太陽の子レヴィン~格ゲーキャラの技を再現できる筋肉と属性付与で救世主とか無理だから!~ 作:キョーサカ
久しぶりに、前世の夢を見た。
かつては見慣れていた白い天井。
記憶の夢を見ている時だけ、あたしの身体は重かった。
折角の夢なんだから、思い切り動けてもいいのに、とも思ったが、やはり病人時代の記憶というのが足を引っ張っているのだろう。
だるく思いつつベッドの上で辺りを見回していると、病室の扉を二回叩く音がした。
はて、いつ頃の誰がお見舞いに来てくれた記憶だろう。
思い出そうとしてみると、扉の向こうから声が聞こえた。
「アカン、めっちゃ緊張してきた。なあ、ホンマに大丈夫なんか? 妹ちゃんドン引きせえへんか?」
知らない声、というより喋り方。
関西弁なんて久しぶりに聞いた気がする。
「ったく、お前は格ゲー以外だとすぐコレだよな」
あ、兄の声だ。
変質者がやって来たのかと思って少し焦ったけど、兄の知り合いだったのか。
「せやかて、ワイのコミュ障治そうってことで最初にやるのがこれでええんか、っちゅう話やろ。知り合いの妹は流石にハードル高いで!」
「むしろ低いだろうがよ。女の子の俺と気さくに話すくらいでいいんだって」
「性転換と兄妹はジャンルが違うやろがい!」
「ツッコミがうるさいって叱られそうだし、もう入るぞ」
「ちょっ、待っ——」
漫才でもやってるかのような掛け合いの後、いつものように引き戸を開けて兄が入ってくる。
いつもとは違う、少し猫背気味の頼りなさそうな青年を連れて。
「よっ。調子はどうだ向日葵?」
「いつもより少し遅かったじゃん。調子はいつも通り。……で、その人は?」
「クラスメイトだよ。お前に会わせたくて無理やり引っ張ってきた」
相変わらず兄は強引だ。
でも、そこが良いところでもある。
おかげで『ライジングナックル』に触れられたし。
そんな兄の被害者であるこの人には何故か親近感が湧いてしまう。
「初めまして、向日葵です。兄がいつもご迷惑をおかけしまして——」
兄の友人が何やらアタフタしている様子だったので、こっちから軽く会釈して挨拶したのだが。
「めめめ迷惑やなんて、そんなことあらへんよ! ワイのがボコられる側やし……自分で言っといて悲しゅうなってきたわ」
精神力が削られそうな振り付けの踊りをしたと思ったら、急に落ち込んでしまった。
落ち込む彼の肩に兄の手が置かれる。
「ドンマイ」
「ほぼほぼお前のせいやろがい! 余計に悲しいわ!」
「まあそう言うなって。ほら、改めて自己紹介だ」
「ホンマにコイツは……しもた、ペンが水性やったんや! 手洗った時に書いてた台本が丸々流れてもうた!」
掌をカンペにして、それをうっかり消したとか、おもしれー男。
関西人にはお笑い芸人の血が流れてるって噂は本当だったのかもしれない。
「しゃあない、とりあえず名前だけ……ワイは――」
※※※
「あれ……夢……?」
惜しい、もう少しで兄の友人の名前が聞けそうだったのに、寸止めで目が覚めてしまった。
あの人のことは関西弁で印象深かったから、それなりに覚えてはいたハズなのに、今では名前すら朧気な有様。
この世界《フロイデヴェルト》で十五年以上も生きているのだから、そりゃあ前世の記憶なんて片隅に追いやられて忘れてしまうものだと思うのだが。
なぜ今、あの人の夢を見てしまったのだろう。
よくわからないが、確かなことがひとつだけある。
「きちんと眠れる自分の部屋って、やっぱり良いわね」
ベッドから身体を起こし、カーテンから差し込む早朝の光に照らされた、小綺麗な自室のインテリアを見渡して、あたしは少し満足気に呟くのだった。
あたしはレヴィン・ゾンネ。
この異世界では、そう名付けられて生まれてきた。
前世で好きな格闘ゲームの最新作パッケージを拾ったら、車に轢かれて一度死んで。
それで拾った格ゲーの持ち主が神だったので、その神が創った世界のバグを正す救世主の役目を押し付けられ、特別に潜在魔力が高い方の狩猟民族ラグナ族に異世界転生。
成人の儀式の最中に、魔獣を引き連れた魔人のダリアが集落を襲い、命からがらあたしに太陽鎧『ソルマドラ』を託して死んでいった、今世の父の仇を討つため、あたしは傭兵となった。
今のあたしは、小規模な傭兵団・ギラソール傭兵団のリーダーであり、あたしに力を貸してくれる仲間《ファミリー》と、王都グナーデンにある旧貴族屋敷を拠点として傭兵活動を続けながら、ダリアが仕える魔人王が有する『魔獣教団』の情報を集めている。
あたしが王都に放たれた魔獣を倒して、王都で知り合ってしまったエメラリア王女が女王に即位し、ギラソール傭兵団を結成して、既に三か月。
魔獣教団に関する有力な情報は、未だ得られていない。
「でも、日課は続けないと」
あたしはラフで動きやすい服に着替えて、早朝ランニングの準備を整えた。
※※※
王都グナーデンは、かつての落ち着きを取り戻しつつある。
魔獣に壊された家屋などはすっかり元の形に建て直され、人々の営みも、あたしが初めて見た頃の賑やかさが蘇ってきた。
まるで魔獣が現れてなどいなかったかのように、平和な街並みを横目で見ながら、あたしは今の屋敷に住んでから決めていたランニングコースをジョギングしていく。
市場で売り出し準備中の商人の皆さん、多少ふらついている夜勤明けかもしれない衛兵さん。
いずれもあたしを見かけては、気さくに声を掛けてくる。
「おっ、朝も早くから精が出るね!」
今日最初に声を掛けてくれたのは、パン屋のユリアおばさん。
まさに肝っ玉母ちゃん、といった出で立ちの店主さんだ。
護衛依頼をよく傭兵ギルドに持ってくる、というわけではないのだが、単に彼女のパン屋の常連なので、顔を覚えられた形になる。
「おはようございます。うん、今日も良い匂いですね」
「そうだろうそうだろう。こうして良いパンが焼けるのも、あんたら傭兵団のおかげだよ」
「そんなことないですって。他にも優秀な傭兵団なんていくらでも——」
「謙遜しなさんな。あんたのおかげでアタシらが生きてるのは事実なんだからね、勇者サマ」
「それはもういいですからぁ!」
まあ、会う度にこうやって真っ当に褒めちぎってくるので、気恥ずかしくはあるのだが。
傭兵稼業で有名になることは、別に悪いことではない。
顔は広くなり、独自のコネクションが出来るという点では情報が集まりやすいという利点がある。
それでもあたしは、有頂天になりきれない性分なのだろう。
確かにギラソール傭兵団は結成して三ヶ月で、そこそこ王都の皆さんに貢献してきた。
こうやって気さくに話せるのも、その貢献のおかげだと思いたい。
だが、それでも。
ヒーローみたいには思われたくないのが、あたしの正直なところである。
「じゃ、あたしもう行きますんで!」
「また店に来な、安くしとくよ!」
「考えときまーす!」
ユリアおばさんを避けるように、あたしは石畳を踏みしめてジョギングを再開する。
参った、本当に参った。
勇者勲章をエメルに授与されてから、王都でのあたしの知名度と人気はうなぎ登り。
あれからわずか三ヶ月で、ギラソール傭兵団指名の依頼が来たことも一度や二度ではなかった。
だがそれでも、あたしの心には凝《しこ》りが残り続けている。
勇者の称号を頂いてしまったことへの不安?
頼りすぎな依頼人への不満?
魔獣教団への手がかりが見つからないことへの焦り?
どれも違うのだろう。
でもひとつだけ言えることがあるとすれば。
今のあたしには、刺激が足りない――。