家業である祓魔師を継いだ女子高生が怪異祓封所の支部へ編入する前に異常存在の報告について調べるべく現場の近くへ降りると、そこで記憶を失くした狐っ娘や方言が怪しい法師と出会う。

法師も同じ異常存在を追っているらしいものの、その無能さに女子高生は狐っ娘と共に呆れ果てる。すると、法師は身体の中に強い力があるからと見ず知らずの狐っ娘にも手伝いを頼み始め・・・。

人里離れた日本の山奥にて繰り広げられる現代怪異戦、その行方は――

yukke様の短編「無能法師と妖狐の僕」にオリ主を加えたかった作品です。
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祓魔JKとTS妖狐、ときどき無能坊主 〜Tヶ丘怪異祓封所H市支部編入記〜

 

湿度や気温のバランスが丁度良く快適に過ごしやすかった春は過ぎ、雨が降りしきる初夏のジメジメとした気持ちの悪い暑さの中。

 

つい先週に実家の家業である祓魔師(ふつまし)の仕事を継いだ私は、今朝に働いている所――Tヶ丘怪異祓封所(ふつふうしょ)から特異事象反応の報告を受け、その区域を担当する支部への編入ついでの調査の為に人里離れた山奥の峠道にあるバス停で降りた。

 

「・・・」

 

そして、そこからビニール傘を広げて歩いていった先、その廃れて使われなくなった古いパーキングエリアらしき場所の片隅にあるボロ屋同然の便所にて、呆然と座ってブツブツと呟いている狐の耳と尻尾を生やした少女を見かけた。

 

「あっ・・・」

 

「アンタ、そんな所で何してんの?」

 

幼い頃から母親そっくりだと感じる程の長い銀髪と、今の流行を取り入れつつも校則には反しない程度のオシャレを施した制服姿の私が、まるで男子のような衣服を着ている肩まで長い狐色の髪をした狐っ娘と共に、足元の水溜まりに反射して映っている。

 

「貴方は・・・僕に何が起きたのか、分かるんですか?どうして、僕は女の子に・・・?」

 

「はぁ、随分いきなりな質問ね。私だって、さっき此処に来たばかりなんだから、初対面なアンタの事なんて知る訳無いでしょう。それに、その言い方・・・まさかアンタ、元々は男だった感じ?」

 

「・・・うん」

 

――しまった、また話の腰を折ってしまった。

 

特異事象反応があった場所だというのに、こんな見るからに不自然な子から何も引き出せないまま沈黙するなんて、本部の知り合いに知られたら苦笑いされる案件だ。

 

さて、どうしたものか・・・。

 

「♪♪〜」

 

「・・・これ、この歌は――」

 

「てるてる坊主の歌・・・というか、この声は確か」

 

そう思っていると、雨のザーザー音に紛れながら歌いながら傘を頭に被って歩いてくる、1人の坊さんが私と狐っ娘に向かっているのが見えた。

 

「ん〜?なんじゃぁ、こんな所に女子高生と薄汚れた狐かいな」

 

「へっ?」

 

「なるほど・・・本部から聞かされた"現地の協力者"って、ひょっとして貴方の事?」

 

すると、坊さんは私の事を無視して私の横を通り過ぎ、狐っ娘の隣に座って被っていた傘を壁に立て掛ける。

 

「お前、こんな所で何しちょお?ここは便所やぞ?」

 

「・・・」

 

「そんな事より、貴方も此処に何か用が?見た所、旅の途中で急に催したって訳じゃなさそうですけど?」

 

「そうやのぉ、女子高生の嬢ちゃん。旅の途中ではあるが〜ただ、そこのトイレにちょいと用があってな。そっちこそ、本部から送られてきたっちゅう新人か」

 

「ええ、依頼みたいなものですが」

 

「??」

 

狐っ娘がキョトンと私と坊さんを見る中、私は訛りのある話し方に若干理解がキツかったものの何とか自分の素性を明かす。

 

そこそこ年齢がいった老け顔の男である坊さんの姿に、ふと一瞬だけ私は父の面影が重なって見えた。

私の父は元々坊さんだったらしいが、それより以前の詳しい話を聞く前に心臓病で亡くなってしまったので、私は祓魔師としての生まれである事しか知らない。

 

だからといって、祓魔師を継いだ今更になっては知るつもりも無い話ではあったが。

 

「それより、狐のアンタ。此処は危なくなるから、ひとまず離れておいた方が良いわよ」

 

「・・・僕の事は、お気になさらず」

 

「あっそ、じゃあ勝手にすれば良いんじゃない」

 

「はぁ・・・なんや、移動してくれた方がやりやすかったが」

 

「ただ、"向こう"がどう動くかは分からないけれどね」

 

そう私と坊さんが溜息を吐いていたのと同時に、いきなり目の前の駐車場へキャンピングカーが猛スピードで入ってきて、乱雑な急ブレーキとハンドル捌きでドリフトしながら停車してくる。

 

そして、その中から誰かが扉を開けて私達の居るトイレの方へと向かってきた。すると――

 

「・・・あれ?」

 

「ちょっと、何で隠れるんですか?」

 

坊さんが咄嗟にトイレの陰へ隠れた事を気にしている内に、カウボーイハットを被って斧を持った木こりっぽい大男が某世界的に有名なネズミのマーチを鼻歌で口ずさみながらトイレの中へ入っていった。

 

「フンフフンフンフン〜♪」

 

とはいえ、相手は出入り口近くに居た私達には目もくれていない様子だ。

 

「ふむ・・・やはりのぉ。都市伝説として話が広がっちょったが、まさか本当に実在するとはのぉ」

 

「都市伝説?」

 

「まぁ、この近辺で似たような車が変な事をしているって噂になってた感じ。それを不審に感じた近隣住民の依頼を受けて、調査の為に私が来たって訳かな」

 

そうして私と狐っ娘もトイレの陰に隠れて中の様子を伺っていると、今度はキャンピングカーの方から女性の啜り泣くような声が聞こえてくる。

あんな異様な物、いつから存在していたかは分からないが・・・かなりの禍々しさを感じるような気がする。

 

「なぁ!アイツが悪いよなぁ!!」

 

「・・・ひっ!?」

 

それとと同時にトイレの中から今さっき入っていった大男の怒鳴る声と扉を乱雑に殴り付ける音が聞こえ、それにビックリした狐っ娘が小さく悲鳴を上げた。すぐに私が狐っ娘の口を片手で塞いでやると、更に大男は暴れるような物音を立てながら叫び続ける。

 

「確かに此処だよ、此処!なぁ!アイツが悪かったよなぁ!!悔い改めてるよなぁ!?ハレルヤァ!!」

 

あまりにイカれたような大男の奇行を静観しながら、私は相手の素性について得られた情報を元に推測を組み立ててみる。

 

1つ、あの大男は現代の人間が転じた存在ではない。これは、大男の格好が明らかに一昔前のマタギや木こりを思わせる姿だった事から、恐らく間違い無い。

 

2つ、あの大男は――

 

「なんちゅう怒りのオーラじゃ!しかしなぁ・・・儂が居る限り、お前さんらの好き勝手にはさせんぞ!!」

 

「って何いきなり目の前に飛び出て仁王立ちしちゃってるの!?」

 

まだ推測を立てて作戦を練ろうとしているにも関わらず、なんと坊さんは無謀にも大男の前に立ち塞がってしまっている。

 

「フンフフンフンフンフンフフフン♪」

 

しかし、大男はトイレで叫んで暴れて落ち着いたからか、再び鼻歌を口ずさみながら坊さんを素通りしてキャンピングカーの方へと戻っていった。

 

そんな突然の連続で呆気に取られてしまった私だったが、すぐに気を取り直して坊さんへ掴みかかる。

 

「おうジジイお前何してんだよ?こちとら相手の正体も何も掴んでないってのによ?」

 

「う、うむ・・・正直すまんかった。しかし、アレが無視とは・・・いや、儂らの存在には気付いているだろうに・・・もしくは、儂が別の姿に見えているのか?」

 

「そうですね〜きっとデクノボウに見えてたんでしょうね〜」

 

「嬢ちゃん、何か怒っとらんか?」

 

「いえ〜別に〜?」

 

私が溜息を吐きながら坊さんを離した時、それまでずっと黙っていた狐っ娘がキャンピングカーを指差し静かに震え声を発した。

 

「お坊さん、お姉さん・・・あの、あそこのキャンピングカーの方が、さっきの大男より怖い感じがするんだけど・・・」

 

「あん?なんじゃと?」

 

「キャンピングカーに・・・?なっ――!」

 

その狐っ娘の言葉で車の方を見ると、そこで窓からデップリとした中年の双子がジッと無表情で此方を見ているのが見えて、私は思わず視線を逸らす。

 

しかし、坊さんの方は何も見えていなかったのか不思議そうに首を傾げていた。

 

「あ〜ん?儂には分からんが?ボロボロのキャンピングカーじゃぞ?」

 

「えっ?でも、まだ結構綺麗なキャンピングカー・・・」

 

「参ったわね・・・この子にも、私と"同じの"が見えているなんて」

 

すると、大男が乗り込んだ途端にキャンピングカーは再びエンジンの音を大きく鳴らしだし、ガタガタと揺れながらゆっくり動き始める。

 

「不味い!キャンピングカーが移動しようとしてる!坊さん、何か策は無い!?」

 

「むぅ!このままでは、また被害者が・・・やむを得ん!」

 

坊さんは一瞬だけ私に目配せをして懐から数珠を取り出し、それをキャンピングカーに投げ付けながら経を唱えて封術で足止めをしよう――としたのだが、数珠はキャンピングカーの上に乗る事すらなく真後ろへと落ちて、キャンピングカーが走り去ると同時に虚しく光っただけに終わった。

 

「・・・おい」

 

「・・・うむ、中々に強力な悪霊――」

 

「いや、明らかに失敗してませんでした?」

 

「それで強力な悪霊もクソも無いよね?」

 

「うぐっ!」

 

掠りもしていなかったのに堂々と嘘で誤魔化そうとしても、祓魔師生まれの私は騙せる訳が無い。というより、そもそも目が凄く泳いでいるのだからバレバレなんて話ですらないのだが。

 

「ま、まぁ・・・とにかく連絡じゃ。仲間に、対象が逃げた事を報告せんとな」

 

そう言って坊さんはすぐさまスマホを取り出し、その仲間とやらへと電話をかけていたが、電話が繋がったのと同時に坊さんのスマホからガミガミとした大きな怒号が聞こえてきた。

 

「・・・!!いえ、その、決して怠ったっちゅ〜わけでは――いえいえ!とんでもござぁせん!はい、はい!もう儂は手出ししませんので・・・えぇ、また山の方へ――はい、はい!」

 

その必死な平謝りぶりからするに、どうやら坊さんは大して偉い人ではないらしい。ついでに言えば、あの方言も電話ではグチャグチャに混ざっていたので、慣れていないものを無理やり使っていただけのようだ。

 

そんな醜態を晒しながらも、電話を終えた坊さんは額の汗を拭って私と狐っ娘の方へ振り返る。

 

「ふぅ、全く・・・難儀な上司を持つと、下は大変じゃぁ。さて――なんじゃ?2人共その顔は?」

 

「いや、何でそんな偉そうなんでしょうかと思ってね」

 

「はい・・・なんというか、ダサいですよ」

 

「うるさいのぉ。それより狐の子、お前さんはどうするんじゃ?」

 

「・・・僕?僕は、まぁ・・・記憶が戻るまで此処に――」

 

すると、そこで狐っ娘が再び根暗な様子で座り込んだのを見て、つい放っておけなくなった私は彼女・・・彼?を連れて行く為に思い浮かんだ良い口実を口に出す。

 

「それなら悪いけど、ちょっと私達を手伝ってもらうわよ。さっきので私と同じ物が見えていた感じだったし、アンタ自体もこのまま放置する訳にもいかない存在だからね」

 

「あの、話聞いてます?」

 

「ウダウダ言わない!さっさと行くわよ!」

 

「ギャン!!尻尾掴まないで!というか女の子なのに凄い力だよ〜!!」

 

◇◇◇

 

それから狐っ娘の尻尾を掴んだまま、私は坊さんと共にキャンピングカーの走り去っていった痕跡を辿って山の方へと足を踏み入れていく。

 

「ふむふむ、この辺か・・・」

 

「うん、相当ヤバい念を感じるから間違いないわ」

 

「はい、僕もあのキャンピングカーだと思います。さっき駐車場で感じた念と同じ、強力で気持ち悪い感じがします」

 

その私と狐っ娘の言葉に、なるほどと言いたげに坊さんは自身の薄らと生えた顎髭へ手を当てる。どうやら、この坊さんは私や狐っ娘とは違って"見えない"体質らしい。とはいえ、先程のキャンピングカーへの対応などを見るに完全な足手まといにはならなさそうではある・・・が――

 

「よし、結界を張る為の香を・・・と、うむ。この匂いは相変わらず――」

 

「それ、蚊取り線香じゃ・・・」

 

「というか、それ十中八九違うよね?」

 

坊さんの持つ、そのグルグルと渦状に巻かれている独特の形を見て、私も狐っ娘も思わず呆れた眼差しになってしまう。

 

「まさか、本来持ってくる物と間違えた?」

 

「良いんじゃい!このグルグル回ってるのが、上手く結界を――」

 

「あっ、雨で火が消えましたよ」

 

「ぬわぁぁあ!!蚊が寄ってくる!!」

 

「ほらやっぱり蚊取り線香じゃん!」

 

「いや、違うわい!霊の――」

 

「でも、めちゃくちゃ蚊って言ったよね!?」

 

「えぇい!可愛い女子と妖狐のクセに口が悪いのぉ!」

 

それを聞いた狐っ娘は何故だか不法投棄されていた姿見で自分の姿を確認して赤くなっていたが、そこまで自分の美少女ぶりに気付いていなかったのだろうか?

 

――と、ふとパッチリとした二重の目や耳と同じ狐色の髪と僅かにTシャツを押し上げる小さな胸の膨らみに、ついつい私は見惚れかけてしまった。

 

「・・・う〜ん」

 

「しっかし、狐の子よ。お前さんが男だって言った時には驚いたぞ。まぁ、思春期には良くある――」

 

「は?私だって思春期でリアルに祓魔師やってますが?」

 

「いやいや!待て嬢ちゃん!そんな殺気立った目を向けるでない!」

 

「・・・それに、僕だって嘘じゃないのに」

 

それに、山へ到着するまでに狐っ娘から散々「自分は男だ」と説明されたものの、今でも私や坊さんは信じられない冗談のように感じている。

 

しかし、狐っ娘の記憶が曖昧だというのも理由の1つにはあるが・・・何故か私には、その言葉が完全に嘘ではないように思えてならなかったのだ。

 

「とはいえのぉ・・・このプリケツで男だ男だと言われても、誰も信じんぞ」

 

「うぎゃぁ!!何触っているんですか!!」

 

すると、そう坊さんがセクハラ紛いな事を狐っ娘にしていた時、それを振り払おうとした狐っ娘の手のひらから突風が吹き荒れて坊さんを吹き飛ばした。

 

「うぉっ!?」

 

「・・・えっ?」

 

「これは・・・っ!」

 

その光景に私も狐っ娘も少し呆然とするも、吹っ飛ばされた坊さんは木にぶつかって、ひっくり返ったまま狐っ娘へ驚いた表情を向ける。

 

「ふむ・・・やはり妖術が使えたか」

 

「えっ・・・えっ?」

 

「どうやら、その様子だと記憶が無いのは本当みたいね。そうなると、男だったという話も恐らく・・・」

 

妖術という力なんて、私は今まで実際に見た事すら無かった。ただ、それっぽい話を父から少しされた程度であり、幼かった当時は私に祓魔師なんて継いで欲しくないが為の作り話だと思っていたのだ。

 

――それが今、私の目の前で現実に起こった。

 

「・・・って、坊さん?何で、いつまでも起きないんです?」

 

「いや、もう少しでの・・・2人のが見えそうで――うぶっ!!」

 

「ちょっ!?最っ低!!」

「〜っ!この、変態坊主!」

 

しまった、これは油断していた。今の私の姿は改造した長袖の学校制服とはいえ、タイツじゃなくニーソックスでスカートを着ている。そして、狐っ娘の格好もTシャツに短パン姿とはいえ、元が男性用の為にブカブカだ。

 

そんな無防備な女子の隙間を覗こうとするとは・・・この男、キャンピングカーより先に片付けてしまった方が良いのではないだろうか。

 

「それでお姉さん、あのキャンピングカーは何とか出来るの?」

 

「まぁ、それはちょっと・・・おい、クソ坊主。アレの対策とか考えて無いのかよ?」

 

襟元で扇いで、ジットリとした服に篭もった熱気と湿気を逃しながら坊さんを引っ張り上げると、坊さんは苦笑いしながら降参するように両手を上げてきた。

 

「ひだだだだ・・・ちょっと待たんかい、嬢ちゃん。落ち着け・・・対策なんぞ、こっちもありゃせんわ」

 

「「はい!?」」

 

そんな坊さんも対策は思いついていなかった事に私も狐っ娘も衝撃を受けていると、今度は後ろから別な男の声が聞こえてくる。

 

「――対策なんてそりゃあ、ある訳無いだろう。なぁ、無能法師が」

 

「あぁぁ!もうお着きで!お、お待ちしていました!!」

 

「誰?」

 

その声に坊さんは恐れおののき、狐っ娘は全く知らないといった様子で首を傾げる。

 

そうして振り向いた先には、オールバックの髪型でピシッとしたストライプのスーツを着た男が日本人形を抱えており、カジュアルな眼鏡から僅かに覗く鋭い眼光は狐っ娘をビビらせるには十分な見た目をしていた。

 

「・・・何、その人形?」

 

「ん?ちっ、無能法師が・・・そこのJK祓魔師は兎も角、なに厄介そうな妖狐を引き連れて来てんだ、コラ」

 

「いや〜すみませんねぇ。ただ、その妖狐は使えそうでのぉ」

 

「使える使えないは関係ない。無関係な奴は巻き込むなって言ってるんだ。奴らにこの事が漏れたらどうする?あぁ?」

 

「あ・・・そこまでは・・・」

 

「だから貴様は無能だってんだ。なぁ、リリたん」

 

そうスーツ姿の男が言った途端、"リリたん"と呼ばれた日本人形から強い怒りのオーラが発せられる。

それは狐っ娘も感じ取れたらしく、困惑しながらもスーツ姿の男に恐る恐る声をかけた。

 

「あ、あの・・・その人形、今の名前を気に入ってないような――」

 

「あぁ?貴様、俺の可愛いリリたんを侮辱するか?良い度胸だな。よし決めた、お前は今から来る怪異を退治しろ、OK?」

 

「えぇぇ!?」

 

だが、それをスーツ姿の男は聞き入れる事ないどころか、むしろ怒った様子で盛大な無茶ぶりを狐っ娘へとブン投げてきたのだ。

 

「あぁ〜可愛い可愛いリリたん。もうすぐ、菊の着物が出来るからな〜あっ、季節的にヒマワリかなぁ〜・・・おや、髪の毛にゴミが!全く、やはり外に連れて来るんじゃなかった。あぁ、でもリリたんも偶には日に当ててやらないと〜」

 

そうしてスーツ姿の男が愛らしげに日本人形へ頬擦りをしていると、怒りのオーラが満タンになった日本人形が突如として男の頬を蹴り上げた。

 

「――貴様、いい加減にしろ!!」

 

「ふぐぁ!」

 

「えっ・・・に、人形が動いたぁ!!ひ、あぁぁぁ・・・」

 

その突然の事に狐っ娘は驚いて坊さんの陰に隠れてしまっているようだが、祓魔師をする私には分かる。あの日本人形こそが、私の勤めるTヶ丘怪異祓封所を纏める存在であると。

 

「勝手にリリたんリリたんと言いやがって!俺はそんな名前を許可していないぞ!この無能部下が!」

 

「やっぱり!お霊(りょう)さん、貴方だったんですね!」

 

「あぁ?お前は・・・そうか、"あの人"の娘と言ってたな。ふっ、こうして会うのは久しぶりだな」

 

「「えっ、知り合い!?」」

 

とはいえ、基本的に一般には知らされていない為か狐っ娘どころか坊さんも驚いた表情を浮かべている。そして、お霊さんは部下であるスーツ姿の男を足蹴にしながら、ゆっくりと私と狐っ娘の前に降り立ってきた。

 

「あの、その男の人が上司じゃないんですか・・・?」

 

「あん?こんな変態が上司な訳なかろう。あの日本人形様が、儂ら"H市支部"の上司じゃ」

 

「それにしても、少しビックリしましたよ。私の知らない内に、まさか上司が変わったんじゃないかと思ったんで・・・」

 

「はん、コイツは単なるアッシーだ。それに、お前が祓魔師である限りは俺も引退するつもりは無いしな」

 

そうして、私が祓魔師を目指す切っ掛けで恩人でもある人との懐かしさに想いを馳せていると、狐っ娘は困惑したまま私達の間に割って入ってきた。

 

「待って待って・・・女の子の日本人形なのに、喋り方がオッサンって・・・」

 

「ちょ、バカ狐!そんな事は言うモンじゃ――」

 

「オッサンとは何だ?あ?」

 

「ぎゃぁぁあ!助けてぇ!!」

 

あまりに無礼な物言いだった為、狐っ娘は部下の男と共々に長く黒い髪でグルグル巻きにされる。父共々に世話となった事のある私からすれば、お霊さんの強気な面も相変わらず元気といったようで何よりだ。

 

「俺はなぁ、中身は確かにオッサンだ。しかも、もう結構前に死んでいる。その時に次は可愛い女の子に生まれ変わろうと、決められた母体の中にある体へ魂を移そうとした。だが、それに失敗して同じ部屋に置かれていた日本人形に乗り移っちまった、哀れな陰陽師様だよ」

 

「はぁ・・・」

 

「ま、そこの嬢ちゃんは俺の生前と会った事があるから、姿は違っても声で分かるだろうがな」

 

お霊さんの言葉に私が苦笑いしながら首を縦に振って答えると、そのまま彼はギギギと首だけ狐っ娘の方を向いて羨ましげに目を光らせた。

 

「だけどなぁ・・・今見て分かったよ。お前は俺の野望を体現している!羨ましくてしゃ〜ないなぁ!!」

 

「うわぁぁぁあ!髪の毛巻き付けないでぇ!!」

 

「しかも妖狐か!?狐娘か!?羨ましいなぁ、おい!感想は!?」

 

「それどころじゃないんだけど〜!!」

 

とはいえ、そういった妬み深い所も相変わらずどころか悪化していたようだ。そんな事もあり、狐っ娘から必死に助けを求められた私と坊さんは2人で懇願して、お霊さんに何とか怒りを収めてもらう事となるのであった。

 

◇◇◇

 

お霊さんが落ち着いてから山をしばらく歩き、疲れた所をスーツ姿の男から再度抱えられた時、私達は一旦足を止めつつ改めて現在に至るまでの状況確認をしていた。

 

「・・・なるほどな。それにしても無能法師、貴様は要らん事しやがって」

 

「し、しかしのぉ・・・」

 

「黙れ。指示通りにしておけば良かったものを・・・」

 

「すいません、お霊さん。これは私が急かしたのもあります」

 

そう私も坊さんと共に頭を下げると、お霊さん「やれやれ」と言ったように首を横に振りながら狐っ娘を指差す。

 

「ふん、まぁ良い。それより、こうなった以上はそこの妖狐にも手伝って貰おう」

 

「えっ、でも僕――」

 

「俺に分からないと思うのか?その、お前の呪われた身体。男の魂が内にあるという事は、お前には何かしらの事情があって今の姿に変えられてしまったんだ。しかも、ご丁寧に記憶を消されているなんざ結構な物だろうさ」

 

そして、ステレオコンポのように頭へ響く声で語りかけ、陰陽師が使える魂を読み取る力で狐っ娘の状態を冷静に分析していく。

 

「その上で、貴様の中に相当な力が眠っている事も見つけた。だから、そこの新人女子高生と手伝えと言っている。この男も見識眼だけはあるからな、お前の力を見抜いたんだろう」

 

「いえ、リリたんをバカにしたので――」

 

「おい、その名は止めろと言ったろう!」

 

「ぐっ・・・!」

 

再び抱きかかえていた部下の男を髪の毛でグルグル巻きにしながら、お霊さんは腕を前に組みながら狐っ娘の方を睨むように見つめた。

 

「ちなみに狐の奴、お前に拒否は出来ない。どうせ、記憶を失っていて行くアテも無いのだろう?」

 

「・・・」

 

確かに、この狐っ娘の状況からすれば当然と言える流れだ。そうなると、後は彼女次第なのだが――どうやら覚悟は決まっている様子らしい。

 

「分かった、手伝います。でも・・・」

 

「あぁ、その後お前の今後の事を考えてやっても良い。その姿では人里で生活など出来ないだろうし、俺達の所なら良い隠れ蓑にもなるだろうからな」

 

「やっぱり、君達は組織として動いて――」

 

「とはいえ、この"H市支部"は3人しか居ない弱小支部だがな。本部の野郎、この辺りは大した事が無いからとロクな人員も回さなかったクセに、こんな事になったからと優等生の新人を寄越すなんざ・・・全く」

 

そう愚痴るお霊さんの姿に、私は現代社会のサラリーマンらしい世知辛さを感じた。やはりというか、この祓魔師の世界でも培ってきた実力だけでは成り上がれないらしい。

 

「愚痴を言っても仕方ない。今は、この怪異を何とかしないとだ。さて、どうするか・・・」

 

「お霊さん、何ならキャンピングカーを物理的に止めて、私が無理やりにでも中の本体を浄化してしまいましょうか?」

 

「う〜む、新人のお前には危険な真似をやらせたくはなかったが・・・それしかないか〜」

 

案外スンナリと私の意見が受け入れられたのを見るに、どうやらキャンピングカーの連中は説得で何とか出来るような存在ではないようだ。というより、あのキャンピングカー自体に何か、もう1つのヤバいモノが乗っていると感じた私の霊感が当たっていた事に驚きだ。

 

「よし、ではそこの無能坊主の――」

 

「影法師でございますよって、分かりました。儂らが止め――」

 

「いや、囮になってもらおうと思ったのだが。と言うか、名前を言っては駄目なのか?そうでも――」

 

すると、坊さんは本名を知られる事が余程に嫌だったのか、お霊さんの所へわざわざ行って耳打ちしてまで何かを話していた。

 

「・・・分かった。それなら、その妖狐も連れて一緒にキャンピングカーを探せ」

 

「あぁ、分かった。女子高生の嬢ちゃんも、それで良いかの?」

 

「・・・まぁ、大丈夫ですよ」

 

そんな坊さんの不自然な様子に、私は少し不審感を感じながらも首を縦に振る。あれだけ祓魔師としては低級も低級な姿を晒しているとはいえ、それで私達に隠し立てするような"何か"がある事は今から戦う事を考えると少し心配になる話だ。

 

とりあえずは二手に分かれて探す事となる為、ひとまず警戒を強めておくに越した事は無いだろう。

 

◇◇◇

 

まだ雨が止まず、傘で防ぎ切れなかった水気で肌に衣服が張り付きだして気持ち悪くなってきた頃。

私達は山道に立って、そこを通るであろうキャンピングカーを待ち伏せする。

 

件の都市伝説については、今どきでは珍しく"ヒッチハイクをしている人を狙ってキャンピングカーに引きずり込み、中に居る"何か"の餌にしているらしい"という、何ともB級映画チックでチープな怪異であると無能法師もとい影法師から聞かされた。

 

そんな訳で、私達は逆に相手から襲ってくるように無害なヒッチハイカーを演じている――のではあるが、ここで少し問題発生である。

 

「ふ〜む、ちと参ったのぉ・・・」

 

「あの〜・・・服くらい何着か用意しといてくださいよ」

 

「まぁ、こっちだってアンタみたいな子を拾うどころか、ヒッチハイカーに扮するなんて思ってもみなかった訳だし。それくらい、無理に着替えなくても何とかなるでしょう?」

 

そう、ダボダボした男物の服を着ている狐っ娘どころか、私達もヒッチハイカーっぽい格好が出来なかった事だ。そんな策を思い付いた影法師には悪い意味で脱帽する。

 

だが、それ以外で確実にキャンピングカーを捕まえられる方法も無い為、この待ち伏せ作戦しか取れない事もまた事実だ。

 

「ワンピースでも用意しちょけば良かったかのぉ」

 

「セクハラ発言で訴えるぞ、変態坊主」

 

「それ、お姉さんと僕に色気で囮をさせようとしてるよね。僕、男だから着ませんからね」

 

「けんど、どこからどう見ちゅう美少女妖狐じゃろうが」

 

「うぐぅ・・・」

 

そんな無能法師の言葉に狐っ娘は一旦項垂れるも、また水溜まりに映った自分の姿が気になったのか少し女子っぽいポーズを取っていた。

 

「はぁ・・・何ポーズしてる訳?そこにすぐ変態坊主が居るんだから無防備な事しないの」

 

「満更でも無いんなら、服くらい報酬で買っちゃろうか?」

 

「・・・はっ!い、要らないです!ごめんなさい!」

 

あの狐っ娘の尻尾の感覚やら歩き方の不慣れさから見るに、先程から彼女が言っている元は男だった話も多少は信憑性を感じてきた気がする。

 

「なんて、そんな事やっちゅう間に来おったぞ」

 

「あっ、本当だ・・・って、何だか様子が・・・」

 

「確かに、あの凄いオーラを纏ったボロボロのキャンピングカー・・・間違いないわね。あんなガタガタと古びた音なんて立てているのに、良く走れる事よね」

 

「ん〜?いや、特に変わっちょらんが・・・」

 

影法師の言葉に、私と狐っ娘は同時に互いの顔を見合わせて目を見開いた。

 

「ちょっと坊さん、ずっとキャンピングカーがあの状態で見えている訳!?」

 

「うむ・・・というか、そう言っちょるって事はお前さんら2人も古ぼけたっちゅう状態で見えちょるんか!?どういう事じゃ!?」

 

「それは僕が聞きたい!」

 

「というか、単に相手が捕食形態に入っただけな気もするんだけど・・・」

 

もし私の説が正しいとするならば、さっき駐車場で見た時の新品同様に綺麗だったキャンピングカーの状態にも多少の納得がいく。何より、あんな状態でも車からは変わらず某ネズミのマーチの鼻歌が聞こえてきているのが、あのキャンピングカーが本物だと裏付けている。

 

「・・・だけど、何もしてこない訳じゃなさそう。お坊さんにお姉さん、ここから逃げた方が良い!」

 

「確かに、そうじゃな・・・って、ん?」

 

「――っ!?避けて2人共!キャンピングカーが突っ込んできた!!」

 

車の様子が変だと察知した瞬間、咄嗟に私は2人へ体当たりする形で歩道から山に運び込み、猛スピードで突っ込んできたキャンピングカーを回避する。

 

「あ、危なかった・・・でも一体、何で急に・・・」

 

「向こうも、何かを察知したようじゃのぉ」

 

「痛たたた・・・だけど、あれでキャンピングカーの足は止められたわね」

 

そう言った私は、そのまま路肩に乗り上げて勢い余って横転したキャンピングカーを指差した。

あんな自分の首を絞めるような事をした理由は分からないが、開いた後部の扉から禍々しいオーラと共に赤ん坊の泣き声が聞こえている今の状況なら何とか浄化出来そうだ。

 

そして、アレこそが私と狐っ娘が感じ取ったキャンピングカーの異様な気配の正体で間違いない。

 

「お坊さん、お姉さん・・・あの赤ん坊、ちょっと危険だよ」

 

「まぁ、赤ん坊なら良いがのぉ・・・」

 

「あんなのは大概、赤ん坊じゃなかったりするのよね」

 

「えぇぇ・・・」

 

影法師と私の言葉に狐っ娘が恐怖と嫌悪感の混じった声を上げていると、ふと後ろから例の軽快な鼻歌が聞こえてきた。

 

すぐさま私達は振り返り、キャンピングカーを運転していたあの大男が、斧を振りかぶって猛ダッシュで迫ってきていたのを目の当たりにする。

 

「お坊さん!お姉さん!」

 

「ぬぉ!!」

 

「くっ・・・!」

 

急いで飛び退いた事で何とか斧による一撃は回避出来たものの、その際に影法師が足を挫いたらしく、転んで身動きが取れなくなってしまっていた。

 

「この、離れろ!!」

 

そこを狙おうする大男から影法師を守る為か、狐っ娘は先程のように手を前へ突き出すが、一体どういう事なのか何も起こらない。

 

「ち・・・っ!2人共、目を瞑って!!」

 

「えっ――うわっ!?」

「ぬっ――うおっ!?」

 

私は即座に閃光手榴弾を大男に投げつけ、相手が一瞬怯んだ隙に2人の襟元を掴んで引っ張りながら距離を離しつつ、バッグの中から拳銃を取り出した。

 

「ちょっ、それ・・・銃刀法違反じゃ?」

 

「細かい事は聞かないで!コイツを使っても、勝てるかどうか分からないんだから!」

 

しかし、それでも相手は逃げたりする事もせず、私達の方へ振り返りながらケラケラと笑っていた。

 

「ん〜気分爽快、何とも愉快だ・・・なぁ、そうだろう!」

 

そう大男が意味不明な呼び掛けをすると、周囲には大男以外は誰も居ないにも関わらず、なんと何処かから楽しげとも苛立たしげとも感じられる返事が聞こえてきた。

 

『そうだそうだ!』

 

『あぁ!その通りだ!』

 

「なぁ!悪いのは、コイツらだよなぁ!!ハレルヤァ!!」

 

そんな異様な光景で狐っ娘は完全に怯え切ってしまい、まだ動けない影法師の袖を必死に引っ張る。

 

「ヤバいヤバいヤバい!お坊さんにお姉さん、逃げよ!早く!」

 

「ぬぅ・・・お前だけで逃げるんじゃ」

 

「そんな・・・でも・・・」

 

「ここは私達で食い止めておく!だから、早く行って!」

 

そう狐っ娘に言いながら私は制服のポケットから封印の札を取り出そうとした時、私達のすぐ後ろでバァン!と銃声が鳴る。

 

「そこまでだ、"彷徨うキャンピングカーの家族"」

 

振り返ると、そこにはスーツ姿の男がお霊さんを抱えたまま拳銃を大男に向けていた。

 

「あっ、お霊さん達!来てくれたんですか!」

 

「お、遅いよぉ・・・」

 

そうして、お霊さんと彼を抱えているスーツ姿の男も加わり、ようやく目の前の大男に全員で相対する。

 

一応、影法師も2人が到着するまでは念仏を唱えてくれてはいたものの、大男が気にもしていなかった所からすると私の投げた閃光手榴弾より効き目は怪しい。

本当に何故、この坊さんは祓魔師として祓封所になんて勤めているのだろうか。全く、自分から前に出て積極的に怪異を祓っていたという父とは、まるで対称的でイライラしてくる。

 

「よぉ、悪霊の集合体ども。お前如き、この呪いの人形であるお霊さんが――」

 

「お前らが悪いんだよなぁ!!ハ〜レルヤァ!!」

 

「うぉっ!」

 

だが、圧倒的な数的不利にも関わらず大男は斧を振り回し、お霊さんを抱えるスーツの男へと突撃してきたのだ。

 

「あっぶねぇなぁ、おい。お前、もっとしっかりと――」

 

「・・・良くも、良くもリリたんに向かってぇ!」

 

「おっ、待て!こら!俺はリリたんじゃないし、突っ込むなら俺を置いてからにしろォ!」

 

すると、お霊さんに今の攻撃が当たりかけたせいかスーツの男は突然激昂し、彼を抱えたまま大男に突撃していく。

 

「ふん!!」

 

「・・・ぬっ!!」

 

そして、更なる勢いによって一瞬で間合いを詰めたかと思うと、スーツの男は相手が斧を持っている斧右腕を蹴り上げ、そのまま大男から斧を吹っ飛ばした。

 

「ちっ・・・仕方ねぇな。おい、お前ら!ボディガードのコイツらは俺達が何とかする!お前達3人はキャンピングカーの本体を浄霊しろ!」

 

「えぇ!!し、しかし儂は浄霊する事など・・・」

 

「それなら新人に任せりゃ良い!それに、そこの狐も何か力になってくれるだろうしな!」

 

「分かりました、了解です!」

 

「えっ、僕もですか!?」

 

そんな突然の命令で狐っ娘がドギマギしだすも、お霊さんは髪の毛を大男に巻き付けながら発破をかけるように叫んでくる。

 

「急げ!こっちはそう何分と持たん!」

 

「くっ、分かりました!」

 

そう答えた影法師は、狐っ娘の腕を掴んでキャンピングカーの方へと走り出した。すかさず、私も銃を構えたまま2人の後を走って着いていく。

 

「ちょ、ちょっと・・・僕はまだ、力とかそういうのは――」

 

「大丈夫じゃ。儂自身は能無しじゃがのぉ、お前さんの能力のアテならある」

 

「えっ・・・」

 

「それって、どういう・・・」

 

すると狐っ娘と私が困惑するより早く、影法師は懐から何かを取り出して狐っ娘に手渡した。

 

「すまんのぉ、お前さんの事にもアテがある。今は言えんが、これが終わったら教えちゃるからの」

 

狐っ娘に渡されたのは、1冊の古い本。それも結構な年季が入っており、所々が破けたり汚れたりしてボロボロだ。

 

「"妖狐伝"?これは一体・・・」

 

「こんな怪異に関する書物、私は今まで聞いた事すら・・・」

 

「・・・まぁ、そういう家系があっての。狐のお前さんは、その家系に関係しちょるんじゃ」

 

そう話している内に、私達は横転したままのキャンピングカーの前へと到着する。

 

「ちょっと待って・・・じゃあ、この中に僕の力の事が?」

 

「14ページ辺りじゃ、はよ確認せぇ」

 

「くっ・・・不味い!相手はもう、こっちを見つけて大男を呼び戻そうとしているわ!」

 

悔しい話だが、今の私の持ち物ではキャンピングカーを何とかする事が出来ない。つまり、この狐っ娘に妖術が使えるかどうかが、現状で相手を倒せる唯一の手段になる。

 

「え〜と、え〜と・・・」

 

「まだなの!?」

 

そう私が叫んだ時、急いでページを捲っていた狐っ娘は目的のページに辿り着き、そこで一瞬だけ驚いた顔を浮かべる。

 

「あった!物は燃やせないけれど、それ以外を燃やせる"狐火"!!」

 

そして、すぐさま狐っ娘が右手を銃の形にして人差し指をキャンピングカーに向けると、その後方部から小さな炎がボッと燃え上がり始めた。

 

「やぁぁぁあ!!」

 

そのまま狐っ娘は意識を集中させるように右手へ更なる力を込め、気合いが篭もった雄叫びを上げた瞬間――

 

「わぁっ!?」

 

後方部から出ていた炎が一気に燃え広がってキャンピングカーを包み、瞬く間に車両を焦がして焼き尽くしていく。

 

お霊さん達が運転手である大男を止めてくれていたので、あれではもう相手は逃げようもないだろう。

 

「良くやったな」

 

「あっ・・・」

 

すると、今の炎を発動した勢いで後ろに倒れそうになっていた狐っ娘は影法師に受け止められ、彼の方言が無くなった話し方や雰囲気に少しキョトンとした様子を見せていた。

 

「あの・・・ありがとうございます。でも、ずっと気になっていたけれど、お坊さんは何で僕をこんなに気にかけて・・・」

 

「あ〜、まぁ息子に似ちょるからのぉ。儂の息子はとっくに死んどぉが、どことなく・・・な」

 

「そう、ですか・・・」

 

そんな辛気臭い空気に耐えられなくなり、気まずくなった私は小さく咳払いをして2人を振り向かせた。

 

「何にせよ、良くやったじゃない。アンタが居なかったら、きっと怪異を倒す事は出来なかったかもしれないわ」

 

「まぁ、それもそうだのぉ〜はっはっは」

 

「ところで・・・あの、お坊さん。僕、貴方と何処かで会った事――」

 

「ないのぉ、初対面じゃ」

 

奥歯に物の挟まったような影法師の言い方に狐っ娘が少し俯いた瞬間――突如、お霊さんの叫び声が私達の後ろから聞こえてきた。

 

「気を付けろ!!奴はまだ――!!」

 

――ドスッ、と重い衝撃と音が私の身体から聞こえ、ジワリと徐々に痛みが腹から広がってくる。

 

「・・・えっ?」

 

――痛い。何なの・・・コレ?

 

その痛みの元がある所を見ると、私の腹からは血塗れの大男の手が、ダラリダラリと腹から溢れてくる私の臓器の中から飛び出していた。

 

「お姉さん!!」

 

――狐っ娘の悲痛な叫びが聞こえる中、大男の手が勢い良く引き抜かれ、痛みと脱力感で私の身体はガクリと膝をついて倒れる。

 

「おぉぉぉおお!!!!」

 

そして、そのまま大男は大型ナイフを手にして今度は狐っ娘と影法師の方へ向かっていく。

 

――駄目、止めて。

 

「いかん!!」

 

「――ッ!」

 

狐っ娘の声にならない悲鳴が聞こえた瞬間、私の目の前では影法師が彼女に覆いかぶさって、大男が投げたナイフを背中に受けた。

 

「・・・ぐっ!!」

 

――そんな、嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。

 

身体を動かしたくても、傷が深過ぎるせいか腕や脚に力が中々入らない。

 

「あぁ、な、なんで・・・お坊さん・・・」

 

「ごふ・・・ぶ、無事かのぉ?」

 

「僕は無事だけど、お坊さんが!!それに、お姉さんも・・・!」

 

「なぁに・・・ごほっ、急所は外れ・・・とる」

 

そう言った途端、影法師の身体は狐っ娘の手から離れるように前のめりに倒れる。彼の背中に深く刺さったナイフの位置からして、どう見てもアレは致命傷としか思えない。

 

「お坊さん、お坊さん!!」

 

「俺達の・・・俺達が・・・!!おのれ・・・ハレルヤァァァア!!!」

 

狐っ娘の前に大男が立ち、雄叫びを上げながら影法師の背中からナイフを引き抜いた時――

 

『お前は、母さんのようになるんじゃないぞ・・・』

 

私の中で一瞬だけ父を亡くした時の記憶が走馬灯のように蘇り、それと共に痛みを忘れる程の激しい怒りが身体の底から湧いてきた。

 

「この・・・ハレルヤハレルヤうるさい化け物がぁ!!」

 

気付けば、私は仁王立ちで大男の前に立ち塞がり、その右手の拳を相手の顔にめり込ませて、その頬骨と諸共に砕く勢いで殴り飛ばしていた。

 

「はぁ、はぁ・・・坊、さん・・・」

 

「逃げる、んじゃ・・・2人、とも・・・」

 

「お坊さん!?大丈夫!?逃げるって言っても、もう・・・」

 

「それに・・・無能坊主とはいえ、貴方を置いていく訳には・・・!」

 

「早・・・く、しろ。"あいつ"に続き、お前や嬢ちゃんまで・・・失う訳には・・・」

 

「な、何を・・・」

 

すると、そう狐っ娘を突き放そうとする影法師の懐から、1枚の写真が地面に落ちた。

 

「・・・え?」

 

その写真には、若い影法師の姿と綺麗な妖狐の女性、そして――あの狐っ娘が一緒に写っていた。

 

「あ、あぁぁぁ・・・!!」

 

それを見た瞬間、狐っ娘は頭を抱えてうずくまり、後悔するような悲しい声を上げ始めた。

 

「い、いかん・・・お前さん、記憶が――」

 

「うわぁぁあ!!」

 

そして、写真と狐っ娘の変貌ぶりを目の当たりにした私も、彼女と影法師の関係を言われずとも認識する。

 

――あの坊さんは、狐っ娘の父親であると。

 

「ハ〜レル――」

 

「うるさいよ!お父さんに、お父さんに何て事を!!」

 

「ぐぅ・・・!」

 

雄叫びを上げながら襲ってこようとした大男に、狐っ娘は怒り狂ったように手を突き出て相手の顔を掴み、あの突風で相手を再び吹き飛ばす。

 

すると、その風の勢いによって地面に落ちていた古い本のページが捲られ、呪われた妖狐についての記述がされてあるページが開かれた。

 

「まさか、この子は・・・自分で自分の記憶を・・・!?」

 

そこから私が全てを理解したと同時に、狐っ娘は父親である影法師に泣きながら抱きつく。

 

「お父さん・・・何で、僕に会いに来たの・・・」

 

「・・・ふっ。何を言われても、お前は俺の息子なんだ。ただ、知らずに・・・また一緒に、と思ったが・・・上手くいかないモンだなぁ」

 

「そうだよ!それで良かったのに、忘れていた方が良かったのに・・・僕は、僕は――この呪いのせいで、お母さんを殺したんだ!」

 

そんな悲痛な声を上げて自分を責める狐っ娘に、影法師は優しく頭を撫でて答えた。

 

「それでも、愛しい一人息子だ。何とかしたかったんだが・・・」

 

「うぅぅぅ・・・」

 

しかし、そこへ吹き飛ばされた大男が新たに取り出したナイフを両手に戻ってきて、恨みや怒りの眼差しを私達に向けてきた。

 

「あの、野郎・・・まだ、動けるっていうの・・・」

 

「ぬぐっ、ぐっ・・・ハ〜レルヤァ!!お前らが、お前が悪――」

 

その瞬間、私が前に出るより早く狐っ娘が大男の前へ出て、もう一度相手の顔を掴んだ。

 

「・・・そうだよ、僕が悪い。だから、お前は――消えろよ!!」

 

「うぃ――うっ、うわぁぁぁあ!!く、食われ・・・喰われるぅ!!」

 

「うるさいなぁ!!お前如きの負の念程度で、僕の呪いに打ち勝てると思うの!?」

 

そのまま狐っ娘は掴み上げた大男に呪いの力を流し込んで真っ黒に染め上げ、思いっきり燃え盛るキャンピングカーの方へと振りかぶる。

 

「ほら・・・そこのキャンピングカーに居る・・・お前の殺した、お前の愛人の赤ちゃんと一緒に大人しく寝ておけよ!!それが親として、最低限の心得だろ!!」

 

「うわぁぁぁあ!!!!」

 

そして、大男をキャンピングカーに投げ付けたと同時に炎へ更なる力を注ぎ込み、業火と呼べる程の火柱を作り上げて一瞬の内に跡形も無く焼き尽くした。

 

その凄まじいとも悍ましいとも言えない光景に、私どころか森から戻ってきたお霊さん達までもが言葉を失ってしまう。

 

「う・・・ぉぉ、俺より呪いが強くないか?」

 

「リリたん。しかし、彼と新人が・・・」

 

「その名で呼ぶな。うむ、しかし・・・俺達の不手際で・・・」

 

「くっ、弾切れさえしていなければ・・・こんな所で、2人も失う事は・・・」

 

お霊さんを抱えているスーツの男が随分と落ち込んでいるような気がし、自分の事を思い出した私は急いで腹から溢れている臓器を中に戻しながら首を横に振って「大丈夫だ」とジェスチャーした。

 

「あっ、私の事なら心配ありません。こう見えても"義体"なんで、これくらいなら簡単に直ります」

 

「へぇぁ!?な、何だってぇぇえ!!」

 

「すまん・・・俺も、コイツに前もって説明するのを忘れていた」

 

そうしてスーツの男が目を丸くして驚いているのを他所に、お霊さんと私は再び狐っ娘と影法師の方を見た。

 

影法師は狐っ娘に抱きかかえられ、もう息が消える寸前になっている。

 

「お父さん・・・何してるの。僕は、僕の事もお母さんの事も忘れてって・・・そう言ったのに・・・」

 

「・・・忘れ、られんなぁ。それと、子が・・・親の心配をするな・・・」

 

「バカでしょ・・・ねぇ」

 

「ふふ、親バカで・・・結構だ。お前さえ、幸せなら・・・それで――」

 

その瞬間に影法師が狐っ娘の頬を撫でようとした手がダラリと力無く垂れ、目からも光が失われていく。

 

「お母さんとの事は・・・気にするな。お前の方が、これから・・・」

 

「お父さん?」

 

「あぁ・・・お母さんと一緒に、見守っているからな・・・」

 

それを最後に、狐っ娘の腕の中で動かなくなってしまった。

 

「お父さん――うぅ・・・ぁぁぁあ」

 

狐っ娘は雨が降り止んでヒヤリと肌寒くなった霧と共に、父親の亡骸を抱きしめて静かに泣く。

 

「雨、止んだな」

 

「うぅ、ぐす・・・」

 

そんな狐っ娘の後ろに、お霊さんを抱えたスーツの男が立って、雲の隙間から覗く太陽の光に眩しそうな表情を浮かべる。

 

「・・・うちに来い」

 

「へ?」

 

そして、お霊さんも申し訳無さそうな声で静かに狐っ娘に1つの提案をした。

 

「席が1つ空いた。だから、お前が来い」

 

「お父さんの代わりとして?でも、お父さんは――」

 

「それでも坊さんという事で、割とアイツ宛ての依頼があってな。それと、俺も呪いの人形だ。お前が呪いの妖狐だろうと何だろうと、今更1つ2つ味方に増えた所で変わりない」

 

お霊さんの言葉に、狐っ娘は少し黙り込んでからキッと決心した目を向けて答える。

 

「分かりました。お父さんが残した仕事くらいは、僕がやり遂げます。その代わり、僕の家系――嘉弥真(かやま)家の事を、調べてください」

 

「言われなくても調べるさ。その為に、あの無能坊主を置いていたんだ」

 

「そうだったんですか・・・」

 

「ほら、行くぞ」

 

しかし、どうやら彼女の戦いは始まったばかりだったらしい。嘉弥真家・・・確か、幼い頃に実家の書物で見た覚えがあったような気がする。

 

それ以前に、ここまでスッカリ忘れていた事もある。

 

「ところでアンタ、名前は?」

 

「あっ、僕は亮って名前で――って、えぇ!?お、お姉さん!そんな傷なのに動いていて大丈夫なんですか!?」

 

いきなり私の姿に慌てだしたのを見て、私は苦笑いしながら腹の傷をポンポンと叩いてみせる。

 

「そういえば言ってなかったわね。私、死産で生まれたけれど母親の術のお陰で義体に魂を持って生き長らえた人間なの。だから、これくらいは平気って訳ね」

 

「というか名前、俺と被ってんじゃねぇか!これからは分かりやすく、"凛(りん)"って名前で仕事しろ!」

 

「待って、そんな理由で!?・・・もだけど、お姉さんの名前は!?」

 

「・・・イユ」

 

「えっ?」

 

「――烏森 伊由(からすもり いゆ)、それが私の名前よ。これから新人同士、そして仲間としてよろしくね、妖狐の凛ちゃん」

 

そう言って、私は新たな仲間へと優しい笑みを浮かべてみせた。

 

◇◇◇

 

――数ヶ月後

 

「おぉい!?凛!あの土地、まだ浄化出来てねぇぞ!」

 

「へぇ!?いや、でも・・・元凶の古井戸は――」

 

「恐らく、そこ近くにあった裏山が出処みたいね。参ったわ・・・私とした事が、こんな簡単な見落としをするなんて」

 

「そ、そんな〜!」

 

私と凛は、今日も慌ただしく"Tヶ丘怪異祓封所H市支部"のオフィスにて、各地に蔓延る呪いの浄化に励んでいる。

とはいえ、お霊さんが伸びる髪の毛も使って数多くの事務仕事をしてくれる中、まだまだ私も凛も仕事が半人前といった状況ではあるが。

 

「全く!父親が無能なら息子も無能か!?この駄目妖狐!せっかくの美少女なんだし、そっちのダッチワ○フを見習って色仕掛けでもしてこい!」

 

「はぁ!?誰がダッ○ワイフですってぇ!!」

 

「どっちにしろ、怪異に効くとは思いませんけどね!」

 

「とにかく、2人共もう1回行ってこい!」

 

「分かってます〜!!」

「あ〜もう!了解です!!」

 

――こうして今日も、騒がしく私達の怪異との戦いは続いていくのであった。

 


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