太陽の子レヴィン~格ゲーキャラの技を再現できる筋肉と属性付与で救世主とか無理だから!~ 作:キョーサカ
まだレヴィンが眠りに落ちていた頃。
ジークリンデ・シグルドは、運命の岐路に立っていた。
「騎士ジークリンデ・シグルド。その選択に、後悔はありませんね?」
「無論です、女王陛下」
ウォルタート王城、謁見の間。
ジークは騎士職を辞するために、ガーネット女王への謁見を認められ、今は女王の前で跪いている。
かつてこの騎士は、暗殺未遂を疑われ、無実の罪で民の笑顔を曇らせた。
その責任を取る形で辞める、ということに反発もあったが、騎士団長ニコラウスが許した以上は、その決定を覆すことは難しい。
そして辞めるとなった以上は、王家より賜りしマキナ、『シュニーロマンサー』を返還する必要性も出てくる。
故にこの場にはニコラウスも付き添っていた。
部下の騎士生の最後を見届けるために。
「えっ……本当に辞めちゃうのぉ? せっかく査問会で無罪ってことになったのにぃ? 困るのよ、貴重な戦力に抜けられちゃぁ」
「お母様、素が出てますよ素が」
女王の傍らに立っているエメラリア王女からツッコミが入る。
「だってぇ、いくら多方面に迷惑かけたからって、ねぇ?」
「今後の活躍で名誉挽回すればいいと思えるほど、彼女は器用ではないということです、陛下」
「でも、ニコラウス――」
「お言葉ですが、陛下」
困惑の女王と騎士団長の間に割って入るかの如く、ジークは知性が足りないなりに言葉を紡いだ。
「騎士の仕事が私に合っていなかったと言われれば、そうでもなく。民を守る歓びを感じていなかったのかと言われれば、そんなことはありません。亡くなった父の代から継いできた騎士というものは、崇高で気高く、そして尊いものであると理解し、今まで尽くしてきました」
「そこまで騎士に魅力を感じていたのなら、どうしてそんな決断ができるのよぉ?」
「単なる私の、力量不足です」
それは、ジーク自身が自覚してないようでしていた、己の非力さ。
嘘がつけない彼女の、
「あの事態を招いたのも、私がまだ若く、発展途上であるからこそ。そして今更戻れと言われたところで、あのカミュラほどの魔獣や、魔人と名乗った者たち……それらがまた現れた場合に対処できるかといえば、今の私は否と答えます」
「ニコラウス、この子自己評価低いんじゃないのぉ?」
「いえ、陛下。普段から前向きであったが故、見落としたものに気付いたまでのこと」
ニコラウスの分析は、実際正しかった。
「なればこそ、今一度自分を見つめ直して、強くならねばと考えた次第。自分が強くなったと実感できるまで、『シュニーロマンサー』の返還を、受理していただきたく」
いつになく真面目なジークを見て困惑し、しばし
自身では役者不足ということを理由に騎士を辞めてしまう者はそれなりに居たが、あらぬ疑いをかけられてもまだ挽回の余地ありという実力ある騎士が、まさかそうなろうとは。
ジークリンデ・シグルドは知能や能動的素行に問題はあれど、実力と観察眼、人当たりの良さという点では騎士団長ニコラウスに引けを取らないほどの小隊長であった。
ほぼ騎士の理想像と言わしめた彼女が抜けた穴を、誰が埋められるのか。
ニコラウスという支柱が未だ不動とはいえ、彼とていつ殉職するかわからない。
それでも、いずれ帰ってくるつもりというのなら。
女王は、ジークの意志を尊重せざるを得なかった。
「お母様」
「わかってるわよぅ、エメル。騎士ジークリンデ、儀式の支度をなさい」
「では――!」
「『シュニーロマンサー』の返還、確かに承りました。契約解除の儀式の後日、貴方の騎士としての任を解きます」
「はっ! ありがとうございます!!」
突然の大音量に驚きながらも、ガーネット女王の顔は不安を募らせていた。
※※※
フロイデヴェルト魔法文明におけるマキナと呼ばれしアーティファクト。
誰にでも扱える汎用型と、
大まかにこの二種に分類されるものではあるが、その片方、契約型は汎用型に比べて重宝される傾向にある。
単体での火力や強力な
要するに自分の所有物として契約してしまえば、うっかり盗まれて勝手に使われる、という被害もなくなるわけである。
ただ唯一ともいえる契約型のデメリットが、一身上の都合で契約を破棄しなければいけない場合、面倒で長い儀式という手順を踏まなければいけないということ。
その儀式を退屈に感じるかどうかは人それぞれ。
無論、ジークの場合は――。
「ジークリンデ氏、いい加減落ち着いてくだされ」
「うむ……しかしだな、ソフィア。いかに儀式が初めての経験とはいえ、ここまで長くかかるものなのか?」
王城の片隅には、王家が雇った魔導顧問が許可を得て設営した工房がある。
そこで魔導顧問たる女性、ソフィア・ケラーは、長引く儀式に飽きが来始めていたジークをなだめていた。
「やはり考えなしだったんですな。契約解除の儀式って、大抵は受けたがらないものですぞ。やれ細かい準備が必要だの、長い間拘束されるだの。中には儀式が嫌で今のマキナと一蓮托生、ってのも居るぐらいで」
「そこまで不人気だったとはな」
「元々マキナは古くから伝わる魔法文明の結晶で、特に契約型は力、使い勝手、安全策に至るまで、ほぼパーペキな武器として仕上がっているモノ。それを自分の意志で手放すとなると、面倒が多くなるのは当然の摂理ですな」
藍色のボサボサ髪を掻いて、覚醒作用を内包した棒付きキャンディを咥えつつ、ソフィアの作業は進む。
今はジークの魔法陣が浮かぶ右手に、深緑色の塗料を筆で塗り込んでいる。
「というか、色んな人に迷惑かけたからって、律儀にマキナを返還するとか。うっかり持ち逃げしてくれた方が、面倒が少なくて済みましたぞ」
「仮にも王国お抱えの魔導顧問が言っていい台詞ではないな」
「アホなくせに礼儀はそこそこ弁えてるそっちも大概では?」
「うむ、返す言葉もない」
「アホの自覚があるんだかないんだか」
ソフィアがジークの右手全体に塗料を塗り終わると、ぶつぶつと詠唱を始めた。
彼女の唱えに合わせて深緑色の塗料が徐々に光を放ち、ジークの顔が少し青ざめていく。
やがて光は収まり、ジークは長らくの緊張から解放された。
魔法をかけた彼女の右手に、ソフィアは土色の手袋を被せる。
「ほい、後はこの手袋に魔法陣が移るのを待つのみ、と。ちょっとずつ来る倦怠感を乗り越えたら、契約解除は成功というわけで」
「契約を切り離すのに、まだ時間をかけるのか」
「つっても最短で一晩、長くて丸一日、普段通りに過ごしていれば、自然と魔法陣が浮かび上がる仕組みなんで。浮かんだらまたこっちに来て頂戴。あ、この手袋をしてる間はマキナが
「うむ、心得た」
「ところで、ジークリンデ氏。ニコラウス騎士団長に傭兵ギルド紹介されたって、マジ?」
作業を一段落終えたソフィアは、椅子の背もたれに身を任せながら両腕を伸ばしつつ、噂話の真偽を確かめるように口に出した。
「騎士団での経験を活かせる場としては申し分ない、と言われてな。私としても喜ばしい提案だった」
「本来なら高潔な騎士がアウトローの掃き溜めに、なんて聞いたら誰もが取り乱すのに、ジークリンデ氏ほどになると、元々問題児の上に最近のやらかしが上乗せされて、それほど違和感を覚えなくなるのが不思議ですな」
「それだけ私は、背中で語ってきたつもりだ」
「背中で語る比重が偏りすぎ、とも言いますぞ」
「返す言葉も! ないな!!」
またしても定番の返答。
騎士学校時代から何も変わらぬ前向きっぷりに、またもソフィアは呆れ、ため息をつく。
ソフィアとジークは騎士学校寮の同じ部屋で過ごしたルームメイト同士。
こんなやり取りも、かつては日常茶飯事だった。
「ともあれ、知り合いの傭兵と組んで、今一度自分を見つめ直す。迷惑をかけた私が出来ることといえば、これくらいだ。あ、知り合いというのはだな――」
「レヴィン・ゾンネ。今この辺りで最も有名なラグナ族の傭兵」
「流石に耳が早いな」
「そりゃあもう。彼女がいなかったら王城が終わってたかもだし。未だにラグナ族における蛮族イメージが抜けない貴族連中よりは、海よりも深く感謝しているわけで。明日の女王生誕祭に招待予定で、『勇者勲章』授与も秒読み段階だとか、衛士たちの間で噂になってますぞ」
「なんと! 共に戦った身としては鼻が高いな!」
「まだ確定じゃないから噂だっつってんのに。査問会で実質左遷通告を受けたモンド殿下とは大違いですな」
「そうだろうな。だが――」
モンド王子の名を聞いた途端、ジークの顔は少し陰りを見せた。
しかしジークは、モンド・フォン・ウォルタートという男の本質を知っている。
故に口から出たのは、愚かとされる彼を庇うような、ジークなりの信頼だった。
「殿下が『エメルのためだから』と私を檻から出してくれなければ、王城の被害は中庭と数名の衛士だけでは済まなかったかもしれん」
「あー、殿下ってそういうキャラ? 目つき悪くて高圧的に物を言うから、ちょっと苦手だったんですけども」
「相当のアガリ症らしくてな。そういうのは大体照れ隠しだとエメルも言っていた」
「マジでか。ちょっと愛着湧きましたぞ」
ソフィアは頬を緩めて笑いつつ、片付けを始める。
「確かモンド殿下は、明日の朝出立でしたっけ。気が早いですな、生誕祭前とは」
「まあ、色々と王室の事情が絡んでいるのだろう。口は挟めんさ」
「送り出すつもりなら、寝坊はしないことですぞ~」
「心配はするな。これでも早起きには自信がある!」
ウキウキでソフィアの工房を退室するジークに、部屋の主は一抹の不安を覚えていた。
※※※
モンド・フォン・ウォルタート、女王暗殺未遂の容疑者を無断で仮釈放した罪で、僻地領主勤務の刑に処す。
本来ならば死刑相当の罪状ながらも、ここまで穏当な処分で済んだのは、彼が王位継承権第一位であること以上に、容疑者ジークリンデ・シグルドが率先して冤罪の証明に動いたという結果を査問会が優先したからであった。
無論、親である女王ガーネットも息子としてモンドを想っていたので、そのおかげでもあるのだろうが。
(こんなことになるのなら、あのバカ騎士を牢から出すべきではなかったのかもしれん)
出立の朝、王城正門。
家族や使用人に囲まれながら、モンドは頭の中で自問自答を繰り返していた。
自分がやったことは、おそらく間違いではなかったのだろう。
妹の、エメルのためにやったことなのだから。
頼りたくはなかったが、実力だけは頼れるエメルの友に頼ることでしか、エメルを助けられないと考えたのだから。
「お兄様、どうかしましたか?」
「とんだ皮肉だな、と考えていただけさ。お前のためを思ってやったことが、こんな結果になるとは……」
「そもそも、前もってお母様なり私に言ってくだされば、実質左遷なんてことにならずに済んだんですよ!」
「そ、それは昨日も散々謝っただろう。エメルのこととなると、すぐ熱くなってしまってだな――」
「まあ、見苦しい。仮にも第一王子だった男の言い訳なんて」
元・第一王子と第二王女の間に口を挟むは、自らの亜麻色の巻き髪を弄っている第四王女、ルビィ・フォン・ウォルタート。
彼女の隣には、兄である第三王子のサンドラ・フォン・ウォルタートもいた。
「いい加減に現状を受け入れなさいな、モンドお兄様。エメルお姉様と離れるのが辛いのは重々承知の上で、再度申します。受け入れなさい」
「ごめん、モンド
「わかってるよ、サンドラ。情けないのは僕だから、ルビィが怒るのも当然さ」
ふん、と不機嫌に鼻を鳴らすルビィ。
「別に怒ってなど。モンドお兄様が向こうでポカをやらかさないか、心配でたまらないだけです」
「えっ、そうなのでごぜえますか?」
他と同じくモンドを見送りに来ていた第五王女シトリー・フォン・ウォルタートは、きょとんとした顔でルビィの表情を覗き込む。
まだ情緒が育ちきっていないため、周りの感情の変化には鈍感のようだ。
「あははは……。そういえば、ソフィア。ジークはどうしました? 昨夜は王城の空き部屋に泊まったと聞いてますけど」
「あらら、寝坊ですかな、これは。儀式の影響で何か副作用が出たのか、はたまた宿舎のベッドよりここのが数倍気持ち良かったか」
「ジークったら……」
「エメル、あいつのことはもういいだろう。自分から騎士を辞めると申告した女のことなど――」
「モンド様、そろそろ」
「わかっている」
使用人の急かすような声、つまり時間切れ。
結局あのバカ騎士は恩人を送り出すことすら、まともにできないのか。
そう、後ろ髪を引かれる
モンドが馬車に乗ろうとした、その時だった。
「お待ちくだされええええええ!」
慌てるような足音が近づき、汗ひとつかかず、遅れて彼女は現れた。
「あっ、ジークやっと来た……って、寝間着!?」
「やはりガチ寝坊でしたな」
ジークリンデ・シグルドをよく知るエメルは、家族を送り出す大事な場に相応しくない格好で現れたことに驚き、同じく彼女をよく知るソフィアは予想通りといった顔で呆れ、棒付きキャンディを懐から出して咥え始める。
「殿下、この大事な時に参上が遅くなってしまい、申し訳ありませぬ。宿舎のベッドより寝心地が最高だったもので!」
「あ、ああ……。そいつは良かった……」
ジークの言葉は裏表のない感想だと理解しているのに、どうにも煮え切らない心情のモンドであった。
「というか、僕はもう王子ではないぞ。僻地の領主だ」
「失礼しました。役職を急に変えられると、中々頭が切り替えられず」
「いや、いい。バカ騎士の脳ミソには何も期待していなかったからな」
「私とて、一旦は騎士を退く身。そう呼ばれるのも、今日で最後になりますな」
「フッ、言ってくれる。お前も僕も、これまでの地位を捨てた新たな道を歩むという点では、同じか」
少し、嬉しい。
モンドはそんな感情を吐露しようとして、踏みとどまった。
「ならば、ここに誓え。僕がこの王都に凱旋できるようになった時、それまでにお前は自他、そして国に認められるほどの、立派な騎士になると!」
「はっ、誓います! いずれ一皮も二皮も剥け、私を檻から出していただいた恩を、己の力でお返し致します!」
「楽しみにしているぞ、ジークリンデ・シグルド」
振り向きざまに交わす別れの言葉。
約束を取り付けたことに安堵したのか、ジークに背を向けたモンドの顔は、少しばかりほころんでいた。
モンドを乗せ、王城を去っていく馬車。
それを見送る背中に、エメルが声をかけた。
「知らない間に、随分と関係が進展してたみたいですね」
「ん? 何のことだ?」
「誓いは果たしなさい、ということです。何年かかろうとね」
「無論だ、エメル。我が名はジークリンデ・シグルド。立派な騎士となるため、後日傭兵となる者。約束を破ったことは、一度もない」
いまいち締まらない台詞に、誓いを乗せて。
ジークリンデ・シグルドの