ネオユニヴァースに、ただ一つだけ心残りがあるとしたら。

ネオユニヴァースの育成シナリオ2次創作です。
ネオユニヴァースの育成シナリオを行ってから、お目汚しいただけると幸いです。

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誤字脱字ありましたらご連絡いただけると幸いです。


300光年先の宇宙より

 かつて、『ボク』は多くのヒト達と共に、なにかとんでもないことをやってのけた。

 多くのヒトはそれは祝福だと笑う。多くのヒト達が笑顔で迎えたあの梅雨の時期の、それでいて風の涼しい日。『ボク』は、ただ彼とそこにいることが嬉しかった。

 彼は涙ながらに、けれども嬉しさに呼応するように手を振り、すべての人たちに答える。それは一生に一度しか挑戦し得ないダービーの特権であり、一生に一度しか味わえない特別な『絆』の勝利の味だった。

 ……嬉しかった。

 本当に、ただ、嬉しかったんだ。

 一緒に戦った彼が、新天地で未曾有の挑戦をした彼が……『ボク』と共に2冠を達成した、その喜びを分かち合えることが。

 

 ーーだけれど。

   ただ一つだけ……。

   一つだけある心残りが、胸を刺した。

 

 

 

「……ぁ……」

 

 目を覚ますと、いつもよく見かける天井が目に入る。何の変哲もない学園の寮の天井だ。

 それを眺めながら感じるのは、何かとても良い夢を見ていた気がしたことだった。思考がクリアになり、徐々に覚醒していくと先程の夢の内容もまた、霧散しクリアになっていく。

 ムクリと上半身を起こすと、少し胸の中心に痛みを感じた。これは、なんだろうか。

 

「……『arhy』……?」

 

 問いかけには誰も答えてはくれない。ただ、この痛みはどこか昔からあるような気がしてならなかった。

 ーーそう、既知。

 この現象には覚えがある。レンズの向こう側を知ったときの感覚だ。以前は、この感覚を得たときは、トレーナーと共有して今後について計画を練っていた。それが痛みというのなら、なおさらトレーナーと共有する必要がある。

 そこまで思考を巡らせると、私は早朝トレーニングコースに居るトレーナーの元へと向かうため、早々に支度を始める。

 

「……行ってくるね」

 

 そうして、寝ている相部屋の子にそっと呟いて、私はトレーナーの元へと向かうのだった。

 

 

  ✦

 

 

 私のトレーナーは、あの有馬記念の前夜に銀河の核……うぅん、本質を共有した。

 『わたし』達の……この宇宙が産声を上げた本質を、トレーナーと共有することができた。きっとそれはどんなウマ娘とも、どんなトレーナーであろうともすることのできない特別な時間だった。

 だからこそ絆は誰よりも強いと確信しているが、それでも今朝の胸の痛みは何かを感じ取らざるを得ない。私達があの結末を回避してから、問題ないと思っていた痛みかもしれない。そんな不安を。

 

 澄み切った、少し冷たい空気を分けてトレセン学園のターフに近寄る。早朝特有の心地よい涼しさを肌で感じながら、少し駆け足気味になっていた。

 その視線の先の、クリップボードを持った半袖姿のトレーナーがこちらに気づいたのか、彼は小さく微笑むと手を振って呼んでくれる。

 

「おーい、ユニヴァース! 朝練やるぞー」

「……トレーナー」

 

 そんなちょっと子供のような姿がどこか面白くて、私はふふっと微笑んだ。日課の朝練のメニューについて一頻り話すと、今朝の痛みについて共有する。

 

「トレーナー、『arhy』を観測したよ」

「……どんなものなんだ? それは」

「何か……『Ioe』に異常がある」

 

 そう言って、胸に手を当て場所を示した。つまるところ心臓部に違和感があるのだから、トレーナーは心配でないはずがなかった。

 

「! そうか、それはどんな症状なんだ? 痛むのかな……違和感で済んでいるのかな?」

「痛む……けど、違和感とも観測できる」

「どういうことだ……?」

「『チャレンジャー号』に至るようなものじゃなく、もっと……α-β間をつなぐもの……」

「ふむ……?」

 

 話をするも、曖昧な私の回答に何か違和感を覚えるトレーナー。それもそのはずで、あれから今暫くは痛みがない。その上、通常の痛みとは何かが違う痛みである。ふんわりとした雰囲気で伝えられる痛みではないのだ。

 

「胸の痛みなら、下手をすれば取り返しがつかないこともあるし、今日は大事を取って休むか……?」

「……ネガティブ。『わたし』はそれでも『ラグランジュ・ポイント』に向かうために『コントロール』しなければならない」

「つまり……次のレースに向けて調整はし続けたい、かな……でも、大事を取るというのも立派な調整なんだよ」

 

 そういうトレーナーは私に目線を合わせてくれる。だけど、この身長差と同じように事実との乖離が少しだけある。この違いの差をどうにかして埋めたい私は、更に対話を試みた。

 

「違う……この『arhy』は、『hohs』……? に、近いのかも……」

「……これはまた難解だな……」

 

 arhyとhohs。

 所謂、恋を不整脈ととらえる『勘違い』だ。でも、私のこの現象は恋のそれとも違う。私達が共にいることは当たり前なのだから。

 では何なのか。

 チクリと刺すようなその感覚は、いつかの宝塚記念を思い出した。

 

「『宝塚記念』」

「?」

「たぶん、それがキーワード……だと思う」

「……『GATE』なのか……?」

「それとも違う……もっと、『EMOZ』……感覚的な問題に近い……?」

「ふむ……」

 

 そう言うと、トレーナーは少し考え込む。何故か今は私の言葉が繋がりにくい。だがより難解になっている今の言葉の意味合いを探るように、トレーナーは集中していた。

 そして、空中を眺めて唸るとこう言った。

 

「……んー、なら、一度走ってみるか。原因がおそらく気持ちなら、一度走ってみて心を軽くしてみよう」

「……うん」

「じゃ、何時も通りストレッチからのラダートレーニング、それから少しペースを落として……足を慣らせるトロットでまわって、キャンターで2周してみようか」

「……アファーマティブ。それでいこう」

 

 

 

 そうして、早朝トレーニングを駆け抜けたのだが、何も異変を感じることはなく授業の時間へと移ろいだ。

 騒がしい教室はしかし何時も通りであり、クラスメイトたちが各々の時間を過ごしていたり、授業を受けている。

 何も変わらない日。

 なんの変化もなければ、一体今朝のアレは何だったのか。とても良い夢だったと思うのに、何かが引っかかるこの感覚。

 その良くわからない感覚は、アグネスタキオンやエアシャカールに相談してみたのだが。

 

「ふぅむ……実に興味深い。レム睡眠時に見る夢は、つまりは記憶の整理に近い」

「脳が正常に働いていて、その上で良い夢見んのは面白ぇが、引っ掛かりを覚えるってのがロジカルじゃねぇ」

「簡単さ、現実と夢の境目が一時的に繋がったままの状態なら、その差異から『不安』になるだろぅ?」

「だが、明らかな覚醒をした後だろ? 曖昧な記憶を思い出せないことの苛立ち、あるいは焦りじゃねぇか?」

 

 二人は親身になって私の疑問を解明しようとしてくれる。難しい話をしているように見えて、とても単純な問題だと言う彼女たちに、私は耳を立てる。

 

「いずれにせよ、シャカールくんもわかっての通り、この問題は2つに分けられる」

「あぁ……気持ちの問題か、記憶の問題か。良い夢ってのはロジカルじゃねぇが、記憶の整理を行った際に良くねぇ記憶を『思い出した』ってのだと理屈は通る」

「無意識下の記憶というのはふとした瞬間に思い出すものだ。それは例えば『持ち得ない記憶』だとしても。フロイトの無意識ではそのような表現だったように思うよ。その記憶の内容が良くないものであれば、それ自体に負の感情が付与されるものだ」

「一方で単純に観た夢に対する現実との境に混乱、或いは何か不安のような負の感情を抱くこと」

「そう。単純な思いによるものだって考えられるからねぇ……もしくは―――」

 

 そう言うと、彼女の怪しげな瞳がこちらを見た。だが、どこか大きな疑問を抱えるような瞳だった。そして、彼女は続ける。

 

「どちらも。どちらもあることで、より強力に恐怖を感じるか」

「んで恐怖なんだよ。他の感情もあるかも知んねぇだろ?」

「あぁ、それはもちろんだとも。だが、人類が獲得した最初の感情は恐怖とも呼ばれる通り、強い感情の一種だと思うがねぇ」

「……まぁ、可能性はそっちのほうが高ぇけどよ」

「どうあれ、ユニヴァースくんの解決策はその内容を思い出すこと、感じることを改めて記録することだね」

「意識下での記憶の整理をすることが解決の近道だ。他の解決策もあるけどよ。単純に、『忘れる』って方法だ」

 

「それは……ネガティブ」

 

「なら、それしかねぇ。っておい、何用意してんだ」

「いや何、協力したその見返りは体で払ってほしいと……いや、もしかすると記憶が戻るかもしれないと!」

「もしかしなくてもねぇよ! 何だその怪しげな薬品はよぉ!」

「さぁ、飲んでくれたまえ、ユニヴァースくん! 実験……もとい、記憶を探す旅に出よう!」

「アファーマティブ……」

「いやいやいやてめぇクラスメイトを騙そうとするんじゃねぇ! あとユニヴァース、てめぇも飲もうとするなばっちいぞ!」

「ばっちいとは失礼な!」

 

 そんな応酬を眺めながら、私は次の授業の用意をする。この何も変わらない日常が好きであり、彼女らを含めて愛している。くすりと笑いながら、私はそれを楽しんだ。

 

 

  ☆

 

 

 そうして、気がつけば放課後となっていた。夕日の差し込む教室はどこか神秘的なものを感じさせるが、私はそんな風景よりも自身のことが気になる。

 肘をついて私は窓の外を眺めていた。遠くではあるチームの掛け声が聞こえる。

 皆、次のレースに向けて練習をし始める時間帯であり、私も例に漏れずトレーナーと練習をする予定である。

 だけれども、今朝の違和感が忘れられない。いや、忘れてはならない? 何か引っかかる感覚の中で私は机に突っ伏した。何か、思い出さなければならないことだったような気がする。

 

「……『WORR』……」

 

 一体何がこんなに引っかかるのだろうか。

 窓を眺める。そこには私を見つめるネオユニヴァースがいた。近づけば私が透けて、グラウンドが一望できる。

 私は、どうして。

 

「……?」

 

 その引っかかりに俯く私は、再度顔を上げたとき、そのグラウンドが暗くて何も見えない事に気がついた。その急な場面転換にしかし、私は異様なほどに落ち着いてもいた。それは先ほどまであった夕日がない事から、これは夢だと気づくことができたからでもある。

 外界から遮断されたような孤独。窓に触れると冷たい感触が戻ってくる。完全に闇夜の世界が遠くまで続いていた。

 教室は電灯で明るく、けれども誰もいない。

 人が一人もいない静けさが、不気味な感覚にさせた。廊下も、グラウンドも、ただ一人の気配もない。

 段々と感じる心細さから近くの椅子に座る私は、そのまま夢から覚めるのを待つ。時計の針の音すら、この場には響かなかった。

 

「その痛み、気になる?」

「え……」

 

 そんな静寂を破る声は、この無音の教室に反響して消える。確かに私の声だったのだが、私は分裂もしていなければ、声を発してすらいない。

 辺りを見回しても見つけられない私に、彼女は痺れを切らしたのか更に続けた。

 

「こっちだよ、『ネオユニヴァース』」

「……あなたは、誰?」

 

 そうして見つけたのは、窓に映るネオユニヴァース(わたし)だった。彼女は不思議そうな表情でこちらを見ていた。恐らくそれは、いつもの私の見た目なのだろう。

 

「……『わたし』だ」

「……そう。『わたし』だよ。『ネオユニヴァース』であり、『あなた』。そうでしょう?」

 

 いくつもの時を経て、『わたし』は『ネオユニヴァース(わたしたち)』を観測してきたのだから、分からないはずがない。

 窓を通じて、彼女(わたし)と話せているのだ。

 

「……うん」

「なら、何がそんなに怖いの?」

 

 彼女は、私はそう言うと不思議そうに首を傾げた。

 怖い。

 その感覚は知っている。

 はっとする私に彼女(わたし)は続けた。

 

「単純に窓に映る私が怖いのか、夢の世界で鮮明な意識であることが怖いのか……」

 

 そういう彼女はまっすぐ私を見つめている。私も目をそらさないから写し鏡のそれなのに、口元だけが動いて喋っているのは確かに怖い。でも、いま感じている怖さは、その怖さとはまた違うのは確かだった。

 それを見越してか、彼女は続ける。

 

「……そう、『GATE』を観測した時、あなたはその先を見ようとしなかった。窓を曇らせた」

「その理由は、アルタイの断崖……『STDA』を観測し、『ABSS』に恐怖したから」

 

 私がそう答えると、わたしは「そう」と言ってどこか宙を見つめる。見つめる先は何かは分からないが、まるで目を逸らしているかのようだった。

 

「つまりは、今回も……『ABSS』の、暗闇の底を見なければならない……?」

「この痛みの正体を観測するのなら」

 

 そうして、彼女は後ろを向いた。自身の後ろ姿ほど、違和感のあるものは無い。それが少し恐怖を煽る。

 

「でも……それは……」

「そう、どちらかを『ASSI』しなければならないということ。選べば……『静かの基地』にたどり着くかも」

 

 恐怖にたじろぐ。

 だが、つまりは彼女(わたし)はこの窓の先にある暗闇のターフに答えがあると言っているのだ。

 そうであるのなら……同じように、この痛みを克服して乗り越えていきたい。また、あの人の隣に一緒でいたい……。

 ぐっと、何かを耐えるようにして、覚悟を決めた。

 

「『観る』よ。トレーナーと、『GATE』を超えたから……同じ『銀河の核』を共有できたから」

 

 そして、一歩を踏み出してその暗闇のさきを眺めた。

 

「今度もまた超えられる。そう信じてる」

 

 

 

 そこでは、多くの人達が私の周りに立っていた。私は私の意思を継ぐ次の世代に期待していた。

 だけど、その途中で事故が起きたんだ。

 私は……『ぼく』は怪我をして、そのまま眠るように暗闇へと歩んだんだ。

 ……『ぼく』は最期に『あなた』に会えなかった。2年だったか……もっと、永遠だったような気さえする。

 目を覚ませば、『あなた』とまた会えるとそう信じていた。きっと、と。

 

 でもそうはならなかった。

 

 運命の意地悪。……『あなた』は来られなかったんだ。

 でも、『あなた』は『ぼく』に会えなかっただけじゃない。

 他にも、大切な人とのお別れがちゃんとできなかった。

 そんな『あなた』を、『私』は窓から眺めていた。手を伸ばしても、硝子をなぞるしかない歯がゆさが、胸の底でチクリと指す。

 

 これは―――罪悪感だ。

 

「そうか……『わたし』が、きっかけだったかもしれないんだ……」

「そう、そうだったかもしれない」

 

 ピシりと窓ガラスにヒビが入る。遠くに見えていた闇夜は屈折で見えなくなり、薄っすらと映っていた『わたし』が鮮明になる。一歩後ずさる私をよそに、窓に映る『ネオユニヴァース(わたし)』は話を続けた。

 

「『ネオユニヴァース』は、彼に何をしてあげられただろうか」

「河を別れようとも、欠かさず会いに来てくれた」

「だけれど、それは楔だったかもしれない。留具だったかもしれない」

「帰れる場所が、あったかもしれない」

「でもそれを縫い付けた」

「留めた」

「それは『ぼく』のせい?」

「『ぼく』は、何かをしてあげられた?」

 

 悪い夢のようだ。

 直感は正しいようで、私は近くの机を撫でる。

 何も起きないし、何も満たされない。でも心の平静さを保つことに繋がったようで、一歩たじろぐ程度でなんとか耐えた。

 ……なぜ耐えるのだろう。もし本当にそうなら、私のせいなのだとしたら、耐えられないはずではないか。受け入れなければならないではないか。

 相反するその脚の重さに、冷や汗が伝った。だけれど、でも……耐えられる理由が、『私』にはある―――

 

「ネガティブ……きっと何かをしてあげられた」

 

 バッと顔を上げる。

 

「彼と一緒に走った期間は短かったけれど、きっと何か、何かをしてあげられた……」

 

 私は、それでも彼とともに走ったその期間を愛してる。彼もそう思ってくれていた。それは『きっと』ではなく『絶対に』。

 

「それでも、彼を引き止めて……色んな機会を奪ったかもしれない。その罪悪感が―――」

 

 パキパキと、音を立ててガラスにヒビが入る。

 

「―――『わたし』にはあった」

 

 そうして割れた窓へと、教室の空気から何から何までもが吸い込まれていく。まるで気圧ゼロの宇宙へと呑まれるように。

 あぁ。

 私はきっとそんな罪悪感が胸にあったのだ。

 どれほどの愛を持ってしても、

     最期にあなたに会えなかったから。

 

 

  *

 

 

「……」

 

 もちろん、夢なのだからいつか覚めるものだ。

 私の意識が混濁のさなかに居る中、外ではもうクールダウンのランニングなどを始めた掛け声が遠くに聞こえていた。

 橙色の空を藍色が染めようとして、星々輝く宇宙が見える頃だった。うっすらと窓に映る私は、私と同じように不思議そうな表情を浮かべていた。

 体を起こして周りを見ると、クラスメイトの一人もいない。夢の内容とかぶるその場所を見て、私は足早に教室を出た。

 目の端からこぼれ落ちる涙は、一体何の涙だろうか。兎に角、私はその疑問を、不安の正体を確かめるべくトレーナーの下へと向かうのだった。

 

 元々放課後も次のレースに向けて練習する予定だったので、コースへと向かう。遠くで掛け声が聞こえたり、まだ併走トレーニングをしているのか耳障りの良い足音が聞こえてくる。

 そこに、トレーナーの姿が見えた。

 今朝の元気さは、考え込んでいる様子からなさそうにも見える。余計に心配をかけてしまったのだろうか。そんな不安が脳裏をよぎった。

 

「トレーナー……」

「……おぉ、ユニヴァース……痛みはどう?」

 

 まず聞いてきたのは痛みから。でもその表情は私の今の状態を察してか、その質問から選んだのだろう。

 今の私はきっと、酷く落ち込んだ表情をしているのかもしれない。

 

「ネガティブ……この痛みは、『ビッグリップ』だよ。ある『ネオユニヴァース』のその先……」

「その先……?」

「……」

 

 そこまで言って、いつか訪れる終わりを思い出す私は、何も言い出せなくなっていた。言ってしまえばそうなってしまう気がして、何も言い出せない。『ABSS』を見たときと同じその感覚に、私はただ恐怖していた。

 そんな、ギュッと握りしめる私の手を、彼は優しく包んでくれた。

 目を閉じ、目を開ける。

 

「『わたし』は、『定常宇宙論』を話していたいんだ。これから話す『ビッグリップ』の仮説よりも」

 

 ここからも、どこまでも続く宇宙のお話を。

 

 

 

 すべてを話し終えたとき、彼は万感の思いを持って私を抱きしめてくれた。私よりも高い身長のトレーナーは、私を強く抱きしめて深く、深く呼吸をする。

 ぱっと上げた顔にはどこか慈しむような、愛でるような優しさのある笑みが浮かんでいた。その『あなた』の表情が、もはや回答だった。

 私は、最後の痛みの原因を口にする。

 

「『わたし』はそういう航路を辿った……きっと、『あなた』もその『太陽フレアの波』を受けた……きっかけは『わたし』であり、その代償を払わせてしまった……この『GUIL』が痛みの原因……」

 

 その言葉に、トレーナーはきっぱりとこう言った。

 

「違う。きっとちゃんとサヨナラができなかったからなんだ」

 

 だけど、いつもの雰囲気とはどこかが違った。

 この感覚は、既知。

 トレーナーもまた、もしかすると統合した宇宙を感じたのかもしれない。

 

「聡明な君のことだ。分からないまま、多くのことを考えすぎちゃっただけなんだよ」

 

 トレーナーは優しく頭を撫でてくれた。遠い昔に感じた人の暖かさを、懐かしさとともに体感している。そんな気がして、目を細めた。

 

「多くの……きっと別宇宙(アナザーヴァース)の俺は、君の言っていたように『本当に一番愛していた』んだ。『ネオユニヴァース』を、確かに。」

 

 そう言って、トレーナーはまっすぐこちらを見つめた。瞳の奥に何があるのかはわからない。だけれど、どこか……『あなた』を感じた。

 故に、その言葉の真偽は解らなくても、きっとその言葉は本物だった。

 

「だから分かるんだ。君からは俺も、そして多くの俺も……沢山の大切なものを貰ったんだって。この宇宙を選んだのはきっと俺の意思だ。君のお陰で、沢山の大切なものが得られた」

 

 そう言って、トレーナーは私の頬に手を添えた。その暖かさが、じんわりと伝わってくる。

 私はその手に自身の手をあてがい、その感覚を心に刻む。これは、『あなた』と同じ暖かさだった。

 

「だからその痛みはきっと、ただの勘違いなんだ。罪悪感なんてものは、微塵も感じる必要はないんだよ」

「……」

 

 その言葉の一つ一つを海馬にインプットする。これは色んなネオユニヴァースに向けられたものでもあり、自身(ネオユニヴァース)に向けられたものでもある。忘れることはない。

 刻み込んだ絆を確かめるように反芻し、私は微笑んだ。

 

「そっか……」

 

 迷うことはない。その瞬間から私の胸の痛みは、最初からなかったかのように消えていったのだった。

 

「―――まぁそれはそれとして、病院には念のため行こっか」

「え」

 

 

 

 

 ミ★

 

 

 

 

 かつて、私は多くのヒト達と共に、なにかとんでもないことをやってのけた。それはきっと祝福であり、同時に彼をこの宇宙に引き止めた呪いだった。

 でも、彼はそれを呪いだと思ってはいなかった。この新しい宇宙は彼を暖かく受け入れた。その優しさに感極まったからこそ、彼は望んで残ったのだ。

 その呪いを祝福として受け、そしてそれを与えた……与えてくれた私に、彼は感謝していたんだ。

 どこまでもどこまでも広い空の下、そんな空からすれば……例えば300光年先の宇宙からすれば、私達なんて本当にちっぽけだ。この胸の痛みも、うぅうん、この消えた感触もきっとまた、ただちっぽけな勘違いの痛みだった。

 気にする必要なんてなかったんだ。

 だって、私達はこうして……愛によって超えてきたのだから。

 この新宇宙(ネオユニヴァース)に。

 

「トレーナー……」

「ん? どうしたんだ?」

 

 そうしていつものように微笑む。

 きっとこれまでも、これからも、私達は一緒にここにいる。

 

「……とてもスフィーラ、だね」

「そうだな……とてもスフィーラ、だ」

 

 だから紡ごう、この果てしない銀河の航路を。


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