太陽の子レヴィン~格ゲーキャラの技を再現できる筋肉と属性付与で救世主とか無理だから!~ 作:キョーサカ
エルヴィン族の隠れ里は、森の木々をそのまま利用した家々が点在している。
その間を縫うように、あたしは全速力で道無き道を跳び回り、駆け抜ける。
さっきヤーナが消火したとはいえ、まだ焦げ臭い匂いが鼻につく。
森火事を起こした
奴らが本気でこの森を燃やすつもりなら、今頃は隠れ里全体が火の海になっていたハズだ。
元々はあたし達に狙いを定めていたと仮定しても、あぶり出しが目的なのは想像に難くない。
だがそれでも、万が一イグドラシルが見つかってしまったら。
格好の餌として吐息に焼かれ、この隠れ里は、間違いなく滅ぶ。
まったくアイツときたら、なぜひとりで突っ走ってしまうのか。
アイツはいつもそうだ。
自分の信念……特に「物語」や「命」が関わると、途端に周りが見えなくなる。
今回とて、里長に避難を促しに行ったに違いない。
あくまでも里長の娘……シルヴィアさんのためを思ってとか、そんなところだろう。
だが、あたしはふと息を呑む。
「――ッ!?」
全身の皮膚が粟立つような、強烈な熱気と魔力圧。
足を止め、上空を見上げる。
煙が立ち込める空の向こう、その暗がりの中心に、ひときわ巨大な影が浮かんでいる。
これまで見てきた
その全身を覆う紅蓮の鱗は、まるで煮えたぎる溶岩のように不気味な光を放っていた。
「ようやく『王』のお出ましってわけね……!」
間違いなく、『眷属』を率いる『王』クラスの魔獣だ。
森火事はコイツの仕業に間違いない。
これまでの推測をなぞるかの如く、『王』の視線は隠れ里そのものではなく、里の中心にそびえ立つ、イグドラシルに向けられていた。
『王』の怒号とも呼ぶべき咆哮が響く。
同時にその巨大な顎は開かれた。
炎熱が凝縮され、奴の喉奥で渦を巻く。
マナの加護とかそういうのはあれど、イグドラシルどころか隠れ里まで無事では済まないのは確実。
「まずい!」
あたしは反射的に『ソルマドラ』を
里長の家がある方角から、『王』とは異なる魔力圧を感じ取る。
「――『聖樹の護りよ、芽吹き、集え! 我がモルガーナの名において、仇為す炎を拒絶せよ! イグリオル・シュッツ!』」
凛とした、それでいて威圧感のある女性の声が響いた。
里長のモルガーナさんが、魔法を使っているのか。
空に放たれた光は瞬く間にイグドラシルの上空で広がり、巨大なドーム状の魔法障壁を形成、イグドラシルを丸ごと包んだ。
直後、『王』が放った極大の火球が障壁に着弾する。
刹那、里全体が揺れるほどの轟音と爆風。
障壁は火球の直撃を受け、激しくきしみながらも、その形状を維持している。
これが魔導具の、魔法の祖たるエルヴィン族、その里長が使う魔法……。
あたしはスケールのデカさに狼狽えながらも、障壁が展開された里長の家へと再び走り出す。
「モルガーナ様! 我らの魔力も!」
距離はあっても聞こえる厳格そうなこの声は確か、シルヴィアさんのお兄さんの声だろうか。確かハーキンとかいう名前の。
どうやらモルガーナさん一人ではなく、護衛のエルヴィン族たちも魔力を供給して、あの巨大な障壁を支えているらしい。
だが相手は『王』クラス、あれだけ大掛かりな障壁もいつまで保つかわからない。
それよりもリテラだ。
まったく、アイツは何をやっているんだか。
里長の家に近づくにつれ、障壁から発せられる膨大な魔力にあてられたのか、あたしの脳に何やら会話が響いてくる。
《あれが魔獣とやらか……。まるで怨念の塊だな》
「えっ……?」
『
おかしい。この『
まだ妖精サイズの『
《モルガーナ、イグドラシルはもうよい! ここから逃げるんじゃ!》
リテラの声も聞こえる。どうやら無事だったらしい。
《逃げる、だと? お前は我に聖樹の守護から逃げよと言うのか?》
《お主は娘の晴れ舞台が始まる前に死ぬ気か!?》
リテラが、焦っている……?
どうやらモルガーナさんは、障壁の維持に相当無理をしているらしい。
あたしは再び急ぐ。
何故聞こえるかわからない会話に耳を傾けながら。
《知ったことではないな。我は里長として、聖樹を守る義務がある》
《あの座長に娘を取られたことを長々と根に持って、まだそんなことを言うておるのか!》
このリテラの声色はマジな時のヤツだ。
あたしが知る、創造神テラとしての、厳かな怒気を含んだ声。
《聖樹を守る義務も大事じゃろう。じゃが、母親としては落第点じゃ! 娘は今、お主らにも劇団という新たな家族にも、両方に認められようと必死で足掻いとるんじゃぞ!》
流石にその言いようは酷いが、その通りだ。
シルヴィアさんは今この瞬間も、覚悟を決めてロミィ役の演技を習得しているに違いない。
全ては母親であるモルガーナさんに認めてもらい、今の家族を救うために。
《わしは常々こう思っておる、必死で生きようとする命は尊い、と!》
なんとも、アイツらしい言葉だ。
どんなに小さな命でも、それが輝こうとしている限り、全力で肯定する。
たとえそれがフィクションでも、自分の世界の命でも。
《どれだけヒトを拒絶しようとも、お主とてわしにとっては大事な命! シルヴィアの……お主の娘の晴れ舞台を見せるまで、失うわけにはいかん!》
《勝手なことを……!》
少し、震えた声。
モルガーナさんにリテラの言葉が届いているのだろうか。
喉の奥で圧縮された炎が、槍のように研ぎ澄まされていく。
もしや、一点集中型の火炎放射!?
障壁の貫通は免れない。
あたしは里長の家の前に躍り出たところで、全力を出して『王』を殴ることに決めた。
「
息を整え、静かに太陽の鎧を全開放する。
全身の筋肉に魔力は満ちた。
狙うはただ一点、火炎の収束で無防備な『王』の顎。
「『我流・ライジングアーツ』」
右の拳に魔力を集中、更に
あたしは自身の跳躍力を正確に測ったことはないが、かつて王都でニコラウス騎士団長の剣を足場にして跳んだ時は、ものすごいスピードが出たのを今でも覚えている。
だが今、この場に騎士団長はいない。
あるのは自力と、イグドラシルによりマナが満ち足りている現状のみ。
魔力でブーストさせれば、届く直線距離ではあるだろう。
今行ってやるぞ、紅飛竜《ロート・ワイバーン》の『王』。
あたしは深く沈み込み、バネのように縮めた全身の筋肉を一気に解放した。
「ふッ――!」
大地に轟音を残して、大跳躍。
あたしは鳥でも飛行機でもスーパーヒーローでもないが、空中戦の経験もそれなりにある。
長引けば不利になる、故に一撃。
大丈夫だ、あたしなら届く!
イグドラシルの全高を既に越し、『王』の全貌をしかと肉眼で捉えるよりも前に、右の拳は準備完了。
全力を込めて、太陽の鉄拳を突き上げた。
「『ライジング・ナックル』ッ――!!」
拳に伝わる手応え。
鱗や皮膚で護られていない紅飛竜《ロート・ワイバーン》の顎に、渾身のアッパーカットと、太陽の魔力が注がれる。
お前の火炎はその程度か。
太陽の前では、勝負にすらならない。
勢いよく顎を抉られた紅飛竜《ロート・ワイバーン》の『王』は脳を揺らされたが如く吹き飛び、太陽の魔力に燃やされて灰燼《かいじん》と化す。
残されたのは、少し大きな果物サイズの魔石のみ。
相変わらず、『念話通信器《ヴィントリーファン》』から里長と妖精の声が聞こえる。
《なんだ、アレは。ラグナ族が……エルヴィンに遠く及ばぬ者が、あれほどの魔力を放てるものか……?》
《いいじゃろ、わしの推しは……太陽の子、救世主レヴィンは》
やめろ恥ずかしい。
などとツッコもうとしたところに、自由落下の自然現象が訪れる。
あたしは『ソルマドラ』を封印《シール》して、冷静に落下の先にあるものを見据えた。
森の樹を三角跳びの要領で蹴って、程よく近い足場へ。
横転して受け身を取り、落下ダメージを最小限に。
転がる勢いを止めた身体は、大の字に寝転がった。
ふぅ、ほぼ考えなしでやったにしては、上出来かな。
多少の魔力酔いはあれど、隠れ里の大炎上は防げたわけだし、それに――。
「太陽の子……救世主か。言われるだけの力ではあるようだ」
里長モルガーナさんの声。
どうやらあたしは、里長の家にある庭先に倒れているようだ。
周りには腰を抜かしそうになっている数名のエルヴィン族……おそらくは里長の護衛兵。
モルガーナさんの傍には、後方師匠面で腕を組んでいるリテラが確認できた。
うわっ、ものすごいドヤ顔。
いやいや、あまり気にするな。里長の前だぞ。
「その力、我らエルヴィンのために振るう気はないか? 聖樹を守ってくれた礼だ、特別に客将としてもてなそう」
えっ、まさかのスカウト。
ヒトやラグナ族をいくら下等種族として見下していても、こちらにとって有用な力とみなせば、簡単に掌を返す、だなんて。
里長としては有能寄りなんだろうけどなぁ、このモルガーナさんって人。
「あたしを雇えるだけのお金なんて、持ってないでしょ。だったらこの話はおしまいですね」
「俗物め……」
はいはい、俗物で結構ですよ。
あたしからすれば断るための口実でしかないし。
「ならば我手ずから褒美をやろう。何が望みだ? 言ってみよ」
「望み、ですか。だったら――」
あたしは起き上がって、モルガーナさんを見据えた。
今の彼女に一番やって欲しいことを伝えるために。
「"シルヴィアさんの母親"を、しっかりやり遂げてくれませんか?」
「……は?」
モルガーナさんの後ろで、無言のドヤ顔サムズアップを決めているリテラに関しては、見なかったことにしよう。