ある寒い日、小桜はいつもの二人に蟹鍋を作らせてつつく……しかし

※pixivにも投稿したものです

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小桜さんとカニ鍋

 

「いや〜やっぱ蟹は美味いな!」

「そうですねー」

 

 ビールをあおり上機嫌で小桜が言うのに合わせて気の入ってない返事をする。

 いつもの三人でカニ鍋を突ついている。全くもって小桜の言葉に異論は無い、ましてや小桜──他人のお金で食べるのだから格別だ。

 寒さの染みる季節、小桜が唐突に言い出したのだ、蟹鍋が食いたい、金は出すから用意しろ。と。

 鍋なんて茹でればいいものを作るのなんて一人暮らしの大学生でも朝飯前である。渡された大枚を携え駅前に行き、買って来て切って茹でるだけだ。

 

 

「おいしいね空魚!」

「そうだね」

 鳥子の声にもカニをほじりながら適当に応える、カニを食べてるのだから当然である。カニを食べること以上に優先されることはない。

 

「おい知ってるかー?」

「知りません」

 小桜の質問に即答する。

「いや聞けよ」

「なになに?」

 不満げな小桜に鳥子が聞く。

「蟹を食うのって手間がかかるだろ?」

「うん」

 

 カニをほじりながら喋る小桜の話を鳥子はおとなしく手を止めて聞く。

「そうやってる間にも視覚や嗅覚は刺激され続けてるわけだ」

 大ぶりのカニの身を掘り当て満足げに口にしてから小桜は続ける。

「それは満腹中枢を刺激し続ける……それで実際に食べる量に対して少なくても満腹になるわけだ。バイキングなんかで思ったより食べられなかったりするのと同じだな、あっちは選んでる間に目に入る情報で脳に満足感が行くわけだ」

「見てるだけでもいいって事?」

 鳥子が鍋から豆腐を取りポン酢につけながら聞く。

 

「ふーん」

 こっちはしらたきを取りながら相槌をうつ、出汁まで美味しいのだからカニは偉大である。人間に食べられるために生まれて来たのだろう。

「そういえばダイエットでもゆっくり食べるのがいいっていうね」

 手を止めて鳥子が形の良い顎に人差し指を添えながら言う。

「まあ大体一緒だな、人間の脳なんて適当なもんだ。つまり蟹を食ってると満腹中枢が必要以上に刺激される。そこでどうするかわかるか?」

「どうするの?」

 律儀に返事をする鳥子。こっちは親爪をカニ鋏で切るのに忙しい。

 

 小桜は新しいビール缶を開けゴクリゴクリと飲む。

「アルコールで満腹中枢を麻痺させるわけだ、これでイーブンってやつだな!」

 小桜の童顔は随分と赤い。カニ鍋で随分と機嫌よく飲みすぎてるようだ。

「ちょっと小桜、呑みすぎじゃない? 大丈夫?」

「ん? ああ……、まあ大丈夫だ。まあ私は体格が小さいからアルコールの許容量が少ない分気をつけないとな」

 鳥子の心配気な声に小桜は酔いを確かめるように少し首を巡らし答える。

「まあ家呑みでは大して気をつける必要もないんじゃないんですか? すぐに寝られますし」

 大物を頬張り飲み下した私は一応気遣って声をかける。

「まあアンドレ・ザ・ジャイアントは一晩中呑んでも酔わなかったと言うしなあ、羨むべきかはわからんが」

「誰ですかそれ?」

 

「は?」

 謎の人名(?)に聞き返すと小桜が固まった。

 

「……いやいやいやいや、空魚ちゃん、すっとぼけるなよ」

 何か認めたく無いものを確かめるように小桜が口を開く。

「え……鳥子、知ってる?」

「んーん、私も知らない」

「嘘だろ!? 鳥子まで!?」

 驚愕の表情で小桜がプルプルと固まる。嘘だろ…おい、とか、信じられねえ…人間山脈が…などと意味不明な事をブツブツと呟いている。

 酔っていなければ蒼白になっていたかもしれない。

 顔を上げると恐る恐るといった感じでこちらに呟きかけてきた。

「あ……アブドーラ・ザ・ブッチャー……」

「?」

 

 二人で顔を見合わせた後、鳥子が聞き返す。

「お肉屋さん(ブッチャー)がどうしたの?」

「ちげーよ! ……ブルーザー・ブロディ」

「……ブルドーザー?」

「ぐ……ザ・デストロイヤー」

「なんですかその物騒なの」

「マ…マスカラス」

「マスカラ?」

「ジーザス……信じらんねえ……こいつら義務教育受けてるのか……?」

 

 なにやら失礼なことまで言い出した小桜、相当酔いが回ってるらしい。

「大丈夫小桜? 様子がおかしいよ?」

「おかしいのはてめーらだよ!」

 鳥子の気遣いに逆ギレした小桜はいきなり携帯を取り出し電話をかけた。

「もしもし汀!? 今大丈夫か!? よしわかった!」

 テーブルの真ん中に置くとスピーカーホンにタップした、汀の声が聞こえてくる。

「どうしたんですか?」

「こんばんはー」

「あ、どうも汀さん」

「どうもこんばんは。ええと……皆さんで飲んでいらっしゃるのですね」

 さすがに察しが良く汀が答える、がそれ以上は流石にわからないらしい。

 

「えーとすみません、なんか小桜さんの様子がおかしくて」

「おかしいのはてめーらだよ!」

 完全に酔いに任せた声で小桜が叫ぶ。

「汀! アンドレってわかるよな?」

「は?」

 汀の困惑した声が響く。

「アンドレだよアンドレ!」

「私の知り合いにアンドレという名前の御仁には心当たりがありますが、小桜さんとは面識が無いかと……」

「そうじゃねーよ! アンドレ! アンドレ・ザ・ジャイアント!」

 

「は?」

 二度目の汀の困惑した声が響く。

「逆にお尋ねしたいのですが、なぜ私がアンドレ・ザ・ジャイアントを知らないか確認を……?」

「わかるよな!?」

「それは勿論わかりますが……」

「よし! サンキューな!」

 汀の返答が聞くなりスマホを切りこちらをするどく振り返ってくる。

「どうだ!」

「……なにがですか?」

「私が正しいって事だよ! ……ああ吃驚した」

 酔いにまかせて訳の分からない興奮をしていた小桜はそこで限界だったらしい。ふらふらとソファに向かうと倒れ込んだ。

 やがて寝息が聞こえてくる。

 

「……なんだったの?」

「……さあ」

 嵐が過ぎ去り鳥子と顔を見合わせる。

「なんだったんだろうね」

 二人で寝室のベッドに小桜を運んでからから戻り、鳥子が聞いてくる。

「とりあえず鍋食べてから考えよう」

「オーケー」

 そして(わかっていたことだが)鍋の大半を私が食べることになった。

「結局小桜さんの言う通りアルコールで満腹感をごまかしたな…」

「どうする? もう遅いけど」

 食べすぎ感のある腹をさすっていると、後半は箸を止めてニコニコしていただけの鳥子が聞いてくる。

 どうせ泊まる気であったし、二人とも寝巻きというほどでもないが寝てもいいような部屋着だ。

「もうあのベッドで寝ちゃおうか、どうせ無駄に大きいし」

「そうだね空魚」

 

「じゃ寝よっか空魚」

 寝室に入り鳥子は布団をめくる。

「うん」

 反対側に回り込み私も布団をめくると小桜の向こうに鳥子が訝し気な視線を向けて来た。

「……どうしてそっちに行くの?」

「いや小桜さんが真ん中で寝てるし当然でしょ……」

「…………そう」

 よく見ると上着をめくり上げている鳥子が腹が見えてるところで止まっている。

 こちらの視線に気づくと目を逸らしながら服を戻した。

 こいつ……。

 

 

   了

 

 


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