【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結)   作:GR/フィルン

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最終話です。


12-1 ギギスは人から得た知識を誇らしげに語ろうとした[完結]

 ギギスは人から得た知識を誇らしげに語ろうとした。

 警戒を緩めたつもりなどなかったが、言葉に意識を割いてしまった。

 

 なので反応が一拍遅れてしまう。

 

『では死ね』

『!!?』

 

 ギギスが続けて口を開こうとしたところの虚をついて、レンが足首だけの力で強烈に地を踏みきって飛びかかる。

 そして僅か浮かせた剣先を下から掬うようにして斬り上げた。

 

『ガッ!?』

『黒幕も無く、人間の生まれ変わりでも無ければ殺しても構うまい。いかなる理屈で人語を解した所で所詮ゴブリンはゴブリンだ。使い様もないしな』

 

 情け容赦の無い剣がギギスを傷つける。

 今の一撃によって、ギギスは杖と左足を深く斬り裂かれていた。

 本当に反射的ともいうべきとっさの防御によって杖で受けることが出来たが、それも半ばから折られて、短杖のようにされてしまっていた。

 

『ググァッ!! さっきから卑劣な事ばかリヲ……! 汚い奴メガッ……!』

『卑劣? ゴブリンなんぞと戦うのに正々堂々としてなんになる。話しが出来るというならそれで隙を作らせてもらうまでだ』

『おノレ! 冒険者ガァッ!! ギィヤッ!』

 

 会話をしていたのもギギスの油断を誘う為だと、なんの躊躇いも無くレンは口にする。

 対して斬りつけられ、挑発されたことでギギスは激昂した。

 膝を突いた姿勢のまま足元に転がっていた、まだゾンビになってない死体を掴むと、レンが次の剣撃を振るうよりも早く投げつける。

 

『おっと。死者を冒とくするとは、品が無いな』

『ハッ!! 貴様にだケハ、それを言われる筋合いなど無イワ!』

 

 確かに死者をゾンビにするような相手にだけは言われたくはない台詞であった。

 ギギス渾身の威力が込められた死体投げであったが、その大振りな動きをレンが避けられぬ筈もない。

 一歩下がりながら身体を捻り、最小限の動きで間近から投げられた質量弾をかわしてみせる。

 

 そして態勢の崩れたギギスを再び切り刻むべく、レンが足に力を入れる。

 剣を受ける杖も短く、隙だらけのギギスに至近から襲い来る剣尖は間違いなく必殺の一撃になりうるものだった。

 だが、ここでギギスは不敵に笑ってみせた。

 

『バカメ』

 

 直後、レンがギギスの言葉を疑問に思うよりも早く。

 至近の背後から吹き荒れた爆風がレンの身体を痛打した。

 

『ぬぐぅっ!?』

 

 特級剣士のレンをしてその圧に姿勢を乱されるその爆風は、大小様々で鋭利な破片をもってレンの背面に無数の傷を作っていた。

 正体不明の思わぬ攻撃にたたらを踏むレンの目の前で、ギギスは更に足元のゴブリンの死体を掴んで放り投げる。

 

『こいつも食ラエ! ギャッ!』

 

 今度は避けられぬほどの顔面に迫ったゴブリンの死体を前に、レンは急ぎ剣を振るい、その死体を両断する。

 

『はぁっ!』

 

 しかしギギスによって魔力の込められていた死体は斬られてもその力を散逸させず、その場で大きく膨れ上がって盛大に爆発四散してみせた。

 

『なっ!? ぐあっ!?』

 

 剣を振った後の不安定な体勢で爆発を正面から食らってしまい後方へと押し戻されるレン。

 コントロールされたのか、至近にもかかわらず爆風の影響を全く受けていないギギスは、勝機を逃さぬうちにと畳み掛けていった。

 

『そのまま死ネ!! こいつでとどメダ!!』

 

 死体を両手に二体ずつ。

 計4体の<死体爆破>用の弾をゴブリンロードとしての膂力任せにレンへと投げつける。

 

『ギャアゥッ!』

 

 レンが体勢を立て直すよりも早く、四つもの死体が正面からレンに衝突する。

 そして、血潮が、臓腑が、骨肉がギギスの注ぎ込んだありったけの魔力をもって膨れ上がり、ド派手な爆発を巻き起こす。

 発生した血煙で相手が見えなくなるほどの威力は、それまでの劣勢を覆してギギスに勝利を確信させる程に鮮やかなコンビネーションであった。

 

『やっタカ!!』

 

 ギギスが快哉をあげる。

 

 今しがたギギスが使って見せた魔法こそ、先程までの乱戦の中で呪術師エーデル・イーにお見舞いされ続けた<死体爆破>の魔術の酷似に違いなかった。

 とはいえ、果たして見ただけで魔術を真似るなど可能なことなのであろうか、と言われれば、当然普通は「否」が答えではある。

 

 人間が魔術を発動させるまでのプロセスは魔法陣・触媒・詠唱・指定といった複雑なものを含んでいる為、魔導書及び杖無くして魔術を発現させることなど出来はしない。

 なので初見の魔術を再現するとなると準備も何もかもが足らなくなる。

 だが、ゴブリンが使用するゴブリン魔法は違う。

 

 ゴブリン魔法は簡素な魔法である。

 簡素な魔法であるがゆえに、複雑な魔法を発動させることはできないし、今ギギスが陥っている窮地のように例え探索魔法を使えても魔法使いでないものにすら逆探知を許してしまう。

 その代り、実体験として見知ったもので、発現までのプロセスがそのゴブリンなりに想像できたものであれば勝手が変わってくる。

 

 ギギスは爆破された死体の魔術を見て、魔力を注いで膨らませれば破裂させられるのだろうという知見を得た。

 そして実際にダメージを負ったことで、爆破の内に紛れている破片こそが痛打の元だと体感した。

 

 これによって、自ら手に持った死体に魔力を注ぎ、それに爆発するイメージを持たせて放り投げる事が出来たのだ。

 

 事前に試すことも無かった中での苦肉の策であったが、思った以上にギギスはその魔法を上手く使うことが出来ていた。

 実際にはエーデルが行ったような、護符によって魔力のパスを繋ぎ自在に爆破する事も出来ない上に、魔力任せの爆破の為、消費も圧倒的に大きいもので、術としての構成も発動までのプロセスも何もかも違う物であったが、同じような結果だけは得ることが出来ていた。

 

 辺りを隠すほどのど派手な血煙がゆっくりと薄れていくのを見ながら、ギギスはどすりと腰を下ろす。

 

 6発分の<死体爆破>。

 初試しの不慣れな魔法に残り少ない魔力を全て込めて放った為、ギギスの魔力は底をついていた。

 しばらく休憩しない限り、立って歩くにも億劫で、使える魔法も小規模の物が1,2発といった程度だった。

 

 幸い周りのゾンビ化した死体は、さっきまでの二人の戦いの余波によって薙ぎ払われているのでほんの少しの安全なら確保されていた。

 

『ハァ……。後は骨壁の術師カ。本当にぎりぎりダナ。とりあえずグーギを呼ばネバ』

 

 多少の安全があるとはいえ今の状態はあまりにも危険が大きかった。

 本来であれば剣士の相手をしているはずのグーギが行方不明となり、戦いを強要された事は大きな痛手であった。

 早急に態勢を整える必要があると感じたギギスは、自らが引き起こした血煙晴れやまぬ中で短くなった杖を握る手に力を込める。

 

 そして大きくひと息吸い、グーギを呼ぶ魔法を使おうとした、その刹那。

 彼はその耳で死の声を聞いた。

 

『ふむ。相手の死も確認せぬうちに腰を下ろすとは。所詮はゴブリンか』

『!!?』

 

 次の瞬間、ギギスは己の胸に走る、熱く鈍い痛みを感じていた。

 

『ガッ!!?』

『愚かな事だ』

 

 感じる痛みのままに自分の胸元を見下ろせば、剣士レンの握る片手剣の柄がギギスの胸にピタリとついていた。

 銀色の刃身は自身を見下ろすギギスの視界には入っていない。

 だが、己の身体ははっきりとソレを感じていた。

 冷たい鋼鉄の刃が、皮膚を、肉を、骨を、心の臓を貫いて、その背中まで抜けていることを。

 

『ア……、ガ……』

『醜く愚かで真に野蛮なゴブリンの王よ。我が剣の錆となるがいい』

『グ……、クソ……ッ』

 

 確かな致命傷に痙攣する身体をおして、目の前にいる剣士の首をへし折らんとして、手を伸ばすギギス。

 

『悪あがきだな』

 

 だが、その瀕死ゆえの緩慢な動きよりも遥かに早く、剣士は突き刺した剣を傾け、自身の右手が振り切る方へと刀身を滑らせながらゴブリンロードの身体を横へと切り裂いた。

 レンが披露したのは突き刺さり制止した剣身を腕力だけで振り抜き、相手の身体を切って捨てる豪の剣であった。

 

『ゲウ……ッッ』

『殺すならば最低でもこれぐらいはした方がいい』

 

 自由になった剣を振って血糊を落とし、それでもまだ油断なく剣を構え直すレン。

 それを目の前にしてギギスは為す術も無く崩れ落ちる。

 

『な、何故……』

『何で生きてるかと問いたいのか? つまらん答えだぞ』

『ナン、ダト……ッ』

『耐えられた。それだけだ』

『!?』

 

 もちろん無傷ではなく身体のあちこちから出血しながらではあったが、何のことはなく語るレンにギギスは驚きで目を見張る。

 

『お前、相当消耗してたみたいだな。見た目は派手だったが威力は俺を殺せるほどでは無かった。それに<死体爆破>は悪いがそんなに強い魔術じゃないんでな。与えられる被害にも限度があるんだよ』

『グッ、畜……生……メガ……ッ。……ゴボッ!』

 

 胸を半分、横に裂かれた傷口からはおびただしい量の血が零れ落ちていく。

 起き上がる力も持てないまま、ギギスはそれでもなお何かをなさんと、取りこぼした杖を求めて左手が地を彷徨う。

 だが、その指先からも急速に命は失われつつあった。

 

『ウ……、グ……ッ』

『なんだ。まだ息があるのか? 異常にしぶといな。さすがは魔物か』

 

 二転三転する状況の中、ギギスにとってあまりにも唐突に訪れたその衝撃は、突かれ、裂かれ、地に崩れ落ちた今になって、ようやく事実として認識され始めてくる。

 

 死。

 

 ギギスは死ぬのだ。

 もうまもなく。

 

 死の覚悟など、今の今まで持ってなどいなかったのにだ。

 彼にしてみれば全く唐突に、自身の生の終わりを今、告げられていた。

 

 それはこの戦場で死んでいったどの命も等しくそうであったであろう。

 決死の覚悟などと言っても、本当に自分が死ぬなどと、もたらされた傷の痛みにのた打ち回りながら、薄れゆく生をただ感じるようになるなどとは、誰しもが思ってなかったに違いなかった。

 

 ギギスもまた同様だ。

 戦いが苦境にあることは当然分かっていた。

 ただの人間ばかりが群れたとて容易にひねりつぶせると思っていた戦場で、自身を脅かすほどの特級剣士、骨の壁、爆発する死体、そして蘇りゾンビとなって襲い掛かってくる亡者の群れ。

 どれほどの損害になるかと頭を抱えてもいた。

 果たしてこの先戦い続けられるほどの戦力が残ってくれるのかどうかと悩んでもいた。

 

 だが、自身の命がここで、こんなところで失われることになるなどとは、夢にも思っていなかったのだ。

 

 死の感覚が痛みよりも喪失感をもたらすようになっていく、黄泉への坂道の途上で、ギギスが今考えていたことといえば『まサカ……。そンナ……』といった驚愕がほとんどだった。

 その中で少しずつ、自分が死ぬ、という感覚を実感させられていく。

 もうこの先は無いという絶望が、ギギスの瞳を徐々に覆い始めていた。

 せめてもの抵抗として自らの片手を噛み千切り、それを吹いてぶつけることで指骨弾としたが、それもなんなくいなされてしまう。

 

『オ、俺ハ……、死ヌ、ノカ……?』

『死ぬ。間違いなく。何故なら俺がここから更にお前を切り刻み、確実に殺すからだ』

『死……』

 

 呆然と自身の死を見つめるギギス。

 そんな彼の耳朶に、突如雰囲気を変えたレンの場違いに平静な声が響いた。

 

『ん? おい。よく見たらお前、左耳が無いな?』

 

 それは、本当に今気づいたとばかりの何気ない呟きに聞こえた。

 ギギスはそんなどうでもいい言葉に反応する事も出来ず、死にゆく自分という絶望に侵されている。

 内心ではそれがどうしたのだという、益体も無い小さな感想だけが浮かんでいた。

 

 だが続くこの後の剣士の言葉によってギギスの精神は大きく揺さぶられていくことになる。

 

『そういえば、あのゴブリンジェネラルは左腕が無かったな。……お前、いや、お前達まさかひょっとして、どっちも俺が殺し損ねた奴らか?』

『…………?』

 

 グーギの事も示す不可思議な言葉に、ギギスの意識が僅か浮上し、脳裏に疑問の感情が起こる。

 

 そんなあるのかないのかといった程度の反応でも良かったのか、レンは一転嬉しそうに喋りだしていった。

 

『そうか!! お前達どっちもあの時のゴブリンだったのか!! そうかそうか!! これは傑作だな!!』

『ナ、ニヲ……言ッテ……』

 

 今にも膝をうたんばかりに大声で話しだしたレンの様子は、死の間際のギギスをして眉をしかめさせるものだった。

 しかし、次のレンの言葉にギギスは目を剥いて驚かされることになる。

 

『いやぁ。折角だから聞いてもらおう。実は俺はゴブリンとはよくよく縁があってな。去年だったか谷底に蔓延るお前達ゴブリンの大軍を偶然見つけて国に報告したのは俺なのだが、その前にも古都に忍びこんだゴブリンを追ってその左耳を切り落としたことがあったのだよ』

『!!?』

『変装して街に潜り込むなどという、あんな変わり種のゴブリンなど滅多にいないほどに珍しいと思ったが、あれはお前だったんだろう? いや、お前以外にいないはずだ。ゴブリンロードになるほどの珍種だ。していない筈がない。だろう?』

『ア……、あの時、ノ……ッ。あの時の冒険者、ダトッ……ッ!?』

 

 ギギスは確かに覚えがあった。

 ぼろ布を被って浮浪者のふりをして潜り込んだ古都ガテドヨルール。

 その中で彼は人が創り出した様々に魅力的な物に触れたが、最後は冒険者に見つかったせいで、左耳まで切られて、這々の体で逃げ出したのだ。

 

 目の前でギギスを見下ろす冒険者と同じ、黒髪の冒険者に、斬られて! 

 

『キサッ……ッ! ゴフッ! ゲハッガハッ!』

『ハッハッハ。無理をするなよ。もう死ぬとはいえ流石はゴブリンロードだ。トドメを刺すまでは案外しぶとそうだ』

『俺ノ、耳ヲッ……!』

 

 ギリギリと歯を食いしばって呻くギギス。

 だが、彼の怒りを誘う言葉は更に続けられていく。

 

『そうそう。その前には村人達を捕まえていたゴブリンの群れを狩った事もあったが、あの時には片腕だけ切ったのに取り逃がしたゴブリンがいたんだよ。そう、思い出してみれば左腕だったような気もしてきたな。覚えがあるんじゃないか? あのゴブリンジェネラルも片腕が無いもんなぁ。更に前にはゴブリンの巣を潰したこともあったんだが俺も未熟でなぁ、子供を殺し損ねた事もあったんだよ。なぁ、まさかこれもお前か? お前達なのか?』

『ナ……、ナ……、ア……ッ』

 

 次々と語られるレンが狩ったというゴブリンの話し。

 それはどれもこれもギギスの身に覚えがある話ばかりだった。

 

 かつてギギスがセアラに話した言葉。

 

『俺の耳モ、弟の腕モ、家族モ、仲間モ、全部冒険者ダ』

 

 その全てが今、目の前の冒険者の口から全て語られていく。

 

『オ、お前……、お前が全部、やっタト、言うノカ……ッ! 俺ノ、俺の全テ、ヲ……ッ!』

『おっ。その反応だとどうやら当りのようだな。ということは、今分かったが、俺とお前は因縁の間柄、というやつだったんだろうなぁ。面白い話だ』

『貴……、様……ッ』

 

 旧知の友に会ったかのように戦場で朗らかに笑うレン。

 その一方で、ギギスはこれまで積み重ねてきた恨みの全ての根源が目の前の男であると知り、その目に怒りの炎を燃やしていく。

 

 そしてギギスは、今しがた憎い仇であったことが判明した男の言った言葉を思い出す。

 

 谷底を見つけたのも自分だと。

 この男は確かに今さらりとそう言っていた。

 

 つまり、ギギスが作り上げた谷底の拠点が焼かれて失う事になった元凶もまた、目の前の男なのだ。

 そして今、ギギスを死の淵から蹴落とそうとしているのもこの男。

 

 全部。

 

 何もかもが目の前で楽しそうに笑っている黒髪の冒険者によるものだったのだ。

 抑えきれぬ慟哭が、死したるギギスの身体をも痛烈に突き動かして恨みの元へと向かわせた。

 

『オノレ、貴様ガァ! 貴様ガアアアッ!!!』

 

 自分の胸が切り裂かれ死を目前にしているにも関わらず、ギギスの身体は度を過ぎた怒りによって跳ねる様に飛び上がり、レンへと全身で襲いかかっていく。

 

『おっと』

 

 だが、そんなギギスの憤怒の一撃も、剣を構えたまま油断なく待ち受けていたレンによってあっさりと斬り伏せられてしまう。

 

『アガァッ!!?』

 

 レンへと伸ばしていた左手が斬り飛ばされ、再び地へと倒れ伏せたギギスの目の前へと、斬られた腕が無惨に転がり落ちる。

 

『オゴ……、ウゴォォ……ッ!!』

『無駄なあがきはよすんだな。死を早めるだけだぞ』

『許サン……ッ! 許さンゾ! 貴様、貴様だけハァァァァッ!!!』

 

 ギギスの人生全てと言っていい程に干渉し、害をもたらしてきた男への恨みは、生への執着などよりも遥かに苛烈なものへと燃え上がっていった。

 

『ギギャアアアアアアア!!!!』

 

 憎しみの全ての力を込めて叫ぶ吠え声が戦場に響き渡る。

 しかしそれは結果としてギギスの断末魔の悲鳴となった。

 

『うるさい奴だ』

『ガッ……ッ!』

 

 死に体のギギスの喉に剣が突きこまれる。

 

 それでもうギギスは叫ぶことさえ出来なくなる。

 

『……ッ!! ゴボッ……ッ! グバッ……!』

 

 何かを喋ろうとしてもギギスの口からは血が溢れるばかりであった。

 レンが痛ましそうな顔でそんなギギスを見下ろしている。

 

『さすがにこれ以上は貴様も辛かろう。今、楽にしてやるからな』

『…………ッ!! ゴッ……!』

 

 ゆっくりと見せつけるようにして、剣が溜めを作って引かれていく。

 ギギスは先ほどから続く絶え間ない出血によりもはや身じろぎ一つも出来ず、ただその眼に激憤だけを乗せ続ける。

 

 そして流れるような剣閃がギギスを捉え、彼への最期の一撃となった。

 

『さらばだ』

『ガ……ッ』

 

 齎されたトドメによって、ギギスの意識は絶たれ、闇へと墜ちていく。

 

 もはや何事も考える事のできない程の虚無が彼を喰らって、無へと、ギギスであったなにかを放逐する。

 

 無慈悲な剣はゴブリンの王を何の容赦も無く斬り殺した。

 希望も奇跡も無い、死。

 

 己の運命に抗うことの出来なかったゴブリンロードは、因縁極まる人間の冒険者の手によってその人生を終わらせられた。

 

 人の目線から見れば、未曽有の危機を齎したゴブリンによる破滅の大津波は、希望の光である特級冒険者達の力によって、奇跡的に防がれたことになる。

 もちろん数千人の街の男衆という甚大なる被害と、南部一帯全ての穀倉地帯が焼き払われたことによる損害は、取り返しのつくものではない悲劇に違いないだろう。

 

 それでも生き残った人間達はこれを英雄譚として、素晴らしき栄光の物語として、ゴブリンの王の首を取り天へと掲げる偉大なる冒険者の姿を語り継いでいくだろう。

 

 殺されたゴブリンの王が何を望んでこの未曽有の大災害を引き起こしたかなど、誰も考慮することなどもなく。

 

 勝者だけが生き残り、全ての敗者をあざ笑う、常なる歴史の一ページのように。

 

 敗者はただ死ぬ。

 

 恨みだけをその無形なる魂の内に刻みこんで。

 

 己を殺した憎き冒険者に災いあれと、この魂が彼の者の災いにいつか至らんと、声なき声で叫び続けながら。

 

 

 ギギスは、死んだ。

 

 

 

(おしまい)




今日まで読んでいただきありがとうございました。
これにて完結となります。

次回投稿は別枠にて、
『【ゴブリン・プリンセス】 ~TS姫様は冒険者なんて大っっっ嫌い!!~』
https://syosetu.org/novel/319529/
がこの後すぐ始まります。

余韻無く次に繋げてしまい、テイストも変わってしまいすみませんが、またお付き合いいただけたら嬉しいです。

宜しくお願い致します。
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