ダンジョンにELSクアンタが居るのは間違っているだろうか 作:ユーグクーロ
始め会った時は嫌疑の一色に染まっていた。
初めて会った時の印象は『不審者』、その一言に尽きました。
生い立ちを詮索するはともかく、ファミリアに入る訳でもなく目的も不明…………疑問視すること以外出来なかった。
アストレア様が居候させると仰り、アリーゼが便乗してアレやコレやと整え初め、反論のはの字を言う暇もなく一人の少年、ソランが加わりました。
それから間もない頃、ホームでの家事、もとい雑用全般を行うようになった。
アリーゼが言うには自発的に提案してきたとのことだ。
どのような意図があるのかは定かではないが、もし邪な目的で動き出したと分かれば…………その時は容赦はしない。
巡回から戻り、自室に戻った時。
「リオン、装備品を渡してくれ。こちらで手入れを行う」
「必要ありません。自分でやります」
僅かな休息の間に鍛錬を行っている時。
「
「今向かいます。先に戻ってて下さい」
街の警備に出る時。
「
「貴方は母親かっ!!」
数日が経ったある日のことだった。我慢の限界に達し、神々言葉でいうツッコミをしてしまった。
ハッと我に戻りると普段は荒げることが無かった(=輝夜との口論を勘定せずに)私を見て皆が呆けている。
「いきなり大声出してどうしたのよリオン?」
「おやおや、癇癪エルフさんは今日も元気ですなぁ」
「お、今日はコイツか。ラッキー♪ これ好きなんだよなぁ」
「ライラ、指定時刻以外での補給は推奨しない」
「良いじゃねぇかよ。なんか起こった時に腹減ったなんて言い訳出来ねぇだろ?」
まるで私が可笑しいと言わんばかりの雰囲気だ。内一人に至ってはいつものことだと我関せず、この状況が弁当の内容に負けている。
「な、何故アリーゼ達はこんなに順応しているのですか!? 会ってまだ数日そこらの男に対して警戒心というものがあるでしょうに!」
「そりゃねぇだろリオン、冒険者でもない奴がそんな真似出来ねぇし、毒見だって見てんだ」
そう言いながら
「大丈夫!! ソランが四六時中ムラムラして我慢出来ずに襲ってきたのならその時は私がババーンと組み伏せちゃうから!!」
「そのつもりはない」
アリーゼの冗談を軽く流した男…………ソラン・イブラヒムはゆっくりとホームへ戻った。
その日は行場も名も無い孤独感が苛立ちを募らせてしまい、反抗じみた結果、昼食はパンだけで済ませた。
元より他の皆はともかく、私だけは自分で済ませてきた。
服も装備の手入れも、アストレアが同席しない日はあの男が作ったものは極力避けた。
…………今のところは害を成してはいない。たが万が一ということもある。まだ油断は出来ない。
あからさまな態度を示したにも関わらずソラン・イブラヒムは顔色変えずに淡々と日々の雑用をこなした。
時折、自分の考え過ぎではないかと思い始めた頃だった。
警備前の束の間の休息を得たのでいつも通り鍛錬に勤しむことにしようと廊下を移動していた。
いつも通り、掃除をしている彼の後ろ姿を見かけた。
別にそれがどうということはない。
そのまま通り過ぎ去ろうとしていたが違和感を覚えた。
どうにも足元が覚束ない様子だ。ふらふらと草木のように不規則に揺れている。
ふと声を掛けようとしたその瞬間だった。
事切れたかのようにバタリと倒れたのだ。
流石にこれにはギョッとしてしまった。
「し、しっかりしなさい! どうしたのですか!?」
うつ伏せになっている体を起こすと床に激突したのか鼻血が多めに出ており、軽く痙攣しているようにも見える。
その日は懐かしくも騒々しい一日だった。
太陽も跨ぎ終え、星々が輝く夜空の下で懲りずに悪事を働く
ホームに戻るとソランの意識が戻っていたらしく、寝具と共に簀巻きにされた彼がいた。
滑稽なそれを囲むようにアリーゼは心配の声を掛けられ、輝夜から皮肉を言われ、ライラには動けないことを良いことに木の枝で横腹を突かれていた。
不思議とこの時は胸を撫で下ろした。当時の私は誤魔化してしまいました。
後日、全快した彼は何事もなかったかのように雑務に励んでいた。
そして横をすり抜けるように通り過ぎようとした。
「リオン」
普段は無口である彼が珍しく声を掛けてきた。
「礼を言う、お陰で助かった」
「礼など要りません。あなたの身に何かあればアストレア様やアリーゼが悲しむ、それだけです」
そう述べると彼は少しだけ微笑んだ。
「何が可笑しいのですか?」
「いや、何もない」
よくも悪くも彼の人となりは少しだけ理解は出来たと思えました。
それからしばらくが過ぎてアーディとも交流するようになった。
まだ安心できる状況ではないが、こんな朗らかな時間が流れる。
悪くはない。
そう思い始めた頃だった。
『奴』が現れた。
いきなり現れたかと思いきや、
後に『星屑』と呼ばれるようになったそれのお陰で悪党が蔓延る機会が減っていった。
だがそれでも正体も目的も不明な奴に星屑などと名をつけられ、謂れのない名誉を押し付けられたようでしばしば憤りを感じる事もあった。
そうしてまた数日が経った。
夕暮れの巡回中にソランとアーディに会い、そのまま帰路を辿る足運びとなった。
「そういえば! また孤児院に行くけどソランも行かない?」
「遠慮する」
「えー? 孤児院のみんな、御伽話の続きが気になるってせがまれてるんだよ。お願い!」
そんなアーディの明るく人懐っこい性格に心無しか目を逸らすソラン、どこか苦手意識を持っているようにも見えた。
普段の澄まし顔が崩れる様を見て珍しいものが見れたと笑みが溢れる。
「ほう? ソラン、貴方は読み聞かせが得意なのですか?」
「別にそこまでは____」
「そうそう! 子供達の面倒を見てたらみんなに懐かれちゃって! ね?」
「意外……ですね。例えばどのような話を?」
「うーん、そうだねぇ…………例えば___」
「きゃああああああああ!!?」
雑談で緩んだ空気が一気に引き裂かれた。
女性の叫びが聞こえた方角に目を向けると道端に倒れる女性と慌てて逃げ去ろうとする男性の構図、しかも男性の手には鷲掴みされた荷物が見えた。
「泥棒! 泥棒よ!! 誰か捕まえて!!」
出来ることなら今日のような日は何事も起こって欲しくはなかったが、自分達の使命がある為にやむを得まい。
「二人は此処に!!」
私はソランをアーディに預け、駆け出した。
男はこちらを視認するなり一際血相が増してもがくように走り続けた。
「止まりなさい!!」
警告をするも下手人の足が止まる気配はなく、路地裏へと逃げ込んだ。
なまじ足に自信があるのか冒険者ではないにも関わらず軽い足取りで入り組んだ道を通り抜けていく。
このままではジリ貧だと悟った。
かといってこのまま引き延ばせば事態は悪化してしまう。急いで取り押さえなくては。
不幸中の幸いか、此処は狭く、障害物はあれど一本通路、隙を見て止めることは出来る。
そう決めた瞬間、男は急に足を止めた。風のような勢いを殺す程にだ。
何故と疑問に思い、その先を見ると…………
「やっほー♪」
先程置き去りにした筈の棒立ちしているソランと笑顔で手を振っているアーディが立っていた
「どうか! どうかお許しを!!」
窃盗犯である若い男性は土下座しながら必死に懇願している。
男の荷物の中身には数百ヴァリス、大きめの粗悪なパン一つに飲水が入った瓶一本、それから僅かなじゃがいも………………
「盗んだ物は……これで全部かな? どうしてこんなことを……」
アーディが盗みを働いた理由を問いただすが男の供述は食うに困って犯行に及んだ。ただそれだけとのことらしい。
「…………如何なる理由があるとはいえ、看過することは出来ません。貴方を連行し、然るべき処遇を受けてもらう必要があります」
「そ、そんな…………お願いです! 償いならなんでもします! どうかご勘弁を!!」
男は必死に頭を下げた。
別にこのような事は今に始まった訳では無い。
金、特に食べ物の盗みは多発している。
それを見つけ次第罰する。そうしてこの無法地帯と化してしまった今のオラリオにも必要最低限の治安と呼べるものが成り立っている。
今ここでこの男を逃せば次の犯罪に手を染める者たちにとって恰好の理由となってしまう。
きっとこの男もただただ生きようと必死だったとしても、罪と法は公平でないといけない。
「私個人には貴方を処遇を決める程の裁量はありません。さぁ、立ってくだい」
連行する為にと男の腕を掴もうとしたその瞬間、横から別の腕に遮られた。
傍からこの状況を見ていたソランだった。
「…………ソラン、これはなんのつもりですか?」
「………………」
ソランはゆっくりと首を横に振った。
「これは我々冒険者の、正義の役目です。居候とはいえ、貴方が介入する余地はありません」
それでも目の前の少年は一歩も引く気配は無かった。
神の恩寵を受けていない者と受けている者、その隔たりは大きくある。
にも関わらず。ソランは臆することなく訴えかけてくる。
それに対し一瞬気圧されそうになる自分が居る。
「いい加減にして下さい!!」
「リ、リオンてば。落ち着こう?」
私はついムキになって声を荒げてしまった。急に怒鳴った所為でアーディを驚かせてしまった。
冷静になろうと咳払いをして未だ遮ろうとする少年に鋭い眼差しを向ける。
「今ここで罪を見逃せばまた次の犯罪に繋がってしまいます! それを正す為にも私達は____」
「おとうさん?」
ふと幼い声に遮られ声が聞こえた方角に視線を向けるとそこには小さな子どもが居た。
「こ、子供? どうしてこんな所に…………」
男と同じく土埃まみれの服装であちこち破れかけている。
片腕には所々綿がはみ出ている人形を大事そうに抱えている。
今この子はこの男を父と、そう呼んだ。
「貴方の…………子供、ですか?」
男はぎこちなく頷いた。ゆっくりと歩み寄る我が子を抱きしめ、優しく頭を撫でた。
「む、向こうに行ってなさい。お父さんは今、大事な話があるんだ」
「でも…………」
「いいから、いい子にしてなさい」
「…………ほら、お父さんのお話が終わるまでの間はお姉ちゃんと遊んでよっか?」
「ほんとう!?」
「うん! ほら、向こうで遊ぼ!」
上手く子供の注意を惹きつけてくれたアーディは自然とその場から少し離れた所に移動する。
気の所為かソランを見つめていたような気が…………
この状況を理解出来ずきょとんとしている我が子をあやし、アーディと共に目の届く範囲へ離す。
「妻は先立たれ、私もいなくなればこの子は路頭に迷っていしまいます………………冒険者様、どうか御慈悲を………………」
男は再び土下座をした。震えた声で何度も、何度も懇願してきた。
「でしたら、孤児院に預けることだって…………」
「その孤児院にも断られました。もう『賄いきれない』と」
男から聞いた話はこうだった。
オラリオ勢と
協会をはじめ、出来る限り対応はしてるもののダンジョン攻略、オラリオ外の諸国に対する牽制、人手不足という言葉では生温い状況だったらしく。
その数にも『限り』があった。
その言葉に対しアーディ、そしてソランも「事実だ」と小さく頷いた。
あっさりと返ってきた事実にどうしたらいいのか、私はあまりにも未熟だった。
この男を見逃す? しかしそれではさっきの論争に戻るだけ。
この子の面倒を私やファミリアが見る?
アストレア様にお願いする? きっと受け入れてくださるがそれではただ敬愛すべき主神に押し付けているだけだ。
とうする? どうしたらいい? どうすれば正しい?
思考が延々と回り、沼に嵌ったような感覚に襲われる。
正義を掲げる者が間違えた選択をする訳には行かない。
だがこの場を見過ごすのも違う。先延ばしにするだけ、下手をすればもっと酷くなる。
思考と呼吸が静かに荒くなっていく。
次の瞬間、沈黙を破ったのはソランだった。
「確認する。償うなら何でもすると言ったな?」
「え?」
男は唐突に問いかけられ戸惑った。
「罪を償うのならなんでもすると…………そう言ったな?」
「は、はい! します! なんでもします!」
殆ど言葉を発していなかった少年に問い詰められた男はしどろもどろになりながらもはっきりと答えた。
「なら………………」
少年の次の言葉に身構え、唾を飲み込んだ。
「アストレアファミリアが定期的に行う炊き出しがある。それに従事しろ」
「………………は?」
きっと無理難題を押し付けられるとそう勘違いしただろうか。
男は身構えていた分、あっけない内容に肩透かしを食らってしまったのか素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
「炊き出し……をですか? 私が?」
「ソ、ソランいきなり何を言い出_____」
「そうだ。今現在、本作戦を実行中ではあるが現状の戦力では足りない」
「その間、子供はこちらで保護する。金銭は発生しない、そのかわり三食の食事は保障する。それで良いな?」
私の介入する余地なく淡々と条件を提示する。
ソランの有無を言わせない選択に対し、男の返答はすぐに返ってきた。
「何故あのような勝手な真似をしたのですか!!」
私はホームへの帰路を辿りながら目の前を歩く居候少年に怒号にも似た声色で酷く問い詰める。
あの後、男性と子供の身柄はアーディに任せ、その場を後にした。
その事に関しては解決したから良いとして…………
「アーディや貴方のお陰で先程の男性の身柄を押さえることは出来ました。そして打開策も、それは感謝してます……」
この時の私は子供の癇癪の様に理由も無く苛立ちを覚えていた。
「ですがアストレア様やアリーゼが許したのは街の外出だけです! アーディならまだしも、冒険者でもなければこの国の民でもない貴方に横槍を入れられては困ります!!」
「…………」
少年は澄んだ表情でこちらを振り向く。
悪びれた素振りすらなく。
「ッ!!」
私の中で理性を上回る何かが弾けた。
彼の胸倉を掴み、壁に打ち付けた。しかし、痛みは感じないと言わんばかりが無表情のままだ。
「何故何も言わないのですか! 何故何も言い返さないのですか!?」
「………………」
「あれが貴方の正しいと思った…………貴方の正義なのですか!」
「違う」
先程振りに漸く少年が口を開いた。
「俺に正義と呼べるものは存在しない」
諭すように喋りながら優しく掴まれた手を解き、こちらを見つめる。
「お前の言っていることは正しい」
「??」
「俺はあくまで部外者、お前達のやり方に異議を唱えるつもりはない」
「…………」
「法や掟、秩序があるから人は人で居られる。平和も自由も…………正しく生きられたら誰でもそう有りたい筈だ」
「だったら____」
「それでも、正しさだけが人を救うとは限らない」
「………………先程の親子もそうだと?」
「少なくとも、俺はそう学んだ」
そこから会話は続くことなくホームへと帰り、数少ない変わらぬ一時が過ぎ去った。
この時の私はあまりにも幼稚だった。
少し考えれば尊重する選択肢もあっただろうに…………
本音を聞けたかもしれない。分かり合えたかもしれない。
そうしたら…………もしかしたら今もこのホームに居たかもしれない。
アーディも…………傷付く事は無かった。