太陽の子レヴィン~格ゲーキャラの技を再現できる筋肉と属性付与で救世主とか無理だから!~ 作:キョーサカ
王都の夜も更け、ついにあたしたちは魔獣教団の懐へ潜入する。
複数の拠点の中であたしたちが割り当てられたのは、下水道に通ずる拠点だった。
皆、黒いローブを着て深々とフードを被り、腐臭が漂う中を進んでいく。
まさにアンダーグラウンド。格闘漫画やゲームならこの先に待っているのは裏の闘技場だが、やはり創作と現実をごちゃ混ぜにするのはよくない。
ヨハネス神父の案内によれば拠点のひとつの入口は、この迷宮のように入り組んだ下水道の中において、結界によるカモフラージュが施されているという。
「ここです、かつて私が使っていた拠点の入口は」
「って言われても――」
どこからどう見ても、壁。だがしかし、目を凝らすとわずかながら違和感があるような気がしないでもない。
神父さまが壁に触れると、彼の手が壁を貫いた……いや、すり抜けたのだろうか?
「なるほど、これが結界か。庶民が普段通らん下水道の中とはいえ、擬装工作が徹底しておる」
あたしのローブの中にいたリテラが瞬時に結界の特性を見抜いた。
「幻像魔術の魔導具、といったところですわね」
どんな魔法が使われているかヤーナも見抜いたようだ。あたしは魔導具に詳しくないのでさっぱりだけど。
「私が案内できるのはここまでです。私は元信者で顔も割れている身、あとは貴方たちの健闘を神に祈るとします」
「ありがとうございました、神父さま。心中お辛いでしょうに、ここまで案内していただいて」
ミュウくんのローブの中では、グラウが寂しそうに鳴いている。
「気にすることはありません、ミュウくん。これも我が贖罪、過去との決別。マキナも持たぬ臆病者のせめてものケジメ、というやつです」
「安心してくれ、神父さま。教団なんか姉貴がドカーンってやっちゃうからさ」
「いや、ドカーンってやらないから。あくまで目的はカミュラを探すこと。ニュー、オッケー?」
「オッケーだぞ。静かにドカーン、だよな?」
「そもそも静かならドカーンって音は鳴らないって……」
「ハハッ、頼もしい限りですね。レヴィンさん、ヤーナ。この子たちをしばらくお願いします。絶対に、生きて帰ってくださいね」
「誰に向かって言っていますの? 貴方の優秀な教え子ですわよ。言われなくとも生還してみせますわ」
「神父さまこそ、気をつけて帰ってくださいね」
「はい、あとはお任せします」
神父さまは最後に一度頭を下げてから、ゆっくりと闇の中に消えていった。
その背中はいつもより小さく見えて、どこか寂しげで。
きっと、今の彼はとても複雑な心境なんだろう。
ジークさんというかつての教え子が疑われ、彼女を救えぬ無力に打ちひしがれ、そんな彼女をハメたのが自分がかつて入っていた魔獣教団。
ヨハネス神父は至って普通の人間なのだ。
怪しい宗教にすがるほどに心も弱く、それ故に犯した罪の重さに押し潰されそうになっている。
だからこそあたしたちは何としてでも、神父さまの教え子たるジークさんの罪を晴らさなくてはいけないのだ。
「行くわよ」
あたしを先頭にしてヤーナ、その後ろに双子が続き、幻の壁の奥へ足を踏み入れる。
一瞬で目の前の景色が変わり、下へと続く階段が現れていた。
「まさに深淵への入り口じゃな」
「リテラはしばらく黙ってなさいよ」
注意深く階段を降りていくと、薄暗い松明の灯りに照らされた扉が見えた。
扉の前には、あたしたちと同じく黒のローブを纏った人が立っている。おそらくは門番だろう。
「ようこそ。念のため信者の証を提示願います」
あたしたちは言われた通り、ローブの中から信者の証である黒い羽のペンダントを門番に見せる。
「よろしい。ではお入りください」
「ありがとうございます」
門番が道を開けてくれたため、あたしたちは扉の中へと入っていく。
扉の向こうで見た景色は、地下とは思えぬほどに豪奢な造りをしていた。
床には赤い絨毯が敷かれ、天井からは豪華なシャンデリアがぶら下がっている。
「ここって本当に地下なの? まるで豪邸じゃない」
「裏で金が動いているようですわね」
「出資者がいるってことなんでしょうか……?」
他の信者に怪しまれないよう、潜入中はなるべくヒソヒソ声で会話するようにしている。
しかしこの教団のアジトと思われる場所は、思わず感嘆の声を上げたくなるほどに豪華絢爛だった。
真っ先にそんな声を出しそうなニューは、あたしとミュウくんの言いつけ通り、なんとか沈黙を守っている。えらいぞ。
「どこの貴族様かは存じませんが、趣味が悪いと言わざるを得ませんわね」
機嫌が悪そうに、ヤーナが舌打ちして独りごちる。
貴族、か。
王都に来てからまるで会ったことはないが、この金の使い道から既に嫌いになりそうだ。
無論、貴族には良し悪しもあるのだろうが、こんなところに出資している貴族は間違いなく悪い貴族だろう。
しばらく絨毯が敷かれた道を進んでいくと、あたしたちと同じ黒のローブに身を包んだ人たちが多く集まっているのが見えた。
人だかりができているのは、演劇でもやるかのような舞台の前。
「あれ、何なんでしょう?」
「集会でもあるのかもしれませんわね」
「混ざってみましょ」
あたしたちは人混みの後ろの方に並ぶと、何が始まるのかを見守ることにする。
やがて壇上に現れたのは、コウモリを模した仮面をつけた女性。
この魔獣教団の怪しさを象徴するかのような出で立ちだった。
「ようこそ、皆様。第六六六回教団定例集会へ」
コウモリ仮面の女性の声が部屋中に響くほど大きい。
何か拡声器のような魔導具でも使っているのだろうか。
「本日は、お集まりいただきありがとうございます。女王様の生誕祭も近い今日此の頃ですが、なんとも悲しい事件が起きたことはご存知でしょう」
彼女が言っているのはおそらく、ジークさんに罪を被せた女王様暗殺未遂事件のことだろう。
そちらが起こしておいて何を言うか、というのがあたしの正直な心境だ。
「あろうことか国に尽くすひとりの騎士が、守るべき国の長に剣を向けたという事実。殺された人物こそ替え玉ではありましたが、犯人たる騎士は愚かです。無論、そんな騎士を管理下に置いた国のトップも」
うん? 何やら話がよくない方向に進んでいるような。
「今一度、我々は考え直すべきなのです。このウォルタート王国は、本当に我々が生きるに値する国なのかと。国を汚す愚かな人間に、生きる価値はあるのかと」
コウモリ仮面の演説に、集まった信者たちが賛同の声を上げる。
「ここに集った方たちは、いずれも国の理不尽と他人の悪意に苦しんだ皆様。力はなくとも恨んだことでしょう、妬んだことでしょう。ですが、心配は無用です!」
コウモリ仮面は舞台の天井からぶら下がっていた紐を勢いよく引く。
すると、彼女の背後の舞台幕が上がり、巨大な何かが姿を現した。
それはまるでガーゴイルと人が呼ぶような魔獣の『王』。いや、それを模した巨大な銅像。顔の部分にある目には、赤々と燃える炎の瞳があった。
その大きさはざっと十メートルくらいだろうか。
このアジトではなければ、間違いなく目立つ存在だ。
「魔獣は人の怨念を愛します。あなたたちのその想いが魔獣を動かし、目に映る世界を変えてくれるのです!」
「うおおおおおおおおお!!」
「魔獣様ばんざあああああい!!」
なんだ。何なんだ、これは。
プレッシャーに圧されるような、この狂気に満ちた熱気は何だ。
神父さまから話には聞いていたが、まさかここまで心を掴まれている信者がいるなんて。
もはや正気の沙汰では、ない。
吐き気がして思わず手で口を塞ぐ。
「レヴィンさん、大丈夫ですか?」
「だい、じょうぶ……ちょっと熱気にあてられただけ」
「正気を失わないだけ上出来ですわ」
まだ黙っているニューは背中を擦ってくれた。
「ありがと、ニュー……思ってた以上の気持ち悪さね、魔獣教団って」
「魔獣を神の御使いと崇め奉る異常者の集団ですから、気持ち悪くて当然ですわ」
「ヤーナさんの言う通りですよ……レヴィンさんが正気を失う前に、本来の目的を果たさないと、ですね」
ミュウくんに同意したニューが首を縦に振る。
「そうね。アイツを見つけないことには――」
と、この場を去ろうとしたところで、拡声魔導具を通じて舞台上のコウモリ仮面の声が聞こえてきた。
「あらあらァ~? 大丈夫ですか、そこのアナタ?」
しまった、気持ち悪くなっていたところを見られてしまっていたのか。
「もしかして集会は初めての信者さん? ごめんなさいね、先輩の皆さんが五月蝿くて」
「あははは……」
でも何故か上手いこと誤解してくれた。まだあたしたちが傭兵とはバレていないようだが、油断はできない。
「せっかくです、舞台に上がっていただきましょう。急遽予定を変更しまして、ここからは初顔の皆様に向けた講習会とさせていただきます!」
いやいやいや、何故そうなる。あまり目立つ真似はしたくないんだけど。
「レヴィンさん、ここはおとなしく従うべきですわ」
「なに言ってるのよ。あたしは――」
「お忘れですの? カミュラは人に姿を変えられる魔獣。あの仮面の女がカミュラの変化した姿という可能性も、なくはないのです」
「だとしたら、随分な近道ね。賭けてみる? アイツがカミュラかどうか」
「賭けるチップが手元にないので、ノーゲームですわ。魔獣かどうかぐらいは、身体の魔石で判別がつくでしょうに。『近くに寄って確認して来い』とアタクシは言いましたのよ」
ああ、なるほど。反抗して変に目立つよりはマシだし、もしあのコウモリ仮面がカミュラなら首を絞めて堕とすなりして拉致すればいいだけだ。
あたしは人垣をぐるりと回って壇上に立つ。目の前には、コウモリ仮面。
パッとみた限りでは魔石が見当たらないが、服の奥に隠している可能性もある。注意深く観察しておかないと。
「ようこそ、魔獣像のお膝元へ。気分はいかがですか?」
「ちょっと緊張しますね……今までこういう舞台に上げられた経験がなかったので」
「最初は誰しも緊張しますよね。観客の視線が痛い、心が緊張で耐えられない……ですがそんな些細な恐怖やストレスも、全て魔獣が解決してくれます」
そんな細かい心身ケアすらも魔獣で補えると、本気で思っているのだろうか。
そう思えるからこそ信者はこれだけいるんだろうけど。
「かつて王国と帝国の間に起きた『魔兵器大戦』を圧倒的な物量と力で終戦に至らしめた魔獣は、まさに神の御使い。魔獣に身も心も捧げれば、なんだって叶います」
「な、なるほど。例えばあたしが『貴族さまみたいなお金持ちになりたい』と魔獣様に願えば、いずれは叶うと?」
「それはもう!
「ハァ……どんな形であれ、ですか」
思わずため息が漏れてしまった。
曲解すれば『どんな形であれ』というのは、人の命を踏み台にするとかそういう類の非道を、結果に至る過程に盛り込んでもいい、ということだ。
魔獣には無論人権などなく、故に殺人も魔獣を介すれば罪に問われることはない。そういう抜け道を知ってしまえば、利用したくもなる。
ヨハネス神父が教団を抜け出した理由もこれならわかる。そういう心が弱い卑怯者の集まりなのだ、この魔獣教団という組織は。
だからこそ、あたしは言いたくなった。
「卑怯ですよね、そういう言い方」
と――。
「何っ!?」
「貴様、魔獣様を愚弄するのか!?」
「なんて生意気な新入りなの!?」
あたしに注目していた信者たちを敵に回してしまったようだが、構うものか。
あたしは、負けるのが嫌いだ。だがそれと同じくらい、卑劣な手段が許せない。
「卑怯、ですか。とても正気で出る台詞じゃありませんね」
「あなた達だってそうじゃないですか。こんなものを崇めるなんて、正気の沙汰じゃない」
「しかし魔獣は実際、魔兵器大戦を終結させました。この力さえあれば、何もかも思い通りに――」
ウザい。
コウモリ仮面自身は熱心な信者ではあるのだろう。
だが彼女は魔獣を過信しすぎている。
おそらくそこに心はない。
魔獣に心を置いてきたのだろう。
繰り返し紡がれる心なき言葉が、あたしの逆鱗に触れた。
「できるわけないじゃない。結局は人の弱みにつけこんで、都合よく利用してるだけなんだから」
「聞き捨てなりませんね」
「じゃあ、ハッキリと言わせてもらうわ」
あたしは魔獣像の傍まで歩を進めて、ゆっくりと深呼吸する。
「えっ、一体何を……?」
そして構えを取り、本気で右拳を叩きつけた。
「せぇぇりゃああああああッ!!」
魔獣像に衝突する拳。
その『点』を中心にして像に生まれた亀裂が、徐々に広がり始める。
音をたててヒビを作り、やがて砕け散る。
割れた像は破片となって地面に散らばり、そして跡形もなくなった。
信者はどよめき、コウモリ仮面はぽかんと口を開けたまま驚愕する。
そこへあたしは、事実上の宣戦布告を言い渡した。
「あたしはアンタたちが嫌いよ、魔獣教団!!」