太陽の子レヴィン~格ゲーキャラの技を再現できる筋肉と属性付与で救世主とか無理だから!~ 作:キョーサカ
第二十三話 「お金を貸していただきたいのです」
この頃は昔の、前世の記憶をよく夢に見る。
今回はあたしが初めて『ライジングナックル』で兄に負けた時の夢だ。
兄が熱中しているのに影響されてライナクを始めたあたしはまだ初心者で。
そんなあたしを兄は本気で叩きのめして。
「
「……悔しい」
「だろうな」
兄は横から右手であたしの頭に手を置く。
「人間、勝負に負けたらそうなるのが当たり前さ。じゃあ、勝つためにはどうすればいいと思う?」
「いっぱい練習する、とか?」
「悪くはないが、正解じゃないな」
兄は頭を撫でていた手を下ろした。
そしてあたしの目を見て、真剣な表情でこう答える。
「勝利ってのは、強い相手に挑んで、負けて、負けて、負け続けて……その先で掴むものだと、俺は思う」
「じゃあ大事なのは、負け続けること……?」
「そうだ。なぜ負けたのかを考えて理解し、己の弱さを知る。失敗は成功のもと、っつってな。天才も最初から凄かったわけじゃねえ。負けという塵を積もらせて、山になった結果が今の俺だ」
そう言って笑う兄の顔はとても眩しく見えた。
でもすぐに兄の顔は曇り始める。
まるで何かを思い出しているかのように。
それから少しの間黙った後、兄は再び口を開いた。
「お前は俺に負けて悔しいと思った。だったらお前はその悔しさをバネにして進めるはずさ。敗北を知った人間ってのは強い。お前は絶対、強くなれる」
「うん……勝ってみせるよ。いつか――」
あたしがそう決意して、どれだけの時間が経っただろう。
前世で兄に勝つ夢は露と消え。
それでもなお。
あたしは未だ、兄の背中を求めていた。
追いつきたかった、その背中を。
※※※
「……夢、か」
酒場の二階の空き部屋に住むようになって、何度目かの朝。
いつもは朝目が覚めると目の前にいたリテラも今朝はおらず、夢に見るほど兄への未練を引きずっている今、会わなかったのは運が良かったのだろう。
アンニュイな気分は日課で吹き飛ばすべし。ベッドの上で上体を起こして軽くストレッチをし、意識を覚醒させる。
窓の外を見ると、空には雲一つない快晴が広がっていた。今日もいい天気になりそうだ。
着替えを済ませ、酒場のある下階まで降りると、まばらではあるが傭兵たちがロッソママが出した朝食を食べている光景が目に入る。
この『BAR フェストザール』は酒場ではあるが、ギルド職員お手製の料理もメニューに含まれている。喫茶店の軽食みたいなものと思ってくれていい。
あたしはいつもの席に座り、朝食を注文した。
「ロッソママ、いつものモーニングセットね」
「モーニングひとつよろしく! あら、今朝はリテラちゃんと一緒じゃないのね」
「常に一緒ってわけじゃないわよ。勝手について来ただけだし。あいつだって個人的な用事であたしから離れる時だってあるでしょ」
「妖精っていうのは気まぐれなのかしらね……それよりレヴィンちゃん、アチシからの依頼ってことで、モーニング食べたらでいいから頼まれてくれないかしら?」
「別にいいけど……依頼って何よ?」
「ちょっとしたお使いよ。王都じゃ割と有名な
ロッソママがカウンターの下から取り出したのは、一つの小包だった。
「何が入ってるかは……聞かない方がいい?」
「やあねぇ、そこまで秘密の案件ってわけじゃないわよ。これはただのお酒。最高の上物を仕入れたらお届けするって、その
「なるほど、だから丁度よくカウンターに来たあたしに、ってわけね」
「無論、きちんと報酬は出すわよ。アチシのへそくりからね」
ロッソママがそこまでするからには、きっとその
「じゃあ受けるわ、その依頼。で、どこに行けば会えるの?」
「ちょっと待っててね。地図描くから」
そう言ってロッソママは羊皮紙を取り出して、ペンを走らせる。
その間にあたしは、プレートに乗って運ばれてきたモーニングセットに舌鼓を打った。
うん、美味い。酸味も効いて目覚めの朝にピッタリだ。
「はい、鍛冶屋までの地図よ。彼を呼ぶ時は大声で呼んであげてね。作業場はうるさいから」
「わかった。で、その彼の名前は?」
「ノルベルト・シュミッツ。ご立派な髭だから、すぐわかるわよ」
立派な髭、か。サンタクロースみたいな髭なのかな。
そんなことを考えながら朝食を平らげ、あたしは早速件の鍛冶屋へと向かった。
※※※
ノルベルト・シュミッツなる男が営んでいる鍛冶屋は、大通りに面していない路地の奥まった場所に位置していた。
看板もなく一見すると、民家かと思うような外観である。
しかし、ドアの横の壁に立て掛けられている鉄槌を見て納得した。間違いなくここは職人の家だ、と。
さて、確か彼を呼ぶ時は大声で、だっけ。
「すみませーん! シュミッツさーん! いませんかー!?」
肺活量を少し加減するぐらいの大声で呼んでみる。全力で叫んでシュミッツさんが事故ったりしたら目も当てられないしね。
呼んでからしばらくすると、ドタドタという足音が近づいてきて、勢い良く家の扉が開かれた。
中からはずんぐりむっくりした体型の髭男が出てくる。身長はあたしより頭一つ分ほど低く、横幅もかなり大きい。顔には深いしわが刻まれており、見るからに頑固そうな職人といった感じの男だった。
彼はあたしの顔を見るなり目を丸くする。
ロッソママの言っていた
「……誰だアンタは。この辺りじゃ見ない顔だが」
「えっと、あたしはレヴィンといいまして――」
「その徽章は傭兵か。しかもなりたてって顔だ」
いや、確かに始めて半月ぐらいだけど、それは言い過ぎじゃ……?
でもまぁ、あたしもまだ新成人。そういう風に見られても仕方ないか。
「どこから噂を聞きつけてきたが知らんが、他を当たりな。いい酒をくれるんなら話は別だが」
「あ、いえ。あたしはお使いを頼まれただけなので。ロッソママ……酒場のバーテンさんが、これをシュミッツさんに、と」
小包を差し出すあたしに、シュミッツさんは怪しげなものを見つめるような視線を送ってくる。
そしてため息混じりに言った。
「アイツときたら……未だに俺が上物の酒で動くと思っていやがる」
ロッソママの評価が高いのか低いのかよくわからないが、とにかくシュミッツさんの機嫌はあまり良くないようだ。
しかし素直に小包は受け取る。なんともまあ、素直ではないというか。
「じゃあ、あたしはこれで――」
「待ちな」
と、突然シュミッツさんから呼び止められる。
あたしとしては鍛冶屋で武器を注文する必要もないし、もう酒場に戻りたいんだけど……。
「折角来てもらったんだ、何かひとつぐらい見繕ってやる」
「あっ、いや……あたし別に必要ないんで」
「気にするな、酒を届けてくれた礼だ」
いや、そういう問題ではなく。
もうマキナ持ってるから見繕ってもらう必要もないし、もしかしたら売り物の武器も壊してしまいかねない、という意味だったんですが。
「いえ、本当に必要ないんですって! マキナだって、ほら!」
あたしは右手甲に刻まれた、マキナ契約の証である魔法陣を見せて納得してもらおうと思っていたのだが、シュミッツさんは意外にしつこい。
いや、商魂たくましいとでも言うべきか。
「既に契約型を持ってるのはわかったが、マキナは基本魔獣用だろう。チンピラみてえな奴からどうやって身を守る気だ?」
「あたしは普通に素手で戦えるんです!」
「いくら喧嘩が上手くても、武器は必要だ。それぐらいはわかってると思ったんだが、拍子抜けだな」
いくらこのフロイデヴェルト全体で武術が廃れているからって、好き勝手言ってくれる。
でも、本当に武器は必要ないからね。喧嘩だけで大抵勝てるし。あと格闘技だし。
「あら、こんなところで何をやっておりますの? レヴィンさん」
ふと、聞いたことのある声が聞こえた。この高慢ちきっぽいお嬢様口調といえば――。
「ヤーナこそ何でここに……?」
「あらあら、
え、師匠? シュミッツさんが?
「ったく、あんまり人前で俺のことを師匠と呼ぶんじゃねえ。もう俺から教わることなんざ、何もねえだろ」
「アタクシにとっては、いつまでも師匠は師匠のままですわ。この『シュツルムウォーダン』も師匠のおかげで完成したと言っても過言ではありませんもの」
「言い過ぎだ莫迦。そりゃ一割くらいは俺のおかげかもしれんが、残りの九割はてめえの独創性の賜物だよ」
「いえいえ、そんなことはございません。やはり天才とは、常人の理解を超える存在なのだと改めて実感致しました」
……あたしは一体、何を見せられているのか。
一応ヤーナとシュミッツさんは
ヤーナは一度共に行動した限りでは、大穴狙いにこだわる守銭奴のギャンブラーで、あたしのタフな身体を妙に信頼して大火力の風爆弾をぶち込んでくれた前科があるほどに、いけ好かない人物ではあった。
だが今、あたしの目の前で繰り広げられている師弟の褒め合いからは、かつて感じた刺々しさがまるでない。
あたしはヤーナ・シェーファーという人物を、どこか誤解していたような気がする。
「ところで師匠、物は相談なのですが」
「あん、どうした?」
「アタクシが作ってこちらに提供した汎用型マキナの売上分だけでもよろしいので……お金を貸していただきたいのです」
前言撤回。この人やっぱりダメ人間だわ。
多分この間の依頼の成功報酬を賭場に全部ぶち込んだんだろう。
「駄目に決まってんだろ! てめえも傭兵なら少しは貯金を覚えやがれ!」
そして褒められて割と上機嫌だったはずのシュミッツさん、当然のごとく怒る。
「珍しく褒めちぎったと思ったらすぐこれだ……貸してほしけりゃ、そこの嬢ちゃんみたいに上物の酒を持ってくるんだな」
「えっ……レヴィンさん、師匠にお酒あげたんですの……?」
「いや、ただの依頼だから。ロッソママからの」
「ああ、ママさんから……って、ズルいではありませんの! 師匠がいいお酒で機嫌が良くなるのを知っていて、その手を使うとは!」
何故かヤーナに文句を言われている……依頼の品を渡しただけなのに。
「いや、別にあたしはそういうつもりないから……武器も拳と脚で充分だし」
「おまけに何も買わない、と仰る!? 師匠の前で言えるだけでも大した胆力ですわ!」
「おい待てヤーナ、てめえ営業妨害しに来たのか、マキナのメンテしに来たのかどっちなんだ?」
「あ、それは申し訳ありませんわ。つい、横道に逸れてしまいましたわね……」
「まあいい。金は貸さねえが、メンテぐらいはしてやる。ついて来な」
「感謝ですわ、師匠! できればメンテ代もツケにしていただけると――」
「てめえ、どんだけ負けやがったんだ……?」
なんだかんだあったが、ひとまず話は収まったらしい。
シュミッツさんはヤーナを連れて鍛冶屋の工房まで向かおうとする。
あたしもそろそろ酒場に戻ろうかと思っていたところに、シュミッツさんに声をかけられた。
「ああ、そうだ。レヴィンっつったな。いずれ汎用型マキナが必要そうなら、ウチに来い。酒の礼だ、安くしとくぜ」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
「あと、ロッソに伝えておいてくれ。『次はもっと強い酒を頼む』ってな」
シュミッツさんは控えめに手を振り、ヤーナと工房に入っていった。
なんというか、堅気の職人ってイメージのあったシュミッツさんだったが、クセの強い弟子がいたりして、案外苦労しているのかもしれない。
「……戻ろっと」
あたしは酒場への帰路についた。