太陽の子レヴィン~格ゲーキャラの技を再現できる筋肉と属性付与で救世主とか無理だから!~   作:キョーサカ

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第三十五話 「僕の名はガイア」

 微睡みの中で目蓋を開ける。

 

 目に映ったのは、かつて見慣れた白い天井。

 

 そして、かつて見た、あたしの心残り。

 

「よっ、元気か?」

 

 顔に黒いモヤがかかってはいるが、この気さくな感じはまさしくあたしの兄だ。

 

「どう見ても元気なさそうだな……よし、対戦すっか!」

 

 兄は液晶一体型のゲーム機を机に置いて、あたしにコントローラーを渡す。

 いつもの格闘ゲーム、『ライジングナックルⅣ』で対戦するこの光景。

 久しく味わっていなかった、かつての日常がここにあった。

 

 でも、どうせいくら頑張ったところで、あたしは兄には勝てない。

 『ライナク』と付き合ってきた年数は兄の方が長いのだから。

 

 しかし、あたしは違和感を覚える。

 

 残り体力数ミリまで追いやられ。

 

 ――ああ、今回もあたしは負けるのか。

 

 そう、諦めかけていたのだが。

 

 あたしがコントローラーで操っているはずの『レント』は、兄が操る『マキシマス』の必殺投げに繋がるコンボを全て弾く。

 距離を離された『マキシマス』は投げようとするも、間合いの外なので空振り。

 

 勝機が見えてしまった。

 

 投げ失敗時の硬直に、すかさずコンボを叩き込む。

 気付けば兄の『マキシマス』の体力はゼロ。

 あたしの『レント』は背水からの逆転で勝利を収めた。

 

「スゲェ……強くなったな、向日葵」

 

 えっ、勝った……?

 

 あたしが、兄に……?

 

 突然の事故で死に別れるまで、あたしは兄にライナクで勝ったことがない。

 こんなことは、ありえない。

 

「そっか……これは夢なんだ」

 

 明晰夢、というのを聞いたことがある。自分の意識があるまま見る夢のことだ。

 ならきっと、これもそうなんだろう。

 

 だって、こんなありえない光景、夢としか思えないもの。

 

 目の前にいる兄は死んだ。

 

 この兄は、あたしの記憶の中だけの存在。

 

 だから勝てたのだと思う。

 

 生前の頃の強さで、止まっているから。

 

 あたしだけが生まれ変わって長生きして。

 

 記憶の強さを追い越してしまった。

 

 もし兄が生きていたら。

 

 この程度で負けはしなかった。

 

 生きていれば技術を磨いて、更に強くなっていた。

 

 死んだ兄の記憶を。

 打ち止めになった記憶を追い越したところで、虚しさが残るだけ。

 

「ひぐっ……うぇ……」

 

 涙の粒が、目元から溢れる。

 

 俺から一本取ったのがそんなに嬉しいのかと、兄は言う。

 

 違う。違うのだ。

 

 どれだけ夢の中で兄と会っても。

 

 これは命のぬくもりがない、あたしのセンチメンタルが生んだ幻像。

 

 

 なんて、はかない。

 

 

 こんなものをみるくらいなら、いっそ――。

 

 

「待ってくれ! ちょっと待ってくれないか!」

 

 えっ……?

 

 なんだ、いまの、こえは……?

 

 せかいが、われる――。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ンモ~、困るんだよねぇ。悪夢って理解した途端に自殺しようとするの」

 

 どうなっているんだろう。

 病室にヒビが入って壊れたと思ったら、青空が綺麗な不思議な場所にいて。

 目の前には緑と青の服を着た白髪の知らないお兄さん。

 

「キミ、アレだろう? 世間一般から見れば充分強いのに自ら弱いと思い込んでるタイプ。いるんだよねぇ、そういう最弱詐欺。全く使えねえ異能だと思ってたら条件次第で最強でした、とか。あれ、微妙に違う? まあいいや。とにかく最弱詐欺ってのはね、本当に強い人間がやっちゃ駄目なやつというのが僕の持論。だってそうだろう? 自分はか弱い生き物であると油断させた上で牙をむくんだよ? ズルくない? 強さを自慢したいなら、もっと説得力で語れって話だよ」

 

 このお兄さん、突然早口でまくし立てて来た。

 何なんだ一体。

 夢の中だというのに情報量が多すぎて目眩がする。

 

「うん? 聞いているのかい? もしもぉ~し? まったく、テラも難儀な子を救世主に選んだものだね。僕の高尚な話をなにひとつ理解できていないとは」

 

 テ……ラ……?

 

 どこかで聞いたことがあるような、ないような……。

 

「そもそも、まずは名乗るところから始めるべきだったかな? 僕の名はガイア。キミがかつて生きていた世界――地球の創造神だ。テラから名前くらいは聞いていると思っていたんだが」

 

 創……造……神……!

 

 その単語を聞いた途端、あたしの脳裏に記憶がよみがえる。

 創造神テラ。救世主。普通という理想を奪ったタフな肉体。

 あたしの名はもう向日葵(ひまわり)ではない。レヴィン・ゾンネ――!

 

「……何やってんのよ、あたしは……!」

 

 この夢に落ちる直前までの記憶を、全て思い出した。

 ついさっきダリアに落とされて負けたばかりじゃないか。

 こんなところで微睡んではいられない。早く目を覚まして――、

 

「おっと、ステイステイステイ! 何があったかは知らんが落ち着きたまえ!」

 

 怪しい白髪お兄さんが突然邪魔をしてきた。

 確かさっきガイアって名乗ってたっけ? 地球の創造神だとも。

 

 テラが以前尊敬していると言っていたのは多分この神なんだろうけど、今は何故か夢に介入してきた神様に付き合ってる時間はない。

 

「うざい! 地球の創造神だか何だか知らないけど、邪魔しないでよ!」

「そうはいかないね! どうやらキミの身体はボロボロのようだ。回復するまで僕とお茶でも飲んで落ち着かないかい?」

「だからそんな場合じゃないんだっての!」

「慌てては元も子もないよ。どうせここはキミの夢、時間の流れなどあってないようなものだ。むしろ好機と考えよう、僕は考えた! 中々ないからね、こうやって話をする機会は!」

 

 自称創造神ガイア様、胡散臭い美形という顔立ちな上に押しが強い。

 あのテラが尊敬するだけはあるというか、むしろ似た者同士なんじゃないか。

 そのせいもあってか、一周回って落ち着いてしまった。

 

「ハァ……あたしの夢に介入してきたってことは、本当の創造神なんだろうけど。あたしに何の用があって来たってのよ?」

「いや、大した用じゃないさ。テラの世界に預けたキミが、元気でやってるかなぁって気まぐれで見に来ただけだったんだが。フロイデヴェルトを脅かす闇は、思った以上に手強いようだね」

「そこまでご存知なら、助けてくれてもよかったのに」

「無理だよ。僕はフロイデヴェルトの創造神ではないからね。世界を創造した神だけが、自ら創った世界で起きた想定外の歪みに対処することを許されるんだ」

 

 ガイア様が仰る『想定外の歪み』とは、おそらく魔獣の存在だろう。

 だからテラも魔獣と同様フロイデヴェルトの異物であるあたしという地球の魂を対抗策として送り出した。

 

 まあ、結果はともかく過程に関しては今でも言いたいことは山ほどあるのだが。

 『ライジングナックルV』であたしを試したのは単なる趣味だとしても、救世主云々に関しては後から知らされたことなので、やはり文句のひとつも言わずにはいられない。

 

「でもその割には、しょっちゅう地球に遊びに行ったことがあるって言ってたわね、アイツ……」

「そこは僕が許可した。創造神としての力を使わないという制限つきでね。キミも一度、地球で死ぬ前に彼女と会っていただろう? 分体とはいえ、彼女に神々しい何かを感じていなかったということは、それだけ彼女が創造神としての力を抑えて、地球という世界に溶け込んでいた証拠だ」

「実は凄い神様だったのね、アイツ……」

「神に凄いも何もないが、人間視点からの褒め言葉として、後で彼女に伝えておくよ。でもね、テラという神は僕から見ても『凄い』と言えるところばかりなんだ」

 

 はて、地球の創造神という視点から見ても凄い?

 

 一体テラは、どんな神なのか。

 思えばあたしは、テラをお邪魔虫のようにしか見ていなかった。

 

 時にはガイドとして利用することもあったけど、アイツ自身はあたしにウザがられることを全く意に介していなかった。

 むしろあたしを褒めて褒めて褒めまくった。子供を褒めて伸ばす親のように。

 

 ウザくて仕方なかった。

 

 でも、いい機会かもしれない。

 有識者の口からテラのことを聞いて、彼女と向き合うことにしよう。

 

「まず、テラがフロイデヴェルトを創った経緯について語るとしよう。僕と知り合ったばかりの彼女は、創造神としては半神前もいいところだった。そんな彼女が僕の創った地球を見て参考にしたいと僕を訪ねてきてね」

 

 半神前……半人前ってことなんだろうけど、テラにもそんな頃があったのね。

 

「僕は若干興味半分で、彼女を地球に住まわせることにした。無論、分体を通してね。しかし彼女は不満げな顔で帰ってきた。彼女が言うには、『この地球には、不幸や理不尽に遭う命が多すぎる』ということらしい。何分(なにぶん)、僕としても痛い話だったよ」

「案外的を射てる感想ね……あたしも理不尽に打ちのめされたひとりだし」

 

「確かに地球が辿ってきた人類の歴史は、お世辞にも綺麗に整頓された道ではない。戦争の時代と比べれば平和になった、キミがかつて生きた時代でも、血みどろの歴史が生んだ爪痕が色濃く残っていたことだろう。だが、それも悪いことばかりではなかった」

「それって、もしかして――」

 

「ああ。テラは地球の惨状そのものよりも、そこから芽生えた物語を愛するようになったんだ。かつてキミが遊んでいたゲームに代表されるような、文化(カルチャー)をね」

 

 なるほど、テラの地球被れの根源はそこだったのか。

 

「地球に生きるクリエイターの姿勢は、創造神の使命に通ずるところがあったんだろうね。彼女の創作意欲は日増しに高まり、ついにフロイデヴェルトを創り上げてしまった。テラはこう言っていたよ。『地球で未だ虐げられる弱者を想って創った世界』だとね。神としては、過ぎた慈愛だとは思わないかい?」

「まあ、神らしくないかな、とは……」

 

「創造神は世界と命の母ではあるが、基本的には命を生むこと以外、一度創った世界に干渉することは、神界の掟で禁じられている。創造神は世界の行く末を見守るシステムのような存在だからね。だが、彼女は自ら生み育んだ命を愛した。いずれ地球から理不尽に消えた命が流れてくるその時に備えて、より良い世界にするために。初めてだったよ、こんな創造神を見たのは」

 

 ガイア様の言葉からは、あたしが知らないテラの一面が滲んでいる気がした。

 

「そんな彼女がキミを選んだのも、わかる気がする。英雄物語が特に好きだったからね」

「いや、突然あたしに振られても――」

「諦めを知らない……そんな目をしている。キミも、キミの魂も」

 

 なんだなんだ。地球の創造神すらもあたしを褒めちぎるのか。

 あたしはただ負けたくないだけの女なのに。

 

「諦めが悪いのは認めるけど……そんな大層なものじゃないわ」

「いや、キミは凄い人間だよ。いいかい? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

「あっ――」

 

 気付いてしまった。

 いや、初めて獣を倒せるようになってから、麻痺していただけだったのかもしれない。

 

「ヒトは何故武器を作ったのか。それは、素手で獣に対抗できる技術がなかったからだ。武術とて本来は同じヒトと渡り合うための技術。それで凶暴な獣を軽々と倒してしまえる人間は、ほんの一握りしかいないだろう」

「とっくにあたしは、『普通』を越えちゃってたってことね……」

「少なくとも、世間一般的な『普通』は越えているね。だが、世界を救うには『普通』を越えてもらわなければ困る。それだけの力を、キミはテラに与えられ、育んできたんだ。もっと自信を持って」

 

 自信、か。

 

 ライナクで兄に九十九敗して、その後兄を事故で失ってから、いつの間にか置いてきたもの。

 狩って食わなきゃ生きていけない環境に放り出され、あまり持つ暇がなかったもの。

 

 ――本当の強さを示せるものって、何だかわかるか?

 

 ――気持ち……信念ってやつだな。

 

 ――『こいつにだけは負けたくない』って心を燃やせるし、『楽しい今を終わらせたくない』って足掻くこともできる。

 

 かつて兄が言ったことを思い出す。

 負けるのが嫌になった、あたしの原点(オリジン)

 兄に連敗していなかったら、今のあたしはない。

 

 ――勝利ってのは、強い相手に挑んで、負けて、負けて、負け続けて……その先で掴むものだと、俺は思う。

 

 あたしは兄と闘えた。トップゲーマー『ガレリア』に挑んでは負け続けた。

 それだけで誇れるじゃないか、自分を。

 

 ――敗北を知った人間ってのは強い。お前は絶対、強くなれる。

 

 自信を持て。信念を燃やせ。

 

 負けの底から、這い上がれ。

 

「ほう……なんだかわからないが、魂が燃えているね。それでいい」

 

 心から力が湧き上がる。

 

 思えば簡単なことだった。

 どれだけ身体を鍛えても、どれだけ技術を会得しようと。

 心を抑え込んではいけなかった。『負けたくない』という本能を、今は解き放つべきだったのだ。

 

 『心』、『技』、『体』。

 どんな格闘技においても、武道の真髄はこの三つのバランスが取れてこそ。

 もう、負ける気がしない。

 

「おっと、思ったより回復が早かったのかな? キミに迎えが来たようだ」

 

 ガイア様が空の向こうを指差す。その先には、太陽を背にして羽ばたきながら近づいてくる、竜の形をした陽炎。

 初めて見たはずなのに、あたしはあの姿に既視感を覚えていた。アレと似た炎を、過去に見たような。

 

 大きな竜の陽炎が、あたしの傍に着地する。

 

《あなたの強き心、見せてもらいました》

「あんた、まさか――」

 

 声で思い出した。初めて『ソルマドラ』の力を使って気を失った時に見た夢の――!

 

《さあ、参りましょう。あなたの信念のままに》

「ええ、そうしましょ」

 

 この陽炎はきっと、『ソルマドラ』の一部となった太陽竜ソルマンダーの残留思念みたいなものなのだろう。

 つまりあたしは、太陽竜に真の意味で認められたということになる。

 

「僕の気まぐれも、たまにはいい結果をもたらすものだね。それじゃあ僕も、地球の行く末を見守る仕事に戻ろうかな」

「色々気にしてくれて、ありがとうって……言えば満足?」

「感謝を贈られるほどじゃないよ、気まぐれだったからね」

「そーですか」

 

 なんというか、かつて居た世界の創造神だというのに、掴みどころがなくて胡散臭い。

 やはりガイア様という神は苦手なタイプだ。

 

「あ、そうそう。お別れの前にひとつ」

「今度は何よ?」

 

「キミの他にも地球からフロイデヴェルトに送った者がいるんだが――」

 

「ハァ!?」

 

 ちょっと待て。

 最後の最後でとんでもない情報が出てきたんだが。

 

 えっ!? あたし以外にも地球からの転生者がいるの!? フロイデヴェルトに!?

 

「もしその者に会ったら、この言葉を伝えて欲しい――」

 

 太陽竜の炎に包まれ、あたしは夢の世界から飛び立つ。

 その直前に、突然メッセンジャーを頼まれて。

 あたしに目覚めの時が、迫っていた――。

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