幸薄少女の世話係 作:直江
ここ渋谷にはフェニックスワンダーランド──通称『フェニラン』という区を代表する大型テーマパークがある。
隆盛を極めたかつての姿と比べれば、徐々に人気は下火になってきているが、それでも常に一定の来場者は入っており、活況を呈している。
そんなフェニランに、俺の友人である天馬司がショースタッフとして働くという。
それもなんと演者としての登用。
経験を積んでいるわけでもない高校生がよく採用されたものだ。
司のことだから、面接で相当強いインパクトを残して、お偉いさんに気に入られたとかそんな感じだろうけど。
インパクトと自己主張においては、他の追随を許さない男だから、十分にあり得る話だ。
晴れてスターになるという夢の第一歩を踏み出せた司だが、早速他の劇団メンバーと共に次のショーに向けて、準備を進めているとのこと。
ちなみに驚くべきことだが、メンバーには、寧々と例の転入生、神代類がいるらしい。
初めて聞いた時は耳を疑った。
司に次ぐ第二の変人として、神山高校名物になりつつある神代類はいいとして、ただのゲーマー女子としか認知していなかった寧々が司と一緒にショーをやり始めるなんて言うのだから。
俺としては青天の霹靂だ。
聞くところによると、歌が相当上手いらしい。
そんな情報一度も聞いたことが無かったが、そもそもあいつとまともな身の上話をしたことがなかったことに今気づいた。
あいつとの会話なんて、来月に発売されるゲームについてとかそのくらいだったから。
神山高校に入学してくることだって、入学式直前に知ったことだしな。
俺は草薙寧々という少女について何も知らないのだ。
それは逆も然りで、寧々も俺のことを知らない。
例えば、一人暮らしをしていて、近所には宵崎奏という幼馴染の女の子が住んでいるとか。
考えてみれば、寧々だけじゃない。司だってそうだ。
俺は誰かに身の上話をすることなんてほとんどないのだ。
そもそも話をする人間が少ないのもそうだが、自分のことを誰かに話そうと思ったことすらない。
相手のことを知り過ぎないのは、フランクな関係が築けて気楽かもしれないが、そろそろ司と寧々くらい付き合いが長くなってきた相手とはそういう踏み込んだ会話をするのもアリかもしれない。
と言っても、今は二人共ショー周りで立て込んでて、悠長に話をしている余裕なんてないだろうが。
帰りのHRが終われば、すぐさま校門へ飛び出していくし、ここのところ忙しそうで、話しかけるのも気が引けてしまうほどだ。
寧々とも最近は一緒にゲームセンターに言っていない。
「.........」
校内で特に接することの多い二人との会話の機会が少なくなったのだ。
必然的に俺は一人の時間が増える。
今もこうして、廊下を一人で歩いているし。
いや、昼休みに一人なのはいつも通りか。
校内を行き交う生徒達の合間を縫って、俺は人混みをかき分けていく。
「っと」
胸に軽いクッションのような衝撃がきた。
同時に覚えのある柑橘系の香りがふわっと鼻孔をくすぐった。
衝突した物体、否、桃色の髪をたなびかせた女子生徒がはっと、こちらを仰ぎ見た。
その表情はなんだか、青ざめているように見える。
俺の仏頂面が彼女に恐怖を与えてしまったのかもしれない。
「わ、ごめんなさい。前方不注意でしたっ」
「いや、俺の方こそ」
あわあわしている女子生徒にこちらも小さく謝罪する
「あ、もしかして入学式の日に会った...」
「あー...」
言葉を交わしたのはほんの少しだったが、この女子生徒と入学式の日に会ったのを覚えている。
道理で覚えのある香りがしたわけだ...って女子を匂いで記憶してるとかだいぶキモイな、俺。
「紛らわしい人だ!」
「悪かったな、えーと」
「暁山瑞希、です!」
「そうか、暁山か。俺は立石──」
「立石ってことは立石与一先輩?」
「何で知ってんだよ」
入学式の日に名前を名乗った覚えはないんだが。
「噂で聞いたんだよ」
「は?」
「与一先輩って天馬司っていう変な先輩とよく一緒にいるんでしょ?変人行為はしてないけど、一緒にいるから変人三号の可能性ありだって」
「初耳だよ」
何だよその迷惑すぎる噂。
一緒にいるだけで変人認定されかけてるとか勘弁してくれ。
あと、三号が俺なら、二号は誰だ..って、ああ。神代類か。
目立たずひっそりとが、学校生活での個人的なモットーだったが、そんなことになってるとは最悪だ。
道理でここ最近、周りから妙な視線を感じていたわけだ。
なんなら今もあちらこちらから感じてるし。ヒソヒソ声と共に。
「実際に喋ってみたら、全然普通なのにね。噂って面倒だね」
ははは、と苦笑する暁山は共感してくれているようだ。
つっても、こいつの場合は『美少女新入生』とかポジティブな噂だろうけど。
「事情があって、司とは最近はつるんでないんでな。早くこのくだらん噂が消失してくれることを祈るよ」
人の噂も七十五日と言うし、一人でひっそりとしていれば、誰も俺の話なんてしなくなるだろう。
「ってか、変人と一緒にいるだけで変人扱いされるなら、お前も早くこの場を離れた方がいいぞ。変人四号になっちまうぞ」
厄介な物だ。まるで伝染病だ。
「あはは、ボクはもう手遅れだよ。ほら、皆ボクの方を見てるし。離れた方がいいのは、与一先輩の方だよ」
「それはお前が可愛い見た目してるからだろ」
「か、可愛いって...与一先輩、意外と直球だね...じゃなくて、皆、ボクを見てるんだ。一年生の中では、ボクって悪い意味で有名なんだ」
悪い意味で有名。全く想像がつかないが、暁山はどこか寂しそうな顔で自嘲気味に言った。
冗談を言っているようには見えない。
「あの子でしょ。暁山瑞希」
「わ、本当だ。うわ、本当にあんな格好してるんだー」
俺達の横を通り過ぎる人の流れの中から、声が聞こえた。
十分に聞き取れる声量で、悪意を孕んだ物言いだ。
「えー暁山って、あの?」
「珍しく学校来てんじゃん」
「ぷっ...もしかして、男口説いてんのかよ」
「やば、あいつそっちかよ。こわー」
こちらに向く視線が増えていくのを感じる。
なにか珍妙なものを見物しているかのような、異物を警戒するような視線が刺さる。
暁山の表情が徐々に暗く、沈鬱なものにみるみる内に変わっていく。
努めて保っているであろう笑顔も、その形を崩している。
気の毒になるほど、暁山は周りから好き勝手に飛んでくる言葉に傷ついているのだ。
これは───不快だな。
「ほら、わかるでしょ。皆がボクを見てる。だから───」
「飯食いに行こうぜ。昼休みが終わっちまう」
「え?...え?」
「なんだ、もう食べたのか?」
「う、ううん。まだだけど...」
「なら行くぞ。適当にパンとか買ってさ。俺がたまに使ってる食事スポットに連れてってやる」
困惑する暁山の手を半ば無理やり引いて、俺はその場を後にした。
あんな不快な空間に留まっていたら、どうにかなってしまいそうだと思ったのだ。
────────────
人間は皆、噂が好きだ。
老若男女問わず、昔から噂は人の心を掴んで離さない。
良いものも悪いものもごちゃ混ぜになって、会話の種になり、人々の賑わいを形成するコンテンツとして消費される。
真偽はどうでもよくて、それが広大で面白いほどいい。
社会を大きな水槽、人間をそこをゆらゆらと泳ぐ魚だとすれば、噂は餌だ。
一度投下されれば、餌は貪り食われ、残骸が水底に沈んでくる。
そうすると、また新しい餌が落ちてくる。
魚はそれに食いつき、消費する。
その繰り返し。
俺は昔を思い出していた。
まだ一人きりだったあの頃を。
「あいつ、喋りかけても全然反応ねーの。つまんねー」
「俺、一回あいつんち遊びに行ったことあるぜ。超汚かったから、それ以来行ってないけど」
「母ちゃんが近づかない方がいいって言ってた。あいつの母ちゃん、悪い事したんだってさ」
「まじ?『はんざいしゃ』ってこと?」
あの頃の俺に逃げ場はなかった。
頼れる味方もいなかったし、好き勝手に流れる噂に俺はなす術もなかった。
俺一人の弁明があの空気を壊せるとは思えず、俺は逆らうことなく沈黙していた。
ただただ嫌な時間が無慈悲に流れて、心を抉った。
早く大人になりたいと思った。
大人になれば、この不条理へ対抗できるんじゃないかと微かな希望を胸にしていた。
実際、母さんはあの嫌な空気から、俺を残して、一人逃げおおせたのだから。
「与一君はもう僕達の家族同然だよ。いつでも、うちにおいでね」
「わたしも学校、あんまり好きじゃないかも。けど、与一と一緒にいるのはたのしいよ」
ゆっくりとナイフで傷を抉られるような時間の中で、俺は癒しを得ることができた。
あの人達は俺の逃げ場所になってくれた。
苦しくてどうしようもない時に、あの温かい空間に身を投じれば、すぐさま傷が癒えていった。
感謝してもし足りない。
───けど、数年経って、奏の父さんが倒れた。
至福の場所は音も無く崩れ去り、唐突に終わりを迎えた。
同時に、奏も変わってしまった。
絶望なんて微塵も感じさせないような無邪気な笑顔はもう戻らない。
俺は二人の為に、この最悪なバッドエンドを向かえない為にできることがあったんじゃないかと今でも夢に思う。
「あーあれ、誰だっけ。宵崎さん、来なくなったね」
「誰?宵崎さんって」
「いただろ、顔は可愛かったから覚えてるぜ。話しかけても反応少ないからつまんないけどな」
「まじ?可愛かったのかぁ。俺も狙えばいけたかな?」
「ははは、お前じゃ無理だよ」
噂がまた流れた。
奏のことなんて何も知らない奴らが自分勝手に楽しそうに会話のネタにしやがる。
当人が今、どんなに苦しんでるか、露ほども知らずに。
拳を握りしめて、そのままそいつらの顔面目掛けて、ぶん殴ってしまおうかと考えた。
けど、少し考えて辞めた。
非力な俺が暴れたところで、何も現状は変わらないからだ。
そいつらが怪我して、俺に悪評が流れて、それで終わり。
俺の現状も、宵崎家の現状も変わらない。
暗く沈んだままだ。
なら何ができるかと言えば、逃げることだけだ。
嫌なことからは逃げて、嫌なものからは目を逸らして、嫌な言葉が聞こえれば、耳を塞いでいればいい。
俺がこうして、暁山の手を引いているのも、それが最善手だと知っているからだ。
嫌なものに苦しめられているなら、そこから逃がしてやればいい。
「まだまだあるからな。好きなパン取っていいぞ」
「う、うん。ありがと...じゃなくて、この状況は何なの?」
女の子座りをしている暁山はこてんと小首を傾げた。
確かに何の説明もせずに、強引にあの場から連れ去ったのは良くないかもしれない。
「あそこは居心地が悪かったからな。いうなれば避難だ。ここはいいぞ。人通りが少なくて、静かに飯が食べれる」
「避難、か。ああいう視線も陰口もボクは別に慣れてるからいいんだけどね」
沈思してから、眩しそうに空を見上げて暁山が言った。
その顔には、諦めのような感情が見えた。
「だけど、いい気分はしないだろ。慣れてたって嫌なら逃げるべきだ」
「逃げてどうなるの?何も変わらないよ。周りから目を逸らしても、自分からは逃げられない。それに一人になれば、嫌なことが頭にどんどん湧いてくるよ」
暁山が俯き気味に言った。
自分からは逃げられない。確かにそれはそうだ。
どんなに目を逸らしても、宵崎家の為に何もできなかった無力な俺は決して消えてくれないし、後悔もずっと残ったままだ。
逃げるという選択肢を取ったから、俺はあの頃の弱い俺のままで、奏の傷ついた心を癒してやることはできないままだ。
ただ、それでも...逃げ続けて、根本的に問題を解決することができなくても、力になることはできるはずだ。
「その時は俺が一緒にいてやるよ」
「え?」
「俺じゃあ心許ないかもしれないけどな。誰かと一緒にいれば、多少は気が紛れるかもしれないぞ」
孤独だった俺に宵崎家の二人が手を差し伸べてくれたおかげで、俺はあの時確かに救われたのだ。
あの二人のように自分が誰かを救えるなんて烏滸がましいことは言わないが、多少なりとも力になれるのなら本望だ。
「だけど、ボクは...本当のボクを知れば、与一先輩だってボクを避ける...かも」
「本当のって何だよ。どんなヤバい秘密抱え込んでんだよ」
「そ、それは...言えない。まだ会ったばかりだけど、与一先輩には嫌われたくないから」
暁山の表情からは怯えが見てとれた。
真実を語り、自分が嫌われてしまうことを酷く恐れているのだ。
実際に神高の一年からはそれが理由で避けられていて、暁山はそれを心の中で嘆いている。
───無理に聞かない方がいいな。
けど、少しでも仲良くなれるように、ささやかな俺の自己紹介をしておこう。
「お前の事情がどれだけのものなのか知らないけどな、多分俺の方がもっとやばいぞ」
「...え?」
「俺はな、●●●●●●なんだよ」
事も無げに俺はそう言った。
多分、ほとんどの人間は俺の言葉に顔面蒼白だろう。
「どうだ?秘密を持つ者同士仲良くなれそうか?」
「あはは、仲良くなれるかも」
一瞬、驚いた顔をしたものの、すぐにカラッとした笑顔に切り替わった。
その顔に軽蔑の色は微塵もない。
吹っ切れたような顔だけがあった。
「ちなみにボクはね、●●●なんだ」
「へー、そうなのか」
「何その反応!もっとビックリしてくれてもいいじゃん」
「う、うわー。ビックリしたー」
わざとらしく、俺は両手を上げて、驚いたポーズを作って見せた。
「適当すぎ!与一、適当すぎだよ!」
可笑しそうに笑いながら、暁山が俺の肩をバシバシと叩いた。
「そりゃあ適当になるだろ。もっとヤバい事実が飛び出ると思ったからな。ってか何で急に呼び捨てだよ」
「え?だって、ボク達、友達でしょ。呼び捨てくらいいいじゃん」
「お前なあ...まあいいか」
「あ、ボクのことは瑞希って呼んでね」
ニコっと可愛らしい瑞希の笑みに、俺はついドキッとしてしまった。
久しぶり過ぎて、執筆の感覚がわからんくなってる。
おかしな文章になってたら、ごめんなさい_(._.)_