太陽の子レヴィン~格ゲーキャラの技を再現できる筋肉と属性付与で救世主とか無理だから!~   作:キョーサカ

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プロローグ 「どうか、負けないで」

 静かな病院の個室に小鳥の囀りの如く響くのは、コントローラーのガチャガチャ音。

 ゲーム機を兼ねた液晶に映っているのは、バンダナを巻いた小柄な男と、彼より少し大きい筋骨隆々の男が戦っている光景。

 

 『ライジングナックル(フォー)』。略してライナクⅣ。

 

 個性的なキャラクターが紡ぐ濃厚なストーリーと絶妙な対戦バランスで世の格闘ゲーマーを虜にしている、大人気格闘ゲーム。

 兄が見舞いに来る度、あたしはこのゲームで兄に挑んでいた。

 

「え、今のアリ? マキシマスの投げ間合い、まだバグ修正来てないんじゃないの?」

「初代ライナクに比べると範囲は狭くなってるが、残念ながら仕様なんでね……そらっ!」

 

 あたしの操っていた、バンダナを巻いている小柄な男・レントの着地に合わせたかのように、兄が操る大男・マキシマスのゲージを消費した強力な投げ技が発動。

 レントの体力は尽き、KとOの演出が、いつも通りの光景を物語る。

 

「うわぁーっ! また十本取られた!」

「お疲れさん。これで俺の九十九戦九十九勝ね」

 

 基本、兄は何でもできたが、こと格闘ゲームにおいては凄まじい才能を発揮する人間で、あたしは昔からそんな兄にコンプレックスを抱いていた。

 あたしは昔から病弱で、病院の世話になることが多く、今は長期入院期間。

 この状態で兄を越えようと考えたら、兄の得意分野である格闘ゲームしか思い浮かばなかった。

 

 無理を言ってゲーム機を置くことを許可してもらえたが、『ネットワーク対戦は禁止』と念を押されたので、普段の修行相手はもっぱらCPU。

 ついこの間『ライジングナックルⅣ』の全国大会で優勝した兄に届くには未だ遠く、対人戦経験の差から、いつも兄には寸でのところで負けてばかりだ。

 

「ねぇ、どうしてそんなに強いの? やっぱり毎日やってるから?」

「まあ、それもあるけど……昔、俺もお前みたいにゲームが好きだった頃があってさ……」

 

 兄は遠い目をしながら窓の外を見る。

 その顔にはどこか哀愁のようなものを感じられた。

 

「……うん。今でも好きなんでしょ?」

「好きって言うよりも、嫌いになれなかっただけかな。勉強してる時以外はずっと、ゲームしててさ。友達と一緒に徹夜で朝まで遊んだことも何度もあったよ」

「やっぱり毎日やってたんじゃん。羨ましいよ」

「でもさ、ある日から急に楽しめなくなったんだよな。何つーかさ、やり込んでいくうちに段々と相手のプレイスタイルが見えてくるようになってきて、それが嫌になってくるっていうか……多分、自分の実力以上のものを求めちゃったせいなんだと思うんだけど」

 

 兄の言いたいことは分かる気がした。自分が限界だと思えるところまでやった上で負けたなら納得できるだろうが、中途半端な知識しかない人間が、まるで知ったような口を利いて上から目線で批判する奴がいる。

 そういう連中に限って、自分は初心者だからと言って手加減してくれる優しいプレイヤーを求めている。

 そしてそういうプレイヤーは、大抵弱い者イジメをするようなマナーの悪い輩が多いのだ。

 

「とにかく俺は格闘ゲームから離れていったわけだけど……それでもやっぱ熱くなれるものを探してた時期があるんだよ。そんな時に出逢っちまったのさ」

「誰に?」

「ライバルだよ。俺の原点を思い出させてくれた、凄えやつさ」

 

 そう語る兄の顔はとても誇らしく、同時に懐かしむように笑っていた。

 

向日葵(ひまわり)、本当の強さを示せるものって、何だかわかるか?」

「うーん……腕っぷしとか、技術とか?」

「そういう上っ面なもんじゃない。要は、ココだよ」

 

 兄は拳を自らの胸元に当てる。

 

「心の問題ってこと?」

「正確には気持ち……信念ってやつだな。『こいつにだけは負けたくない』って心を燃やせるし、『楽しい今を終わらせたくない』って足掻くこともできる」

「心が諦めなきゃ負けじゃない……そういうことよね?」

「わかってるじゃないの。流石は俺の妹だ」

 

 兄が突き出した拳に、あたしも拳を合わせる。『ライジングナックルⅣ』でも格闘家同士がやっている、信頼の証だ。

 

「こいつだけには負けたくない、だから楽しい。そんな思いでここまで来た。明日には世界大会に出るためにラスベガスへ行くが……お前との百勝目を飾るために、絶対ここに戻ってくるからよ。覚悟しとけ」

「覚悟するのはそっちよ。次は絶対負けないから。トップゲーマー『ガレリア』の連勝記録、打ち止めにしてあげるわよ!」

「やってみろよ、できるもんならな!」

 

 兄妹ふたりで笑い合い、その日は別れた。

 

 これが、兄妹で交わす最後の会話になるとは知らずに。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「速報です。多くの死傷者を出した飛行機事故の続報が入りました。死亡者の身元が判明した模様です。亡くなった方の名前は──」

 

 翌日、ニュースは空港で起きた墜落事故の話題で持ちきりだった。

 死傷者多数という悲惨な事故。

 メインエンジンの点検を怠った整備士の仕業か、とも報道されているが、真相は闇の中だ。

 

 そんな事故に遭った死者が判明し、名前が列挙されるが、その中に――

 

「……そん……な……っ!」

 

 兄の名前が、あった。

 兄が突然、この世界から消えた。

 頭と心がぐちゃぐちゃになる。

 

 この現実を受け入れることはできなかったが、目元には哀しみの涙がとめどなく溢れていた。

 

「戻ってくるって……言ったのに……」

 

 負けたくないと、頑張ってきたのに。

 

 追いかけるべき背中が。

 

 こんなにも呆気なく、死んだ、など。

 

「嘘つき……うそつきぃぃぃっ!!」

 

 事実上の、勝ち逃げだった。

 あたしの心は、現実という重みに、完膚なきまでに、負けた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 あの日から、数ヶ月が経った。

 あれ以来、何もやる気が起きず、ただ無為に日々を過ごしている。

 『死んだ兄を思い出させるから』とゲーム機は両親に回収され、ゲームをやる機会もなく、ただ虚しく時間だけが過ぎていく。

 

 生きている意味を見出せないまま、今日もまた、ベッドの上で目を覚ます。

 カーテンを開けると眩しい朝日が差し込み、思わず目がくらみそうになる。

 

 窓のそばには、あたしの名前……向日葵と同じ名前の花が花瓶に挿してあるのが見えた。母がくれた見舞いの品だ。

 太陽を浴びてすくすくと育って欲しいと名付けられたが、現実という重みはそれを許してくれないらしい。

 

「おはよう、向日葵ちゃん」

 

 引き戸を開けて、担当看護師の橘《たちばな》さんがやってきた。

 

「……おはよう……ございます」

「今日も元気がないわねえ。ほら、スマイルスマイル」

「……うざい」

 

 兄を亡くしてから、橘さんとの会話も億劫になってきた。

 いつも明るく接してくれるのはありがたいのだが、今の私にとってはそれが鬱陶しかった。

 

 ふと気まぐれで、前から橘さんに対して思っていたことを口にする。

 

「そういえば、橘さんってさ」

「なになに?」

「ゲームとかそういうの、やるの?」

「うーん、昔は嗜む程度にやってたけど、今はね……ほら、スキマ時間っていうの? 職業柄、そういう時間があまり作れないのよねえ」

「そっか……そうよね」

 

 当然だろう。仕事中にスマホゲーをやっている姿なんて想像できない。

 だが、それを聞いて私は少しだけ安心したような気がした。

 

「ゲームもいいけど、今日は外に出ましょ。太陽の光は、命のエネルギーなんだから」

「……わかった」

 

 あまりいい気分ではなかったが、気分転換すれば病室にいるより少しはマシになるだろうと思い、橘さんの提案に渋々乗ることにした。

 橘さんの手を借りて、車椅子に乗せてもらう。

 

 エレベーターに乗り、中庭に出た。

 空は雲ひとつない快晴で、日光が燦々と降り注いでくる。

 

「もうすっかり夏よねえ。今は過ごしやすいけど」

「……まぶしっ」

 

 橘さんが日傘を差してくれているので直接当たることはなかったが、それでも直射日光は眩しい。

 入院してからというものの、日に焼ける心配はなかったから忘れかけていた感覚だ。

 太陽の方角を向いて咲くヒマワリの花になったかのような錯覚に陥りそうになる。

 

 ん? 夏? 夏といえば……?

 何かを忘れている気がする。

 

「橘さん、今日って何日だっけ?」

「え? 七月二十日だけど……」

「七月……二十日……思い出した」

「どうかしたの?」

 

 そうだ、今日という日は――

 

「今日って……『ライジングナックル(ファイブ)』の発売日じゃない!」

「……えっ?」

 

 そう、『ライジングナックルⅣ』から続くナンバリング五作目の新作が、二週間前のベータテストを経て一般に流通して出回る日!

 何故忘れていたのか。兄のことはショックだったが、ライナクのことも完全に抜け落ちていたわけではないはずなのに。

 いや、むしろその衝撃が強すぎて頭の中から消し飛んでいたのかもしれない。

 

「何で教えてくれなかったんですか!?」

「えっ、だって向日葵ちゃん、ずっと塞ぎ込んでて……」

「ゲーム機も手放しちゃったし、そりゃ忘れてても仕方ないよ! あたしのバカ!」

 

 身体が弱いこの身を呪う後悔だけが残り、深くため息をつく。今更どうしようもないが、せめて予約だけでもしておけばよかった。

 

「……な、何はともあれ、少しは元気出たみたいで良かったあ。あ、見て見て! 綺麗なお花!」

 

 橘さんが強引に話題を逸らして金網フェンス側の花壇に注目させようとするも、花を見たい気分にはなれない。

 花壇を見ずに、金網フェンスの向こう側の景色に目を向ける。歩道の奥に車道があり、車の通りも疎ら。病室からも見えていた光景だ。

 

 ふとその中に、一際目を引く少女の姿を見かけた。

 

「これが待望の新作……朝から並んで買えてラッキーじゃったのう!」

 

 両腕には複数の紙袋を抱え、背中にはリュックを背負った小柄な少女だった。

 口調もどこか年寄りくさい。近所にこんな子がいたとは。

 手に持っているのは、何かのディスクのパッケージだろうか。おそらくは最新ゲーム機の――

 

「むっ?」

 

 あたしの視線に気付いたのか、少女はこちらを見る。そして、目が合った。

 

「なんじゃ、お主? 物欲しそうな顔してもコイツはやらんぞ」

「えっと、別にそういうわけじゃ――」

「悔しかったらダウンロード版で我慢せい!」

 

 不審者を警戒するような目で、少女はその場を去ろうとした。

 

 その時に、はっきり見えてしまった。少女が持っていたパッケージを。

 パッケージに描かれていたのは主人公・レントの後ろ姿。

 そして見覚えのあるタイトルロゴ。

 

 間違いない。あれはまさしく、今日発売された『ライジングナックルⅤ』だ!

 

「ちょっ、待って!」

 

 あたしは車椅子を走らせて、彼女を追いかける。

 病院の駐車場を通り抜けて、歩道へ。リュックを背負った少女の姿が、見えた。

 

「うおぉう!?」

 

 少女は病院の入り口からいきなり出てきたあたしにビックリしたのか、尻餅をついた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……」

「な、なんなんじゃお主は!? さっきはわしを見ていたと思ったら、今度は追いかけてきおって……」

「あたしと……対戦……しよう……!」

「はぁ!?」

 

 肩で息をしながら、あたしは少女に勝負を持ちかけた。

 すると彼女は眉間にシワを寄せ、怪しむような表情であたしを見上げる。

 当然の反応だ。突然そんなことを言われれば誰だって困惑する。

 

阿呆(あほう)か、お主は!? 病人じゃろお主!?」

「でもあたし……そのゲームをずっと……あれ?」

 

 息を整えながら、彼女が今まで持っていたパッケージが手元にないことに気付いてしまった。少女もあたしより一息遅れで気付いたようだ。

 

「うにゃぁーっ!! さっきので落としたのか!? わしのライナクⅤ!!」

 

 少女が慌ててパッケージを探す。あたしも見える範囲をくまなく探して、そして。

 

「あった!」

 

 アスファルトの上に落ちているパッケージを見つけた時には、無意識のうちに身体が動き、車椅子を降りていた。必死に駆け寄り、パッケージを拾い上げる。

 

「これがライナクⅤ……裏も見ておこう」

「阿呆! そこから離れんか!」

「え――」

 

 パッケージを取りに行くのに夢中で、気付かなかった。

 

 今いる場所が、車道だったことに。

 

 車の影を見た時は既に、遅かった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 駄目だ。意識は朦朧(もうろう)としていて、立ち上がる力もない。

 

 でも、せめて。あたしの命が、負ける前に。

 

 これだけは、あの子に、返さな、ければ。

 

「何をしとるんじゃ! 阿呆! 阿呆! ド阿呆!!」

 

 駆け寄ってきた、リュックの、少女の、声。

 

 その声の方向へ、パッケージを、持った腕を、伸ばす。

 

 そして声を、振り絞る、のだ。

 

「どう……か……負け……ない……で……」

 

 これが精一杯、だ。

 

 あたしはここで負けるけど、君はまだ、先がある。

 

 この世からいなくなる、あたしの分まで。

 

 どんなことがあっても、負けちゃ駄目だよ。

 

 視界は赤く染まり、弱いあたしの身体は、力尽きた。

 

 次に意識も落ちようというところで、目の前の少女の呟きが耳に入る。

 

 ――見つけた。

 

 その言葉の意味もわからず、弱い身体のあたしはここで、死んだ。

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