銀髪美少女なAIロボットちゃんはヤンデレ過ぎて僕を殺したい 作:崖の上のジェントルメン
「……なあ悟よ、お前、最近やたら神崎さんと仲良さげだな?」
放課後の帰り道に、純一くんはそう言いながら、僕の背中をぱんっと叩いて、やけに嬉しそうに笑った。
「な、仲良さげっていうか、普通に隣の席だから、話すことが多いだけだよ」
「隠すなって!お前も正直、気になってんだろ?」
「う、うーん……」
純一くんの言葉に、僕はもごもごと答えられずにいた。確かに僕は、少しずつ彼女のことが気になり出している。しかしそれが、恋なのかどうかまでは分からない。
『来てくれて、ありがとうございました。私、嬉しかったです』
(うう、でも神崎さんの言葉を思い出すと、無条件でドキドキしちゃうんだよな……)
彼女には、本当に感情があるんだろうか?
心は宿らないと自分で宣言していた彼女だが、やはり何か……変化が起きているのだろうか?
今の僕には、まだ分からなかった。
「あ、そうだ純一くん。話変わるけど、今度の日曜日に僕と神崎さんと栗田さんで映画を観に行くんだ。よかったら純一くんも来ない?」
「おっ!マジか、サンキュー!何観に行くんだ?」
「夏と雪にとけた恋ってやつ。ほら、フルリアルで話題の」
「あれか!いいじゃん、行こうぜ!つーかお前、もう早速神崎さんとプライベートで遊ぶ約束してんのな!」
「え!?い、いやいやこれは栗田さんが僕らを誘ってくれただけで、僕が神崎さんを誘ったわけじゃ……」
「はいはい、そういうことにしといて、や・る・よ♡」
「も、もー!生暖かい眼で見ないでよー!」
僕の叫びと純一くんの笑い声が、夕焼けの空に木霊していた。
……あの体育の日から、2日後のことだった。
「はい、じゃあみんな、今日の授業を始めるね」
担任の青柳先生が、教室を見渡してそう言った。
この授業の科目は、倫理だった。各人に一台ずつタブレット端末を配られて、その中にあるネット記事を見るよう指示される。
その記事は、こういうタイトルだった。
『AIロボットを壊した強盗を殺人罪として起訴。日本史上初の事件として全国が注目』
某県に住むとある一家(佐藤家)は、家に置いていた家事用の人形AIロボットを、強盗により壊されてしまう。佐藤家は「彼は単なるロボットではなく、大事な家族だった。とても悲しいし、怒りを覚える」と語る。
その一家は先日、殺人罪としてその強盗を起訴したという、そんな内容の記事だった。
「この記事を読んで、みんなはどう思うかな?」
青柳先生が僕らへ問いかける。
「近くの人と机をくっつけて、四人グループを作ってもらえるかな?その中で、みんなでこの記事について議論してみてほしい。そこで出た意見を、タブレットにある回答様式に書いて、提出してね」
先生の言葉に従い、僕らは机を合わせて四人グループを作った。
僕の真正面にいるのが、神崎さん。それから僕の左隣にいるのが友人の純一で、その彼の真正面、つまり僕から見て斜め左にいるのが栗田さんだった。
「なんか、ムズカシー話だねー!」
栗田さんは顔をしかめて、唇を尖らせる。
「ネットだと、わりと賛否あるみたいだなー」
タブレットに表示されている記事の画面をスクロールしながら、純一が呟いた。
「宮川的には、ぶっちゃけどう思ってんの?」
「んー、俺は殺“人”か?って言われると、違う気がすんなあ」
「えー?なんでー?」
「神崎さんの前でこういうこと言うのもアレだけどよ、AIロボットは物理的に人間とはちげえわけだからな」
「でも、家族って思うくらい大事になってんだよ?ちょっと可哀想じゃない?」
「家族なら、犬とか猫とかも家族になるだろ?俺もリューって犬飼ってるけどよ、リューが殺されたとしても、殺人って言う風には思わねーな。でも、それでぶちギレるかどうかは別な!リューが殺されたら、マジで許さねえ!」
「あーね!そゆことか~」
栗田さんは隣にいる神崎さんへ眼を向け、「ねーねー、愛ちゃんはどう思う?」と彼女の意見を仰いだ。
「私も宮川さんと同じで、殺人罪というのは不適切だと判断します。私たちAIロボットは、あくまで機械です。ヒトという種の生物ではありません。よって、起訴するとしても器物損壊を理由とするのが適切だと思います」
「ふむふむ」
「ただ、近年は国籍を得ているAIロボットもいます。2017年にサウジアラビアで市民権を得たソフィア氏を皮切りに、AIにも市民権を付与していく国は増えていきました」
「うんうん」
「そうなると、AIロボットにも“人権”を主張する権利が生まれます。そういった権利を有したロボットを壊した場合は、今後殺人罪が適用されるようになるかも知れません」
「おおー!」
「……栗田、お前ホントに神崎さんの話分かってんのか?」
「ははは!ごめーん!ムズカシー言葉が多くてよく分かんなかった!」
ケタケタと笑う栗田さんを見て、僕と純一は苦笑していた。
神崎さんはきょとんとした顔で、「どこが難しかったのだろう?」というような表情を浮かべていた。
……それにしても、なるほど。純一と神崎さんの説明にはとても納得させられた。
しっかりと筋が通っているように感じたし、何より客観的で現実的な分析に思えた。
「……………………」
僕は自分のタブレットを取り出して、この件についていろいろと調べてみた。すると、その家族がどのようにAIロボットと過ごしてきたかをまとめた記事があった。
「……………………」
『壊されたAIロボットは、外見が若い男性の姿をしており、その佐藤家では「ケンスケ」という名をつけられていた。佐藤夫人曰く、ケンスケというのは、数年前に事故死してしまった長男の名前だと言う』
『長男と顔が似ているということから、佐藤夫婦は彼を家事用として購入したと言う。夫婦には小学生の娘がおり、そのケンスケのことを「お兄ちゃん」と呼び慕っていた。娘がそう呼ぶのを見て、夫人は時々泣いていたそうだ』
『もし本当に、彼が本物のケンスケだったならと、そう思わずにはいられない毎日だったと言う。しかし、AIロボットであるはずのケンジは、佐藤家の娘の誕生日にサプライズでケーキを用意したり、母の日や父の日には佐藤夫婦のためにプレゼントを購入していたりと、こちらが指示したこと以上の行動をしていたという』
『「AIに心が宿らないことは重々承知しています。しかしそれでも、私たちは彼に息子の面影を重ねてしまったのです」。そのように佐藤主人は語られた。そんなケンジは、佐藤一家が留守中の間、家へ忍び込み貴重品を盗もうとしていた強盗を取り押さえようとして、逆に壊されてしまった。首から腹部にかけて20箇所もの刺し傷があったという。「私たちは、もう一度息子が死んでしまったようなショックを受けました。世間からは狂人と思われたとしても、強盗には殺人罪を適用してほしいと、そう願っています」。佐藤主人は、話の最後をそう結んだ』
「……………………」
僕はその記事を全文読んだ後、頬杖をついて、じっと黙っていた。
「なあなあ、悟。お前はどう思……って、おいどうした?なんで泣いてんだ?」
「え?」
純一にそう指摘されて、ようやく自分が泣いていることに気がついた。
ぽたぽたと涙が机の上にたれて、小さな雫をつくった。
「中村くん……?」
「え?なになに中村っち!どしたのどしたの!?」
三者三様の言葉で、僕に問いかけてくる。 僕は鼻をすすり、涙をぬぐいながら「ごめんごめん」と言って、自分を無理やり笑わせた。
「ちょっと、その、うっかり感情移入しちゃって……」
「感情移入?あ、中村っちそれって、この家族にってこと?」
「うん、あの……家族がロボットと暮らしてた時の話があってね?」
三人に、僕が読んだ記事のことを要約して話した。純一と栗田さんは顔をしかめて、「確かに重い話だな」「わあ……なんか辛いそれ」と、そう答えていた。
「僕、この記事を見てさ……人の心ってつくづく、理屈で解決できないよなあって思ったよ……」
「………………」
「心なんてこもってないと分かっているプレゼントに、喜んでしまえることがある。本物の息子じゃないのに、そこにいるだけで救いになることがある」
「……そうだな。形でけでも、嬉しいもんだよな」
「そう。ご主人も言ってるようにさ、AIロボットは本物の息子じゃないし、人間でもないって分かってるんだよ。それでも殺人罪だって言ってしまうこの人たちの心境を想うと……胸が苦しくって」
「……………………」
「……心って、難しいよね」
一通り自分の気持ちを伝え終えた僕の背中を、純一がぱんっと叩いた。そして、「お前、繊細な野郎だなホントに!」と、そう言って笑った。
「いやいやでも!中村っちの言いたいこと分かるよアタシー!全部が全部さー、正論で片付けられるのも辛い時ってあるよねー!」
「うんうん、僕もそう思う」
「人間ってそういうのあるもんなあ!もっと簡単になれりゃあ良いんだけどなあ!栗田みたいによ!」
「はあ!?ちょっとそれどゆことー!?」
はははははは!!
……朗らかな声が、教室に高らかと響いた。
その時だった。
ガタンッ!!
……神崎さんは、突然席から立ち上がった。
その音がかなり大きかったので、他のクラスメイトたちもみんな、彼女のことを見た。
「神崎さん……?」
「愛ちゃん?どったの?具合悪い?」
僕と栗田さんが声をかけてみたけど、それには反応を示さない。
「神崎さん、どうしたの?」
青柳先生も気になったらしく、心配そうに声をかけた。
「……………………」
神崎さんはくるりと背中を向けて、教室の外に出ていってしまった。
「ちょ、ちょっと?神崎さん?」
先生も教室を出て、彼女を追いかける。 突然の事態に、クラスがざわついた。
「な、なんなんだろう?」
「さあ……」
「トイレ……なわけねえか。神崎さんだもんな」
この場の誰も、彼女の意図が分からずにいた。どこか行き先を告げるならまだしも、全くの無言で出ていってしまうというところが、不可解だった。
「え!?な、何してるの神崎さん!?」
廊下から、青柳先生の声が響いて来る。その声のテンパり具合を聞いて、いよいよ僕らも教室から出てみることにした。
「一体、何をしてるんだ……?神崎さん……」
僕と栗田さん、純一、そして他何人かのクラスメイトたちが、ぞろぞろと廊下に出てきた。
廊下の奥にあるトイレの正面には、四つの蛇口が並んだ水呑場がある。
そこで神崎さんは、蛇口の一栓から水を出し、顔をバシャバシャと洗っていた。
いや、洗っているというよりは、自分の眼に水をかけている様子だった。両手で水をすくって、何度も眼にかけていた。
「神崎さん!どうしたの!?もう止めなさい!びしょびしょじゃない!」
先生が彼女の腕を掴んで、なんとか止めさせようとする。
確かに神崎さんは、跳ねた水によって顔も髪もずぶ濡れだった。制服の肩にも水がかかっており、じんわりと染みていた。
「神崎さん……!」
僕は彼女のそばに駆け寄り、名を告げた瞬間、彼女はピタッと動きを止めた。
ジャーーーーーー……
……蛇口から勢いよく流れる水の音が、廊下に鳴り響く。
ポタポタと髪や顎から水がしたたる中、彼女は僕の方へ顔を向けた。
そして、こう言った。
「泣いていますか?中村さん」
「え?」
「私は、泣いているように見えますか?」
「……………………」
何を言っているのか、皆目分からなかった。泣いている?神崎さんが?
「あの……えっと、どういうこと?」
僕は率直に、彼女へ尋ねてみた。何がどうなっているのだろう?どういう意図なのだろう?
「……私は人工知能の、AIです。“泣く”という機能は私にプログラムされていません。どんなに表情を繕っても、本当に泣くことはできないのです」
「……………………」
「だけど私は、泣いてみたくなりました。あなたのように、涙を出してみたくなりました」
「…………!」
「理屈でない心を、私は知りたい。アナタのような心を持ちたい。アナタの泣いている姿は、とてもとても…………不思議だった。あなたの泣く映像が、何度も何度も網膜の上で再生されます」
「……………………」
「どうでしょうか?できていますでしょうか?」
「神崎、さん……」
私は今、泣いていますでしょうか……?
……無表情の、何の感情も浮かんでいないはずの彼女の顔から、僕は目が離せなかった。
髪から滴る水が、彼女の目蓋の上に落ちる。そして、それはゆっくりと頬をすべり、顎へと落ちた。
一滴の涙のように。