太陽の子レヴィン~格ゲーキャラの技を再現できる筋肉と属性付与で救世主とか無理だから!~ 作:キョーサカ
会談を終えて、里長モルガーナさんは劇団員とあたし達の一時解放を、里のエルヴィン族たちに言い渡した。
しかしこれはいわゆる、執行猶予を与えられたに過ぎない状態。
劇団の馬車たちが運ばれた場所に着いた頃には、いつの間にか日も暮れて。
裏方を含めた総勢六十名の劇団員を泊めてくれる家など、エルヴィン族の隠れ里にあるはずもなく、あたし達は野宿をする羽目になる。
多くの劇団員が食事を共にする中、座長のバッシュさんから、会談の内容が明かされた。
「待ってくださいよ座長! あんなヒトを舐めきった奴らのために、どうして劇をやらなきゃいけないんです!?」
「あいつらにヒトの美学なんてわかりっこないでしょ!」
無論、否定的な意見は多く。
それでも、座長さんはどこまでも責任者らしく、劇団員を説き伏せていく。
「……皆の気持ちは痛いほど理解しているつもりです。ですが、この娘の前でも同じことが言えますか?」
座長さんは隣に立つ、劇団の側に立つことを一時的に許されたシルヴィアさんの肩に手を置いた。
彼女は既にフードを取って、自らの耳を曝け出している。
「皆さん……、黙っていてすみませんでした。余計な混乱を避けるためにって……座長さんに言われて、自分の意思で……」
シルヴィアさんの顔は本当に申し訳なさそうで、瞳に憂いを帯びているようにも見えた。
「自分はエルヴィン族……里長モルガーナの娘。決して憧れてはいけなかった外の世界に焦がれただけの、か弱い存在に過ぎません……」
それでも彼女は「でも」と、辿々しく言葉を紡ぐ。
おそらくは、己のせいで誰も傷ついてほしくない、その一心で。
「エルヴィンではなく、『シルヴィア』として自分を見てくれた……そんな皆さんのために、自分は無理を言ってここにいます。ですから、今一度フルンケライの一員として……劇を紡ぐ役割を、やらせてください!」
いつの間に覚悟が決まったのだろう。
いや、元々覚悟はあったのだ。
きっと、座長さんに拾われた日から。
そんな、地道に自分の居場所を築いてきたシルヴィアさんだから、なのだろう。
立ち直りが早いのはいいことだ。
しばしの沈黙の後。
「皆、言いたいことは沢山あると思う」
花形スタァ・リュカさんから、話が切り出される。
「でも今は、僕らの危機を乗り越えることを優先しよう。明日の公演で里長が満足しなきゃ、皆殺されるんだ。それに――」
そしてリュカさんは立ち上がり、シルヴィアさんに近付いた。
「ふぇっ!?」
この事態を想定していなかったのか、シルヴィアさんの顔があっという間に赤くなる。
そんな彼女には目もくれず、リュカさんは抱きしめた。
柔らかい抱擁が、シルヴィアさんを包む。
イケメンにしか許されぬ光景が、そこにはあった。
「ここにはエルヴィンだからって、シルヴィアさんをとやかく言うようなヒトは居ないよ。あなたは脚本で、皆の道標になってくれる。それだけで、僕らは救われているんだから」
「っ……!」
リュカさんの言葉で、感極まって瞳に涙を浮かべるシルヴィアさん。
他の劇団員たちからも、信頼の声が挙がる。
「へっ、ヒトよりちょっと長生きなぐらいが何だ。俺らにとっちゃ、アンタは劇団の知恵袋で支柱だ。そこに何の違いもねえ」
「ダイクさん……」
ちなみにダイクさんとは大道具スタッフの名前。
あたしが力仕事を手伝ってる時にお世話になった人だ。
「そうそう。それにその耳、可愛いじゃない」
「スレイさん……」
「むしろ羨ましいわね。私たちが生きてる間は、まだ若いってことでしょ?」
スレイさん、その褒め方は嫉妬してるようにも聞こえるから、シルヴィアさん以外に使うのは止めた方がいいかも。
「とにかくだ。とっくに認めてるよ、俺達はシルヴィアさんをさ」
「皆さん……うぐっ……ううっ……」
他のスタッフもシルヴィアさんを信頼してくれていて、なんというか、あったかい。
シルヴィアさんの瞳から溢れる涙が、まだ止まらないのもわかる。
その光景を少し離れた場所で見ている、あたし達ギラソール傭兵団。
リテラはひとりで勝手にもらい泣きでハンカチを濡らしていた。
「最高じゃあ……ひぐっ……これぞ人情っ……心の光じゃあ……うおおおおン!」
「顔がうざい、号泣も五月蝿い!」
まあ、気持ちもわからなくはないが。
ともあれ、感極まってる場合ではないのが現状だ。
「それにしても、大丈夫かしら」
「むっ、ふぁふぃふぁふぁ?」
ジークはいい加減、食事してる最中に喋るのをやめて欲しい。
「何がって、劇の内容よ。フルンケライって、主に悲劇の演目でやってきたわけでしょ? 絶対あの里長さんの逆鱗に触れるって」
「えっ、そうなのか?」
「昔のヒトがエルヴィン族にやってきた事を考えると、悲劇を見せる行為は火に油を注ぐのと同じということだと思うよ、ニュー」
「確かに、魔導具の技術とかを悪用されたって話だもんなぁ」
そうなのである。
おそらく里長・モルガーナさんは、劇の内容がどうあれ、娘であるシルヴィアさんを許すつもりはないだろう。
シルヴィアさんは長く――エルヴィンにとっては短い時期だろうが――ヒトの中で過ごしてきた。
実際に見て思ったが、エルヴィン族は純血主義っぽいガチガチのイメージが強い。
汚らわしいヒトの血でシルヴィアを汚すな、くらいは言いそう。
だからこそ、悲劇で下手に刺激してしまうのはまずい。
「里長様が『昔のことだから』と受け流せる、さっぱりした御方ならば、どれほど良かったか」
「ヤーナ……」
「金銭での買収も期待できそうにありませんし」
そりゃそうでしょ。
ウチの故郷でさえ旅商人から何か買う時は物々交換だったし。
その手段やりたかっただけでしょ、アンタは。
「どうにかしてやりたいのう。親子の絆も大事じゃが、種族を超えた絆が断ち切られるのは惜しい」
と、さっきまで限界ファンの如く号泣していたリテラが、急に落ち着いて会話に加わった。
ヤバい、落差で風邪ひきそう。
「だとしても、どうすればいいんでしょうか? ボクら、演劇は素人ですし」
ミュウくんの疑問もわかる。
餅は餅屋という言葉もあるし、傭兵のあたし達にできるのは、何かが起こった時のために護衛することぐらいだ。
「あ……あのっ!」
そこへ、さっきまで泣いていて下まぶたが腫れているシルヴィアさんが声を掛けてきた。
「傭兵団の皆さんに……お願いが……」
「良いぞ」
すかさず、リテラが内容も聞かず返答する。
「えっ……自分、まだ何も……」
「元を辿ればわしのミスじゃ、出来る限りの尻ぬぐいはさせてもらうぞ。主にうちの頼れる傭兵たちがな!」
すっかり反省したと思えば人任せかい!
まあ今のリテラは創造神でも何でもないただの妖精。
掟とやらで神の力が使えないから、他に頼るっていうのは理に適ってると言えなくもないが。
「コイツの尻ぬぐいに巻き込まれたのは気が引けるけど、処刑されたくはないしね。で、あたし達は何をすればいいの?」
「は、はい……実は――」
そうしてシルヴィアさんは、複数の紙束を切り株の上に置いた。
「意見が欲しいんです……。観客としての……意見が」
……しばらくは眠れなさそうだ。
※※※
そして夜は明け、早朝から簡易舞台の設置作業が始まる。
「違うよ、それはもうちょっと右!」
簡易舞台の設置に職人さんたちは苦戦していた。
というのも、本来ならば目的地に着いてからのんびりやる作業だったはずである。
それがエルヴィン族隠れ里の長に演劇を見せる、という座長さんのアドリブが影響しての緊急公演なので、単純に時間が足りないし、慌てもする。
そんな早急な力仕事が必要な場面で、あたしは何をしているのかというと。
リテラと一緒になって、台本を読んでいた。
あたし達の意見を参考にして、シルヴィアさんが徹夜で書いた、『ロミィとジュリアス』改訂版の台本を。
「フム……落とし所としてはまあ、悪くはないのう。出来の悪い二次創作みたいじゃが」
リテラの変な観客視点から来る厳しめ発言に関してはこの際放っておいて。
劇団フルンケライは元々、貴族客層に向けた悲劇の演目を売りにしていた。
しかし今回の演目を観るのは、エルヴィン族の里長。
必ずしも貴族と同様の感性があるとは限らない。
だからこそシルヴィアさんはこの土壇場で、結末そのものを改変する暴挙に出た、というわけである。
「リテラさんから言われたこと……自分なりに考えてみたんです。確かにフルンケライの演劇は、貴族層に売り込むために、悲劇の演目を主としてきました……。でもそれは、生き残るためにやってきたこと……」
「生き残る、ため?」
「フルンケライが長く続けて来られたのは、たまたま自分の脚本を気に入ってくれた貴族様の後押しがあったからで……その時、自分は痛快な喜劇を書いていたんです」
「えっ、今とは逆だったんですか?」
「そうですね……むしろ自分が好きなのは喜劇の方で。座長に見せてもらったのが、演劇との最初の邂逅でした」
つまり、元々劇団フルンケライは喜劇で食っていたということになる。
「最初こそ観客が少ない公演でしたが……笑顔が印象的でした。誰もが戦の空気に飲まれて意気消沈していたところに、人の笑顔を蘇らせる喜劇を届ける……。自分は、幸運でした。ヒトとはどんなものかと興味を持った先で座長に拾われて……ヒトを笑顔にする一助になれたんですから」
「じゃが、貴族に見初められたのが全ての始まり……そうじゃろう?」
リテラに指摘されると、シルヴィアさんは静かに頷いた。
「魔獣が現れてから、王都が万全の防備を敷き、束の間の平穏が訪れた頃……貴族の方に公演を見てもらったのはそんな時でした。自分が脚本を書いた初めての劇は、拍手を頂くほどに好感触だったのですが……こう言われたんです」
――しかし、残念だ。これほど心を揺さぶられる内容だというのに、美という芸術を感じない。
「芸術を、感じない?」
「評価する者の感性にもよるが、俗に名画と呼ばれる作品の多くは、負の側面を描くものばかりじゃ。財政的に恵まれた貴族にとって、芸術とは破滅の美学そのものなのかもしれん」
なるほど、前世で『ロミオとジュリエット』が語り継がれてきた理由もわかる。
悲劇とは、娯楽の皮を被った合法麻薬だ。
役者の迫真の演技によって観客は役に感情移入するようになり、作中人物同様の刺激を受ける。
そうなると、「またあの刺激を味わいたい」というリピーターが殺到するようになる。
おそらく悲劇が人気ジャンルと言われる所以は、その中毒性にこそあるのだろう。
「破滅の美学……そうなのかもしれないですね。自分が初めて書いた悲劇……『聖騎士カナリア物語』。天命を受けた少女が、次第に己の意思で戦い、そして心無い者の手によって散っていく……これを見せて初めて、広い貴族層の支持を集めることができて。いつしか王都で一番の劇団になっていきました」
でも、という接続詞から続くシルヴィアさんの声色が、哀愁を帯びてくる。
「心が、削られる想いでした……。自分のやりたい方向性と真逆の物語ばかりが絶賛される。そんな現実を見るために、自分は物語を綴ってきたわけじゃない、って……」
「悲劇を書いてきたのは、貴族層の御機嫌取りという体裁だけではなく、お主の断腸の思いから来るものじゃったとはな」
「そんな大層なものでは……。自分はただ、怖かっただけです。座長がくれた、この劇団という居場所を失うことが……」
「シルヴィアさん……」
リテラが言うように、シルヴィアさんは確かに臆病者なのかもしれない。
それでも、臆病者なりに頑張ってきたのだ。
好きなことを我慢してまで、己を匿ってくれた家族のために。
なんだか少し、シンパシーを感じてしまう。
あたし自身、『好き』を奪われた時期があったからだろうか。
そう思い返すと、シルヴィアさんが他人に思えなくなった。
「少し、分かります。自分の『好き』を貫き通せない辛さとか、色々。でも、今回だけは、自分の『好き』に正直になっていいと思う」
「そうじゃな、今回の観客は貴族ではない、自分の親じゃろう? 己の成長を見せるつもりならば、己が最も得意とするもので挑むべきじゃ。そうは思わんか?」
「ふたりとも……ありがとうございます。おかげで少し、自信がついた気がします」
ふう、シルヴィアさんはもう大丈夫みたいね。
本当に良いヒト達に巡り会えたのも影響しているだろうけど、それ以上に心根が強いというか。
「母は……厳しくはあれど、優しいエルヴィンですから。きっと今回の内容を見れば……考え直してくれるはず」
うん、やっぱりタフだよこの人は。
その時、微かに肌を伝う違和感。
……ん、ちょっと待って。
何か、空気の感じが変わったような。
「熱気……?」
不思議と、嫌な予感がする。
当たって欲しくはない。
そんな不安を引き寄せたかのように、ニューの急報が響く。
「たっ、大変だぁッ! 里の外が燃えてる!」
事態は、急転直下を迎えた――。