「そこまでにするんだ三好司令!!」
「……小澤か」
「ガハッ!? ゲホッゲホッゲホッ!!」
首から手が離され重力で床に落ちた嶋野はそのまま咳き込む。深く息を吸い吐き出す。それは自身が生きている証拠と認識するようにである。
それを尻目に将和は小澤に視線を向ける。小澤は一瞬、ビクリと身体を震わせるも気丈に将和に立ち向かう。
「……司令、そこまでに堕ちたらただの外道だッ」
「……………………」
「私は写真が何なのかは知らない。が、それでも人にやっていい事と悪い事はある筈」
「……その悪い事をそこで漏らしているガキがしていたが?」
「……………………」
嶋野は将和への恐怖と自身が生きていた安心感で腰を抜かして漏らしていた。嶋野は怒れなかった。否、完全に将和への戦意を喪失していた。
「だからこそだよ司令。司令までもがしていいわけではない筈だよッ」
「………………………」
真っ直ぐ、真っ直ぐ将和を見つめる眼。その小澤の眼を見ていた将和はやがてフッと笑う。
「分かった。小澤に免じてやめてやるよ」
将和はそう言って肩を竦めて部屋を出ようとするが何かを思い出して嶋野に振り返る。
「今日の事は陛下には黙っておいてやる。次は無い」
「あっ司令ッ」
「小澤、明日は八時間コースでしごいてやる」
「( 'ω')ファッ!?」
そう言って将和は部屋を出てその後を小澤が追いかけるのである。なお、将和の言葉通りに小澤はしごかれる。それはさておき、将和が退出した会議室に残っていたのは清らである。
清は煎餅を食い終えるとお茶を啜る。啜ると清は口を開いた。
「海軍とは何ぞや?」
『………………』
突然の言葉に誰も口を開かない。
「海軍とは何ぞや? 国とは何ぞや? 故郷とは何ぞや?」
「…………何ぞや………」
清の言葉を嶋野が呟く。
「君らにはまだ、その覚悟が足りてない。だからこそ、ああいった手を使って人の人生を取り返しがつかない事をしてしまう」
そう言って清は嶋野を見つめる。
「見つけなさい。君に取っての海軍を、国を、故郷を。見つけてから将和に対峙したらいい」
清は席を立ち部屋を出る。廊下を歩いていると自然と口の口角が上がる。
(……これで何とか大団円に持ち込む……ムフフ……長谷川清はクールに去るぜ……)
これが無ければ清の評価も高いんだけどなぁ(おいこら)
「あの……嶋野様……」
「……ごめんなさい……今は一人にしてちょうだい……」
「は、はい。それでは……」
「……それと」
『??』
伊藤や福留達は申し訳なさそうに部屋を出ようとするが不意に嶋野は呼び止める。
「……いつもありがとう」
『…………ッ…………』
嶋野の言葉に伊藤や福留達は驚きつつも頭を下げて部屋を出るのである。
「……海軍とは何ぞや……国とは何ぞや……故郷とは何ぞや……」
一人残った嶋野はそう呟くのであった。そして数日後、嶋野は岡田総理に海軍大臣の辞表を提出し受理され、そしてそのまま行方を眩ましたのである。
「……脅かし過ぎたかな……」
『加賀』の司令室で将和は煎餅をバリバリと食べる。向かいにいた小澤も煎餅を食べていた。
「いや、嶋野大将がそんな臆病ではないよ。彼女も一海軍乙女の人間だ。必ず戻ってくるさ」
「ふーん……まぁいいや。それでパイロットの育成はどうだ?」
「何とかやれてる。改装が完了した『土佐』と『赤城』を50航戦に臨時配備してくれたのが効いているよ」
近代化改装を施した『赤城』『土佐』(元『加賀』)はパイロット育成の為に養成部隊の第50航空戦隊に一時的に配備されていた。第50航空戦隊司令官の小澤にしてみれば非常に有り難かったのである。
「ならいい。予定では来年の4月までは50航戦のままだから徹底的にヒヨコを立派な海鷲に育ててくれ」
「あぁ、勿論だ」
将和の言葉に力強く頷く小澤である。さて、葦原の国内は次なる戦いに備えていたが外の世界では戦争が起きていた。
「ドイツ……いやトメニアか。北欧侵攻は史実通りか」
「だな。となるとフランス……フランソワへの侵攻も史実通りになるこら……」
伴天連歴1940年(光文15年)4月11日、将和は海上護衛総隊司令部で清とコーヒーを飲んでいた。
「まぁ破竹の勢いもフランソワ侵攻までだしな」
「あぁ。トメニアの技術は頂いているんだろ?」
「勿論。水偵……採用されたばかりの零式水偵だろ? 瑞雲じゃなくて良かったのか?」
「瑞雲渡しても奴等じゃもて余すだろ? それならまだ水偵を渡した方がいい」
葦原はトメニアとの技術交流でトメニアからアハト・アハトやロケット、ジェットエンジンを輸入していた。まぁ葦原も『加賀』の格納庫からネエンジンシリーズは回収して研究していたが外の技術も欲しかったのは事実であり何とか手に入れたのだ。
代わりに葦原は史実より早めに制式採用された零式水偵と酸素魚雷を提供したのである。
「まぁそれもそうか。というかさ、最近のヴィンランドも結構ヤバいな」
「どっちの意味でだ?」
「葦原への干渉」
清がそう言うと将和は肩を竦める。
「大陸からほぼ撤退しているから攻める手口が満州しかないからな」
ヴィンランドーーローズンベルト大統領の言い分はこうだ。
「葦原は第二次上海事件以降、大陸から撤退はしているがそれは元々の占領地域である遼東半島や傀儡国家である満州国に軍を引いたから実質満州国を支配しているに過ぎない。極東の平和のために葦原は満州と遼東半島からも撤退し満州を中華民主国に返還するのが義務である」
ローズンベルトはそう繰り返し主張するのでヴィンランド国内でも反葦原派が増えてきたのだ。そのため葦原~ヴィンランド間では微妙な関係が続いていた。だが葦原も負けずに反論はしている。
「我が葦原は中華民主国との戦争はするつもりはない。しないからこそ大陸から撤退したのだ。また、満州国の建国等一連の事については明確に謝罪をする。しかし、満州の北には社会主義のルーシ連邦がいる。社会主義の触手が満州、大陸になだれ込めば大陸は赤化してしまい社会主義の一大国家になる。それを防ぐために満州国があるのだ。ヴィンランドは社会主義の一大国家が出来てもいいのか?」
岡田は繰り返し主張し葦原としての立場を明確にしようとしていた。しかし、ロビー活動に関してはヴィンランドの方が一枚上手であり日に日にヴィンランドの主張が強さを増していたのである。そしてそれを見て葦原の新聞各社も「ヴィンランド討つべし」を主張して関係を泥沼化させようとするのである。
「まぁ好戦的な新聞は憲兵隊等を投入して封じ込めはしている。あのクソッタレどもは日比谷焼き討ちから何一つ変わってねぇからな」
「確かになぁ」
将和の言葉に頷く清である。だが、葦原・ヴィンランド関係は改善する事なく同年9月に葦原、トメニア、イタリアーノの三国による三国技術協定が締結された。当初、トメニアは軍事同盟を要望していたが葦原は「ヴィンランドを刺激してしまう」として軍事同盟を拒否、代わりにイタリアーノを加えた技術協定を締結する事でルーシ連邦に対抗しようとした。
だが、ヴィンランドーーローズンベルトは技術協定を軍事同盟と主張し葦原・ヴィンランドの関係は悪化の途になるのである。
伴天連歴1941年(光文16年)2月、葦原は駐美(ヴィンランド)大使に野村良子元海軍大将を任命して関係改善を探るのであった。
そして同年4月10日、葦原海軍は空母を中心にした艦隊の創設を決定した。第一航空艦隊の始まりである。
無論、第一航空艦隊には将和が司令長官として就任した。参謀長は後日就任となり副官が先に旗艦『加賀』に乗艦する事になった。
「ま、役職が変わった事くらいかな」
司令官室から長官室に名前が変わった部屋で政務をしているとノックされた。
「入ります」
「ん」
扉が開き視線を向けると将和はホゥ…と呟いた。そこには一年前、海軍大臣を辞職して姿を眩ました嶋野夕華がそこにいたのである。しかも長髪だった髪をあるていど切りサイドテールにしていた。
「お久しぶりでございます」
「……久しぶりだな(心境の変化過ぎひん?)」
思わずそう思う将和であるが嶋野は気にせず口を開く。
「大臣の職を辞して以降、故郷にて長谷川中将の言葉を考えていましたわ……海軍とは何ぞや、国とは何ぞや、故郷とは何ぞや……」
「………………………」
「我々……葦原海軍は四方の海に囲まれた葦原中津国を守護するために存在する海軍。軍は国を守護すべし、故郷を、葦原に住む人々を守るために我々は存在する……そう気付きました」
そう言って嶋野は土下座をする。
「数々の御無礼、赦されないのは百も承知。だからこそ、だからこそ私は米内先輩にお願いをし、少佐として復帰し貴方の下に参りました。貴方の下で学びたいのです。葦原を亡国から回避するために私は戦いたいのですわ!!」
「………………………」
将和は土下座する嶋野を見ていたがやがて椅子から立ち上がり土下座する嶋野に近づく。
「……立て嶋野」
「ッ」
その声に嶋野はゆっくりと立ち上がると、将和はニカッと笑いポンポンと頭を撫でた。
「分かった。お前の覚悟を見させてもらうぞ、これから宜しくな嶋野」
「~~~ッはい!!」
撫でられた嶋野は目に涙を溜めるも袖で拭い将和に敬礼をするのであった。
「あ、てことは嶋野も八時間飛行コースな。準備しとけよ」
「はい……?」
「拒否は無いからな。あ、小澤も呼んだるか」
なお、トバっちりに近い小澤は諦めた様子で九七式艦攻に乗り込むのが後日見られたのであった。
また、飛行後に顔を真っ赤にしながら氷嚢を『加賀』の艦尾から投げ捨てる嶋野と達観した様子の小澤の姿が見られたのである。
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