッとして、眼の前の小さな女の子に意識を向ける。
瑠美衣。ルビー。あの子の次に出来た、私の大切な、大切な宝物。
この子を産んで暫くの間、もう一つの宝物と見分けさえつかなかった。人の名前をなかなか覚えることが出来ない私は、お腹を痛めて産んだ我が子達さえもそうなのか、自分の子供のこともきちんと愛せないのかと内心自分自身に失望感のようなものを抱いていた。
それもある時を堺に無くなった。まだ赤ちゃんだった二人のヲタ芸がSNSで大バズリした、あの販促イベント。ステージから見えた二人がとんでもないくらい可愛くて、とても■■■くて、これが私の求めていたモノなのかもしれないって思えて、これならきっと私が本当に欲しかったモノを手に入れられるって思えた。
あの日、あの時、あの瞬間に私は失ってしまった。家族も、■■も何もかも。
だから取り戻す。その為に私は──
「なんでもないよー。ほらルビー、早く着替えよう?」
思考に沈みそうになる頭を切り替えてルビーに着替えを促す。家を出る時間まで余裕があるとはいえ、やることは早くやってしまいたい。時は金なりなのだ。
「まだねむぃぃぃ……ままぁ……あと、もうちょっとぉ……」
「ダーメ。それじゃ何時までも起きられないでしょ?ほーら、早く着替えて、お顔洗って朝ご飯食べなきゃ」
「ャぁぁぁー……」
今日のお姫様はなかなかに強情らしい。眠気眼でしがみつきながら顔を私の胸に埋めている。どうやらいつにもまして甘えん坊になってしまっているようで(思えば昨日から?)、こうなると本当に何時までも起きられないかも分からない。いつもならこんな朝弱い子じゃないんだけども。
娘をどうにかして目覚めさせて支度しなければならない。しかし弟の方も気になる。どちらともするには今は少し都合が悪い。分身なんて出来ないのだし。
「まったくこいつは……」
ふと既に着替え終わって呆れた目で妹を見るアクアが目についた。アクアも気が付いたのかこちらを見る。視線が合ったので、じっと目を見てにっこりと笑顔を浮かべてみる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
まるでにらめっこである。別に睨んでるわけではないのだけれども。寧ろニコニコと微笑んでいるのだけれども。何故かこの状況を崩したら負けな気がしてきた。
果たして、ちょっとしたこの勝負は私に軍配が挙がった。
「……ハァー……分かった。ルビー見てるよ」
「アクアありがとうー!流石私の息子!」
「何がだよ」
本当に、ほんっとうに渋々といった様子で溜息を吐いてアクアが答えた。クールぶっていてぶっきらぼうな感じを見せていても、なんだかんだで私には弱いのだ。当に母は強しである。
それにしたって、本当にアクアは私のことが好きだ。お母さんっ子に育ってくれて母親としてとても嬉しい。嬉しいので、ついハグをしてしまう。するとみるみるうちに顔が赤くなっていく。恥ずかしがり屋さんめ。
熟れた林檎のように真っ赤な息子に、じゃあルビーを任せたと言って弟が居る玄関の方へ向かう。
ドアノブを握って扉を開くその直前に昨日のこと、そしてさっきのことを思い出す。
短いながらも久しぶりと柔らかい表情で告げてくれた。
ルビーの相手をしている間に、アクアの相手を──序にミヤコさんの相手も──してくれた。
どうしても手を離せなかった夕方の社長の出迎えもやってくれた。
直接会話する機会は少なかったけど、私たちがリビングで寛ぐ間も優しく見守ってくれていた。
今日の公演のチケットを受け取ってくれた。
朝早くから迎えに来た社長たちの応対も、二つ返事で行ってくれた。
嬉しい。ただ、嬉しいんだ。
一緒にいた時間よりも、とっくに離れ離れになってしまった年月の方が長くなってしまっていた。
不安だった。今更迎えにだなんて、そう思われたらと思うと怖くて仕方がなかった。迷惑だと思われるかもしれないと考えただけで、震えが止まらなかった。
お母さんが私たちのことを愛してなんかいなかったなんて、そんなことはとっくに分かっていた。
だからこそ、どうしても私が抱くこの気持ちが本当は全く違うものなんじゃないかって考えてしまう。
誰かを愛することも、愛されることもない。そんな人間なんだって考えが頭の中を過ってしまう。
でも、そんなことないって思えた。
だって、玄関であの子を見上げて目が合ったあの時に。
カイトは笑ってくれたんだから。
きっと、昔みたいになれる。
あのちっちゃなアパートで過ごした、暗闇の中に輝くあの思い出のように。
また一緒にいられる。
もう離れ離れなんかじゃない。
これからずっと、肩を並べて歩きながら笑い合える。
ずっと願ってきた景色がもうすぐ手に入るんだ。
だから、嬉しい。
今まで散々嘘を吐いてきた私だけど。
皆の言う愛っていう気持ちが未だによく分からないけど。
この気持ちは絶対に──
「カイトー?どうかし──」
「なんでお前がここにいるんだよ、星野ォ!!」
昔、よく嗅いだ臭いがする。
特に記憶に残っているのはガラス片で口の中を切った時のこと。
冷えて硬くなったお米の味に混ざる、鉄のような臭い。
あのむせ返るような臭いが扉を開けたその先から漂っている。
「──ははっ、なんでって……よく表札見てくださいよ、先輩」
玄関に誰かが立っている。影になっていてよく見えないけれど、黒いパーカーを着た男の人だということがかろうじて分かった。そして──
「……えっ?」
カイトだ。すぐそこに弟の背中が見えている。壁の淵に掴まって、反対の手でお腹辺りを押さえているような格好をしている。
「そういうこと聞いてんじゃねぇよ!なんで、なんでお前が……」
男の人が左手で額を押さえるような仕草をしている。その時、キラリと左手が光ったように見えた。何かを持っている。
「そういうことでしょ。ここは星野家の部屋なん、だから。僕がここにいても不思議じゃない……ですよね?」
ああ、見えた。ナイフだ。それも結構長めのやつのようだ。あの鉄のような臭いはあそこから──?
「うるせぇ!俺にはここに誰がいるのか分かってんだよ!いるんだろうが!あの裏切り者がっ!」
違う、そこからじゃない。あんな遠くじゃなくて、もっと近く。そう、例えばそこの──
「カイト……?」
弟の足元。玄関から点々と、そしてじわりじわりと赤が広がっていく。
頭がどうにかなったのかと思った。眼の前の光景を理解するのを脳が拒んでいる。でもこの臭いが、小さい頃に嗅ぎ慣れた鉄の臭いが現実に起こっていることだと私に突きつけているようで。
「誰がって、一体誰なんですか。それに裏切り者って、ここには僕と、僕の──」
「カイトぉっ!!」
気が付くと、私は駆け寄って縋り付くようにカイトを抱きしめていた。何がなんだか分からないまま、ただ弟にしがみつく。
「いィッ──姉さん、危ないから向こうに」
「おな、お腹……血が……!イヤっカイト、カイトぉ!」
吐き気を催すような臭いがこの子からしている。着ている私の服が赤で汚れていく。そんなことはどうでも良い。どうにかして、弟を助けないと。素人目でもすごく危険だということが嫌でも理解できてしまう。でも現実は非情で、こんな時に私に出来ることなんてありやしない。ましてや、すぐそこに迫る脅威を退ける手段を持ち合わせてる筈もない。
「……!アイィィ……!!」
男の人が私に気付くなり、凄まじい表情を浮かべる。目元から上は影のままでよく見えないけれど、怒り、憎しみ、悲しみ、色々な感情がごちゃ混ぜになったかのような顔をしていた。まるで、私のことを見ていたお母さんのようだった。
その表情を見た途端、あの虐待の日々が瞬時に思い出される。怖くて、なんで殴られるのかも分からなくて怯えていたあの頃。二人で抱き合って耐えていたあの時のように、私はカイトにしがみついたまま恐怖で身が固まってしまった。ひぅ、と声にならない声が喉の奥から漏れて、震えが収まらない。それでも弟を庇うようにして立っていたのは姉としての矜持なんだろうと思う。
男性がこちらに近づいてくる。鬼のような形相で、手には血に濡れた刃物。狙いは明確だった。
ここで死んでしまうの?殺されてしまうの?恐怖に怯えるなか、頭の片隅でそう思った。今日はドームの日なのに。社長の、皆の夢が叶う特別な日なのに。
メンバーの皆には迷惑をかけちゃうな。決して仲が良いと言える間柄ではなくなってしまったけれど、折角ここまで一緒にやってきたと思っていたのに。
それと、カントクにも。ドキュメンタリー作るのを了承してくれて、あとはドーム公演を撮るだけだったのに。子供たちに宛てたDVDも文句を言いながらも預かってくれたのに。
アクア、ルビー……この人の狙いが私だっていうのなら、どうか、無事で──
眼の前でナイフが振りかざされる。その時になって漸く男の人の顔が見えた。
そっか、君だったんだ。昔からよく握手会に来てくれていたよね。
裏切り者、か。とうとう隠してきたことがバレちゃったのかな。ファンの君には分かっちゃったのかな。どうしてここまで来られたのかなんて分からないけど、これが私への罰なのかな。
……カイト、ごめんね。お姉ちゃんのせいでこんなこと……痛いよね。苦しいよね。本当に、ごめんね。
痛みに備えるようにギュッと目を瞑る。体に衝撃が走る。でもそれは前からの激しいものではなくて、横からの優しい感覚だった。ポンっと横に軽く押し出されたような。
「──っぐぅ……!!」
私が立っていたその場所にはカイトがいて、それにナイフを持った彼もいて。握られたナイフは深々とカイトの右肩に突き刺さっていて。床にへたり込むようにして二人を見上げて漸く、庇われたのだと分かった。
「なんでなんだよ!?なんでお前が!!」
後退りをしながら彼……リョースケ君が悲痛な声をあげる。
「こいつはとんでもない大嘘吐きなんだよ!愛してるなんて体の良いことを言いながら!俺たちを裏切ってガキまで作るような!!」
こちらを指差しながら怒鳴るように言う。やっぱり、全部バレてたんだ。これまでのこと、全部。
「そんな奴をなんでお前が!大の嘘嫌いのお前が庇うんだよ!?」
悲鳴のような叫び声で問いかけるリョースケ君に、カイトは俯いて何も答えない。数秒経って突然、カイトはリョースケ君の肩を強く掴んだ。
「……先輩には言ってなかったかもですけど。一応この人、僕のアネキってやつでして。ああ、ちゃんと血の繋がりのある実の姉ですよ?」
穏やかな、優しい声。到底自分を刺した人間にかけるとは思えないほどの静かな口調でカイトは言う。
「だから、まあ。そんなんだから、身内を助けようっていうのは真っ当な理由だと思いません?」
そう語りながらカイトは顔をあげた。その顔には笑顔が浮かんていた。昨日の、あの笑顔だった。
「姉……弟?お前が……?いや、そんな……そんな理由で──」
「ねえ、先輩」
リョースケ君の震えた声を遮るようにしてカイトがリョースケ君を呼んだ。
「先輩は姉さん……アイのことが、好きですか?」
「は?」
軽い世間話のような問いにリョースケ君の困惑した声が廊下に響く。
「昔、結構好きでしたよね。雑誌まで買っちゃって」
「──ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!誰がこんな嘘吐きのことなんか!」
「ハイ、嘘」
激昂するリョースケ君に構わす、変わらず穏やかな口調のまま嘘だと弟は断じた。
「嫌いになったっていうなら、どうして態々こんなところまで来てるんです?双子のことまで知ってるのなら、週刊誌にでも垂れ込むだけで良かったのに。そうすれば、アイドルのアイは世間から大バッシングされて終わりを迎える。単に嫌いになって破滅させたかったのなら、それだけで済んだ話じゃないですか」
「今も好きなんでしょ?アイが。好きだからこそどうしても許せなくて、自分の手で殺したかったんでしょ?」
「……でも、アイが好きな先輩が、こんなことするのは、駄目でしょ」
「誰よりもアイが好きだった先輩が、誰よりもアイのことを愛していた先輩がこんなことをするのは!」
「……やっぱり、間違ってますよ」
そう言い切った弟は私の方へと崩れるようにして倒れ込んだ。
穏やかな、私に向けてくれていたあの微笑みを顔に浮かべたまま。
原作最新話追っていく度に、これちゃんと整合性保てるんかと内心恐々としております。
いやさりなママといい■■■■といい、やっぱ全部ちゃんと話し合っとけやで済むのか……?