子供にとって母親は神と同じ。
ならばよろしい、ショーン、我が子よ、とくと見よ。私はこの地上に於いて、神の仕事を代行しよう。
愛のためなら、人は狂気を厭わない。
なんだってする、何にでもなる、「人類の敵」であろうとも。
それを貴方に教えよう。

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インスティチュートに光あれ

 

 私には奇蹟が必要だった。

 

 それも単に待つのではなく、能動的に、起こす形で。インスティチュートを率いる器と証明するためどうしても、不可能を可能にしてみせる必要性があったのだ。

 

 冷静に考えてみて欲しい。

 これまで組織にどういう貢献をしたこともない、ある日いきなり飛び込んできた純然たる余所者を、いくら現指導者の母親という特殊背景があるにせよ、否、そういう背景なればこそ、

 

「次期指導者だ、敬い、傅き、よく尽くせ」

 

 と、頭ごなしに命令されて、誰が素直に頷ける?

 既存のいわゆる出世コースに一ミリたりとも倣わない、究極の横紙破り的人事。

 尋常一様の企業でも「悪しき世襲」そのものとして、組織に亀裂を生むだろう。

 

 あの日、爆弾が落ちるまで――西暦二〇七七年十月二十三日土曜日、最終戦争勃発以前は弁護士として法の庭に出入し、数多の訴訟を取り捌く身であったからこそよくわかる。――身内贔屓を見せつけられて、腹の立たない奴はない。

 いついつだとて、それは(わざわい)種子(たね)なのだ。

 出資者の抗議、止まない電話、暴落する株、チャートの上に描き出されるナイアガラ、収拾不能阿鼻叫喚の混迷が、もうまざまざと目に浮かぶ。

 

 ましてや相手はインスティチュート、選民思想全開の超インテリ集団だ。

 科学の庭に、物質的にも精神的にも引き籠り、極めて穿った観点からしか他者と世界を眺めない、マッドサイエンティストたち。

 およそ彼らにしてみれば、私のような文系畑は人間ですらないだろう。

 

 ――ファーザーめ、病んで正気を失くしたか。

 ――猿を玉座に据えるに等しい蛮行だ。

 ――我ら全員に対しての、これは愚弄でないのかね。

 

 誰も陰口を叩かなければ、それこそ嘘に違いない。

 しかしそれはこちらも同じ、私の眼にも最初彼らが同じヒトとは映らなかった。

 

 ――これは智慧の化け物だ。

 

 フォトニック・レゾナンス・チャンバーにクアンタム・ハーモナイザーをぶち込んで、何が起こるかを完全解答する程度、ここでは六歳児でもやる(・・)

 そういう奴らが寄り集まって、お互い切磋琢磨して、瞬間移動に人造人間――崩壊以前に於いてすら多分にフィクションの領域だったテクノロジーを次々実現、運用してのけているのだ。

 

 どうして戦慄せずにいられる。

 畏れにも似た感情にぶるりと総毛立たされるのは、まったく自然な成り行きだろう。

 

 ――このぶんならば、いずれ魂の解析、複製、移植さえ、仕遂げてのけるのではないか?

 

 事あるごとにインスティチュートが口にする、「人類の再定義」。組織にとっての至上命題。

 それは決して内容空疎な、来世利益を願うが如き宗教上のお題目でないのだと、一種の圧すら伴ってまざまざ理解させられた。

 

 ものの見事に裏切られ、永遠に喪失(うしな)われた未来絵図。人類は叡智を武器として、やがて死すら克服し、無限に等しい星界へ活動圏(テリトリー)を延ばすのだ――そんな儚い夢物語を、しかし思わず拾い上げ、信じたくもなってくる。

 

 この感慨に、しかしただただいつまでも、圧倒されているばかりでは芸がない。

 よろしく私の側からも、叩き返してやらねばならぬ。

 

 無駄飯喰いに易々と甘んじられるほど、私の神経は太くなかった。あれでもショーンの母親か、と舐められるのは御免蒙る。この(ひと)の血を享けたればこそ、ショーンはああまで英邁に――と言われたい。それしきの見栄、無ければむしろ恥だろう。

 

 が、ここまでさんざん記した通り、知識の分野で渡り合うのはどう頑張っても不可能だ。

 論戦など挑んでも、二十秒足らずで耳から煙を噴かされるに違いない。

 

 メンタスを山ほどキメたところで、せいぜい二十秒が四十秒になるだけだ。オーバードーズのリスクを背負って挑むには、あんまりにも慎まし過ぎる報酬だろう。どう足掻いても、「知」はいかぬ。

 

 

 畢竟私の拠りどころは、「武」の一択に限られる。

 

 

 戦闘力で身を立てるより他にない。嘗てケロッグが――この名を出すのも忌々しい限りだが――やっていたのと同様に。

 

 幸いにしてこの四肢は、生命(いのち)を奪う機能に於いて、あまりに鋭く特化していた。

 

 冷凍睡眠(氷漬けに)される以前は片鱗だに気付かない、まったく意外な資質であるが。国家機能が崩壊し、自力救済を余儀なくされる、こんな末世の最中にあって、これほど貴重な才はない。

 

 インスティチュートも、これには必ず高値をつける。だから内心軽蔑しつつもケロッグを擁し続けたし、人造人間どもの中から特に優れた個体を選んで「コーサー」なんて役職を態々設置したりする。

 

 戦力需要は常にあるのだ。

 人類最古の職業が、

 

「『傭兵』ないし『娼婦』なり」

 

 と、まことしやかに俗伝される点からも、それは十分察し得る。

 原始のルールを当て込んで、私は私をインスティチュートに売り込んだ。

 

 リベルタリアの一件は格好のアピールチャンスであった。レイダーどもの要塞に、敢えて小細工一切抜きで真っ正面から乗り込んで、目につく者を片っ端からぶち殺し、中身をどぱどぱ(・・・・)溢れさせ、どんな優秀な掃除屋だろうと決して洗い落とせない、特濃の死臭を床・壁問わずこびりつかせて突き進む。

 

「なんだ、なんなんだてめェはァ!」

 

 標的である不良人造人間は、停止コードを告げる以前に気死したも同然の顔色だった。

 

 それだけの鏖殺劇を繰り広げる一方で、インスティチュート内部の椿事、バイオサイエンス部門が起こした「立てこもり」には、至極穏健に対処した。

 

 器でないと、貴様が指導者など片腹痛いと、おこがましいのだ分際を知れ脳味噌筋肉類人猿めと、私に向かってあらん限りの罵詈雑言を叩き付ける反乱分子。私は彼らを、二目と見られぬ挽肉へ加工してもやれたのだ。糧道を遮断するという、組織全体の生存をも危うくさせる犯行の凶悪性を勘案すれば、そう(・・)して猶も釣りが来たに相違ない。

 

 しかし私は寛大だった。あくまで辞を低くして、且つまた卑屈に流れないよう細心の注意を払いつつ、際どいバランス感覚のもと三寸不爛の舌を動かし、こわばりきった彼らの心を解きほぐすべく努力した。

 

 交渉術の極致に挑戦したのだと、胸を張って言い切れる。

 やがて、報われる(とき)が来た。

 

 籠城側が、みずから門を開いたのである。武器も下ろして、完全な白旗宣言だ。俎板の上の鯉である。腹を見せた(・・・・・)彼らに対し、私が下した裁決は、

 

「執行猶予。期間中は宿舎と職場以外へのアクセス制限を課すことにする」

 

 仕置きと呼ぶにも値せぬ、ほとんど無罪放免も同然なる処置だった。

 

 必要だからだ。

 

 必要の前にはどんな煮え湯も莞爾と笑って呑み下す、それが政治であったろう。

 

 とまれかくまれ、これで私は、私の有する「力」の質を(あか)してみせた。

 感情まかせに荒れ狂う、剥き出しの暴力でないのだと。抑制の効く、理性の手綱の支配を受けた、歴とした武力なのだと。場所と相手はちゃんと選んでいるのだと、行為で示しに行ったのだ。

 

 安全装置のない銃なんて、誰も触れたくないだろう――少なくとも、まっとうなアメリカ人ならば。

 そんなモノをありがたがるのは共産主義者(アカ)だけだ。

 私は正直、気が狂ってもアカを客に迎えたいとは思わない。

 インスティチュートにお買い上げを願うため、私は私に安全装置が備わっているということを、どこかの時点でそれとなく、悟らせるのが必須であった。

 

 幸い機会は早く来た。とりもなおさず、私は活かした。満足のいく出来だった。実際問題、この二件を片付けて以降、研究員らが私に向ける眼差しが、明らかに変化したのがわかる。

 胡散臭げな、異物に向ける嫌悪感がだいぶ薄まり、驚異と尊敬、それから嫉妬の、複雑に混ざった状態に。概ね望ましい方向へ、確かな傾斜が見届けられた。

 

 

 しかしショーンは、私の息子は、インスティチュートの指導者(ファーザー)は、まだまだ足りぬと見たらしい。

 

 

 彼がその後、私の手元に次々担ぎ込んできた、「任務」の中身を一瞥すればよくわかる。

 一つとして対内政治を、インスティチュート内部に於ける、私の権威向上を意図に含まぬものは無い。自分が寿命を迎える前に、なんとか私に相応の箔をつけて置かねばと、あの子なりに必死だったに違いない。

 

 B.O.S.との決戦は、まさにそうしたクエストラインの総仕上げ。

 

 米陸軍を淵源に持つだけはあり、装備、統率、兵数と、いずれの面から観測しても、今の北米大陸で最高レベルを確保する、彼らを打倒できたなら。エルダー・マクソンの首級(くび)を挙げ、巨大飛行船プリドゥエンを地上めがけて失墜せしめ、火球に変えてやれたなら。その功績は計り知れない。私の威望は限界を超え、もはや半神的な英雄として奉られることになる。

 

 個人崇拝の対象として仰ぎ見られる域までゆけば。なるほど確かに、その治世は盤石だ。叛逆の種子は芽生える以前(まえ)に、そも土壌から嫌われて、ただひっそりと腐るのみ。

 ショーンはよく考えた。冷凍睡眠のまことに数奇な作用によって、本来あるべき年齢順序が顛倒し、母親である私より遥かに老いた愛息子。

 

 こんな世界を、見せたかったわけじゃない。

 こんな真似を、させたかったわけじゃない。

 

 しかしそれでも、これだけが、私達の生きている、たったひとつの現実ならば。

 是非もあるまい――その期待に応えよう。

 

 子供にとって母親は神と同じ。

 

 ならばよろしい、ショーン、我が子よ、とくと見よ。私はこの地上に於いて、神の仕事を代行しよう。

 あなたが夢に描いた全部を形にして差し上げる。

 B.O.S.を叩き潰そう。正面から乗り込んで、邪魔する奴はぜんぶ殺して。リベルタリアの再現を、百倍以上の規模でやる。

 

 対話だの外交上の模索だの、野暮なセリフは片言半句も漏らさない。

 仔羊は喉を裂かれるためにこそ、石畳を登るのだ。

 

「生贄」にしてやる。お前たちは「生贄」だ。

 

 連邦という祭壇上で血を流せ。B.O.S.もレールロードもミニッツメンも、その為にこそ此処に居た。最後の一滴まで捧げ、なにか偉大な存在を降誕させる為にこそ。理解し、そして受け容れろ。必ず受け容れさせてやる。

 

 

 ――そうして私はボタンを強く押し込んだ。

 

 

 エレベーターが上昇し、転送装置へ我と我が身を近づける。

 設計上、Gは感じないはずなのに、胃の腑が妙にざわめいた。

 

 

 

※   ※   ※

 

 

 

(ノーラ晩年の回顧録、『Sole Survivor』草稿より抜粋。目下、本稿はインスティチュートの金庫に保管。セキュリティクリアランスレベル4以上の職員にのみ、閲覧が許可されている)

 

 





私の尊敬する手は、堅い、粗い、骨ばった手である。その中には敏捷な才能が含まれている。これこそ私の母の手で、地上に於いて王笏のように高貴なものだ。
(カーライル)

あゝ神聖なる母、余が生命の親、余が教師、余が守護女神!
(アンドリュー・カーネギー、母の肖像に刻んだ句)


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