太陽の子レヴィン~格ゲーキャラの技を再現できる筋肉と属性付与で救世主とか無理だから!~ 作:キョーサカ
エルヴィン族の隠れ里は、イグドラシルを中心に形成された集落である。
イグドラシルから発せられる結界が里そのものを隠蔽し、この地を秘境たらしめている。
リテラによればそのはずだった。
だが周辺を囲む森に火を点けられると、どうなる?
結界内の樹に燃え移ってしまわないか。
いや、そもそも火元はどこなんだ。
ひとまず、ニューの話によれば。
「ほら、ロミィ役のスレイさんっているだろ? あっし、その人のお花摘みに付き添ったんだ。そしたら結界の外に出ちゃってさ、どうにも焦げ臭いと思ったら、木がブワーって燃えてたんだよ! それで引き返そうとしたら、スレイさんがあっしを突き飛ばして、倒れた木の下敷きになって!」
そういうことらしいから、あたしはすかさずヤーナの手を借りて、彼女の『シュツルムウォーダン』に掴まり、空から炎上範囲を確認しつつ、木の下敷きになっているというスレイさんを探しに向かうのだった。
「確かに木々の焼ける臭いがしますわね」
「どこの誰よ、火なんて点けたの。故郷がアイツに襲われた頃を思い出しちゃったじゃない!」
「このままでは里も危ないし、劇を見せるどころではありませんわね。水属性のマキナさえあれば、消火は容易なのですけれど」
まったくだ、今ほど消防車を恋しく思ったことはない。
ヤーナがそこまで言うほどであるなら、ジークの氷閃刀『セツカ』を以てしても、森火事を鎮めるには至らないのだろう。
そう思っていたのだが、うちの副団長は有能が服を着て歩く女であるからして。
「しかし火災対策も備えあれば憂いなし、ですわね」
不服そうな顔でヤーナが胸元から取り出したのは、真珠を少し大きくしたような、数珠つなぎのネックレスに見えるアクセサリーだ。
珠の中で水泡が動いてる様子から、水か何かが入っていると思うのだが、一応何なのか聞いてみよう。
「また見たことない魔導具出してきたわね。何なの、ソレ?」
「『マーキングボール』はご存知でしょう? アレは帰巣本能を促す特集な液体をボールに圧縮させた魔導具ですが、この『ウォーターパール』はそれと同種のもの。一個につきバスタブ五杯分の水を圧縮しておりますのよ」
そりゃ凄い。
やっぱり魔導具の技術が進むと、物理的には不可能な領域に達していくものなのね。
ある意味、体内に収納できる契約型マキナと同様の技術が使われてるのかも。
「合言葉を詠唱すれば、中の水は爆ぜるように抑圧から解放され、噴水の如く溢れ出す仕様ですわ。これをアタクシの風魔法で上手いこと散らして、森火事を鎮火させますわ」
「そうね、火事はアンタに任せる。問題は……あっ、あそこに!」
ヤーナの魔導具講義を受けながらも、あたしは鼻をつまみながら、四方八方に目を向けて、木が倒れている場所に焦点を絞り、スレイさんを探していた。
どうやらその成果が実ったらしい。
倒木の傍に人影が見えた。
どうやら幸運にもまだ燃え移ってはいないらしいが、それも時間の問題だろう。
「急がないと!」
あたしは手を離して、『ソルマドラ』の手甲を
そのまま自由落下で炎上する森の中へ突っ込んでいく。
「『我流・ライジングアーツ サンライト・ウェイブ』!」
着地と同時に太陽の奔流を拳に纏わせて、地面に叩きつけた。
太陽属性の魔力とは、原初の火とも呼ばれる火属性の派生系である。
本来であるならば、太陽の炎と火をぶつけても、更なる延焼を引き起こすのだろう。
しかし、あたしの目的はそうじゃない。
「なるほど、衝撃波で消火という手もありましたわね!」
ヤーナ、そこまで驚くことじゃないでしょ。
消火の方法は、なにも水だけじゃない。
爆風や衝撃波でも、それなりに火は消せるってこと。
しばらく燃え移る危険性がなくなったところで、あたしは倒木へ急ぐ。
「スレイさん!」
主演女優の人影があたしの目にくっきりと映る。
倒木に下半身を潰されながらも、スレイさんの意識はまだ残っていたようでホッとした。
「レヴィンちゃん……ニューちゃんが、助けを呼んでくれたのね」
「今この木を退けます!」
なにはともあれ人命救助だ。
自前の筋力で倒木を持ち上げ、そのまま脇に投げる。
「立てますか?」
「ちょっと、無理みたい……脚の骨が……」
やはり倒木の影響で脚が……!
里長の前で公演するだけでも厄介な事態だというのに、主役級の故障まで重なってしまうとは。
こんな時、神を恨めないのがもどかしい。
この世界の神は……アイツは、人の運命を操作できるほど悪趣味ではないのだから。
「しばらくの辛抱です、失礼しますね」
あたしはスレイさんにそう声を掛けて、彼女の脚に負担をかけない持ち方で運ぶことにした。
いわゆる、お姫様抱っこである。
最近人を運ぶ時に、この持ち方ばっかりしている気がするのは、あたしの思い過ごしだろうか。
「わお、良い抱かれ心地。男役として演劇デビューしてみない?」
「そういう系は間に合ってるんで、早く里まで避難しますよ!」
スレイさん、脚が折れたのに案外余裕そうだな?
ひとまず彼女を抱えて里までダッシュだ。
「『バースト』!!」
空からヤーナの詠唱が聞こえる。
水のない空で、津波のように水が弾けた。
どうやら先程の詠唱は、水を『ウォーターパール』とやらの圧縮から解放する合言葉だったらしい。
辺り一帯の木々に燃え移っていた炎は、あっという間にその勢いを鎮められ、消えていった。
ひとまずの危機は去ったと見ていいが、一体森火事の原因とは何なのだろう。
エルヴィン族の誰かの仕業、という線は薄い。
そもそもヒト族に隠れて生きているのだから、貴重な一族の楽園を燃やすことに何もメリットが無い。
結界の外が燃えているので、外部犯の可能性が高いのは確実だろうが――。
「ま、まさか……!」
考えうる最悪の事態。
それは、撒いたと思っていた、あの魔獣の影。
嫌な予感がする。
あたしは抱えているスレイさんの様子に気を配りながら、里へ戻った。
※※※
消火作業をあらかた終えたヤーナと合流し、里に戻ったあたしは、劇団の皆の困惑をよそに、まずミュウくんにスレイさんの治療を頼む。
治癒術式は人体の自己治癒力を促進するタイプのものであるため、即座に回復することはないが、骨折の激痛くらいはやわらぐだろう。
ミュウくんは一応、即座にあたしの身体を治したことはあるが、そのタイプの魔法を使うと寿命を削るリスクを伴うことは知っている。
うかつには使わせられないのが困ったところだ。
なので、劇団の皆には勿論動揺が走る。
「ごめんね、みんな……」
寝かせて治癒術式を受けているスレイさんから、無念の声が漏れる。
「いや、スレイは立派だよ。脚で済んだのが奇跡なくらいさ!」
「でも、リュカ……あたしがいなきゃ、劇が……」
そう、問題はスレイさんの骨折だ。
『ロミィとジュリアス』は、リュカさんとスレイさんのダブル主演。
片方が脱落しては、劇が成り立たず、中止もあり得る。
劇団全員の命がかかっているこの状況で、更なる試練が降りかかるなんて。
もはや万事休すか、などと思ったものだけど。
「無理は……しないでください、スレイさん」
「シルヴィア……本当にごめん」
「事情は、聞いてます……。謝る必要、ないですよ」
シルヴィアさんの声色が、少し変わったような。
辿々しいものから、何か決意のような意思がこもった声に。
「代わりにロミィは、自分がやります」
辺りは、騒然とした。
あたしも、驚いた。
ちょっと待って、スレイさんに代わってロミィを……シルヴィアさんが!?
「そんな……いや、でも……」
「大丈夫、自分の書いた物語ですし、全ての台詞も、皆さんの演技も、全部頭に入ってますから」
「そういう事じゃないでしょう! 代役なら貴方がやる必要はない! 貴方は裏方の、劇作家なんだ!」
リュカさんの主張はもっともだ。
確かにもっともではあるが、しかし。
「そうですよ、自分は劇作家。劇団の皆のことを知ってなくちゃいけない。ロミィは主役ですよ……開演が迫るこの状況で、全ての台詞を覚えて、ロミィを理解できますか?」
シルヴィアさんが言う事もまた、真理。
今は、時間が足りない。
代役の選別にも、それこそ役の解釈のすり合わせにも時間を掛けてしまっては、とても間に合わない。
ぶっつけ本番で、ロミィという役を一番理解できる者は、脚本を書いた神、劇作家くらいのもの。
だからこそシルヴィアさんは、劇団のために覚悟したのだろう。
離れがたい第二の家族を守る、そのためだけに。
「自分はここにいる皆のために、やれることは全部やりたい。母の身勝手で、皆を死なせたくないんです。どうか、ロミィの代わりを……務めさせてください」
劇団の誰もが、彼女の覚悟に驚嘆し、口を出せずにいた。
そんな中で、シルヴィアさんに近づく人影がひとり。
劇団『フルンケライ』座長、演劇界のゴッドマザー。
ウルスラ・バッシュさんだ。
今まで黙っていたところに、重い腰を上げてくれた。
「わかったわ、シルヴィア。あなたの思うように、やってみなさい」
「ありがとう……座長……ウルスラ……っ」
今にも涙ぐみそうなシルヴィアさんに、座長さんが寄り添う。
「さあ、シルヴィアの覚悟を無下にはできないわよ。みんなで一致団結して、あの里長様が笑顔になれる劇にしましょう!」
座長さんの鶴の一声が、『フルンケライ』を奮い立たせる。
壊れたと思っていたオルゴールが、再び音を奏でるように。
「わかりました、座長。足りないところは僕らで補います」
「お願いね、リュカ。皆も」
「はい!」
うーん、良い声で返事してくれるよこの花形は。
きっと舞台の上でも良い声を奏でてくれるに違いない。
アイツも泣いて喜ぶんじゃないか、などと思ったところで、あたしは気付くのが遅れた。
そういえばこういう場面で嬉し泣いて叫ぶようなアイツが、リテラがこの場にいない。
「あれ、リテラはどこ行ったのよ?」
そんなあたしの疑問に答えたのは、携帯食を食べて一息ついていたジークだった。
「ああ、リテラならばレヴィンと入れ違いで、里長殿を迎えに行ったところだ」
案外気が早いというかなんというか。
でも何か理由があったりするのかも。
里の外が燃えたというだけでも大事なんだし、その火元すら不明という状況。
もしかしたら、アイツは――。
「それにしても、なぜ里の外が火事になったのだ? エルヴィン族の誰かが、安住の地を失うような過ちを犯すはずもないだろうに」
「ジーク、ここに迷い込む前に遭遇した魔獣がいたの、覚えてる?」
「うむ、
「もしかしたら、火事はそいつらの仕業なのかもね」
まあ、ジークに話したのはあくまで推論だ。
普通ならマナの成る樹であるイグドラシルの恩恵で、このエルヴィン族の隠れ里は目に見えないハズ。
それでなくとも森には逃げ込んだから、奴らはあたし達を見失ったとみていいだろう。
「アラ、レヴィンさんも同じことを考えていましたのね」
先程から劇団の方を見ていたヤーナも会話に加わる。
「どういうことなのだ?」
「つまり
「なんと!」
通常ならば人間が建物に火を放ってやるような手を魔獣が使えるとは思っていないが、幸い知能ある個体との戦闘経験はある。
「それならリテラ殿も危ないのではないか?」
「確かに。今の状況で里長様を迎えに行くなんて、リスクがデカすぎますわ」
「そう? アイツならそのうちケロッとした顔で帰って来ると思うけど――」
そう、思いたい。
リテラの本体は創造神なわけだし、もし今の妖精体が焼け焦げても、新たな分体を用意できるのだろう。
だが、それなのにチラつく。
前世で兄が死んだと知った時の衝撃が。
自分から離れた地で、勝手にいなくなった身内を持ってしまった己の辛さが。
アイツは……リテラは。
あたしにとっては、救世主の役割を押し付けてきた、身勝手な神様でしかないのに。
この世界に転生してから、そこそこ付き合いも長くなったからだろうか。
失いがたいと、なぜか思えてしまう。
「やはり、心配か?」
そんなあたしの心を見透かしたように、ジークは問いかける。
頭はそこまで良くないけど、観察眼は人並み外れている、それが彼女だ。
うっすらと素直になれないあたしの心境が、顔に出ていたのかもしれない。
「別に、そんな……。ただ、リテラがいないと、なんだか寂しくなるって……それだけ」
「相変わらず、素直になれないんですのね。ジーク、これ以上余計な被害が起きないように、劇団の護衛を徹底しますわよ」
「心得た」
心なしか、ヤーナの言葉を受け取ったジークの返答が、深刻な声色に聞こえた。
「あたしもやるわよ、護衛」
「レヴィンさん、アナタを護衛の任から外します」
えっ、いきなり追放?
「ちょっと、急にどうしたのよ?」
「どうしたもこうしたも、仲間が心配なら見に行けばいいだけのこと。あの方には何の戦闘力もありませんし、
知っている。
悔しいがヤーナの言う通りだ。
でもあたしはリテラの身勝手に付き合わされた犠牲者。
そう簡単にアイツを仲間だと、十五年以上の腐れ縁だと認められるほど、あたしはリテラを……創造神テラを、許してはいない。
そのはずなのに。
「わかってるわよ……それでも――」
言葉が詰まる。
どうして罪悪感なんかをあんなヤツに。
あたしを本気で救世主と信じているような、母親みたいに、あたしをうざいくらい褒めてくるようなヤツに。
「大切なものというのはな、失って初めて気付くものだ」
天然ボケの権化みたいなジークすら、真面目な声色であたしを後押ししてくる。
「最も尊敬する父親。営業不振から王都を去ってそれっきりな、串焼き屋の店長。よく課外演習にお菓子を持ち出しては教官に怒られ、騎士学校を卒業してからは無念にも魔獣にやられた先輩。皆、私の中では人生の一部であった者達。それらを失ってはまた、新たな慣れを身体に覚えさせる。私はそんな境遇の者を少しでも減らさんが為に、騎士を志した」
ジークの父親がもういないことは知ってるけど、残りの二名はなんとも微妙な立ち位置の人間に聞こえる。
でも彼女にとっては大切な人だったのだろう。
微妙に笑える空気じゃない。
「レヴィンは私怨で闘っているところはあれど、なんだかんだで優しいギラソール傭兵団のリーダーであることは、他ならぬお前の気持ちに救われた私が知っている。だからこそ私はお前に言いたい」
ジークの真摯な眼差しが、あたしの視界に突き刺さる。
「自分の気持ちに嘘はつくな」
言葉すらも、心に刺さって。
あたしは歯を食いしばり、ジークの真っ直ぐな視線を受け止めた。
「……言われなくたって」
わかっている。
リテラは、あたしをこの世界に転生させた元凶で、救世主だなんだと持ち上げる厄介な創造神であり、今は妖精だ。
けれど、それ以上に。
王都で魔獣教団と戦った時も、故郷が襲われた時も、いつも隣にいて、あたしを肯定し続け、信じてくれていた。
「アイツは、それでも憎めない……あんちくしょうだものね」
もはや照れ隠しにもなっていないのだろうが、言い訳はできた。
「ふたりとも、劇団の皆のこと、任せるわ。ニューとミュウ君にも、劇団を引き続き手伝うように言っておいて」
「うむ、心得た!」
「さっさと行って、さっさと戻ってきなさいな」
ヤーナに文字通り背中を押され、あたしは地を蹴った。
しょうがない、助けてやろう。
一応アイツも、傭兵団の仲間だしね。
目指すは里長の家。
リテラが向かったはずの、イグドラシルの麓だ。