銀髪美少女なAIロボットちゃんはヤンデレ過ぎて僕を殺したい 作:崖の上のジェントルメン
……僕は、彼女が向ける眼差しから逃げられなかった。
神崎さんの空のように青い瞳は、僕を真っ直ぐにとらえていて、それから眼を逸らしてしまうと……彼女は酷く、怒るんじゃないかと思った。
(怒る?怒るだって?)
自分で浮かんだ考えを、自分で修正し、改めた。
そう、そんなことあるわけがない。だって彼女はAIだ、感情的になって激昂するなんて、そんなことあり得ない。
きっとそれは、本人が一番否定することだと思う。
『心配してくれて、ありがとうございます。私、嬉しいです』
(……いつだったか僕は、彼女へ尋ねたことがある。告白をされて嬉しいと思うか?って。その時彼女は、確かにこう言った)
『嬉しいという感情は、残念ながら私にはありません。私への好意を抱かれていると認識することが可能なくらいです』
(そうだ、そうだよ。“嬉しい”なんて感情を、彼女が抱くはずがない。なのに、なぜ僕に嬉しいだなんて……そんな、ことを……)
僕はもう、何が起きているのかよく分からなかった。
彼女にどう対応したらいいのかも分からないし、どんな言葉で返せばいいのかも、分からない。
しんと静まり返った保健室の空気が、どんどんと僕を気まずくさせる。
上手い言葉をひとつも思い付かない、自分のダメさ加減にやきもきしていたその時。
キーンコーンカーンコーン
授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。その音にハッと我に帰った僕は、神崎さんへ一言だけこう告げた。
「とりあえず……教室、戻ろっか」
それを聞いた彼女は、こくんと首を縦に振り、「はい」とだけ答えた。
「……………………」
僕は彼女の横に並んで歩いていた。気の効いた会話をいくつか探してみるけど、どれも上滑りしてしまいそうで、怖かった。
何にも気にすることなく、フランクに話せたらそれが一番いいのだろうけど、僕にはどうにも、情けないほどに臆病だった。
「あ!愛ちゃーん!」
その時、栗田さんと廊下ですれ違った。彼女は神崎さんの元へ駆け寄り、「だいじよーぶだった?なんか調子悪い感じ?」と、そう尋ねる。
神崎さんはいつものように微笑を浮かべ、淡々と答えていた。
「はい、体内に設定している運動レベルが緊急時対応になっておりましたので、通常設定に戻しました」
「へー?なんかよく分かんないけど、それって一応だいじょーぶになったってこと?」
「はい、現在は問題ありません」
「そっか~!それなら良かったね!」
「はい、どうもありがとうございます」
「いいっていいって!あっ、二人ともこれから教室帰る?一緒に帰ろー?」
「ええ、構いませんよ」
そうして、僕、神崎さん、そして栗田さんの三人の並びで、教室に向かうことにした。
「中村っちと愛ちゃんってさー、隣同士の席だけど、いつもどんな話してんのー?」
栗田さんにそう問われると、神崎さんは彼女を真っ直ぐに見て「いつも中村さんには学ばさせてもらっています」と答えた。
「学ぶ?学ぶってどんなこと?」
「人の心です。中村さんは人一繊細な心をお持ちで、かつその感情を言語化する力があられます。中村さんのそうした感受性の高さは、私にとって非常に勉強になります」
「へー!かんじゅせーねー!確かに中村っちって、なんかエモい写真撮れそーな感じするよね!」
「エ、エモい?うーん、どうかな~?」
僕が微妙な笑みを浮かべていると、彼女は神崎さん越しに僕をニタニタと見つめていた。
そんな栗田さんの生暖かい眼差しを受けて、僕は彼女の考えていることをどことなく察し、待たしても照れ臭くなった。
『そうそう中村っち!実は愛ちゃんがね?』
僕は、バスケの試合が終わった後に、栗田さんからこっそり言われたことを思い出していた。
『さっきからずっと中村っちのこと、観てたんだよ!』
『え?ぼ、僕のことを?』
『うん!アタシの勘じゃ、愛ちゃんは中村っちに気があると思うな~!』
『い、いやでも……彼女はロボットで、AIだよ?』
『えー?でもよく漫画とか映画とかで、ロボットに心宿ったりするじゃん?』
『いや、あれはあくまでフィクションで……』
『それにさ?中村っちもなんだかんだ、愛ちゃんのこと人間みたいに扱うじゃん?じゃなきゃ、雨の時に傘あげなくない?』
『!』
『たぶん愛ちゃんも、そーゆー扱いが嬉しいと思う!細かいことはアタシ、よく分かんないけど、アタシの目から見たら、愛ちゃんはフツーに気があると思うけどなー?』
『……………………』
『だからさ!これからも愛ちゃんのこと、気にかけてあげなよ!きっと嬉しがると思うな!』
「……………………」
「……中村さん?」
神崎さんから急に声をかけられて、ビクッと肩が震えてしまった。
「な、なに?どうかした?」
「いえ、特に用があるわけではありません。ただ、中村さんが30秒も沈黙していましたから、どうしたのかと思いまして」
「あ、ああ……いや、ちょっと考え事をしててね」
「何か精神的ストレスを感じているのですか?」
「いやいや!全然そんな……仰々しいものじゃないよ!ちょっと気になることがあるってだけだから!」
大丈夫大丈夫!と言って、彼女に笑いかけた。彼女はじっと、さっき保健室でしていたように、僕のことを見つめていた。
「あ!ねえねえ」
そんな僕たちの間に、栗田さんが割って入ってきた。
「今度の日曜日さー、二人とも空いてるー?」
「日曜日?僕は空いてるけど……」
「はい、私も予定はありません」
「ほんと?じゃあみんなでさ、映画でも観に行かない?最近話題の奴が面白そーでさー!」
「へえ?どんな映画なの?」
「恋愛もの!ほら、『夏と雪にとけた恋』って、CMやってるの知らない?」
「あー、僕もなんかたまに観るかも」
「あの映画、“フルリアル”でキスシーンもあるんだって!」
「え!?フルリアルでキスシーン!?それは凄いね!」
「でしょ!?だから観たいなーと思って!」
「そっか~、それは確かに気になるかもな~」
僕と栗田さんが話しているところに、神崎さんが「フルリアルとは何ですか?」と質問を投げてきた。
「フルリアルっていうのは、全部俳優さんたちの演技で撮られた映画のことだよ。ほら、最近は映画にも一部AIで生成されたものがあったりするからさ」
「なるほど、生成AIを使用せずに製作された映画のことを、フルリアルと呼ぶのですね」
「そうそう。今はほとんどの映画が生成AIを使ってるから、逆に使ってない方が珍しいんだよ」
「特にキスシーンはAIばっかだよね~。まあ仕方ないっちゃ仕方ないんだろうけどさ~」
「なぜ、キスシーンは生成AIばかりなのですか?」
「数年前に、ある女優さんが『ほんとはキスシーンを撮りたくなかった。監督と俳優に無理やりやらされた』ってSNSに投稿したことがきっかけで、物議を醸してね。今ではキスシーンとかエッチなシーンは、ほとんどAIで生成されるようになったんだよ」
「それなら、いっそすべてAIで生成する方が効率がよいのでは?」
「それはそれで、俳優さんたちの職がなくなっちゃうから、よくないんだ。確か、AIを使っていいのは全体の3割までって決まってるんだよね」
「それにやっぱ、AIってなんか分かっちゃうんだよね~。どんなにリアルでもさー、なーんか違うなーってなって、テンション下がっちゃうんだよね~」
「それで、今回のフルリアルの映画が楽しみであると、そう言う話ですね」
「そうそう!やっぱ本物のキスシーン観れるのってマジ貴重だからさ!めちゃくちゃ楽しみなんだよねー!」
「俳優さんたちも凄いよねえ、役者魂なんだろうなあ」
栗田さんは胸の前でぱんっと手を叩くと、「よし!じゃあ決まりね!」と言ってから、元気よく右腕を真上に上げた。
「日曜日、みんなで映画行こー!いえ~い!」
「うん、いいね」
「承知しました」
「ああ!ダメダメ二人ともー!ここは『いえ~い!』で合わせないとー!」
「え、ええ?」
「ほら!もっかい行くよー!映画に行こー!いえ~い!」
「い、いえ~い……」
「いえーい」
照れ臭い僕の声と、抑揚のない神崎さんの声が、長い廊下の中に満ちていた。