太陽の子レヴィン~格ゲーキャラの技を再現できる筋肉と属性付与で救世主とか無理だから!~ 作:キョーサカ
俗に言う『
地球の古代日本では神々の領土争いの決着に用いられた、なんて記述が古事記にも残っているくらいには伝統的であるからだ。
傍から見れば単なる腕力の押し付け合いに見えるが、実のところ使う筋肉は足の先から頭に至るまでのほぼ全て。
読み合いやテクニックを行使するには頭を使うし、勝負においては引く力や瞬発力も重要視されるため、プロのアームレスラーは手首・腕・肩・背中を重点的に鍛えているのだそうだ。
まあ今、
あたしが樽の上に肘を乗せて、数々の力自慢をねじ伏せているからだ。
「しゃあッ!」
対戦相手の手の甲が樽の上という名のマットに沈む。
この手で、この腕で、この筋肉で、あたしは何人の漁師さんや傭兵の希望を打ち砕いたのだろう。
二十人から先はもう数えていない。
でもしょうがないのよ。
何らかの犠牲なしに人は何かを得られない。
手っ取り早く元を取るには、力自慢の自信をグチャグチャに崩壊させるしかない。
「残念でしたわね。また参加費を持ち寄っての再戦をお待ちしておりますわ」
あたしの後ろで営業スマイルを貼り付けたヤーナが、バイバイと言わんばかりに手を振って、あたしに負けた力自慢を追い返す。
ヤーナの名案とは、『勇者』の称号を得たあたしを利用した、即席腕相撲大会のことだ。
主な収益は、挑戦者の参加費。
挑戦者があたしに勝つと、参加費の倍の金額が返ってくるという甘い触れ込みに釣られた猛者たちが、『勇者』のあたしというテッペンをねじ伏せにやって来る。
そんなイベントの口コミが短時間で伝播したのか、いつの間にやらあたしの眼前には開店前の名店もビックリな行列が出来ていた。
「凄い勢いでお金が吸い込まれていきますね……」
「レヴィンさんの有名税と筋力の併せ技みたいなものですから」
「うむ! やはりずる賢い商売に関しては、ヤーナの右に出る者はいないな!」
「姉貴も姉貴だよな。おっちゃん達も頑張ってるのに、一瞬で勝っちまうし」
しょうがないじゃない、どいつもこいつも本気で挑んでくるんだから本気で返さないとだし。
中にはあたしを小娘だと侮ってたのも居たから実力でわからせたけど。
そんな単純作業を三十人ほど延々と繰り返していくうちに、周りの空気が良くない方向に傾き始めていく。
「駄目だ、強すぎらぁ」
「女王様に認められた勇者ってのは伊達じゃねえや」
「体格がちょい小柄だから勝てるって夢見たのがいけなかったな」
そう、諦めムードである。
参加費を搾り取って勝っていく作業は、早くも行列を作る挑戦者たちを及び腰にしてしまっていたのだ。
まるであたしは、意地でも黄金のベルトを手放さない無敗の絶対王者。
ロクな力自慢がいないのが災いしているのか、あたしの心にも若干の飽きが出始めた。
「ヤーナ、もういいんじゃない?」
「何故ですの?」
横目でヤーナを見ると、少し首を傾げていた。
おいおい何が不満なんですか。
「ジークが食べた分くらいは稼げたんだし、これ以上続ける理由もないでしょ」
「そうは言いましても、まだ行列は続いていましてよ。これを
「あたしを利用して搾るだけ搾る気だコイツ!」
これだけ商魂たくましいと、もはやため息しか出ないんですが。
とはいえ、諦めムードが蔓延しているせいか、挑戦者たちの勢いは落ちている。
あたしとしてはこの辺りで解散してくれた方が気が楽なんだけど。
そんな感じであたしの中にもマンネリムードが蔓延し始めていた時だった。
酒場の空気が変わったのは。
扉が勢いよく開け放たれ、それぞれ背丈の違う三人の人影が姿を現す。
周りの客だけではなく、あたしも彼らに注目した。
「大将、今帰ったぜー!」
帰還の号令を酒場に響かせたのは、空の
顔はそこそこ整っているものの、髪の隙間から尖った耳が見えて、そちらの方が気になってしまった。
あの人、もしかしてエルヴィン族なのだろうか。
「——って、なんだよこの行列は? どういう状況?」
「オリバ、急に立ち止まらないで。ルーカスの邪魔」
オリバと呼ばれた青年をダウナーな声色であしらうのは、彼の胸板の位置ぐらいの背丈をした小柄な少女。
銀髪碧眼でありながら、まだ幼さの残る顔つき。
口元は灰色のスカーフで隠されており、その下には、この娘だけカンフー映画から来たのか、と思わせてしまうほどの拳法道着を着こなしている。
「おっと、悪い悪い。いつもながら俺っちには冷たいな、ナハトは」
「別に冷たくはないよ。ただ退いてほしいだけ。——ルーカス、天井には気を付けてね」
推定エルヴィン族のオリバと、ナハトと呼ばれたマスコット系道着少女が扉から離れた。
まるで、誰かを先導するように。
「ああ、悪いな二人とも」
野太いバリトンボイスと共に扉の奥からずい、と現れたのは、果たして同じ人間なのだろうかと疑いたくなるほどの、扉の天井より大きい、筋骨隆々な金髪の男。
頬に刻まれた傷から放たれる威圧感は歴戦の猛者というより、どこか飢えた猛獣のようでもあった。
そんなルーカスと呼ばれた強面筋肉モリモリマッチョマンの肩に担がれていたのは、布に包まれた丸太サイズの物体。
一体あれは何なんだろう?
「おお、あんたらは!」
「ビスマルク傭兵団! やっと戻ってきたのか!」
酒場の客たちが、三人の帰還者をこぞって出迎える。
おや、この辺じゃそんなに有名なのか、この人たちは。
「すみませんっ、腕相撲大会の事後承諾通すのに時間が……あっ、あの方たちはっ!」
あたしが興味深くあの三人を見ていたところに、腕相撲大会が始まるや否や、この傭兵ギルド支部の元受付員として挨拶回りをしていたと思われるリーネが戻ってきた。
「おかえり、リーネ。あの三人のこと知ってるの?」
「はいっ。この支部に所属する傭兵団としては最強最大規模のビスマルク傭兵団……それらを代表する傭兵が、あの三人なんですっ」
ビスマルク、ねえ。
なんだか戦艦みたいな名前の傭兵団みたいだけど、数が多いから他の面子はどこかで待機しているとかだろうか。
「よう、久しぶりだな。かつてのひよっこ共」
リーネに続くように、スキンヘッドの中年男がカウンターから現れる。
オリバって人が言ってた大将というのは、この人のことだろうか。
「言われた通り生きて帰ってきたよ、大将」
「ナハトちゃんよぉ。何度も言うようだが、ヘルブラウ支部長っていい加減呼んでくれよ。歯がゆいんだよその呼び方」
ヘルブラウ支部長と呼ばれた男が自身のスキンヘッドをポリポリと掻いた。
「けどまあ、ルーカスのそれ見てどうでも良くなったよ。マジで討伐しやがったんだな、バウツェン山脈に潜む『アイシクルヒュドラ』……ウチでは最高額の賞金が掛けられた魔獣の『王』を」
「……ああ」
ヘルブラウ支部長の確認とも呼べる言葉を、ルーカスはただの一言で肯定する。
その瞬間、酒場が歓喜の声に包まれた。
「やっぱすげぇよお前ら!」
「流石は商都の誇り、ビスマルク傭兵団だ!」
「ルーカスも、さぞ大活躍だったろうな!」
「なあ、祝勝会やろうぜ祝勝会!」
「いいねぇ、今宵は宴だ!」
酒場の客たちが揃ってビスマルク傭兵団を称えている。
へぇ、どうやらかなりの人気者みたいね。
特にルーカスはオッサン連中にモテモテである。
「まったく、気が早いぜここの常連も。まだ昼間だぜ?」
半ば呆れながらも、オリバの目元は笑っていた。
「あまりルーカスの邪魔しないで、おっちゃん達。ルーカスも、そろそろ魔石置いたら?」
「そ、そうだな」
ナハトに急かされて、ルーカスが布に包まれたものを近くのテーブルに置く。
四人が座るテーブルでも少しはみ出すくらいのサイズ感だが、ここの支部長が察するほどのデカブツといえば——。
「確認させてもらうぜ」
ヘルブラウ支部長が布を解いていくと、太い紫色の水晶が現れる。
やはり魔獣が消滅後に残していく魔石か。
これほど大きいものは見たことがない。
「アイシクルヒュドラとは、相当な強敵だったようですわね」
ヤーナもビスマルク傭兵団の三人に注目していたのか、魔石の大きさに関心を示しているようだ。
魔獣がどれだけ強かったかは、魔石のサイズが表していると言っても過言ではない。
魔石とは、魔獣が保有している魔力の結晶であり、魔獣の力そのものであるからだ。
そんなことを傭兵になりたての頃にロッソママから教えられたのを思い出すくらいに、この魔石は規格外のサイズを誇っている。
目測する限りでは、身体を鋼鉄のように硬化できるかつての強敵、『森の王』の五倍くらいはあるだろうか。
「うへぇ、よく勝てたもんだよ。とりあえず預かっとくぜ。金の方は少し待ってくれや」
「ああ、頼む」
ルーカスの返答を聞いてから、ヘルブラウ支部長がテーブルの上の魔石を両手で持ち上げて、カウンターの奥に消えていった。
おそらくはあの魔石を特別な倉庫に保管するのだろう。
「で、俺っち達が知らない間に何かやってたみたいだけど——」
報酬金を受け取るまで暇ができたところで、オリバがあたし達に気付いた。
「ちょっとした小遣い稼ぎの腕相撲大会ですわ。参加費最低五千
「小遣い稼ぎにしては随分な行列だが、あんたらはこの辺じゃ見ない顔だな。どこの有名人だい?」
「アタクシ達は王都からはるばるやって来たギラソール傭兵団。そしてこの方こそ偉大なるリーダー、女王陛下に『勇者』の称号を賜った、レヴィン・ゾンネ!」
「ゆう……しゃぁ……?」
ヤーナがドヤ顔であたしを紹介して、オリバが呆気にとられる。
うん、そうね。そうなるのも仕方ない。
「そこそこ鍛えちゃいるみたいだが、流石に『勇者』云々はガセだろ」
「オリバ、決めつけちゃだめ」
「ナハト……?」
「このナハトにはわかる。
小柄なナハトって娘が、変わらぬ表情でこちらを見ている。
はて、同じ匂い?
今そんなに臭いかな、あたし?
「お前と同類、ということか」
「うん。拳法を修めてる人の筋肉」
ルーカスの察しを肯定するナハトから、聞き捨てならない単語が。
け、拳法? いま拳法と仰いました?
今の時代、魔獣には通じないからって徒手空拳の武術は廃れていると聞いてはいたけど。
まさか現存していたのか、己の身体のみで戦える現地民が!
「ナハトの見立てなら信じたいけどよ、実際のところどうなの、レヴィンさん?」
「そっちの言う拳法かどうかは知らないけど、我流なりに格闘技は修めてるわよ」
オリバに話を振られたので、一応返答してみせる。
架空の流派だけど、我流なのは本当だから嘘は言ってない。
「へぇ。今時拳法を修めてる人間は稀だろうが、その中でも我流拳法は更に稀だな」
「帰還早々、運がいい。これもルーカスのおかげ」
「……そうか?」
多分それルーカスさん関係ないと思うよ。
本人首傾げてるし。
「こんな機会滅多にないだろうし、いっちょ『勇者』サマと腕試しでもやってみろよ、ルーカス」
「いや、俺は……」
「オリバ」
ふと、ナハトの様子が変わったのを、あたしは肌で感じ取った。
まるで表情は変わっていないのに、オリバを威圧しているように見える。
「ぐっ……そう睨むなって。わかってるよ、ルーカスが出るまでもないってことだろ?」
「うん。威力偵察は、このナハトにおまかせ」
気当たりしたのか、オリバがあっさり折れた。
なんというか、得体がまるで知れないな、このナハトって娘は。
「参加費は五千から、だったよね」
「ええ。レヴィンさんに勝利した暁には、参加費を倍にしてお返し致しますわ」
「じゃあ、これで」
ナハトが懐から取り出したのは、小さな巾着袋。
それをテーブルに置いて、中を開けてみせた。
「宝石……?」
文字通りの玉石混交。
鈍く光るのは、おそらく露天なんかで売り出されている宝石に加工される前の原石。
赤、青、透明、白といった彩りがテーブルの上で輝きを放っていた。
「換金前だけど、一個十万Gはくだらないと思う」
……マジで?
たかが腕相撲に、とんでもないものを投げつけられた気分だ。
「いきなり桁違いなのぶっ込んできたわね!?」
「そういうの、嫌いじゃありませんわよ」
あっ、桁がヤバすぎてヤーナの大穴スイッチが入っちゃった。
分の悪い賭けは嫌いじゃないってヤツですか。
「お前、いつの間にそんな――」
「ちょくちょく拾ってた。へそくりにしようと思って」
「おいおい……」
まるで知らなかったのか、オリバが頭を掻く。
でもそれだけの覚悟で挑む気があるってことだから、そこそこ実力はあるんだろうけど。
「そういうわけで、名前はナハト・ファウスト。よろしく」
あたしに向き直ったナハトの背丈は、あたしより少し低かった。