太陽の子レヴィン~格ゲーキャラの技を再現できる筋肉と属性付与で救世主とか無理だから!~   作:キョーサカ

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幕間その十四「おかえりなさいませ、ベルスタイン副団長」

 王城の上空、澄み渡る蒼穹を背にして飛ぶ複数の天馬が舞い降りたのは、王宮の裏手にある衛兵用の修練場であった。

 

 十数頭の、およそ地上の生物とは思えぬ神秘的な姿のペガサスが白の翼をはためかせ、美しく優雅に着陸する光景を目撃した新米の衛兵は、訓練の準備をするために持ってきた槍を落としてしまう。

 幸いにも怪我はなかったが、幻覚かと思えた光景の美しさに反応が遅れてしまったようだ。

 

「せ、先輩! 翼の生えた馬が!」

 

 我に返った新米衛兵が、隣で共に訓練の準備をしていた先輩と呼ばれる衛兵に驚きを伝えると、その先輩衛兵は誇らしげな笑みを口元に浮かべて語り始める。

 

「そうか新人、ペガサスを見るのは初めてか」

「ペガ、サス……?」

「王国騎士団が有する天馬騎士隊といっても、王都を離れる機会の方が長いって話だからな。お前は運がいいぜ」

「でしょうね。ペガサスから降りてきた御方も美人ですから」

 

 新人衛兵が見据えるのは、先陣を切ってペガサスから降りる女性の姿。

 

 彼の見立ては、決して若さ故の誇張ではない。

 優雅と呼ぶに相応しい整った顔、吸い込まれるように輝く琥珀色の瞳、川の流れのように澄み切った長い茶髪を馬の尾のように結び、白金の軽装鎧に合わせたかのような引き締まった体格。

 

 ゲジーネ・ベルスタインという女騎士の姿は、彼の目には良い意味で抗いがたい魅力を孕んだ毒であった。

 

「あまりそういうことをあの人の前で言わない方がいいぞ、新人」

 

 先輩衛兵は、新人の脇腹を軽く肘で小突いて忠告する。

 

「何故です?」

「ああ見えてゲジーナ・ベルスタイン卿は気難しくてな。騎士学校であの人が先輩やってた頃は、やたらと身だしなみについて叱られたモンだ」

「委員長気質ってヤツですか……」

「そうとも言うな。だが今になって思えば、あれだけ厳しかったのは愛情の裏返しだったのかもしれない」

「先輩、周りから趣味悪いって言われてません?」

「むしろ良い趣味してるだろうが。普通だよ、美人に叱られて気持ちよくなるぐらいは」

「やっぱりそういう趣味なんじゃないですか!」

 

 衛兵ふたりの緊張感の欠片もない漫才が交わされる中で、修練上の中央に舞い降りた天馬たちとゲジーネに歩み寄るふたりの人物。

 

 ひとりは、王国騎士団団長ニコラウス・クロイツァー。

 王国騎士団の副団長を務めるゲジーネの上司であり、髭をたくわえた歴戦の勇士。

 

 もうひとりは、かつてエメル付きの書記官兼密偵をやっていた青年、フィン・シェーンコップ。

 エメルが女王に即位してからは、彼女付きの宰相としてその手腕を振るっている。

 

 天馬から降りたゲジーネは、この二名の出迎えに少し面食らっていた。

 

「おかえりなさいませ、ベルスタイン副団長」

「貴公は……シェーンコップだったか? なぜ団長の出迎えに同伴している? 陛下はどうした?」

「ベルスタイン、彼には陛下の代理として来てもらった」

 

 ゲジーネの疑問に、ニコラウスはフィンの肩に手を乗せて答える。

 

「となると、陛下はまたどこぞに行っているということか。即位したと伝書で知ってはいたが、まるで変わっておらぬではないか、あのお転婆娘は」

 

 一歩間違えれば不敬と取られるようなゲジーネの言葉だが、彼女の王族に対する理想と生真面目さがにじみ出ていることを理解しているフィンは、まるで己の責であるかのように返した。

 

「耳が痛い限りです。微力ながら陛下を支える宰相として尽力してはおりますが、どうも昔からの癖は抜けないらしく……」

「まったく、将来が楽しみな御方だ」

「隊長は陛下に甘すぎます。何をそこまで期待していらっしゃるのですか?」

 

 ニコラウスの鷹揚な態度に、ゲジーネは顔をしかめて、上司の眼を射貫くように見つめる。

 

「即位前から城を抜け出すような御方に、民の希望は務まりませぬ。これならばモンド殿下が即位された方がまだ良かった」

 

 ゲジーネの、偽らざる本音。

 王族としての責務を重んじていたモンド・フォン・ウォルタートは、彼女にとって次代を安心して任せられる後継者であった。

 だというのに。

 

「だが、前女王陛下はエメラリア陛下を選んだのだ。モンド殿下も一目置いていた、彼女を」

 

 ニコラウスの静かで、しかし反論を許さない重みのある言葉に、ゲジーネは無念そうに少し口を噤む。

 そんな彼女の様子を見て、フィンが苦笑いを浮かべた。

 

(これはまだ根に持ってますね、モンド殿下の左遷のこと。真実はまだしばらく伏せておきますか……)

 

 事実、ゲジーネは完璧な施政者に見えたモンド・フォン・ウォルタートを支持していた。

 ほぼ毎日のように城を抜け出して、勝手に自警団として活動していた放蕩娘とは違うのだと、かつては酒の席で話していたと、フィンはニコラウス経由で彼女のことを聞いている。

 

 彼女の気分が悪くならぬようにと、フィンは滑らかに話題を切り替えた。

 

「ともあれ、国土全域に渡る調査お疲れ様でした、副団長。報告は会議にて聞かせていただきます。しばしの間お休みください」

「心得た、シェーンコップ宰相。お前も疲れたろう、ファルケ。後で念入りにブラッシングしてやるからな」

 

 ゲジーネがフィンの言葉に頷くと、ファルケと呼んだ芦毛の愛馬の顎を優しく撫でる。

 その顔は先ほどまで気難しい顔をしていた騎士とは思えぬほどに穏やかだった。

 彼女がペガサスの乗り手に選ばれた理由こそ、この愛馬に向ける優しさなのである。

 

「お前たちも天馬を厩舎に入れて、次の任があるまで待機だ!」

 

 しかしその美しい光景も一瞬のこと。

 和らいだ顔をすかさず元に戻し、部下に指令を下す。

 一糸乱れぬ動きで天馬を誘導し始める部下たちを見届けるのだった。

 

「相変わらず、切り替えの早い御方だ」

「その生真面目さを私は買ったのだよ」

「そうでしたね。さあ副団長、こちらへ。積もる話もありますから」

「積もる話、か。帰還したばかりだというのに、休む暇も与えてくれないらしいな、新任の宰相殿は」

 

 気難しい顔でフィンへの皮肉を言い放ちつつも、ゲジーネは城の中へ足を向けていく。

 大理石の床に響く彼女のブーツの足音は、一定の規則正しいリズムを刻んでいた。

 

「拙《せつ》は大魔獣の襲撃事件を終えてすぐに、前女王陛下から魔獣教団の調査を言い渡されていた。そちらも事後処理が大変だっただろうが、何か変わったことはなかったか?」

「陛下の即位以外で変わったことといえば……『勇者』でしょうか」

 

 フィンの口から出た意外な単語に反応して、ゲジーネの足が少し止まる。

 

「勇者だと?」

「ああ、そういえばお前に伝書で伝えていなかったことがあった。件の大魔獣を撃破した私の戦友の娘であるレヴィン。陛下が即位後初めての仕事として、彼女に『勇者勲章』を授与したのだ」

「団長の戦友、レオン・ゾンネの娘……ということは、ラグナ族ですか? 何を考えているのだ、あの陛下は……!」

 

 ゲジーネの反発も当然である。

 

 基本、筋肉質で強靭な肉体を持つとされるラグナ族は、その代償として潜在魔力がフロイデヴェルトに住まう多種多様な種族の中でも下から数えられるほどに著しく低いとされている。

 

 魔法文明が隆盛を極めるこの世界において、魔力の低さは致命的。

 だからこそ、ラグナ族は対魔獣用の兵器であるマキナを起動・制御することができず、結果として強大な力を持つ魔獣には到底対抗できない……それが、長年にわたって社会に定着していた揺るぎない共通認識であった。

 

「しかし功績は功績。王城の被害を最小限で済ませた御方ですから、評価の低いラグナ族とはいえ、その健闘を称えるのは自然な流れと考えますが」

「なにが自然だ宰相。そもそも何故ラグナ族があんな強力な魔獣を屠れる? あまりにも不自然ではないか。全てにおいて我々の下位互換となった狩猟民族だぞ」

 

 何か裏があるのではないか。

 騎士として積み重ねてきた経験則や常識が、ゲジーネの頭にそんな疑念を抱かせる。

 

「レオンとて、ラグナ族だ。あいつの家系は特別、潜在魔力が高かった。レヴィンもその血を継いでいるということだよ」

「うっ……失言でした、団長」

「なに、とっくに慣れているさ。伯爵家ならラグナ族を相当下に見ていても、不思議ではないよ」

 

 怒るどころか、社会の偏見を理解した上で彼女を許容するニコラウスを見て、ゲジーネは改めてこの上司の器の底知れなさを痛感する。

 

 普通であれば身内贔屓と指摘するところだが、ニコラウスは家柄や種族ではなく、人材の真価をその心と実力で選定するところからして、全くもって普通ではない騎士団長なのだ。

 

「それにレヴィンの強さはレオンを継いでいるというだけでは語れん。レオンから継承された『ソルマドラ』は勿論だが、身のこなしや爆発力においても光るものがある。信じられぬのなら、実際に立ち会ってみてはどうかな?」

「はい? それはどういう——」

 

 ニコラウスの唐突な提案に、ゲジーネが戸惑いの声を上げた瞬間、これまで後ろを歩いていたフィンが一歩前に進み出て、その真意を明かした。

 

「帰ってきたばかりで申し訳ないのですが、ゲジーネ・ベルスタイン副団長。貴方には議会の保守派代表として、御前試合に出席して頂きます」

 

 フィンの口から事務的に放たれた指令を聞いたゲジーネの気難しい顔が、先ほどの戸惑いを塗りつぶすように、更に険しく強張っていく。

 彼女の頭脳は、瞬時にその背後にある政治的な目論見を読み取っていた。

 

「……なるほど、そういう魂胆か。どうせ、陛下の勅命なのだろう、宰相?」

「ええ。保守派のベルスタイン家といえば、優秀な騎士を多く輩出する名家。貴方のような騎士を相手にして、レヴィン・ゾンネの実力を測り、示す。エメラリア陛下は城を守ってくれた英雄を、公衆の面前で認めていただこうとお考えです」

「咬ませ犬になってこい、とでも言いたげだな」

 

 ゲジーネは自嘲気味に鼻を鳴らした。

 

 歴史ある名門の騎士が、出自の知れぬ、しかもラグナ族の娘の引き立て役にされる。

 これほどの屈辱があろうか。

 己の誇りが泥で汚されそうな不条理に、彼女は奥歯を強く噛み締めた。

 

「まさか。天馬を駆っていない貴方の実力は、彼女に引けを取らないものだと思っていますよ」

 

 フィンは悪びれる様子もなく、涼しい顔でその懸念を否定した。

 それは単なる慰めではなく、彼女の実力を正確に評価した上での、宰相としての冷徹な計算に基づく分析結果であった。

 

「書記官をやっていた頃より、口が上手くなったものだな」

「恐悦至極。さあ、まずは身だしなみを整えて、会議で顔合わせといきましょう」

「陛下もベルスタインの報告を待っているぞ」

「……御意」

 

 王城の奥深くへと続く薄暗い廊下を、適切な距離感を保ったまま並んで歩む三人。

 しかし、未だ不満と納得のいかない思いが重くのしかかっているゲジーネの返事には、隠しきれないため息が混じっている。

 

 彼女の胸中には、これから対峙することになる未知の勇者への疑念と、新たな女王が牽引する不確実な時代への拒絶感が、黒い雲のように立ち込めていた。

 

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