FGO世界で転生したハイドレンジア   作:愉悦部の幽霊部員

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 推し鯖なんですよ。
 私、最近ようやくサンタアビーLv120にしたんです。初120でして、はえーこんな演出あるんだ、霊基グラフ変わったーって達成感に浸りまして。まぁ代わりに種火の貯蓄が消えたわけですけど。
 で、史実はクソガキなんだよなぁとか思いながら、でもfgoアビー可愛いの二律背反で推しているんですよね。

 何が言いたいかというと、今回は本作におけるLv1アビーの初戦闘ってこんな感じかなってお話です。

 追記:ごめん予約投稿忘れてそのままやっちゃった☆

 前書き終わり。


プロバビリティの『混沌・悪』

 

 カルデアが保有する高度なシミュレーションルーム。忠実な再現性によって担保された信頼できるデータの収集を目的としたそこに、今、一人の少女が立っていた。

 

 野風が頬を撫で、彼女の柔らかな金髪が揺れる。足元の草花だって一つ一つの造形が異常なまでにリアルだ。仮にここが現実だと言われたら思わず信じてしまいそうになるほどに。しかし、事実はそうではない。

 

「終わった……ってことでいいのよね?」

 

 彼女は、アビゲイル・ウィリアムズは呟く。

 事前にマスターであるヒバナセイジから、正確にはカルデア首脳陣の総意として、戦闘データをとりたいから戦ってほしいと言われていた。

 特に指示らしい指示もなく、ただアビゲイルができる範囲で戦ってほしいと。要はスペック確認だ。できることとできないことを把握したいのだと彼女はそう判断した。

 

 だからまぁ、彼女は彼女ができる範囲で素人ながら全力を出した。ただ、ろくに戦闘もしたことがない少女だ。結果は想像に難くない。

 

 結論から述べてしまおう。一度でも戦闘経験のある者からしたら、彼女の動きはお粗末以外の何ものでもなかった。アビゲイル自身に戦闘を期待するのは今後の彼女の努力次第。それが誰の目から見ても明らかな観察結果だった。

 

「これはまた、なんと言うか……いや、間違いなく良いニュースではあるんだけどね」

 

 そう呟くのは万能の天才、カルデア首脳陣メンバーの一人でもあるレオナルド・ダ・ヴィンチその人だ。

 この戦闘の一部始終を観測していた者として、彼女は独白するように言葉を吐いた。むしろ吐かざるを得なかったという方が適切だろうか。

 

 語りかけるようでいて、その実、それは独り言のようなもの。ただ言葉にして、自分に言い聞かせて、納得がしたかっただけだ。安心が欲しかったと言い換えてもいい。

 

 アレが敵ではなくて良かったと。言外に、確かな現実がそうであると再確認するように。

 

 ダ・ヴィンチたちが見つめるモニターの先。

 アビゲイルを中心としたそこには、淡々と惨状が広がっていた。

 

 


 

 

 一時間前。

 シミュレーション起動直後。

 

「あー、テステス。さて、コチラの声は聴こえているかな?」

「ええ、とっても」

 

 仮想空間内部、平原のフィールドを踏みしめて、あちこちを見回していたアビゲイルが応える。外部から音声のみで確認をとっていたダ・ヴィンチは、それに喜色を交えて続けた。

 

「それは上々だ。これからエネミーを配置するわけだが、今回は一定時間の経過、もしくはその場のエネミーが全滅した場合、次のエネミーが現れる特殊仕様となっている。限界を測るチャレンジモードってワケだ」

 

 一応999体で頭打ちなんだけどね、と付け足してダ・ヴィンチは言う。

 

「最初は弱いエネミーのみだが、徐々に現れるエネミーの強さが増していく。途中で無理だと判断したら『リタイア』と言えばいい。それで計測終了とする。ここまでで分からないことは?」

 

 事前説明は以上。

 また大前提として、この仮想空間内に彼女のマスターであるヒバナセイジはいない。今回、アビゲイルの単騎性能を把握することが主目的だからである。

 

 そもそもの話。カルデアがアビゲイルに求める役割とは、カルデア本部の防衛戦力、または特異点攻略における藤丸のサポートだ。そして現状、その求める比重は後者に傾いている。

 

 ほぼ一般人の藤丸、つまり魔術師としての援護がろくに期待できない戦況で、場合によっては殿(しんがり)を務めなければならない立場が今のアビゲイルとなる。

 

 よって今回、彼女がどれだけマスター無しで戦えるか、裏を返せば時間稼ぎをできるかが測られることとなった。

 

「問題ないわ」

「よーし、良い返事だ。じゃあ早速いってみよう」

 

 会話が終わる。

 それと同じくしてアビゲイルの正面、幾ばくかの距離を離して竜牙兵が一体だけ出現した。戦闘における初歩を見るための、最初のエネミーだった。

 

 その竜牙兵は武器を持っていないらしい。ともなれば骨格標本が動いているだけとも捉えられる。多少怖さは薄れるかもしれない。

 

 けれど竜牙兵の造りをただの骸骨などと形容するのは間違いでしかない。

 その頭蓋にあたる部分は大半が存在せず、頭部は鋭利な牙のみで構成されている。その爪共々、容易く柔らかな人の肉を抉る武器となるだろう。そしてアレはただ相手を殺すためだけに襲ってくるのだ。

 

 一度でもその考えに至ってしまえば、途端、その造形は印象的に見た者の恐怖心を駆り立てる。カラリカラリと骨を軋ませながら、ソレは確かに標的であるアビゲイルへと足を進めていた。

 

 彼女はコクリと生唾を嚥下する。そしてその左腕に抱えるクマのぬいぐるみ、ユーゴを強く抱き締めて内心の不安を一蹴させた。

 

 やがて双方の距離が油断を許さない幅まで狭まり、果たして最初に動いたのはアビゲイルからだった。

 

「やぁっ!」

 

 踏み込み、近づき、強打。

 素晴らしいことだ。齢にして12の少女は恐怖心に打ち勝ち、サーヴァントの膂力(りょりょく)を用いて眼前の敵を思いっきり殴り付けた。

 

 恐怖に打ち勝つ胆力。

 相手の初手を許さず、自ら攻めた勇気。

 彼女が少女であることを考慮すれば、それは大変評価されるに余りある。

 

「……ぁ」

 

 惜しむらくはサーヴァントの彼女自身、生前よりはマシ程度の力しか込められていなかったことだろうか。

 

 竜牙兵はピクリともしない。その骨を砕くことはおろか、ヒビを入れることも、揺らがせることすら叶わなかったのである。

 

 少女の献身は、目の前の竜牙兵からすれば等しく無価値に他ならなかった。

 

ご、ごめ、なさ、ぁ

 

 攻撃が効かなかったのだから逃げなければならない。距離を離さなければあの爪で、牙で、自分は惨たらしく襲われてしまう。

 だから急いで下がろうとして、迂闊にも彼女は足をもつれさせ、尻餅をつく。

 

……ぁあ、マス、マスター

 

 想定外の事態に直面した人間とは往々にして考えが働かない。

 

 アビゲイルにとって骨とは脆い印象しかなかった。

 転んで骨折した老人がいたらしい。木から落ちて骨折した子供の話を聞かされた。些細な日常生活の中でもそうなのだ。

 だからアビゲイルは一定の衝撃を与えれば骨は折れるものだと知っていた。そう思っていた。

 

 ダ・ヴィンチは何と言っていただろうか。

 『最初は弱いエネミー』とそう言っていたはずだ。だからこれが一番弱い敵なのだ。そういった慢心がアビゲイルの考えに棲みついていた。自分がそれ未満だなんて思いもしていなかった。

 

 たった一回。それだけで終わりだ。

 鉄の壁を殴り付けたような感覚が手に返ってきたとき、彼女は急速に寒気を覚えた。アビゲイルは未熟ではあっても馬鹿ではない。どうしようもない事実に気がついてしまえば、その後の想像をするのも難しい話ではなかった。勝つ妄想をするよりも簡単だ。

 

 こんなときに転んで無防備を晒してしまった。

 目の前には自身を殺すつもりの敵がいる。

 最悪の想像は着実に現実へと形を変えていた。

 

 何か言わなければならない。

 この時点で、無理だと判断した今、何かを、そう言えと言われていた言葉を、自分は言わなければならなかったはずだ。

 そう思うも頭が真っ白になっていて何を言えばいいのか分からなくなっていた。

 

 後ろに倒れて、尻餅をついて、ただ無様に見上げるしかない。口をついて出た言葉は謝罪と助けを求めるもの。けれど眼前の相手にそれは意味をなさず、『マスター』とはこの計測を終える単語ではなかった。

 

 アビゲイルの焦点はただ竜牙兵が振り上げた爪に寄せられていた。嫌だと強く思うも、既にできることは何もない。精々が腕で庇って痛い思いをするくらいのもの。それだって終わりまでの時間が少し遅くなるだけの違いでしかない。

 

 彼女はそう思っていた。

 

 改めるが、ここで攻撃されたところで本当に傷つくわけではない。痛みすら感じることはないだろう。これは所詮シミュレーションで、残る結果もダメージを受けたという記録データだけ。

 

 けれど真に迫っていた。現実と見紛うほどに忠実な体験は、カウントダウンもなくアビゲイルへと振り下ろされる。

 

 走馬灯なんてものは用意されていなかった。引き延ばされる意識はなく、残酷なまでに平等な時間で竜牙兵は死亡判定を彼女へと送った。

 

 触手が振るわれる。

 ひしゃげ、砕かれ、野に散らばっていく。

 いっそ哀れだった。原形を留めることすらできず、受け取り拒否された死亡判定は一撃のもと叩き返されてしまったのだから。

 

「……ぇ?」

 

 双眸(そうぼう)に涙を浮かべたままのアビゲイルは何が起きたのか理解できていなかった。未だ腰が抜けて動けないままの彼女だったが、しかしシミュレーターのルールはそれを考慮しない。

 

 エネミーが倒された。ならばレギュレーションに則り、次が補充されるだけだ。

 

 スケルトン、二体。

 触手が振るわれる。

 それぞれが剣を持った個体だったが、轟音と砂塵を残して等しく潰れた。彼らが存在できた時間はおよそ1秒にも満たない。

 

 現れたと思ったエネミーたちは、そのまま気のせいと流せるくらいに自然と消えた。スケルトンがいたと思われる場所は、深々と地面を剥き出しに抉れていた。

 

「何が──」

 

 何が起きたのか。それが分からない。

 召喚されたばかりの、未だ清教徒の一信徒でしかない第一再臨の彼女では、己の霊基に混ざったソレを理解できない。認識ができない。かつて歩んだ人生と何ら関わりのない要素など、彼女が認知しているわけがなかった。

 

 そんな心境など知ったことかと、彼女の背後にワイバーンがスポーンする。

 触手が振るわれる。

 爆音。

 次いで遅れた風がアビゲイルの髪を靡かせて、その背後では爬虫類のミンチが野原に散った。

 

 アビゲイルは振り返る。

 そこには消滅していくワイバーンのデータの残骸があるばかりだった。けれど、目を凝らせばそうではないことが分かる。今、確かに彼女は()()()()

 

 陽炎が揺らめいているようだった。

 空間が粘度をもったように歪んでいた。

 出来の悪い風景画が常に変化を続けていた。

 

 違う。

 

 ソレは不可視の何かだ。

 砂塵が、血潮が、空気の揺らめきが、そこには何かがあると形取って、初めてソレはその輪郭を露出させている。

 

 人ほどある太さの鞭。

 見えもしないソレを、アビゲイルはそう捉えた。

 

 そんな鞭が、ゆったりと上空へと昇っていく。観察していたアビゲイルもまた、ソレを自然と目で追って、見上げた。

 

 空はどうしようもないくらいに歪んでいた。

 幾重にもうねり、空間をかき混ぜ、宙に蠢いている。おぞましく常識を冒涜する光景に、しかし彼女は呆けてしまった。

 

(どうして気づかなかったんだろう)

 

 触手が振るわれた。

 今だってほら、頑強そうなゴーレムたちがただの土塊へと姿を変えた。何度も、何度も、対象が動かなくなるまで入念に、空気の壁を破壊しながら不可視の一撃が振るわれる。

 叩き潰す度に舞う砂埃が、振るわれる度にうねる空気が、ソレらの存在を肯定していた。

 

 不思議と忌避感はなかった。

 恐怖や怯えを抱くことはない。

 

 今、アビゲイルの内にあるものは、言わば解放感のようなものだった。

 

 手を使わずに料理をしようとすれば、苦戦をするのは当たり前だ。上手くいかないし、失敗だってするだろう。両手があるのに両手の存在すら認知していなかったようなもの。なんて愚かしいのだろう。

 

 遠くにシャドウサーヴァントが出現する。

 黒く、シルエットでしか判別できないけれど、弓を装備した推定アーチャークラスのエネミーだった。

 

「……いけないわ」

 

 不意に、アビゲイルの脳裏にある妄想が浮かぶ。

 実行してしまえばどうなるか、だなんて彼女には容易に想像がついた。なんて魔が差した考えをするんだと咄嗟に己を戒める。

 今でも攻撃は過剰でしかないのだ。相手は再現されただけのデータだとしても、彼女の人生で培われた善性のようなものが、それは良くないと訴えかけている気がした。

 

 なんで良くないの?

 だってかわいそうだわ。

 でも私がやるわけではないでしょう?

 

 思考の中、ふと自問自答に都合の良い言い訳が見つかってしまう。

 

 ああ、なら仕方ない。仕方のないことだ。眼前の悪を見逃すのは悪いことだけれど、アビゲイルが直接酷いことをするわけではない。酷いことをしろだなんて言うつもりもない。

 

 じゃあ、少しだけ好奇心に身を委ねてしまっても良いのではないだろうか。だって相手は今、矢をつがえて弓の弦を引こうとしているのだ。

 

 アーチャーとの距離があるからか、アビゲイルの頭上に待機している触手たちはまだ敵に対して自動的な迎撃を見せていない。

 

 放たれた矢が刺さってしまえば、きっと痛いだろう。死んでしまうかもしれない。それは怖くて恐ろしくて嫌な未来だ。

 

 だからアビゲイルは口ではいけないと言いながら、おもむろに、その手は彼方のアーチャーを指し示す。たったそれだけをやってみせた。

 殺せ、殺せ、殺せ。

 途端、事態は急転する。

 今までとは比にならない暴力が、突風を引き連れて対象を蹂躙した。無数の不可視の波が、巫女の敵を穿ち、引き裂き、押し潰す。霊核が耐えられる道理はなく、欠片ほどの痕跡すら残るはずもない。

 

 引き絞られた弓矢は放たれずに終わった。

 呆気なさすぎて、それを見ていたアビゲイルは幾ばくか放心してしまった。その間も近場のエネミーは勝手に迎撃されてはいるが、今の彼女には関係ない話だ。

 

 ああ、なんていうことでしょう。きっと誰もこうなるだなんて想像できなかったに違いない。とっても恐ろしいことだ。本当にこうなるだなんて思いもしなかった。

 

「わあ」

 

 でも、待って?

 もしかしたら偶然かもしれない。たまたま指差したタイミングに重なって、ああなってしまっただけなのかもしれない。だってこの高揚感は捨てがたいものだから。だからもう少しだけ試さなければダメなのだ。

 

「……確か、マスターが『データが欲しい』とおっしゃってたわ。ダ・ヴィンチさんも、ロマニさんも。なら色んな戦い方をしたほうがお役に立てるはず、よね? きっとそうだわ。ふふ、なら、いっぱい頑張らないと」

 

 なんて悪い人たちなのでしょう。

 敬虔なる少女に、シミュレーションとはいえ、こんな残酷なことをさせるだなんて。けれど、断れない話だ。アビゲイルはサーヴァントで、これはマスターのご意志なのだから。

 

「あは、あははっ!」

 

 面白いくらいに潰れて消える。

 可笑しくなるくらい抉れて死んだ。

 こんな竜牙兵一体にも勝てなかった少女に、なす術もなく負けていく敵の情けなさが滑稽以外の何物でもなくて、笑わずにはいられない。

 

 触手に指向性を持たせるだけの簡単な作業に飽きてしまえば、アビゲイルもまた趣向を変える。

 

 両手を振り上げて、不可視のソレらを纏わせるイメージで振り下ろす。力を込めた掛け声だって忘れずに。

 

「えい!」

 

 さて、振り下ろした先のエネミーはどんな形だっただろうか。ともかく、アビゲイルの筋力とは関係ない暴力が、アビゲイルの意思によって行使されたわけだ。

 振り下ろした力の反動はない。触れた感触すら返ってこない。だって潰したのは触手だ。アビゲイルではない。

 

 そんなこんなで、アビゲイルは色々と試した。不可視のソレらをどれだけ上手く戦いに利用できるか、次々と湧いて出てくるエネミーに気兼ねなく実験した。

 

 なぜかおでこからビームが照射されたり、抱えているクマのぬいぐるみ、ユーゴから虫の群れが出てきたりしたけれど、理由はアビゲイルには分からなかった。

 

 虫の群れに関しては、アビゲイルには従順であったし、エネミーを喰い荒らしていたから彼女的には許容範囲の予想外だった。

 けれどデコビーム。これは許されない。虚を突かれた最初こそビックリが先行したけれど、以降アビゲイルはマスターに命令されない限りコレを封印することに決めた。だって格好がつかなくて恥ずかしいのだ。むべなるかな。

 

 虫の群れも、おでこビームも、再現性は確認済み。再現性があるからこそ、他の部位、例えば手からビームを出そうとしたが、これにはうんともすんとも言わない。

 結果、何でおでこ限定なの!? と悶々としてしまったが、それも今や過去の話。

 

 シミュレーション開始から約一時間経過しようかという現在、エネミーはたった一騎を残して全滅していた。

 

 最後に出現したのは最優と称されるセイバークラスのサーヴァント。冬木市の特異点にて、カルデアが観測したアルトリアのオルタナティブ、セイバー・オルタだった。

 その手には聖剣がある。アルトリアの魔力によって反転したとはいえ、それは星の内海にて鍛造されたエクスカリバーそのもの。いやまあ、これはサーヴァントのシミュレートデータで、言わば再現の再現みたいなものなのだけど、そこはそれ。出力が脅威であることに違いはない。

 

 それがどうだろう。

 迫る不可視の触手には直感スキルが働いて、セイバー・オルタはソレの濁流を躱す。そして竜の炉心にものを言わせて宝具を放つが、見えないとはいえ、傷一つ付いた気配がない。

 しかし、アビゲイルを狙おうにも触手が邪魔をして回避に専念せざるを得ない堂々巡り。

 

 両者拮抗しているように見えて、その実、セイバー・オルタが押されていた。いや、勝手に押されていたと表現するのが正しいのかもしれない。だってアビゲイルはまだ、セイバー・オルタに対して何もしていないのだから。

 

 自動迎撃の範疇。たった一本の触手。けれど今まですべて仕留めてきたソレが、初めて躱され、相手に傷一つつけることができていない。

 

 さて、どうしたものでしょう。

 数多の力による蹂躙は、きっとやれば叶ってしまう。何の面白味もなく、繰り返し読んだ本のように、焼き増しした結果だけを残すことだろう。

 けれどそれじゃあつまらない。だってこれが最後だ。正確に数えていたわけではないけれど、アビゲイルは何とはなしにそう思った。

 

 シミュレーション開始から後半、サーヴァントだろうがそうじゃなかろうが、沢山現れては叩き潰されていった。あれだけうじゃうじゃと現れていたというのに、今やセイバーが一騎だけ。

 

 だからこれが最後だろうという判断をして、事実これが最後のエネミーだった。

 

 マスターに提供できるデータとして、何か今までにやってこなかった戦い方などあっただろうかとアイデアを絞り、一つあったと思い出す。

 

 本来そう易々と使うものではないから思考の外に置いていたけれど、最後の戦いともなればきっとこれが相応しい。

 

 それは不可視の触手を知覚したことにより、明瞭となったもの。

 それはサーヴァントとなったおりに植え付けられた不可避の能力。

 アビゲイルは知る由もなかったそれの使い方を、言葉を知っていた。

 

 今、アビゲイルの前には素晴らしい光景が広がっている。

 音速を越えた見えるはずのない触手の猛攻を、皮一枚隔てて避け続けるセイバー・オルタの神業。見ようと思って見れるものではない、ある種の曲芸。

 

 だから、それを披露してくれた彼女へ、アビゲイルはお礼をするように言うのだ。

 

我が手に(しろがね)の鍵あり──」

 

 


 

 

 観測環境において、不備はなかったはずだ。

 

 ダ・ヴィンチ、ロマニ、セイジ。誰の認識にしてもそうだ。差異はなかった。

 

 計測機器は不可視の触手を存在しないモノとして認識していた。魔力的にも、熱源的にも、なんら反応を示さない。だから数値上の記録データだけを参照するのであれば、エネミーが勝手に自壊したようにしか思えないだろう。

 今回記録された出力データは、最早信用できないラクガキと化した。

 

 目視でさえ不可視。けれど映像データだけは違った。モニタリングとはいえ、その光景に違和感を感じ、そこに何かがあると知覚することはアビゲイル同様可能だった。

 

 しかし。

 

「……消えた?」

 

 瞬く間に、最後のエネミーであるセイバー・オルタは消失した。セイバー・オルタと不可視の何かの闘争を、目を皿にして観察していたロマニが思わず呟く。

 

 不可視の何かによる『自壊』ではない。

 まっとうな戦闘の末の敗北でもない。

 

 『999/999』

 

 計測機器はこの事実を淡々と数値としてカウントしていた。だからセイバーの姿が見えなくなったのではなくて、完全に消滅したのだと理解はできた。裏を返せばそれだけしか分からなかったのだが、終わりは終わりだ。

 

 モニターの先では、アビゲイルがキョロキョロと辺りを見ていた。もうエネミーが出てこないことに、計測が終わったのか、まだ続くのか迷っているようであった。

 

「やあ、アビー。僕の声は聞こえるかな?」

「マスター! ええ、もちろん聞こえているわ。マスターもちゃんと見てくださった? 私、うまくできたかしら?」

「そりゃあ、もちろん! よく頑張ったね」

 

 ダ・ヴィンチに代わり、セイジがアビゲイルへと労いの言葉を掛ける。色々とカルデア首脳陣として考えることはあるにせよ、シミュレーションの計測はこれにて終了。いつまでも放置してしまうのは可哀想だ。

 

 セイジが目を配れば、既にダ・ヴィンチはその頭脳をもって悩ましく何かを考えていた。ロマニは先ほどの映像データをスーパースローにして、あの瞬間の状況分析を行っている。

 そのどちらも、アビゲイルのマスターであるセイジが最初に彼女へ労いの言葉をかけるべきだと判断しての行動であった。

 

 そうこうしている内に、仮想空間から現実へとアビゲイルが帰ってくる。

 

「ただいま、マスター。戦うのって結構疲れるのね。考えることが多すぎて頭がクラクラしてしまいそう」

「うん、お疲れさま。改めてよく頑張ったよ。えらい」

「そうかしら? ふふ、そうなのね。あれを褒めてくださるだなんて、とっても悪い人。でも嬉しいわ」

 

 口元に手をもっていき、その紺の袖で隠しながらアビゲイルはくすりと笑う。

 

 アビゲイルが帰ってきたともなれば、流石にセイジ以外の他二人も各々一旦手を止めて、戦いを終えた少女へと向き直ることにしたようだ。

 

「是非、私からも労わせてほしい。我々が要望したコトとはいえ、召喚早々に大変だったろう? ひとまずお疲れさまだ。アビゲイル」

「まあ。お気遣い感謝します。ダ・ヴィンチさん。私、皆さんのお役に立てるかしら?」

「もちろんだとも。そうだろう? ロマン」

「ああ、シミュレーションとはいえ、現状の最大戦力と言っても申し分ない結果を叩き出したからね。文句無しに心強い味方だよ」

 

 問われたロマニはそう語る。

 ダ・ヴィンチもこれには同意するが、しかし、その上で次に繋げた。

 

「その上でなんだが、アビゲイル。キミにはしばらくお留守番……と言うと聞こえが悪いか。カルデア内でセイジの補佐をしてほしい」

 

 語るダ・ヴィンチのそれは、捉えようによっては戦力外通告と同義の言葉だった。人理救済に熱意を抱くサーヴァントであったのなら、異議を申し立てたのかもしれない。

 アビゲイルは単に『マスターのお仕事を手伝えばいいのね』くらいにしか思わなかったが、それで片付けてしまえば首脳陣としてはやや不義理。

 

 だから声が挙がる。アビゲイルのマスターであるヒバナセイジからだ。

 

「理由を訊いても?」

「あぁいいとも」

 

 両者、落ち着きをもったやり取りだった。セイジも、ダ・ヴィンチも、成り行きを見守るロマニでさえ、実のところ思いは三者同様だった。

 言葉の上ではアビゲイルを褒めそやし、その心の内でも彼女の戦闘性能には高評価を付けている。事実を評価していないわけではないのだ。

 

 そんな三人だけれど、こと特異点攻略に焦点を当てて考えてしまえば、アビゲイルの運用は悩むしかなかった。

 

「理由は至ってシンプル。我々からすれば、アビゲイルの力はピーキーすぎるんだ」

 

 全くもって予想通り。セイジも、ロマニも、大方似た結論に辿り着いていたため、ですよね以外の感想がない。

 

 自動迎撃する不可視の攻撃。一部に指向性を持たせることすら可能と聞けば、一見強そうではある。破壊力という意味でなら現カルデア随一だろう。

 

 だが、カルデアが求める単騎性能とはそういった方面ではない。始めから単騎運用ならばともかく、自動迎撃で味方すら巻き込みかねない力は最早ただの脅威だ。

 

 扱いとしては戦略兵器に近い。下手を打てばコチラに被害の出る戦略兵器。詰まるところ最後の手段のようなものだ。

 まだそこまで追い詰められていない以上、使わない兵器は倉庫で眠らせておくに限る。もっともアビゲイルには意思があるため、埃を被らせるのは人道にもとる。

 

 よって普段は別のお仕事を与えて、のびのびと過ごしてもらおうというのが、ダ・ヴィンチの出した解だった。セイジに丸投げしたとも言う。

 

 ならば仕方ない。納得しかないのだから、元より異論があったわけではないのだけれど、『アビゲイルが保険部門としてのセイジの補佐役』にあたることが正式に決まることとなった。

 

 以降、アビゲイルの暮らす部屋の割り振りなど、細かな部分を調整して、その場は解散することとなった。

 

 ダ・ヴィンチはそのままどこへ寄ることもなく、自身の工房への帰路に就く。

 

(まぁ、流石に解析未完了な不安要素を抱えたまま特異点攻略というのもね。『クトゥルフ神話』だったっけ? 今晩にでも読み込まないとなぁ……ってもう日付変わってるや)

 

 人理修復とフォーリナーの問題。

 まるで種類の違う爆弾を二つ同時に解除させられている気分になりながら、万能の天才は今後の方針に思いを馳せる。

 

 その夜、工房の明かりが消えることはなかった。

 




 やあ、後書きです。
 今回の話、ゲーム的にいうと触手や虫、あとたぶんおでこビームに謎バフがついていたんですよね。バフ内容は以下のものになります。

『???』
 [領域外の生命]を持たない敵に与えるダメージをアップ。

 このバフはクトゥルフ神話勢のサーヴァントの標準装備となります。
 また、諸事情により『領域外の生命』という特性がこの世界には存在していません。なのでアビゲイルもこれを保有していないです。なんでだろうね?
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